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敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される――花姫恋奇譚  作者: いか墨ドルチェ
第二章 鬼の後宮妃

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第93話 黒い魔女・賢妃と赤鬼

 約束の時刻になると、蓮音の宮の前には多くの女官や宮女が姿を現した。多くの者たちは周りの様子を窺いながら。


 昨日、一緒に走ったあの一行も全員揃っていた。


 軽い準備運動をした後で、運動部は舞を、文化部は楽器を演奏できるようにして、そのうちに両者を合わせてみたいという話をする。


 まずは、お手本として何人かの蓮音と燕(イェン)修媛、斉(チー)充儀、韓(ハン)充容が舞を、明鈴(ミンリン)と楚(チュ)昭媛の演奏の元に披露する。


 美しい歌舞音曲を身近に見る機会などほとんどない宮女たちにとっては、それだけでも十分満足だった。呆気にとられた表情で、舞姫たちの姿を夢中で眺める。


「今の舞を皆には覚えてもらおうと思うの」

「そんなことが私たちにできるようになるのでしょうか?」

「もちろん、一朝一夕にはいかないけれども、練習すれば必ずできるようになるわ」


 その話を聞いて、宮女たちの瞳が輝いたことは言うまでもない。あの天女のような舞を自分たちができるようになるとは。考えただけでも胸が高鳴る。


 さすがに、初めての舞は思いのほか難しかった。だが、仕事以外で身体を動かす機会などなかった彼女たちにとっては、とにかく新鮮だった。それに目標があるのだ。少しずつ動きを覚えて、いつかあの妃嬪たちのように音楽に乗って優雅に舞うのだ。


 娯楽が極端に少ないこの後宮にあっては、宮女たちにとって舞の練習をすることは今までにないほどの楽しみとなった。


 当然、教える側の妃嬪にしてみても、自分たちが学んできたことが生かせるよい機会となった。


「今日はここまでにしましょう。この続きはまた明後日ね。明日は音曲の練習をするので、そちらにも是非参加してね」


「あの、姫様、楽器にも興味はあるのですが、舞よりも難しいのではないですか?」


「楽器と言っても色々あるのよ。最初は拍子を取る楽器から始めてもいいし、歌を口ずさむのだっていいと思うの」


「歌ですか……それならば私にもできるかも」


 子どもの頃は誰かがどこかで歌を歌っていた。自分も歌っていた気がする。宮女たちには、いつからかそんな生活は贅沢になってしまっていたのだ。


「今日、参加していない知り合いがいたら、是非今日の話をしてあげて。せっかくだから、皆で踊って歌いましょう」


 宮女たちは大満足でそれぞれの仕事に戻ったのだった。


  ◇  ◇  ◇


 午後、蓮音は約束していたように賢妃アヘ妃のもとを訪ねた。そういえば、賢妃もいじめにあっているかもしれないと思った蓮音は、まずはこっそりと宮殿の中を窺った。


 賢妃の宮殿は蓮音のいる宮よりもずっと大きかったが、庭園の手入れが全く行き届いていなかった。


(この後宮はどこもかしこも手入れが行き届いていないのね……)


 後宮に宮女や宦官多しと言えども、彼らは最低限の下働きしかしない。となると、妃嬪を盛り立てるのはそれぞれの実家の力になる。国内の有力者の娘はいいが、遠い属国等の姫の場合は、この支援が行き届きにくいのだ。


 しばらく敷地を進むと話声が聞こえる。賢妃付きの侍女たちの休憩室のようだ。聞き耳を立てるまでもなくそれが賢妃の悪口だとすぐにわかった。


「魔女と鬼の食事のお願いしてきたわ~。全くこんなことで私たちの手を煩わさないでほしいわよね」


「本当に黒い魔女と赤い鬼でお似合いね。あの二人に陛下が見向きもしないのもわかるわ」


「魔女なんて服も持ち物も野蛮人そのもの。本当にあれで姫なの?」


「そもそもあの女のところに陛下が来ないから、私たちが陛下の目に留まる機会もなくなるんだってことをわかってほしいわ!」


「ああ、早く別の宮殿に配属されたいわ。私たちの美貌が無駄になる前に早く!」


 なるほど。小麦色の肌をした黒髪の賢妃が黒い魔女で、紅髪の蓮音が赤鬼というわけか。


「そうね、この簪はお詫びとして私がもらうわ」

「じゃあ、わたしはこの腕輪にするわ」

「ずるい! わたしはこの帯にしようかしら。あの女にはもったいないし、似合わないものね」

「ねえ、いつから早い者勝ちになったの!? 誰が何を取るかはくじで決めましょうよ」


 蓮音が侍女たちの休憩所のほうに向かって歩いて行こうとすると、「蓮音姫! お待ちしていました!」とアヘ賢妃に声をかけられた。


 アヘ賢妃の侍女たちが服飾品を横領をしていることは明らかだが、逆に言うと証拠は彼女たちの手元にあるので、いつでも追及は可能だ。蓮音は彼女の方へ向かった。


「賢妃様、お招きいただきありがとうございます。お食事前かもしれませんが、わたしの故郷の味を持参したので、一緒に食べませんか?」


「おお、それは楽しみだ! さ、こちらへ。あまり綺麗ではなくて申し訳ないが」


 賢妃は本当に申し訳なさそうにしている。


 侍女が掃除をしないのだろう。だったら、宮女や宦官たちに頼めばいいものをそれすらもしていないのだろう。


(あの侍女たち、食事の支度もしていないようだし、一日中ただおしゃべりしているだけなのかしら……)


