盗賊団
北へ向かう街道は、冷たい風が吹いていた。
季節はまだ冬ではない。
それなのに空気が寒い。
空を見上げれば、昼だというのに薄曇りだった。
馬車の車輪が軋む。
大鷲隊はゆっくり北を進んでいた。
古い火
その手掛かりがあるという、廃教会へ向かって。
ガウルが荷台へ腰掛けながら、干し肉を齧る。
「しかし教会ねぇ。俺ぁ、ああいう辛気臭ぇ場所は苦手だ」
「お前は全部苦手だろ」
エドラムが呆れた声を返す。
古参弓兵は荷台の端で、弓の弦を調整していた。
「酒場以外」
「それは好きだ」
ガウルが真顔で答える。
周囲が笑う。
馬車の空気は穏やかだった。
その後方で、ノイルが必死に荷物を固定している。
まだ慣れていない。
紐の結び方もぎこちない。
ベルネルは苦笑しながら、
後ろから手を貸した。
「そこ、逆」
「あっ」
ノイルが慌てる。
結び目がほどけ、荷物が崩れそうになる。
ベルネルが押さえた。
「だからこう」
「す、すみません!」
ノイルは顔を赤くする。
ガウルが大声で笑った。
「ほんと新人だなぁお前!」
「ベルネルも最初は似たようなもんだった」
エドラムがぼそりと言う。
「やめてくださいよ」
ベルネルが顔をしかめる。
ノイルは少し驚いた顔をした。
「ベルネル先輩も?」
「もっと酷かった」
「馬から三回落ちてたな」
ガウルが追撃する。
「言わなくていいでしょ!?」
笑いが起きる。
ノイルもつられて吹き出した。
その空気を、ラウルが静かに見ていた。
副隊長は馬を並べ、
ベルネルへ低く言う。
「……顔色が戻ったな」
「え?」
「街を出る前、少し張り詰めていた」
ベルネルは少し黙る。
消えかけた子供。
夜。
剣の反応。
考えることは多かった。
だが今は、
仲間たちの声が妙に心地いい。
ラウルは前を向いたまま続ける。
「覚えておけ」
「考え続ける奴ほど、潰れる」
ベルネルは目を瞬く。
ラウルらしい、不器用な気遣いだった。
その時、前方からスカーが戻ってくる。
偵察へ出ていたらしい。
「先に村がある」
「……様子が変だ」
空気が少し変わった。
ヴァンデルが視線を上げる。
「夜か」
スカーは首を振る。
「分からない。でも、静かすぎる」
風が吹く。
冷たい。
ベルネルは無意識に、腰の剣へ触れた。
赤い筋は、まだ沈黙したままだった。
スカーの言葉を聞き、馬車が止まる。
ヴァンデルは手綱を引きながら、静かに前を見る。
「どんな様子だ」
スカーは短く答えた。
「人の気配が薄い。でも、生活の跡はある」
ラウルが目を細める。
「夜か、別の何かか」
その時、森側から音もなくハルトが現れた。
誰も気づかなかった。
気づいた時には、もう馬車の横へ立っている。
ノイルがびくりと肩を跳ねさせた。
「うわっ!?」
ガウルが笑う。
「お前、ほんと足音しねぇな」
ハルトは返事をしない。
代わりに、村の方角を見る。
「……妙だ」
低い声。
それだけで、隊の空気が変わる。
ヴァンデルが問う。
「見たか」
「見た」
「煙がない」
ベルネルは眉をひそめる。
「煙?」
エドラムが代わりに答えた。
「村ってのはな、夕方になれば必ず火を使う。炊事、暖炉、風呂
煙が消えることはねぇ」
ベルネルは村を見る。
確かに家はある。
畑もある。
だが、生活の匂いが薄い。
静かすぎる。
ハルトが続ける。
「人はいる。でも、隠れてる感じだ」
ノイルが不安そうに呟く。
「……盗賊ですかね」
ハルトは少しだけ首を振る。
「怯えてる」
風が吹く。
冷たい。
ベルネルは無意識に、腰の剣へ触れた。
反応はない。
ヴァンデルが判断を下す。
「今夜は村へ入る」
「ハルト、先導。ラウル、後衛警戒。ガウルとドグは中央」
隊員たちが短く返事をする。
動きに無駄がない。
ベルネルはその様子を見ながら、改めて思う。
大鷲隊は、強い。
剣だけじゃない。
長く生き残ってきた、積み重ねの強さだった。
馬車が再び動き出す。
夕暮れの道を、ゆっくり村へ向かう。
その時、ハルトだけが遠くの森を見ていた。
まるで、何かがこちらを見返しているのを、感じているみたいに。
村へ近づくにつれ、静けさはさらに濃くなった。
家はある。
畑も荒れていない。
洗濯物まで干されたままだ。
なのに、人の声だけがない。
