奪われた名前
アルマザは、容易には眠らない。
学院の大門が閉じられ、外国の代表たちがそれぞれの宿舎へ入った後も、石造りの建物の皮膚の下では、動きが絶えることなく流れ続けていた。
門に立つ衛兵。
塔の上に配置された騎士。
記録室で働く書記官。
そして、通路を一瞬たりとも無防備にしない交代制の巡回隊。
アルマザは、世界最強の国だった。
壁を信じていたから、その地位を守れたのではない。
壁を決して信じなかったからこそ、最強であり続けたのだ。
その夜、学院は世界騎士試験に備えていた。
だが、学院の内側にいる全員が、同じ形で試験を待っていたわけではない。
外国代表の宿舎を見下ろす低い屋根の上。
灯りが直接届かない場所に、三人の影が立っていた。
ライは微動だにしなかった。
不自然なほどに。
彼の目が追っていたのは、衛兵そのものではない。
彼らの歩みと歩みの間だった。
あの衛兵は、いつ振り返るのか。
あちらの衛兵は、いつ足を止めるのか。
次の巡回隊が通るまで、通路が空くのは何秒か。
後ろでは、キオが落ち着かなげに指を押し鳴らしていた。
まるで、手の関節が本人より先に任務を始めたがっているかのように。
ハルは屋根の縁に腰を下ろし、足を宙で揺らしながら、宿舎の上に掲げられた旗を面白い見世物でも眺めるように見ていた。
キオが低い声で言った。
「三人のガキのために、ここまで待つのか?」
ライは振り向かなかった。
ハルが答える。
「ただのガキじゃない。きれいな徽章を持ったガキだ」
キオの顔が険しくなった。
「徽章くらい、一呼吸で奪える」
ハルは笑った。
「それで半呼吸のうちに、アルマザの半分を起こせるな」
キオが睨む。
「怖いのか?」
ハルの笑みは消えなかった。
「退屈は怖い。死に方はたくさんあるが、その中には面倒なものも多い」
キオが言った。
「今すぐ入る。扉を壊して、徽章を奪って、終わりだ」
初めて、ライがわずかに顔を向けた。
怒ってはいない。
だが、その声だけで、キオは次の皮肉を口にする前に黙った。
「首領の言葉を忘れたのか?」
キオが顎を強く噛む。
ライは続けた。
「アルマザの騎士は、隊商を守る護衛でも、ビスカラの辺境にいる盗賊でも、何が起きたか理解する前に黙らせられる国境兵でもない」
ハルが軽い口調で付け加えた。
「それに、領内でアルマザの騎士を目覚めさせた奴は、死ぬ前に失敗の説明をさせられるとも言ってた」
彼は首を傾げる。
「俺は長い説明が嫌いなんだ」
キオは黙った。
ライは再び通路へ目を戻した。
「俺たちは戦争を始めるために来たわけでも、学院の力を試すために来たわけでもない。森へ入る前に気づかれれば、任務は始まる前に終わる」
そして、ティルマラの宿舎を指さした。
「アルマザでは、扉を壊さない」
一拍置く。
「内側から開くのを待つ」
下では、二人の衛兵が西側の入口を横切った。
歩きに怠慢はない。
目にも眠気はなかった。
一人が石柱のそばで足を止め、長い通路の影を確かめる。
すべてが所定の位置にあると確認してから、再び歩き始めた。
キオが小さく呟く。
「面倒な連中だ」
ライが答えた。
「だから、まだ生きている」
向かいの通路の奥に、別の衛兵が現れた。
アルマザの濃灰色の鎧。
肩には、小さな青い雷の紋章が刻まれた徽章。
サーラン。
その衛兵は屋根を見なかった。
顔も上げない。
鎧の縁で、二本の指をわずかに動かしただけだった。
徽章の上に、青い糸のような光が瞬く。
そして消えた。
次の瞬間、交差路にいた巡回隊が足を止めた。
誰にも聞こえない短い命令を受ける。
進路を変え、東棟へ向かった。
ライが謎の衛兵へ目を向ける。
だが、そこにはもう誰もいなかった。
まるで通路そのものに飲み込まれたかのように、石柱の向こうへ消えていた。
ハルが囁く。
「お前の友達は、別れの挨拶が嫌いらしい」
ライが答えた。
「友達ではない」
キオが聞く。
「何者だ?」
ライは、衛兵が残した空白から目を離さずに言った。
「扉の中には、鍵では開かないものがあると知っている人間だ」
キオは、それ以上聞かなかった。
反対側から、受付の書記官の制服を着た男が現れた。
黒の帳の一員ではない。
顔は青ざめ、動きは落ち着かなかった。
手には、行政封印の押された小箱を抱えている。
男は通路の交差点で立ち止まった。
