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伊代ならいいよ  作者: ブンピツ


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4/6

伊代ならいいよ 4




 またひとつ、テストが終わった。


 晴れでも、くもりでもない、曖昧な天気だった。

 春でも、夏でもない、もどかしい季節でも、あった。

 そういう、名前のない天気や、季節のように、曖昧な部分には、漠然と何かを埋めたくなる。

 私が。

 なんとなく。私が。

 私自身が、そういう存在なのかもしれない。

 自分でも、なにが言いたいのか判らない。でも、私がここにいなければ、代わりの誰かがいる。

 急に晴れ間がみえて、頭が、まっ白になる。


 今日もまた授業が終わる。


 それから、駅まで歩いて、電車に乗り、真っ黒なトンネルのなか、窓にうつる、自分の顔が、ひどすぎて、めまいがしながら……、電車を降りる。自転車置き場に行くと、偶然、となりの自転車に、見覚えがあり、そこに、鳥居がいた。

 私ははっとした。すぐに姿勢を正した。前髪を、目にかけるようにして、さわった。


「学校楽しい?」、とか、「先生は?」、とか、言いかけた。スタンドを上げた自転車がばんと弾んだ。


 その瞬間に、世界が暗くなった。

 いやちがう私が鳥居の反応を怖がってうつむいているだけだ。


「奈央もさ」


 と、鳥居の! 声がした。

 その、久々にきいた鳥居の声には、変化があって、私は感動すらおぼえた。

 たったそれだけで…私のにごっていた世界に、一滴の光が垂らされて、ひろがったように、想えて、うれしくて、私は、自分が「幸せ」とさえ感じた。

「奈央は、自殺考えたことある」、という、鳥居の言葉に、「私はねえ」、と私は次の言葉をさがす。


 鳥居が大人びてみえる。


 とくにその声は、何日も叫び続けたかのように、落ち着いていた。

 それに、なにより、彼女は、もう眼帯をつけていなくて、ふちの赤い眼鏡をかけていた。

 それがもう! 黒々とした髪に、似合っていて、「かわいいね」、なんて、口にしようとした自分が、恥ずかしかった。


「…きょう親いないんだけど」

 と、鳥居が、きりそろえた前髪をゆびではらった。

 なぜかその声が、ちいさくて…私はしかたなく……、いや、思いきって、ぐっと伊代に距離をつめる。

(学校の顔の整った男子にだってこれだけ近寄られたら私は絶対にキモくて消えたくなるのに…)


 ああもうなんだか心臓が止まりそうだし…いやなんかべつに止まるなら止まればいいんだって。

 

 気づけば押して歩いていた、自転車の、スタンドを踏んで、私は自転車をとめて立たせていた。

 伊代の家を、初めてみた。

【屋敷】、の文字が頭にうかんだ。

 がらりと、玄関のすりガラスの戸をあけながら、

「きしょいよね、うちの目、だからだよね」

 と、私が入ってくるまで、伊代は動かずに、待っているようだった。

 そして、私が入るやいなや、がら。がら。と、戸がしまった。

「そうなの?…ええと、えっと…」

 私は、伊代の言わんとするその、”何か”を、かわしながら、かいだことのない匂いに、戸惑った。


 乱雑に、クツを脱ぎちらかしながら、伊代が、

「この目は…ね、虫眼鏡でむかし、太陽みてね」、と、戸に鍵までかける。

 私は、萎縮してしまって、

「私は、テストがおわった」、と、声を震わせながら、脱いだ靴を、ぴったりとそろえた。


「好奇心って、何なのかね。好きとか嫌いとかもうわからんようち」


「でもね、私は! 私は……鳥居。とりあえず、おじゃまします」


 伊代は、家の中の明かりを、つけようとしない。それでも、窓からさす昼の光で、玄関正面にある、壁時計の、時刻くらいは読めた。四時十三分だった。私はふと靴箱に目をやった。その上に写真立てがいくつも並んである。幼い伊代と、彼女よりもひとまわり体の大きい少年が一緒に、水着姿になって、笑っている写真が、目につく。しかし今まで伊代に兄がいるなんて話をされた事がない。


