喪失
古い火が灯されてから、村の空気は少し変わっていた。
閉ざされていた窓が開く。
夜になっても、家々の灯りは消えない。
怯えた顔にも、わずかに安堵が戻っていた。
火は、確かに人々を守っていた。
ベルネルは広場の端で、その光景を見ていた。
ガウルたちは酒を飲み始めている。
ノイルは村人たちに囲まれ、ぎこちなく笑っていた。
皆、少しだけ肩の力を抜いている。
その時、小さな女の子が、人混みの間を歩いていくのが見えた。幼い。
不安そうに、何度も周囲を見回している。
「……お母さん?」
小さな声。
返事はない。
少女は灯火の周りを歩く。
人々の顔を見る。
また呼ぶ。
「お母さん?」
ベルネルの呼吸が、少しだけ止まる。
近くの女が、困ったようにしゃがみ込む。
何かを言おうとして、言葉が出ない。
少女はまだ分かっていない。
火を灯せば、戻ってくると思っている。
やがて少女は、誰もいない暗がりへ目を向けた。
ぱっと顔を明るくする。
「あっ」
駆け出す。
だが、そこには誰もいなかった。
少女は立ち止まる。
ゆっくり周囲を見回す。
その小さな背中から、期待だけが消えていく。
広場は静かだった。
誰も声を掛けられない。
ベルネルは、ただそれを見ていた。
火は灯した。
夜は止めた。
それでも、戻らないものがある。
剣を握る手へ、少しだけ力が入る。
けれど、どうすればよかったのか分からない。
灯火が揺れる
暖かな橙色
それは確かに、誰かを救っていた。
だが同時に。間に合わなかったものまで、照らしていた。
ベルネルは、しばらく動けなかった。