道に迷ったふりをするかのように。
そして、外国代表のための通用口の脇に箱を置いた。
屋根は見ない。
ハルが言った。
「鍵が届いた」
キオが嘲る。
「鼠みたいに震えている」
ライが答えた。
「鼠は隠れる場所を知っているから長く生きる」
三人は音もなく屋根から降りた。
広場の中央へ飛び降りたわけではない。
衛兵にも近づかない。
外国代表の宿舎と荷物倉庫の間を通る、細い通用路へ入った。
二人並んで歩くことさえできないほど狭い。
木材、湿気、古い革の匂いが混ざっていた。
通用口の前で、ライが箱を開ける。
中には、小さな金属片が三つ。
臨時の業務徽章。
封印済みの確認書。
そして、本物の印章が押された空の巻物が三本。
印章は偽物ではなかった。
だからこそ、危険だった。
ハルが巻物の一つを持ち上げた。
「安い値段で命を売る奴もいるんだな」
ライが言った。
「命を売ったわけじゃない」
「じゃあ、何を売った?」
ライは箱を閉じる。
「恐怖だ」
そして歩き出した。
その瞬間、東棟のほうで遠い音が響いた。
爆発ではない。
大きな箱が倒れる音。
驚いた馬のいななき。
続いて、使用人の叫び声。
二人の衛兵が、主通路から騒ぎの方向へ動いた。
混乱して走ったわけではない。
明確な隊形を保っている。
一人が先行し、もう一人は半歩後ろで側面を警戒する。
西側入口の衛兵は動かなかった。
腰に下げた鉄の柄へ手を伸ばし、通路を見張り続ける。
キオが息の下で言った。
「入口を空けなかった」
ライが答える。
「予想していた」
しばらくして、記録係の制服を着た男が通用口から出てきた。
封印された書類と、平たい箱を持っている。
ライだった。
だが肩は少し落ち、歩みはわずかに速い。
顔には、衛兵よりも遅刻を恐れる役人らしい苛立ちが浮かんでいた。
衛兵へ近づく。
書類を差し出す。
「ティルマラ代表の書類確認です。明日の記録を閉じる前に、受付から照合するよう命じられました」
衛兵は書類を受け取った。
印章を見るだけでは終わらない。
指で縁をなぞる。
裏返す。
番号を確認する。
そして、ライを見た。
「遅い」
ライは、叱られることに慣れた役人の声で答えた。
「代表の荷箱に番号違いがありました。アマル・ディヤラン殿から、朝までに書類を照合するよう指示されています」
衛兵は視線を外さなかった。
アマルの名は扉を開けなかった。
だが、閉じさせもしなかった。
「同行者は?」
ライは後ろを指した。
ハルは別の箱を抱え、小さな笑みを浮かべている。
キオはその後ろで、無表情に立っていた。
ライが答える。
「記録係の補助が二名。照合だけです。奥の部屋には入りません」
衛兵はキオを見る。
気に入らなかった。
キオは動かなかった。
荒く息をすることもない。
何も言わない。
それが彼にできる最善の演技だった。
衛兵は書類を返した。
「四分だ」
ライが答える。
「十分です」
衛兵が言う。
「扉は開けたままにしろ」
ライは一瞬だけ彼を見た。
そして頷く。
「仰せの通りに」
反論しなかった。
衛兵に言い返す者は、痕跡を残す。
三人はティルマラの宿舎へ向かった。
内扉は半分開いていた。
暖かな光が通路へ漏れている。
室内では、ナドランが机の前に立ち、入場用の巻物を確認していた。
サリムは近くの椅子の端へ腰掛け、短剣を手の届く位置に置いている。
ユーヌスは扉ではなく、窓のそばに立っていた。
それだけで、ライには分かった。
守る者の考え方をする少年だ。
ナドランが顔を上げる。
「また確認ですか?」
ライは薄く笑った。
「アルマザは、書類を三度見なければ信用しないようです」
サリムが言う。
「あるいは、ティルマラを信用していないか」
ハルが、口を挟む前に自制できず言った。
「笑いすぎるからじゃないか?」
サリムが彼を見る。
そして短く笑った。
「侮辱か、褒め言葉か?」
ハルが答える。
「明日、誰が生き残るかによる」
ナドランの顔を、わずかな影が横切った。
その返答を気に入らなかった。
ユーヌスが一歩動く。
「書類を見せろ」
ライが差し出す。
ナドランは自ら受け取った。
印章を調べる。
署名を指でなぞる。
そして、紙の下部にある記録番号を見る。
「印章は本物だ」
ライが答える。
「だから、ここにいる」
サリムが眉を上げた。
「妙な言い方だな」
ナドランは扉を見る。