 二人は蓮音が持ってきた点心を食べながら、先帝の遺児たちに勉強を教えるようになったこと、運動部を作ったことなど他愛のない話をした。


 その話を聞いた賢妃は何かを閃いて、提案してきた。


「人数が増えてくると蓮音姫の宮は手狭ではないですか? せっかくですので、この宮殿をお使いになったらどうでしょう? 私も参加したいが立場上、蓮音姫の宮には行きにくい。といってもこれだけ荒れているとまずは片づけが必要になってくるでしょうが」


「それは名案ですね! では、お言葉に甘えてこちらを使わせてもらいますね。まずは明日、この宮殿の掃除をしましょう、皆で」


「なんだか、掃除の手伝いの催促をしてしまったみたいで申し訳ない」


 賢妃は少し申し訳なさそうにしていた。この場所を提供するのは名案だと思ったのだが、如何せん、この宮殿には昇昊(シォンハオ)も訪れないし、しばらく掃除がされていなかったのだ。


「そんなことはないですよ。ところで、先ほど別室でおしゃべりをしていた侍女たちは自ら掃除もしないどころか、その手配さえしないのですか?」


「彼女たちもかわいそうなのですよ。私なんかの侍女にさせられたから、陛下とお会いする機会もなくて……」


「はあ? あんな人たちに同情なんて不要ですよ。自らの仕事もしない人間を寵愛するほど馬鹿じゃないでしょ、あのムッツリ皇帝も」


「ははっ、蓮音姫は本当に手厳しいな」


「お食事をお持ちしました」


 しばらくすると尚食局の宮女が入ってきた。


 彼女たちが持ってきた食事は下級妃に出しているものと似たようなものだった。青菜の炒め物、根菜の煮物、きのこと卵の汁物と白米だった。先ほど蓮音がもってきた点心のほうがよほど手が込んでいる。


「これが皇帝の夫人に出す食事か?」


 蓮音は直球で尋ねた。お膳を運んできたものは困惑していた。ここの侍女に「いつものを二人分用意して」と言われただけで、まさか恐ろしい鬼姫がいるとは夢にも思っていなかったからだ。


「も、申し訳ございませんっ」


 宮女たちは、急に頭を下げて謝罪した。宮女たちの態度を見ると、やはりこれは本来賢妃に出すべきようなものではないのだろう。


 蓮音は彼女たちを問い詰めたりはせずに、そのまま下がらせた。証拠も証人も、いくらでもあるのだ。今ここで事を荒立てたら、無粋な女官長やら宦官長やらがやってきて調査を始めるだろう。そうなると、せっかくのアヘ賢妃との楽しい時間が終わってしまう。


 二人はその後もいろいろと話した。


 彼女の国の話は実に興味深かった。


 話が佳境に入ると、彼女は好いた男の話しを始めた。


「彼はちょいワルの海賊なんだ」


「海賊!? それはさすがにちょっと意外かも。でも、海の男となると、精悍そうよね。だったら、わかる気がするわ」


「はははっ、蓮音姫らしいな。でも、彼は悪徳商人からしか略奪はしない、いわゆる義賊なんだ。情に厚い男で、子どもたちにも人気でね。普段は航海に出ているから数か月に一度しか会えないんだが、姿を現すときには、必ず珍しい異国の品を贈ってくれるんだ」


「それは素敵ね」


 蓮音の目には、剣護の城にあった珍しい調度品や貴蓉(グゥイロン)の街の異国情緒あふれる光景が浮かんでいた。


「でも、数か月に一度となると淋しいわね。それに心配じゃないの? 海には未知の怪物も多くいると聞くし」


「ああ、そうだな。彼は南海に生息している海の怪物クラーケンと戦ったこともあると言っていたな。それを聞いた時は、さすがに肝を冷やしたよ。次は蓮音姫の番だ。あなたの想い人の話を聞かせて」


「うーん、わたしの好きな人も、実はちょいワルかも」


 蓮音は軽く剣護(ジェンフー)のことを話しだした。魔王だからちょいどころではないかもしれないが。


 二人の話は尽きなかった。


 せっかくだからということで、蓮音はアヘ賢妃の部屋に泊めてもらうことにした。


 二人は同じ寝台に寝っ転がって、寝落ちするまで話に花を咲かせるのだった。

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