「ねえねえ鳥居」


「”いよ”の部屋です、…ここは…」


 と、ぽつりと言って、彼女があけ放った、部屋(たぶん伊代の部屋)の、ふすまや、畳は、そのいたるところが、引っ掻かれたように、ささくれ立っていた。

 その”傷”を、尻目に、私も伊代が座った隣に、すとんと、行儀よく正座をした。

 獣の匂いがつんとした。猫かなにかを、飼っているのかと思った。

 そう思ったら、どこかから、みゃあという可愛い声がきこえた。


「そのこはね、二匹目ね」と言った伊代の左目から、とつぜん、涙があふれた。

 私はまばたきをした。


 伊代が、眼鏡をとって、畳の上になげすてた。

「あの……」

 

 そのときだった。

 あの、カラフルで、デカい、ゲームセンターの建物の、裏側に、今、自分が立っている気がした。

 いやそんなことは、ありえないし、もう過ぎた事のはずなのに…、今になって、また、あの、黒いどろどろに、へばりついた、小鳥の命を奪った、まだすこし子供だった、伊代の姿が! どうしてか、脳裏によみがえってくる。

 それでも、私の「意識」は、すうっと、現在の体に、もどりながら、でもなんだか、でも伊代の姿だけは……。

 目の前で、はっきりと、私には、二重に、ブレて…見えている。

…そんな気がした。

 私は、彼女の肩に、手をおいた。

 まるで時間だけが、もどったかのような、”伊代の眼”の、充血のない白さに、顔を近づける。

”目の周りだけ”が、赤くなっていて、次々に涙がでてくる。

 これはどういうことだ。

 なんだ、この違和感。

 私の中でなにかが止まったり動いたりしながら無理やり何かをつなげようとしているこの感じ。……

 彼女にも、”そういうもの”が、あるのか…?

 それ……。

 じゃあ。…

…さ…。…

 わ、私は!

 今!

 

 謝るべきだったんだ!


「あのこしかいなかったのお」


 伊代の体がまるまり、小さくなる。

 あのこ、とは、”一匹目の猫”、のことだと、察した。

 それから私は! 使命感のようなものを、ふつふつと、感じとった。

 すかさず、自分のバッグから、落書きをしまくった教科書を、出して、テーブルの上にひろげた。

 急にそれを、伊代に見せたくなった。「見て見て」

 教科書をひきぬいたときにひっかかって飛びだしたノートの…表紙の靴跡が、汚らしく目立った。


 なぜだかその行為が、今の伊代を、一人にしないで、目の前の伊代を、

「世界に繋ぎとめておく」、私にできる、唯一の手段だと思った。


「は。なにそれ。は…」と、

 伊代は、ひっくひっくと嗚咽しながら、「ははあは…」と、私がめくるページに右目をうごかした。

 教科書にはイラストが印刷されていて、載っているすべての人間の、目や、口から、赤いインクが、流れている。

 

 それをみて、私は、自分でもそれがやっぱり変に思う。(それでもそれを書いたときの気持ちはウソじゃなかったと今でも思い出せる)

「助けて」、というふきだしも添えられてあり、たまらない。

 危なかった。伊代が、へへ、と言った。すると伊代も、バッグから、何やらプリントをとりだして、それを両手でつかみ、びりり。びりり。びりり。と、「死ねよ! 全員! 奈央以外!」

…と、破っていった。

 私たちは、おたがいに正座をしたまま、静かにむきあった。

 両方、目じりに皺ができるほど…耐えながら、それでいてその表情を噛み殺そうという、「歪み」を、自らの顔で、表現しようとしていた。


「いい?」

「いいよ」

 やっぱり。

 だめだよ。

…って、私は、教科書の、血まみれの人間が話しかけてきているように感じて、悪寒がした。

 それは「装い」だよ。

「言葉」だよ。


 って。…


「伊代ならいいよ」「奈央ならいいよ」


 と、熱を帯びた二人の声が、重なった。


  そのたった一言で ひとりでいた時に 意識してしまった 「悪」 の在処とか

  そんなことに本気で怒ったりする 「大人」や 「人間」で いたくない感じだとか

  「しんで」 と言われるのを 覚悟しようとした さみしさとかが ぜんぶ

  ぱっと光って べつの何かに ひっくり返ったような気がした

 

