変わった標的
「ザランの少年を、生きたまま確保しろ」
その言葉は、木々の間に吊り下がったまま消えなかった。
最初の一瞬、誰も動かなかった。
シグランはまだ八番の札を握っていた。
だが、もうそれを見てはいない。
マヤはゆっくり手を上げた。
水が指の周囲へ巻きつく。
イザンは、ライ、ハル、キオから目を離さなかった。
三人の誰も、札を見ていない。
金属へ伸びる手もない。
立ち方のどこにも、試験を勝ち抜こうとする隊の気配はなかった。
シグランが、怒りを押し殺した冷たい声で言う。
「聞いている。お前たちは何者だ?」
ライは答えない。
ハルは首を傾げ、顔に笑みを貼りつけたままだった。
「まだ名前を聞くのか? 炎は言葉より行動を好むと思っていた」
マヤが言う。
「あなたたちはティルマラでしょう。徽章を見たわ」
キオが笑った。
「徽章なんて簡単だ」
マヤの拳に力が入る。
イザンが低い声で言った。
「こいつらは、試験のために来たんじゃない」
ライの目が彼へ移る。
「言ったはずだ」
一度止まる。
「お前は、よく見ている」
シグランが言う。
「なら、これも見ろ」
炎が手に集まるより先に、足元で燃え上がった。
シグランは真っすぐライへ踏み込む。
草の上に赤い線が走った。
「シグラン!」
マヤを待たない。
作戦も待たない。
ライは最後の瞬間に手を上げた。
横へ一歩。
肩をわずかに傾ける。
突進する子供の向きを変えるように、シグランの手首へ触れる。
だが、炎は消えなかった。
シグランの腕から二度目の炎が爆ぜる。
一撃目より近く。
さらに強く。
ライは半歩下がることを強いられた。
炎が顔のそばを通り、袖の端を焼いた。
ハルの目がわずかに広がる。
キオが言った。
「おお」
シグランは笑う。
「どうした? 思っていた子供と違ったか?」
ライは笑わない。
袖に残った小さな焦げ跡を見る。
そして言った。
「殺すな」
キオが不満そうに答える。
「分かっている」
ハルが目にかかった髪を払う。
「残りの二人は?」
ライは答えなかった。
その沈黙が、十分な答えだった。
最初に動いたのはキオだった。
シグランへは向かわない。
イザンへ突進する。
近づく身体は見えた。
だが、動き始めた瞬間が見えなかった。
イザンの足元の土が揺れる。
マヤが手を上げた。
最後の瞬間、水の壁がイザンの前へ立ち上がる。
キオの拳がぶつかった。
水が透明な硝子のように砕け散る。
イザンは後ろへ弾かれ、背中から地面へ落ちた。
「離れて!」
マヤが向かおうとする。
その前にハルが現れた。
「そっちを見るなよ」
笑う。
「つまらなくなる」
マヤは至近距離から水の矢を放つ。
ハルが身を屈める。
矢は肩の上を通り過ぎた。
最初から軌道を知っていたかのように、すぐに立ち上がる。
「タラインのケメンは綺麗だな」
彼女を乱したのは嘲笑ではない。
落ち着きだった。
まだ自分を敵として見ていないような態度。
二本目。
三本目。
今度は胸を狙わなかった。
足元の地面へ打ち込む。
土から水が噴き出し、ハルの脚へ巻きついた。
ハルが笑う。
「今のほうがいい」
関節へ経路を押し込む。
消えたわけではない。
だが角度が変わる速度に、マヤの目が遅れた。
気づけば、横に立っている。
指先が肩へ触れた。
マヤの腕が逸れる。
水が遠くへ散った。
ハルが言う。
「でも、まだ見ているのは力だ」
背後へ移る。
「道じゃない」
マヤが下がろうとする。
手首を掴まれた。
だが、握り込まれる前に二人の間へ炎が立ち上がる。
ハルは軽く後退した。
シグランがマヤの前に立っている。
目が燃えていた。
「触るな」
ハルが笑う。
「なら、止めてみろ」
シグランの背後にライが現れる。
「気を散らすな」
シグランが振り向く。
だが先に、ライの開いた掌が脇腹へ入った。
息が途切れる。
片膝をついた。
ライが言う。
「力は大きい」
腕の周囲で揺れる炎を見る。
「だが、身体が追いついていない」
シグランが顔を上げる。
「もう一度言ってみろ」
