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敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される――花姫恋奇譚  作者: いか墨ドルチェ
第二章 鬼の後宮妃

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第92話 鬼の住む宮

 翌日から早速、蘭仙(ランシェン)公主たちは、蓮音(リェンイン)の部屋に集まって勉強をすることになった。


 ここには多くの妃嬪たちやその侍女が集っている。学問に通じた者、芸術の才に優れた者、行儀作法に詳しい者……武術に長けた者などなど。


 三人の公主と二人の皇子の教育は、当面の間、蓮音や楚(チュ)昭媛たちが担当する。


 これは、子どもたちだけでなく、妃嬪たちにとっても、非常に有意義な時間となった。


 後宮に来てからというものこれといってすることもなく、ただ日々が過ぎるのを待っていただけの彼女たちに、初めて力を注ぎたいと思える仕事ができたのだ。


 もう成人している妃嬪たちにとって、小さな昇凪(シォンヂー)皇子などは存在そのものが癒しだった。もし自分に子どもがいたならば、どう愛情を注ごうか。そんなことを夢想しながら、彼女たちは小さな皇子、公主たちと過ごすのだった。


 中でも、楚昭媛は、蘭仙公主と年が同じだった。


 二人は、最初こそギクシャクしていたものの、少し話すうちに自然と親しくなった。


 同世代だからこそ、分かり合えることも多いのだ。お互い、今は身近にそういった人がいない中で、良き親友ができたことは、二人にとっては僥倖だった。


「楚昭媛が羨ましいわ。側室だったとしても、あの昇昊(シォンハオ)お兄様の妻なのだから」


「蘭仙公主様は皇帝陛下のことが本当にお好きなのですね。実は私はちょっと陛下が苦手なのです……なんだかいつも怒られているような気がしてしまって……」


「ええー!? そうなの? 昇昊お兄様は、孤高な感じがカッコいいのに」


「楚昭媛は、昇雲(シォンユン)殿下推しなのよね」


「リェ、蓮音様!」


 楚昭媛は少し顔を赤らめた。多くの若い女子は、孤高な男よりも優しく親切な男の方を好むものだ。


「昇昊お兄様の方がずっと男らしくて強そうなのに!」


 蘭仙公主は、それでも自らの推しを強く勧めてくる。


「どんな異性を好むかは人それぞれですよ、蘭仙公主。わたしは昇雲殿下のあの穏やかな雰囲気、好きですよ。皇帝陛下はとてもいい弟君がいて羨ましいです」


「ええっ、それも意外。てっきり鬼姫はもっと強い男が好きなんだと思っていたわ」


「わたしの兄……といっても従兄ですが、彼も昇雲殿下のような風雅で美しい男なんですよ。武骨な武人にはない女性に対する気遣いができるのは、断然文人風の殿方ですよ。恋人にするとなると、少し物足りないですけどね、特に胸板辺りが」


「む、胸板!?」


 楚昭媛と蘭仙公主は顔を真っ赤にしていた。


「……姫様、若いお二人になんてことを教えているんですか」


 三人の会話を聞いていたアマラ修容が少し呆れ顔で会話に加わってきた。


「あら? 武術を嗜むあなただってそう思うでしょ?」


「ま、まあ、確かに鍛え上げた男性の身体は美しいとは思いますけど……」


「鬼姫もアマラ修容も、女なのにどうして武術なんて学んだの?」


 蘭仙公主が疑問を口にした。大昇(ダーシォン)帝国では、女性が、ましてや身分の高い姫が武芸を嗜むことはほぼないからだ。


「私の生まれ育った国は、広大な平原がどこまでも続いている、そんな場所なんです。だから、馬に乗るのは歩くことと同じぐらいごく自然なことでした。そして、城壁もない場所ですので、いついかなる敵と遭遇するかはわからない。だから、男だけに頼るのではなく、自分の力で身を守る術を学ぶ必要があったからです」


 蓮音は、アマラ修容の話を聞いているだけで、剣護(ジェンフー)と二人で駆けた気持ちの良い草原が目に浮かぶようだった。


「わたしの国は、男とか女とか身分とか職業など関係なく、多くの人がやりたいことをするのです。わたしの父はこれでも高名な剣術家でしたので、その影響ですかね。わたしは愛刀を振り回しているときが、一番楽しいからです」


「へぇ……そういうものなのね」


 公主は、女に、しかも皇族に生まれたからには、男に対して従順であり、政略結婚の道具となる以外の生き方はないと思っていた。が、目の前の鬼は、男であり皇帝でもある兄にも堂々と意見をする。しかも、楽しいから剣を振るうのだという。一言でいうと、目からうろこだった。


「蘭仙公主だって、別に政略結婚することだけが生きる道ではないのですよ」


「えっ……」


「愛する男性を見つけて一緒になることだって十分可能ですよ。それに、女だから家にいないといけないのもおかしいと思いませんか? 能力があるならば、それを生かす方法を探したっていいのでは? 昇昊陛下の役に立つ方法は一つではないですよ」