隙間の向こうに衛兵が見えた。
それで、少し安心した。
間違いだった。
ナドランが言う。
「分かった。急いでくれ」
三つの徽章を机の上へ置いた。
ナドラン。
サリム。
ユーヌス。
その隣には、ティルマラとアルマザ学院、双方の印章が押された入場用の巻物。
ライが最初の徽章へ手を伸ばす。
その瞬間、通路で小さなものが落ちた。
かすかな金属音。
衛兵が振り返る。
半分だけ。
それで十分だった。
最初に動いたのはハルだった。
ナドランを襲ったのではない。
足で扉を閉じる。
同時にキオが、黒い小片を木枠へ押し当てた。
閉まる音が、布に吸い込まれたように消える。
ユーヌスが即座に振り返った。
「机から離れろ」
今度、ライは笑わなかった。
「遅い」
サリムが短剣へ手を伸ばす。
だが、ハルはすでに隣にいた。
つまずいたように見えた。
次の瞬間、その指がサリムの首筋を押さえる。
掌に隠した小さな柄が、呼吸の近くを打った。
肺から空気が一気に抜ける。
サリムは膝をついた。
剣を抜こうとする。
ハルが鞘を足で踏みつけた。
「せっかくの上品な格好を台無しにするな」
ユーヌスは待たなかった。
キオへ突進する。
肩をぶつけて壁へ押し込み、腕を固めようとした。
キオが笑う。
「いいな」
衝突で机が揺れた。
ナドランは巻物へ手を伸ばした。
徽章ではない。
賢い。
書類を持つ者が、名前を持つ。
彼の指が、自分たちの巻物へ届いた。
そこで止まる。
ライの手が、すでに手首を掴んでいた。
静かに。
冷たく。
ライが言う。
「だから、お前を選んだ」
ナドランは腕を引こうとした。
動かない。
「何者だ?」
ライが答える。
「今夜は?」
手首へ少し力を加える。
ナドランは否応なく片膝をついた。
「お前たちだ」
反対側では、ユーヌスがキオの最初の一撃を防いだ。
二撃目も。
三撃目では、キオを一歩後退させる。
キオの表情が変わった。
ただ楽しんでいるだけではない。
壊したくなった。
低い声で言う。
「悪くない」
ユーヌスは答えない。
足で床を踏みつける。
木の床がキオの下で揺れ、肘が顎へ向かって突き出された。
キオは、届く前にその肘を掴む。
二人の動きが一瞬止まった。
次の瞬間、キオの短い拳がユーヌスの肋骨へ入る。
身体が否応なく折れた。
二発目。
三発目。
四発目の前に、ハルが背後へ現れ、細い針を首筋へ刺した。
ユーヌスの身体が硬直する。
キオが怒ってハルを見る。
「俺の獲物だった」
ハルが答える。
「任務は俺たち全員のものだ」
ユーヌスは横倒しになった。
目は開いたまま。
だが身体は言うことを聞かない。
サリムは扉へ向かって這おうとした。
ライが唇へ人差し指を当てるのを見て、止まる。
大声の脅しではない。
だが、閉ざされた部屋の囁きは、叫びより危険だった。
ナドランが声を保とうとしながら言った。
「衛兵が外にいる」
ライが答える。
「ああ」
「気づくぞ」
ハルが言った。
「だから長居はしない」
ナドランが続ける。
「俺たちを殺せば、アルマザは知る」
ライは彼を見た。
「だから、ここでは殺さない」
沈黙。
そして加える。
「死者は捜査を早める。だが行方不明者は……夜に時間を与える」
初めて、サリムの目に恐怖が現れた。
ナドランは理解した。
殺しに来たのではない。
彼らになるために来たのだ。
ハルが平たい箱を開ける。
中から、薄い暗色の布を取り出した。
内側には、黒い血管のような糸が走っている。
露骨な魔術ではない。
だが、普通の布でもなかった。
ハルが言った。
「安心しろ。呼吸はできる」
キオが言う。
「残念ながらな」
ライが口にする。
「キオ」
それだけで、彼は黙った。
ライはナドランの徽章を取り、細い器具を表面に滑らせた。
光が一瞬薄れる。
そして戻る。
新しい嘘を受け入れたかのように。
サリムの徽章にも同じことをする。
そしてユーヌスのものにも。
ナドランが掠れた声で言った。
「門を通れたとしても……ほかの隊は今日、俺たちを見ている」
ハルがサリムの徽章を胸につける。
「遠くから見ただけだ。笑顔、礼、きれいな服」
顔を寄せる。
「恐怖の中でどう呼吸するかまでは、誰も知らない」
ライは部屋の長い鏡の前へ立つ。
ナドランの徽章を胸につける。
肩の位置を変える。
目の鋭さを落とす。
顎を、計算された角度だけ上げる。