拳に炎が集まる。
「もっと近くでな」
森の別の場所では、一番隊がカスナラの用意した道の前へ立っていた。
ラーイドは岩の間へ入らなかった。
ただ、その前に立つ。
後ろにアスマー。
隣にはワーイル。
その目は一つの場所へ留まらない。
アスマーが言う。
「中で待っている」
ラーイドが答える。
「分かっている」
岩の間からカシムの声が届いた。
「分かっているなら、なぜ来ない?」
ラーイドは細い入口へ目を上げた。
「敵のために扉を開く者は、鍵を置き忘れない」
アスマーの周囲で風が動く。
道へは送らない。
上へ押し上げる。
岩の上の枝が揺れた。
ワーイルが、二つの幹の間に張られた細い糸を見る。
すぐに言う。
「上だ!」
ラーイドが顔を上げる。
糸は斜面上部の押し固められた土へつながっていた。
道へ入れば、小石が背後へ崩れ落ち、退路を塞ぐ仕掛け。
アスマーが言う。
「向こうも、こちらより先に気づいていた」
ヤーメンの声がした。
「だが、お前たちはもう範囲に入った」
地面が揺れる。
低い土壁がラーイドの左右から現れ、道の中へ閉じ込めようとする。
ラーイドは地面を踏みつけた。
ケメンが前へ走る。
土壁は完成する直前で、一瞬動きを止めた。
ラーイドが叫ぶ。
「アスマー!」
アスマーは斜面上部へ集中した風を放った。
糸が切れる。
石が崩れる。
だがアルダ隊の背後ではない。
ヤーメンが隠れていた側へ落ちた。
彼は位置を捨て、飛び出すしかなかった。
一瞬だけ姿を晒す。
ラーイドが待っていた瞬間だった。
一気に向かう。
マリアムが進路へ入り、ラーイドの胸の一番へ手を伸ばす。
小石が彼女の手首へ当たった。
振り向く。
投げたのはワーイルだった。
手は震えている。
だが石は当たった。
マリアムの動きが半瞬遅れる。
ラーイドは肩で押し退け、そのままカシムへ向かった。
カシムが二つの岩の間から出る。
自ら最後の壁になることを決めた者のように。
二人の拳がぶつかる。
足元の土が震えた。
カシムは下がらない。
ラーイドも下がらない。
カシムが言う。
「真っすぐな力だ」
ラーイドが答える。
「お前は、動かなさすぎる」
アスマーが手を上げた。
低い風がカシムの足元を通る。
倒すためではない。
土だけを退ける。
足首に固定された二本目の糸が現れた。
ワーイルが見つける。
「ラーイド! 右!」
ラーイドは即座に動いた。
カシムが足を引き、位置を戻そうとする。
その瞬間、ラーイドが肩を軸に回る。
胸へ手を伸ばす。
帯を引き裂く。
六番を奪い取った。
戦いが止まる。
カシムは空になった胸を見る。
それから、ラーイドの手の札。
ヤーメンが緊張した声で言う。
「負けたのか?」
カシムが答える。
「ああ」
怒っているようには見えなかった。
ワーイルを見る。
「彼が、俺たちの陣を崩した」
ワーイルは戸惑い、目を下げた。
ラーイドが言う。
「俺たちに見えなかったものを、あいつは見た」
短い言葉だった。
だが、長い称賛よりも重くワーイルへ届いた。
ラーイドが札を握る。
その時、圧力が来た。
遠くの木々の間を、普通の戦いよりも重い波が走った。
アスマーが森の奥を見る。
「札を奪うための戦いじゃない」
ラーイドが聞く。
「どちらだ?」
アスマーが指す。
「あっち」
ラーイドはカシムたちを見る。
もう正式な敵ではない。
そして言った。
「行くぞ」
アルダ隊は異変の方向へ走り出した。
ヌーリヤはサーレムの前を歩き、土ではなく幹を見ていた。
後ろでは、ジャラルが怒りを抑えようとしている。
「最初から走っていれば、追いついていた」
サーレムが答える。
「走っていれば、残されたものへ追いついていた」
ヌーリヤが止まる。
前方の幹に短い傷。
根のそばには、足全体ではなく、速く通り過ぎた靴先だけの圧力。
ヌーリヤが言う。
「ここへ、綺麗な跡を残した」
左を指す。
「本当に進んだのは、こっち」
サーレムが近づく。
「奥へ向かっている」
ジャラルが聞く。
「俺たちを恐れているのか?」
