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森の魔女の灯火  作者: lled
眠りの街
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夢守り

ハルトが足を止めた。


「……静かすぎる」


一行も止まる。

路地や建物、洗濯物。全部ある。

でも、人の気配がない。

さっきまであった街のざわめきが、急に消えていた。

ラウルの目が細くなる。


「囲まれてるな」


直後、屋根の上から影が落ちた。

黒い外套に細い腕、顔の見えない男。

一人じゃない。

次々と、建物の影から現れる。

十人ほど。

皆、ぼんやりした目をしていた。

眠っているような顔。

なのに、剣だけは握っている。


「旅人は帰れ」


一人が言った。

声に感情がない。


「火を灯すな」


別の男が続ける。


「夢を壊すな」


ベルネルはゆっくり剣へ手を置く。

男たちの目は虚ろだった。

でも、その奥に、強い敵意だけが残っている。


ベルネルが視線だけ向ける。


「敵か?」


「違う」


ラウルの声は静かだった。


「現実を恐れてるだけだ」


男の一人が剣を向ける。


「ここは、眠る者たちの街だ」


その声だけは、妙にはっきりしていた。


「お前たちは、朝を連れてくる」


空気が張り詰める。

誰も動かない。

夢守りたちは、剣を構えたままこちらを見ている。

目は虚ろで、けれど、その手だけは強く震えていた。

恐れているのだ。

ベルネルたちを。

朝を。

現実を。


ガウルが鼻を鳴らす。


「面倒だな」


斧へ手をかける。

ノイルも剣を抜こうとして、

少しだけ遅れた。

相手は人間だ。

盗賊でも魔物でもない。

ただ、眠りたい人間。

その事実が、剣を重くする。


「退いてくれ」


ベルネルが言う。

夢守りの男は首を振った。


「駄目だ」


「俺たちは戦いに来たわけじゃない」


「同じだ」


男の目が揺れる。


「お前たちは、火を持ってる」


火。

夢守りたちの視線が、ベルネルたちの灯火へ集まる。

怯えるように。

憎むように。


「火は、人を起こす」


別の女が呟く。

涙を浮かべていた。


「起きたら、また全部失う」


その声は、怒りより悲鳴が近かった。

ラウルが静かに前へ出る。


「話し合いは無理そうだ」


短い言葉。

現実的だった。

夢守りたちの呼吸が荒くなる。

誰も殺したいわけじゃない。

でも、止めなければ夢が終わる。

彼らにとって、それは世界の終わりと同じだった。

最初に動いたのは、夢守り側だった。


若い男が叫びながら斬りかかる。

恐怖を振り払うみたいに。

ベルネルが剣を抜く。


金属音、そして重い衝撃。

男の剣筋は荒い。

訓練された兵士じゃない。

普通の人間だ。

だから余計に、苦しかった。


「っ……!」


ノイルが別の男を受け止める。

相手は中年だった。

怯えた目をしている。

なのに、必死に剣を振るってくる。


「退いてください!」


ノイルが叫ぶ。

男は答えない。


「返してくれ……!」


叫びながら斬りつける。


「妻を……娘を……!」


ノイルの顔が歪む。

剣が鈍る。

その瞬間、男の刃がノイルの肩を裂いた。

血が飛ぶ。


「ノイル!」


ガウルが怒鳴る。

次の瞬間、豪腕で男を殴り飛ばした。

骨の折れる音。

男は地面へ転がり、動かなくなる。

静寂。

ノイルが凍りつく。

ガウルは低く吐き捨てた。


「戦場で迷うな」


その声は厳しかった。

でも、怒ってはいなかった。

知っているのだ。

迷えば死ぬことを。

夢守りたちは後ずさる。

怯えている。

それでも、逃げない。


「夢を……」


女が涙を流す。


「壊さないで……」


ベルネルは剣を握ったまま、動けなかった。

彼らは怪物じゃない。

ただ、失いたくなかっただけだ。


夢守りたちは、

じりじりと後退していく。

戦意は崩れていた。

だが、目の奥の執着だけは消えていない。

夢を守る。

それだけで立っている人間の目だった。

倒れた男の傍で、ノイルが固まっていた。

肩から血が流れている。

でも、本人は傷を気にしていない。

自分の剣を見ていた。

震えている。


「……俺」


掠れた声。

男はまだ生きていた。

ガウルが加減したのだ。

だが、苦しそうに呻いている。

ノイルの顔色が変わる。


「俺のせいで……」


「違う」


ラウルが即座に否定した。

冷静な声だった。


「迷ったから斬られた。ガウルが止めなければ、死んでいたのはお前だ」


ノイルは唇を噛む。

理解はできる。でも感情が追いつかない。

ベルネルは夢守りたちを見る。

誰も追ってこない。

ただ、怯えながら、こちらを見ている。

まるで、自分たちが化け物を見るみたいに。


「行くぞ」


ラウルが言う。


「長居は無意味だ」


現実的だった。

この街では、火を灯す者は敵になる。

正しいかどうかではない。

そういう空気が、もう街全体へ広がっている。

一行は路地を離れる。

背後から、小さな泣き声が聞こえた。

夢守りの女だった。

彼女は倒れた男を抱き締め、

何度も謝っていた。


「ごめんなさい……」


「ごめんなさい……」


誰へ向けた言葉なのか、もう分からなかった。

ノイルが立ち止まりそうになる。

だが、ヴァンデルが肩を掴んだ。


「見るな」


低い声。


「全部抱えるな」


ノイルは拳を握る。


「でも……!」


「お前は神じゃない」


ヴァンデルは前を向いたまま言う。


「救えないものもある」


その言葉は、厳しいというより、諦めに近かった。

長く戦ってきた人間の、重い言葉だった。

ベルネルは黙って歩いていた。

胸が重い。

前の村で、喪失を止められなかった時と似ている。

剣があっても、火があっても、どうにもならない。


「夜と似ている」


ベルネルは顔を上げる。


「人は、失うのが怖い」


静かな声。


「だから、止まってしまう」


夢の中へ、過去の中へ、幸福だった瞬間の中へ。


「でも、止まったままじゃ駄目なんだろ」


ベルネルが言う。


夕暮れが近づいていた。

空が赤い。

この街では、夕方が異様に長い。

まるで、夜へ落ちるのを、世界そのものが躊躇っているみたいに。

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