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森の魔女の灯火  作者: lled
眠りの街
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16/18

宿屋

宿は静かだった。

古びた二階建て、客はほとんどいない。

いる者も皆、どこか眠そうだった。

店主でさえ、何度も舟を漕いでいる。


「夜は外へ出ない方がいい」


鍵を渡しながら、店主はぼんやり言った。


「夢守りが来る」


「役人は動かないのか」


ラウルが聞く。

店主は乾いた笑いを漏らした。


「役人も眠ってるさ」


その言葉に、誰も返せなかった。

部屋へ入ると、ノイルが椅子へ座り込んだ。

肩の傷は浅い。

ハルトが手際よく布を巻いていく。


「しみるぞ」


「……はい」


ノイルの声は暗かった。

視線が落ちている。

ずっと、さっきの男の顔が、頭から離れないのだろう。


「死んでねえ」


ガウルが壁にもたれながら言う。


「だからその顔やめろ」


ノイルは顔を上げない。


「でも……」


「戦場じゃ、もっと酷い」


低い声。

経験の重さがあった。


「躊躇ったら、仲間が死ぬ」


ノイルは拳を握る。

分かっている。

でも、納得できない。


ベルネルは窓の外を見ていた。

夕焼けが長い。

空が沈まない。

街も静かだ。

まるで世界全体が、眠る準備をしているみたいだった。


「ベルネル」


ラウルが呼ぶ。


「少し付き合え」


短い言葉。

ベルネルは頷いた。


宿の裏庭の乾いた井戸、積まれた薪。

夕暮れの赤が、壁を染めている。

ラウルは煙草代わりの草を噛みながら、空を見ていた。


「ノイルを気にしてるな」


ベルネルは少し黙る。


「……はい」


ラウルは笑わない。


「最初は誰でもああなる」


「副隊長でも?」


「ああ」


即答だった。

風が吹く。

草が揺れる。

ラウルは静かな声で続けた。


「初めて人を斬った時、三日眠れなかった」


意外だった。

ラウルは最初から、何でも割り切れる人間に見えた。

ベルネルは横顔を見る。

副隊長は、夕暮れを眺めたままだった。


「でも慣れる」


「……それでいいのですか?」


ラウルは少し考える。


「良くはない」


静かな返答。


「だが、慣れなきゃ死ぬ」


ベルネルは剣を見る。

自分の剣、夜を裂く特別な剣。

でも、人間へ向ければ、普通に人を殺す。

その現実が、妙に重かった。


「ベルネル」


ラウルが低く言う。


「お前は、優しすぎる」


ベルネルが眉を寄せる。


「褒めてねえぞ」


「分かってる」


「お前は、救えると思ってる」


ラウルはゆっくり振り向いた。

その目は真っ直ぐだった。


「でも戦場じゃ、全部は救えない」


夕暮れが、少しずつ暗くなっていく。


「選ばなきゃならん時が来る」


その言葉だけが、妙に胸へ残った。

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