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森の魔女の灯火  作者: lled
喪失の夜
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3/18

魔女

森の奥とは思えないほど静かな、鏡みたいな湖。

そのほとりに、小さな家が建っている。


窓から、暖かな灯りが漏れていた。

煙突からは、細い煙が空へ昇っている。


森の中で、そこだけ別の世界みたいだった。


ベルネルは息を呑む。


その時


家の扉がゆっくり開いた。

暖かな灯りが、夜の森へこぼれる。


そして、


少女が立っていた。


長い銀色の髪。


深い森みたいな瞳。


白い肌。


夜の静けさを纏ったような、美しい少女。


彼女はベルネルを見る。


その瞬間、少女の表情が、わずかに止まった。

まるで、信じられないものを見たように。


少女はしばらく、何も言わなかった。

湖の向こうで、木々が静かに揺れている。

ベルネルは無意識に息を止めた。


美しい。


最初に浮かんだ感想は、それだった。

だが同時に、妙な違和感がある。

目の前に立っているのは、確かに少女に見える。

けれど、人間と向かい合っている感覚が薄い。


森そのものが、一時的に人の形を取っているようだった。


少女はベルネルを見る。

ただ静かに。

感情の読めない瞳だった。

深い森の色。

湖みたいに澄んでいるのに、底が見えない。


やがて少女が口を開く。


「……騎士?」


鈴みたいに静かな声。


ベルネルは慌てて背筋を伸ばした。


「王国西方騎士団、大鷲隊所属ベルネルです」


少女は小さく頷く。


「そう」


それだけだった。

驚きも、警戒も、歓迎もない。

まるで、最初から来ることを知っていたみたいな反応。


ベルネルは少し戸惑う。

もっと恐ろしい存在を想像していた。

あるいは、人を拒絶するような何かを。

だが目の前の少女は、ただ静かだった。

風のない夜みたいに。


少女はベルネルを見たまま、わずかに目を細める。

ほんの一瞬。

何かを確かめるように。

けれど次の瞬間には、

何事もなかったように視線を外した。


「入って」


短く言う。


ベルネルは頷き、小屋へ近づいた。

暖炉の匂いがする。

木の焼ける香り。

森の冷えた空気の中で、

その温かさだけが妙に現実的だった。


扉をくぐる。


ベルネルは小さく目を見開く。


小屋の中は、外から見たより広い。


壁一面の本棚。

乾燥した薬草。

見慣れない器具。

吊るされた古いランタン。

そして中央では、暖炉の火が静かに燃えていた。


ぱちりと薪が爆ぜる。


暖かな光が、部屋を橙色に染めていた。

ベルネルは自然と、その火へ目を向ける。


その時、暖炉の炎がふわりと揺れた。

火が持ち上がる。生きているみたいに、空中で静かに形を変える。


ベルネルは目を奪われた。


世界で唯一の魔法。

本来なら、恐れるべきものなのかもしれない。


だが、綺麗だと思った。


暖かな光だった。


少女――リシェルは、炎を指先へ乗せたままベルネルを見る。その視線は静かだった。


けれど、ほんのわずかだけ。

凍った湖面の下に、微かな波紋が広がるみたいに。

彼女の瞳が揺れた気がした。


リシェルは炎を指先で揺らしたまま、静かにベルネルを見ていた。

暖炉の火が、彼女の横顔を淡く照らしている。


「……怖がらないんだ」


唐突な言葉だった。


ベルネルは一瞬きょとんとする。


「何がです?」


リシェルは小さく視線を落とす。


指先の炎がゆっくり形を変えた。


「魔法」


その一言で、部屋が少し静かになる。

ベルネルは改めて、宙に浮かぶ火を見る。

世界で唯一の力。

王国の学者でも、司祭でも、誰にも扱えないもの。

本来なら、もっと不気味に感じるべきなのかもしれない。


だが


「……綺麗だと思いました」


自然と、そう口にしていた。


ぱちり

暖炉で薪が爆ぜる。


リシェルは何も言わない。

ただ、ほんのわずかだけ。炎の揺れ方が乱れた。

ベルネルは気づかない。

リシェルは炎を暖炉へ戻し、静かに背を向ける。


「座って」


木の椅子を示す。

ベルネルは鎧の音を鳴らしながら腰を下ろした。


近くで見ると、小屋の中には妙な物が多い。


見たことのない文字が刻まれた瓶。

乾燥した花。

古いランタン。

壁には地図らしき紙も貼られている。

そのほとんどに、ベルネルは見覚えがなかった。


「お前たち、何を聞きに来たの」


リシェルが棚へ向かったまま言う。

ベルネルは姿勢を正す。


「最近、西方で魔物の被害が増えています」


「知ってる」


即答だった。


リシェルは棚から小瓶を取り出し、中身を鍋へ落としていく。

薬草の香りが広がった。


「森の外側まで、もう匂いがしてる」


「匂い?」


リシェルは少しだけ考えるように黙る。


「……夜の匂い」


ベルネルは眉をひそめた。

聞いたことのない言葉だった。


「夜?」


リシェルは答えない。


鍋をかき混ぜながら、

静かに火を見つめている。

その横顔はどこか遠かった。


やがて彼女は小さく息を吐く。


「あなたたちじゃ、まだ斬れない」


「……何をです」


「夜に触れたもの」


暖炉の火がゆっくり揺れる。

ベルネルは無意識に、剣の柄へ触れていた。

リシェルの声は静かだった。

けれどその言葉だけが、妙に重く胸へ残る。


「だから試す」


彼女は振り返る。

深い森みたいな瞳が、まっすぐベルネルを見る。


「森の奥に洞窟がある」


「そこに、黒角がいる」


部屋の空気が少し変わった。

リシェルの瞳は静かなままだ。

けれど、暖炉の火だけがわずかに小さくなる。


「その角を持ってきて」

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