ナドランそのものにはならない。
だが、一度だけ遠くから見た者を欺くには十分だった。
変装は、顔だけで行うものではない。
距離。
光。
そして徽章が与える信頼。
ハルは椅子の端へ座るサリムの姿勢を真似しながら聞いた。
「俺は?」
ライが答える。
「笑う回数を減らせ」
キオが言う。
「無理だ」
ハルが小さく笑った。
キオは不満そうにユーヌスの徽章をつける。
「護衛役は嫌いだ」
ハルが言った。
「演技はあまり要らない。天気を聞かれても、殺さなければいい」
「二度聞かれたら?」
ライが答えた。
「見るだけにしろ」
キオは黙る。
そして、その解決法が気に入ったように頷いた。
三人は素早く動いた。
本物のティルマラ隊から、外見を特徴づける上着を脱がせ、自分たちの服の上へ重ねる。
ハルは髪を整えた。
ライは、広場で観察した通りにナドランの襟を締める。
キオは、ユーヌスと同じように窓のそばへ立った。
本物の三人は、音を吸う布と身体の動きを封じる糸で縛られた。
そして、宿舎に併設された小さな物置へ移される。
衣装箱と旅行鞄の間。
生きるには十分な空気。
沈黙を保つには十分な闇。
扉を閉める前、ライは床に倒れたナドランを見る。
その目は命乞いをしていなかった。
覚えていた。
ライが言う。
「無理をするな。扉が開く頃には、森がお前たちの名前を飲み込んでいる」
扉を閉めた。
記録係の制服と箱は、奥の戸棚へ隠す。
机を元通りにする。
そして、ライが宿舎の扉を開けた。
今の彼は、ナドランの姿をまとっていた。
衛兵が真正面に立つ。
愚かではなかった。
開けたままにしろと命じた扉が閉じていたことに気づいている。
厳しい声で言う。
「扉は開けておけと言ったはずだ」
ライは、ナドランの穏やかな声で答えた。
「申し訳ありません。箱が扉の後ろへ倒れ、職員たちは通用口から運び出すことになりました」
衛兵は部屋の中を見る。
サリムは椅子へ座っている。
ユーヌスは窓際。
机には書類。
「記録係はどこだ?」
ライは奥の扉を指した。
「箱を宿舎の中へ戻さないため、通用路から出ました」
衛兵は完全には納得していない。
一歩、部屋へ入った。
机を見る。
そしてキオを見る。
視線が少し長く止まる。
キオは動かなかった。
代表が到着した時に見た、ユーヌスの硬い視線を返すだけ。
衛兵は徽章へ近づいた。
正しい位置につけられている。
顔を上げ、ライを見る。
「明日は門で遅れるな」
ライが答える。
「もちろんです」
衛兵は、さらに半呼吸だけその場に残った。
そして出ていった。
欺きが成功したのは、彼が愚かだったからではない。
公式の宿舎にいる外国代表。
正しい書類。
正しい徽章。
そして、遠くから一度しか見たことのない顔。
疑うには、理由が足りなかった。
今度は静かに扉を閉める。
三人は待った。
数分後、アマル・ディヤランが小さな記録簿を抱えて通路を通った。
ティルマラの宿舎の角で足を止める。
扉を見る。
異常はない。
それでも、必要以上に長く立っていた。
記録簿を開く。
ティルマラの欄へ指を滑らせる。
ナドランの署名で止まった。
そして閉じる。
自分へ言う。
「明日、もう一度署名を確認しましょう」
そのまま去った。
室内で、ハルが囁く。
「あの女、面倒だな」
ライが答える。
「だから明日は、必要な時以外は会わない」
キオが聞いた。
「気づいたら?」
ライは胸のナドランの徽章を見る。
「その頃には、俺たちは森の中だ」
夜がアルマザを覆った。
小さな物置では、ナドランが拘束の中で指を動かそうとしていた。
サリムは苦しげに息をする。
ユーヌスは闇を睨み続けていた。
身体では実行できない怒りを、目だけが抱いている。
外の部屋では、三人の異邦人が、他人の名前をまとって座っていた。
アルマザの門は破られていない。
衛兵も殺されていない。
誰も簡単に騙されたわけではない。
それでも、犯罪は成功した。
ライの策がアルマザの力を打ち破ったからではない。
内部の誰かが開いた亀裂を、すり抜けたからだ。
遠い通路には、サーランの徽章をつけた衛兵の痕跡は何一つ残っていなかった。
記録に名前はない。
署名もない。
いつ現れたのかを覚えている証人もいない。
その夜、学院へ入った最も危険なものは、剣の姿をしていなかった。
名前の姿をしていた。