サーレムは首を振った。
「違う」
本当の道を見る。
「最初から、俺たちのことなど考えていない」
侮辱よりも重い言葉だった。
ジャラルが拳を握る。
「なら、誰を追っている?」
遠くから音が届いた。
ケメンが硬いものへ衝突する音。
ヌーリヤが言う。
「あそこ」
サーレムが動く。
ジャラルが聞いた。
「札は?」
サーレムは振り返らずに答える。
「五番が試験をしていないなら」
木々の間へ入る。
「札は勝手にこちらへ来る」
根に覆われた斜面を、ティゾラ隊は走らずに速く進んでいた。
もう合格する可能性はない。
七番を失った。
だが森から出ようとはしなかった。
セイラは、普通の目には見えない跡を追う。
マシンは後方を監視。
ユーバは二人の間を無言で進んでいた。
セイラが突然止まる。
ユーバが聞く。
「何だ?」
地面を指す。
「三人がここを通った」
マシンが言う。
「同じ跡か?」
「違う」
押し固められた土のそばへ屈む。
「一人目は、身体が裂けても構わないように関節へ経路を押し込んでいる」
別の傷へ移る。
「二人目は、動きが完成する前に角度を変える」
そして幹の間の、ほとんど何もない空間を見る。
「三人目は……」
言葉が止まる。
マシンが聞く。
「三人目は?」
「その場所へ、自分の何も残したくないように歩いている」
ユーバは奥を見る。
「どこへ向かっている?」
セイラが顔を上げる。
「三番」
ユーバとマシンは短く目を交わした。
マシンが言う。
「もう試験じゃない」
ユーバが答えた。
「最初の跡で気づくべきだった」
三人は速度を上げた。
アミールは、アナスとナダの前を歩いていた。
七番の札はまだアナスの手にある。
ナダは肩を押さえている。
アナスは、ハルの手が残した首の跡を指でなぞった。
ナダが言う。
「塔へ戻れる」
アミールが答える。
「あの後でか?」
アナスが言った。
「任務を終えるために戻るなら、臆病ではない」
アミールが止まる。
「戻りたいのか?」
アナスは森の奥を見る。
「いや」
沈黙。
「俺たちを残した時、奴らは札を探していなかった」
さらに言う。
「一つの方向へ去った」
アミールが言う。
「ラカン隊」
ナダが言った。
「シグランは強い」
アミールが短く鼻で笑う。
「知っている。毎日思い出させてくるからな」
アナスが答える。
「助けが必要だとは言っていない」
アミールが見る。
アナスは続けた。
「生きたまま欲しがっていると言った」
一度止まる。
「そのほうが悪い」
アミールが言う。
「マヤとイザンもいる」
ナダが顔を上げた。
それ以上の言葉は必要なかった。
最初に動いたのはアミールだった。
戦いの端では、サティラン隊がまだその場にいた。
ムラドはシグランの胸にある三番を見る。
次に、彼を囲む見知らぬ三人。
低い声で言う。
「互いに戦っている間に……」
手を武器へ伸ばす。
「札を奪える」
リアンが鋭く見る。
「私たちはもう札を失った」
ムラドが答える。
「三番を取れば、何か方法が――」
近くで炎が爆発し、木々が揺れた。
土が足元へ散る。
ムラドはキオを見る。
次にハル。
目の中の熱が少し消えた。
ライは彼らを見ずに言う。
「消えろ」
キオが言った。
「聞こえただろ」
ムラドはまだ迷っていた。
ファリスが腕を掴む。
「こいつらは札のために戦っていない」
ムラドが言う。
「だが――」
もう一度、ケメンの波が来た。
枝が頭上でしなった。
リアンが言う。
「これはもう試験じゃない」
ファリスは後ろの道を見る。
それからムラド。
「残っても、何も取り返せない」
声を下げる。
「生きて出ることもできない」
今度はムラドも反論しなかった。
三人は下がる。
一歩。
もう一歩。
やがて木々の間へ消えた。
その後に起きたことは見なかった。
サティラン隊は行き先を決めず走っていた。
先頭にリアン。
後ろにファリス。
ムラドは、ラカン隊との戦いで受けた傷のせいで少し脚を引きずっている。
脚を押さえながら言った。
「待つこともできた」