馬車の車輪の音だけが、やけに大きく響く。
ノイルが小声で呟く。
「……怖いですね」
ガウルが鼻を鳴らした。
「お化けでも出そうか?」
「やめてくださいよ……」
だがガウル自身も、周囲を警戒している。
ふざけていても、油断はしていない。
それが古参だった。
村の入口へ差しかかった時。
ハルトが手を上げる。
馬車が止まる。
全員の視線が集まった。
ハルトは地面を見ている。
足跡。
ベルネルには分からない。
だがハルトは静かに言った。
「複数」
「武装してる」
ラウルが馬から降りる。
「村人か」
「違う」
ハルトは即答した。
「歩き方が違う」
その時、家の窓が一瞬だけ動いた。
誰かがこちらを見た。
すぐ隠れる。
ノイルが息を呑む。
ヴァンデルが低く言う。
「敵意は」
ハルトは少し黙った。
そして、
「……怯えてる」
次の瞬間。
村の奥から、怒鳴り声が響いた。
「誰だてめぇら!!」
男たちが現れる。
剣
斧
粗末な鎧
五人
明らかに騎士ではない。
ガウルが小さく舌打ちする。
「盗賊か」
先頭の男が、威圧するように前へ出る。
「ここは今、俺たちの縄張りだ。勝手に入ってくるな」
ヴァンデルは馬上から、静かに男たちを見る。
「村人はどこだ」
男が笑う。
下品な笑いだった。
「家の中で震えてるよ。賢い奴らだ」
ノイルの顔が強張る。
ベルネルも、自然と拳を握っていた。
ヴァンデルは感情を見せない。
ただ確認するように問う。
「廃教会を根城にしているのはお前たちか」
男たちの空気が変わった。
図星。
ラウルが小さく目を細める。
盗賊の一人が吐き捨てる。
「だったらなんだ」
その瞬間、ヴァンデルが短く言った。
「……排除する」
空気が凍る。
あまりにも迷いがない。
ノイルが息を呑んだ。
盗賊たちは一瞬怯む。
だがすぐ怒声を上げた。
「やれ!!」
同時に、大鷲隊が動く。
速かった。
スカーが最初に踏み込む。
銀閃。
盗賊の剣が宙を舞う。
ガウルが正面から突っ込み、
男を盾ごと吹き飛ばした。
ラウルは後方へ回り込み、
逃げ道を塞ぐ。
連携
訓練された動き
ノイルだけが、一瞬遅れた。
怒号が響く。
鉄がぶつかる音。
村の静けさが、一瞬で壊れた。
ノイルは剣を抜く。
だが足が止まる。
目の前の盗賊は、怪物じゃない。
人間だった。
荒れた髭
汚れた服
怯えた目
それでも、こちらを殺そうとしている。
「っ……!」
盗賊が斬りかかる。
ノイルは反射的に受ける。
重い。
腕が痺れる。
「ノイル!」
ベルネルが叫ぶ。
だがその頃には、周囲の戦いはもう始まっていた。
ガウルが男を殴り飛ばす。
骨の砕ける音。
スカーは一切止まらない。
剣筋が鋭い。
躊躇がない。
盗賊が逃げようとした瞬間、足を斬り払って倒す。
ラウルは静かだった。
必要最小限。
急所だけを狙う。
まるで作業みたいに。
ベルネルはその光景へ、
一瞬息を呑む。
“慣れている”
騎士として、人を殺すことに。
その瞬間、ノイルの剣が弾かれた。
「っ!」
盗賊が距離を詰める。
短剣
喉元を狙ってくる。
ノイルの目が見開かれた。
間に合わない。
だが次の瞬間、ベルネルが割って入る。
剣で短剣を弾く。
火花
盗賊が舌打ちする。
若い男だった。
痩せている。
震えている。
ベルネルと大差ない年齢に見えた。
男は後退しながら叫ぶ。
「邪魔すんな!!」
その声に、ベルネルの動きが一瞬止まる。
怖いのだ。
相手も、自分も
盗賊はその隙を逃さなかった。
袖から、隠し刃が滑り落ちる。
ベルネルではない、後ろのノイルへ向けて。
ラウルが動いた。
速い。
一歩
一閃
盗賊の声が止まる。
血が飛ぶ
男は何が起きたか分からない顔のまま、崩れ落ちた。
静寂
ノイルが凍りつく。
ラウルは血を払う。表情は変わらない。
「迷うな」
低い声
「お前が止まれば、仲間が死ぬ」
ベルネルは言葉を失う。
ラウルは続けない。
それだけ言って、次の敵へ向かう。
ノイルは震えていた。
剣を握る手が、小刻みに揺れている。
その時、村の奥から、さらに叫び声が響いた。
「まだいるぞ!!」
エドラムの声。
ヴァンデルが即座に命じる。
「教会へ退いてる!」
「全員、進め!」
大鷲隊が村を駆け抜ける。