「ねえ、鬼姫、あの……あなたの女の武術というのを見てみたいのだけど……」


「蘭仙公主様は、武術に興味があるのですか? でも、私も見てみたいです!」


「構いませんよ。むしろ望むところです」


 蘭仙公主と楚昭媛に催促されて、蓮音は香隠(シァンイン)に声をかけた。もちろん、彼女も目を輝かせて応じてくれた。


 二人が模擬試合をするというので、皆、勉学や仕事の手を休めて見学に来る。


 後宮に刀や剣はさすがに持ち込めないので、二人が手にしているのは木の棒だった。


 だが、それでも武術に長けた二人が対峙しあう様は、それだけでも十分すぎるほど迫力があって、絵になった。蘭仙公主は息をのんで、その様子を見守った。


「はじめ!」


 万梅(ワンメイ)の掛け声で二人は手にした棒を構える。先に動くのは決まって蓮音である。鋭く素早い突きを繰り出す。香隠は、それを全ていなすようにさばく。


 二人の剣は真逆だった。数多くの攻撃から相手の隙を誘う蓮音に対して、香隠は相手の行動を見極めて見つけた隙を一息に突く。


 気がついたら、蓮音が手にしていた棒は宙を舞っていた。


「はあ、参ったわ! さすが、香隠ね」

「姫姉様がいつもの二刀流だったら、どうなったかわかりませんよ」


 ただの模擬試合とは思えないほど緊迫感に満ちた戦いに圧倒され、一同はしばらく茫然としていた。


「す、すごい! カッコいい!」


 蘭仙公主の一声で、他の者もわあっと声を上げ、拍手を贈った。


 蓮音の宮は今日もいつも以上に賑やかだった。午前中は勉学に精を出し、昼はいつものように大所帯で集まって食べた。


 蓮音(リェンイン)は、今日から始める運動部の活動について、楚(チュ)昭媛たち妃嬪と話し合っていた。


「走るのもいいけど、人によって体力も違うし、みんなでできて楽しめる運動はないかしら?」


 蓮音の問いに、その場にいた何人かが一斉に答えた。


「舞踏なんてどうでしょうか?」

「舞はいかがかしら?」

「皆で踊るのもいいのではないかと」

「武術に限る」


 若干違う答えも混ざっていたが、踊りはいいかもとなる。


「舞であれば、私もお手伝いできます」


 燕(イェン)修媛や斉(チー)充儀も積極的な参加を申し出てくれた。とりあえず、宮女たちが来た際には踊りを、宦官相手には、武術を教えることになった。


 これを聞いていた楚(チュ)昭媛は、「あの、運動部だけで文化部はないのですか?」と聞いてくる。


「私は運動は得意ではないのですが、箏ならば弾けます。私もお役に立ちたいのです」


 確かに、体を動かすことも癒しになるが、音楽を奏でたり鑑賞することも心を和ませる。楽器の習得は一筋縄ではいかないかもしれないが、歌であれば誰でも歌うこともできる。


「うん、文化部もいいと思う! 文化部もやりましょう!」


 こうして、運動部と文化部は一日おきに実施することが決まった。


「あとね、今日広場でみんなが拍手してくれたのを見てちょっと思ったんだけど、誰でも気軽に参加できる娯楽として例えば演劇の上演とかできないかなと。やるのは無理でも見るのは時間さえあれば誰にでもできるでしょ?」


「演劇の上演は難しいかもしれないですね。なにせ大昇帝国にはその手の芸人がほとんどいないのですよ」


 豊苗(フォンミァォ)によると、北黄帝国では演劇も歌舞音曲もさかんだったが、戦乱の際にそれらの芸術家たちが皆隣国に逃れてしまったそうだ。


 戦乱が落ち着き大昇帝国が建国された後も、国の気質に合わないとして重視しなかったため、その手の文化が再び盛んになることもなかった。宴や祭りの際にも、演劇を見るような機会はまずないのだそうだ。


「なるほどね。では、毎週金曜日と土曜日の夜に、まずは可能な妃嬪たちで歌舞音曲を披露するのはどうかしら? そのうち、運動部や文化部の発表の場にしてもいいかもしれないし」


「素晴らしいと思います!」


「祖国では、祭りや儀式の際に相撲や演武を行っていましたよ。そんなのもどうですか?」


「私の国では、季節ごとにお花の鑑賞会をしていましたよ。見物人相手の屋台がたくさん出て、あの頃が懐かしいです」


 アマラ修容や、斉(チー)充儀も新たな提案をする。


「どれも楽しそうだわ。せっかくだからそれも、できるものは全部やりましょう!」


 こうしてみんなで昔を懐かしみつつ、次々と新しい企画を立てるのだった。


 美しい花々が咲き誇る場所と言われる後宮。その花が明るい陽の光を浴びることなく、人知れず萎れかけていた。


 しかし、恵みの雨を得た花のように、この後宮にも再び彩りが戻りつつあった。

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