迷いの森
森の魔女は助けてくれなかった。
「助けるって、何を?夢を壊して、現実へ戻すこと?」
責めてはいない。
「でも現実には、もう母親はいない」
「それでも……」
「それでも、現実を選ぶべき?」
ベルネルは答えられなかった。
ガウルが低く息を吐く。
「厄介だな。魔物なら、斬れば済むんだが」
誰も笑わない。
本当にそうだった。
敵が怪物なら、どれだけ楽だったか。
胸の奥が重い。
夜に飲まれて、喪失した人々を思い出す。
もし、あの人たちが夢の中で再び出会っていたら、自分は起こせるだろうか。
「ベルネル」
リシェルが呼ぶ。
彼は顔を上げる。
「あなたは、夢を見ない。だから、分からないのよ」
「……何が」
「戻りたくなくなる気持ちが」
ベルネルは眉を寄せた。
「お前は分かるのか」
リシェルは少しだけ黙った。
「ええ」
小さな声だった。
「とてもよく」
ベルネルはリシェルを見た。
彼女は前を向いたままだった。
表情は変わらない。
けれど、その横顔だけが、少し遠く見えた。
まるで、今もまだ、夢の中の誰かを見ているみたいに。
「リシェル」
ベルネルが呼ぶ。
彼女は振り向かない。
「お前も、戻りたくなかったのか」
風が止まる。
リシェルは数秒答えなかった。
それから
「……あそこには、私達が失ったものがあったから」
静かな声だった。
「温かくて、優しくて、もう戻れないものが」
ベルネルは何も言えなかった。
ノイルがちらりと二人を見る。
若い彼には、全部は分からない。
でも、今の言葉だけで、十分苦しかった。
「それでも、戻ってきたんですよね」
ノイルが言う。
リシェルはようやく振り返った。
その目は少し驚いていた。
「どうしてですか」
真っ直ぐな問いだった。
子供みたいに。
だからこそ、誤魔化せない。
リシェルは小さく目を伏せる。
「……誰かが、現実を見ていないといけないから」
それはきっと、彼女の本音だった。
夢へ逃げることはできる。
でも、全員が眠れば、世界は終わる。
だから、誰かは、夜の中で火を守らなければならない。