 私たちは抱きしめあった、人生で、一度きりの事だった、私は深く、心臓のまんなかで、「レズ」、と気味悪がるように吐きすてる、学校のガキどもを、呪った、熱い、どうせそのガキと、変わらない、大人の嫌な顔も、鮮明に、ぐちゃぐちゃに想像した、自分の親も、伊代の親も、かわらない気がして、より淋しくなった私は、伊代の胸に、手をあてた、ふくらみを感じて、たしかな鼓動を感じた、「はわ、はわ」、と、伊代が熱い息をもらして、彼女は生きているのだと、感動して、私は! 気持ちよくなって、「伊代は、小鳥をなんで、殺したの」、と、きいた、伊代は、「かわいそうって、奈央も、わかったでしょ」、まるで、私の返答に、水をさすように、ぴたっと、その口で、私の唇をふさいできた、私は、まぶたをとじて、まっ黒な感触で、ぎゅるっと、目が上に回転して、全身がびくっとはねた、「なにこれ」、と、感じて、かわいそうって、どういうこと? かわいそうだったから、小鳥を殺したって、なにそれ、と、私は! 伊代の口から、唇をはがして、「それ、どういう! こと!…」と、自分の胸を、伊代の胸ごと、畳のうえに、おしつけた、どどくん。どどくん。どどくん。と、お互いの心臓の音が、いたい! いたかった! わかるでしょ! …と、すこし、ずれて感じて、泣きそうになりながら…ぎゅっと、つよく、私は伊代を抱きしめた、彼女の返答を、待ちながら、すうっ、すうっ、とおもいっきり、彼女の髪の匂いをかぐと、あのまま、じゃ、見られて、たくさん見られて! 死んでた、から、だからね! 痛いよ! だから! だから! だから! と、悲しいほどよわい力で、伊代が! 私のからだを押すくせに、熱い頬を、私の頬に、こすりつけてくる、「伊代…?」、恐ろしく低く、かわいた音で、伊代が泣き声を、しぼりだすから、私も獣みたいに、彼女の涙を、なめとった、このまま、自分と、伊代の下着をはがしとって、最後まで、したかったけれど、これが誰にも認められない事だと、思うと、涙がでた、その行為が、ヒトのあるべき愛の形ではないとか、そんな、アホみたいなことが、憐れなのではない、ちゃんと、こんなにも、さわれるのに、「交われない」ように、なっている、この世界の腐ったしくみが、悔しくて、涙がでたのだ、まるで「同じ人間は二人もいらない」、と、神にはき捨てられたみたいで、悔しくて、私は! ここには二人いるのに……「学校。やだよ。ママあ。」、と、伊代の左目からみるみる、涙が流れて、止まらない、はわ。はわ。と、私の吐息が熱くなる、また、どどくん。どどくん。どどくん。と、くっついたお互いの、心臓の音が! なんで! 私じゃ! 「わかるよ! あなたが! やさしいから。だから。」だからどうして……と、ほんとうは…ずれていくその音を、うやむやにするように、髪をなで、「私も」、と言って、伊代の、しょっぱくなった左目をなめる、「大好き」、と優しい声を浴びせかけてスカートの上から伊代の足の付け根に手をあててだしたことのない声をだした。


 私でよかったのだろうかとぼんやりと思い続ける。あごをつたうのが汗なのか涙なのか分からないほどだった。それ以上はもう、何もできなかった。私なんかにはどうしてもしてあげられないのだ。



読んでもらえて、嬉しいです。


ちなみに本作はpart6くらいで終わる予定です。

加えて次回の投稿まですこし間が空くと思われます。

(悪口ばかりを書いてしまい反省しております)


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