リアンは振り向かない。
「何を待つの? 戦いが終わってから殺されるのを?」
「殺されるとは限らなかった」
ファリスが突然止まる。
手を上げた。
リアンも止まる。
ムラドはぶつかりそうになった。
リアンが聞く。
「何?」
ファリスは前方の木々を見る。
「俺たちだけじゃない」
二本の幹の間からルーカス・ヴァイルが現れた。
道の中央へ立つ。
広く。
動かず。
何年もそこに置かれていた岩のように。
ムラドが言う。
「退け」
ルーカスはファリスの空の胸を見る。
次にムラドの脚。
「お前たちは負けた」
ファリスの顔が険しくなる。
「だからといって、森の道がお前たちのものになるわけじゃない」
背後からクララの声がした。
「彼は、そんなことを言っていない」
三人が振り返る。
クララ・テフィールドが高い根の上へ立っている。
エヴリン・ストロムはその隣に静かに現れた。
胸には四番。
リアンが言う。
「ハガリス」
ムラドは札を見る。
それからルーカス。
低く言った。
「四番には対戦相手がいない」
ルーカスは聞いていた。
口元へ小さな笑みが浮かぶ。
「ようやく、問題を理解する者がいた」
ファリスが言う。
「お前たちの札に興味はない」
エヴリンが答える。
「私たちも、あなたたちと戦う気はない」
ファリスはルーカスの後ろの道を見る。
「なら退け」
クララが言う。
「少し前、あなたたちは三人の跡の近くにいた」
ファリスの目がわずかに固まる。
エヴリンが聞く。
「何を見た?」
答えない。
ムラドが一歩進む。
「お前たちには関係ない」
ルーカスが眉を上げた。
「悪い答えだ」
ファリスが強く言う。
「戦う気はないと言った」
エヴリンが答える。
「私も、ないと言った」
そして続ける。
「でも答えは欲しい」
ムラドが拳を握る。
腕の中でケメンが動いた。
リアンがすぐに言う。
「ムラド、やめ――」
彼は踏み込んだ。
全力ではない。
だが大きな身体が道を埋める。
ルーカスが腕を上げた。
ムラドの拳が掌へぶつかる。
足元の土が震えた。
ムラドの身体が止まる。
ルーカスは一歩も下がらない。
目が見開かれる。
ルーカスが言う。
「怪我をしているな」
そして押し返す。
ムラドの身体が半歩ほど浮き、横へ投げられた。
土の上を転がる。
だが意識はある。
リアンがすぐに動く。
短い加速。
低い角度。
エヴリンの胸の四番へ向かう。
クララが言う。
「右へ三歩」
リアンには意味が分からない。
だがエヴリンは三歩目で動いた。
半歩だけ身体を傾ける。
リアンは横を通り過ぎた。
エヴリンは手首を掴む。
その速度を利用する。
身体を回し、殴ることなく地面へ倒した。
ファリスが介入しようとする。
エヴリンへ一歩踏み込む。
その前にルーカスが立った。
ファリスが横から打つ。
ルーカスが前腕で受ける。
同時に、クララがファリスの背後を通った。
触れない。
ただ言う。
「後ろ足が折れた根の上にある」
ファリスは反射的に体勢を戻そうとした。
その一瞬で十分だった。
エヴリンが首へ二本の指を置く。
動きが止まる。
攻撃は必要なかった。
続けていれば戦いが終わっていたと、ファリスには分かっていた。
エヴリンが言う。
「終わり」
ルーカスが眉を上げる。
「もうか?」
エヴリンが見る。
「私たちが来る前に、彼らは負けていた」
札だけの話ではなかった。
リアンの手首を放す。
ファリスからも離れる。
ムラドは脚を押さえながら、苦しげに立ち上がった。
沈黙の後、ファリスが言う。
「ティルマラの徽章をつけた三人だ」
クララの目が細くなる。
ファリスは続ける。
「だが、ティルマラの者じゃない」
エヴリンが聞く。
「何が目的?」
ファリスは逃げてきた方向を見る。
「ザランの少年」
ルーカスの笑みが消えた。
ファリスが言う。
「生きたまま取れと言っていた」
沈黙が落ちた。
エヴリンは森の奥へ振り向く。
ルーカスが聞く。
「戻るか?」
「いいえ」
ルーカスが見る。
「塔は反対だ」
クララが言う。
「塔へ行くとは言っていない」
エヴリンは三番隊のいる方向へ歩き始めた。
サティラン隊へ、振り返らずに言う。
「あの道から離れて」
ムラドが不機嫌そうに答える。
「命令される必要はない」
ルーカスが彼女を追いながら言った。
「今の後なら、少しは必要だ」
誰も返さなかった。
ハガリス隊は戦いの方角へ向かった。
だが距離は見た目よりも遠かった。
森は、真っすぐな道を与えなかった。
イザンは木の幹へ背を預け、呼吸を整えようとしていた。
ライを見る。
次にハルとキオ。
言った。
「お前たちはティルマラじゃない」
ハルが笑う。
「まだそれか?」
イザンが続ける。
「ティルマラなら、ビスカラを追うはずだった」
ハルの笑みが一瞬止まる。
「それに、アミールたちを倒した」
三人の空の手を見る。
「二番を残したまま」
キオが言う。
「口を壊すか?」
ライは振り向かない。
「時間を使うな」
そしてシグランを見る。
「一緒に来い」
シグランの目が燃える。
「誘っているのか?」
ライが答える。
「機会だ」
「誰にとって?」
ライが言う。
「その二人にとって」
シグランはマヤを見る。
次にイザン。
ほんの一瞬、答えなかった。
マヤの表情が変わる。
彼の目に恐怖はなかった。
考えていた。
すぐに言う。
「駄目」
シグランが振り向く。
「まだ何も言っていない」
「顔が言っている」
イザンが叫ぶ。
「行くな!」
キオが息を吐く。
「この子供、うるさいな」
イザンへ動く。
今度はシグランが前へ出た。
キオの拳が、燃える腕へぶつかる。
二人の間で炎が爆ぜた。
キオが笑う。
「いいぞ!」
シグランを後ろへ押す。
だがシグランは足を固定した。
腕の炎が高くなる。
赤。
その中心に青い糸が現れた。
薄く。
短く。
すぐに赤い炎が再び周囲を巻き、飲み込もうとする。
ライの表情が変わった。
「キオ、離れろ」
キオには聞こえていない。
楽しんでいた。
もう一度拳を上げる。
反対側では、ハルがマヤへ動く。
彼女は震えていた。
それでも下がらない。
ラカンの声を思い出す。
恐怖は敵より先にお前を殺す。
半瞬だけ目を閉じる。
そして開いた。
ハルの背後の地面から水が噴き上がった。
矢ではない。
ハルとイザンの間を断つ、大きな弧。
ハルが飛び越える。
「それだ」
笑う。
「ようやく動き始めた」
マヤは彼を狙わなかった。
着地地点を狙った。
足元で水が爆発する。
ハルの均衡が一瞬崩れた。
初めて笑みが薄くなる。
マヤは苦しい呼吸の中で言う。
「あなたは、話しすぎる」
ハルが笑った。
「そうだな」
そして動く。
手が胸へ届いた後でしか見えなかった。
短い一撃。
マヤは後ろへ吹き飛び、木の幹へぶつかった。
「マヤ!」
イザンが叫ぶ。
彼女へ向かおうとする。
ライが前に現れた。
殴らない。
ただ道を塞ぐ。
「駄目だ」
シグランはマヤが倒れるのを見た。
炎が一瞬固まる。
そして爆発した。
ライが鋭く叫ぶ。
「キオ、今すぐ下がれ!」
だがキオはもう拳を上げていた。
「なぜだ? 面白くなってきた」
シグランの炎は、一撃として放たれなかった。
壁として噴き出した。
キオがようやく後ろへ下がる。
だが半瞬遅い。
炎が肩を捉えた。
キオが吠える。
ライは腕を上げて顔を守った。
だが波を正面から受けた。
身体が後ろへ飛ぶ。
背後の幹が砕けた。
そのまま木々と霧の中へ消える。
ハルが黙った。
キオも止まる。
焼けた肩を手で押さえている。
シグランは炎の中に立っていた。
右目はさらに赤く。
赤い火の間から青が現れては消える。
ハルが低く言った。
「すごい……」
今度は、感心だけではなかった。
警戒が混じっている。
シグランがゆっくり顔を上げる。
足元の地面が燃えた。
「さあ」
ハルを見る。
次にキオ。
「誰が俺を連れていく?」
誰も答えなかった。
遠くでは、ハガリス隊がこちらへ道を切り開いていた。
だが誰かが到着する前に、森全体が息を止めたように静まり返っていた。




