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敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される――花姫恋奇譚  作者: いか墨ドルチェ
第二章 鬼の後宮妃

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第89話 いじめを許さない会

 蓮音(リェンイン)は早速「後宮のいじめを許さない会」を立ち上げた。


 会長は蓮音、副会長は剣護(ジェンフー)と香隠(シァンイン)で、まずは後宮内の巡回を行い、それらしき現場を押さえたら直ちに現行犯逮捕し、即罰を与えることにした。


 剣護によると、特にいじめが起こりやすいのは地味な仕事の多い尚服局、尚食局、尚寝局――つまりは衣食住を担当する部署らしい。


 蓮音と香隠は宮女の服に身を包み、それらの作業場を順番に巡回することにした。


 尚服局に来ると、さっそくいじめの現場を見つけてしまう。


「これはお前の仕事よ。お前がやっておきなさい。時間までに終わらなかったら……わかっているでしょうね!」


 先輩たちが一人の宮女に仕事を押し付け、自分たちはしゃべっているだけで何もしていない。


 それだけならばまだしも、わざと彼女の仕事の邪魔をしているのだ。


「あら~、落ちてしまったみたいよ~」


 宮女の一人が、せっかく干したものをわざと地面に落としたのだ。


「それに、ここ、まだ汚れが落ちてないじゃない」


 今度は洗濯物を泥につけて、あえて汚していた。


 さらに「田舎者」「のろま」「どんくさいわね」「やだ、くっさーい」など罵詈雑言の限りを尽くして悪口を言っている。


 蓮音と香隠は目を見合わせてうんと頷くと隠れていた茂みから出て彼女たちの前に堂々と歩いて行った。


「今のもう一度言ってみなさいな」


「はあ? あんた何様? なにあたしらに指図しちゃってるわけ? どこの誰よ」


 いじめの首謀者らしき、この中では一番の年長者と思しき女が蓮音に詰め寄ってくる。


「わたしは、彩華国の珠(ヂュ)蓮音。鬼姫と名乗ったほうがよくわかってもらえるかしら?」


「ははははっ。あんた、頭おかしいんじゃないの? 何が鬼……」


 そこまで女が言いかけたところで後ろにいる香隠がものすごい殺気を漂わせる。と同時に、意地悪をしていた宮女たちの足元に冷気が漂い、徐々に凍り付く。


「ひぃ! な、なによこれ!」


「だから、言ったでしょ。わたしが彩華国の鬼姫だと。お前たちのほうこそ、鬼を怒らせてただで済むと思っているわけ?」


「も、もうしわけございません。どうかお許しください」


 宮女たちは地べたに座り込むと、慌ててペコペコと頭を下げた。


(ちょっと! どうして噂の鬼姫がこんなところにいるのよ!)


「わたしよりも先に謝るべき相手はいるのでは?」


 そう言われて加害者の宮女たちは被害者の方をチラッと見た。


「悪かったわね」

「すみませんでした」

「もうしないわ」


 そして、終始震えている被害者から目をそらすと、まるで心がこもっていない口先だけの謝罪をした。


「叩頭して謝罪なさい」


 蓮音は冷たく言い放つ。叩頭して謝罪など、屈辱的過ぎる。


 だが、鬼姫に言われたからにはやるしかない。「こうなったら後で倍返しにしてやる!」宮女たちは顔を歪めながら跪こうとすると、蓮音に止められた。


「やっぱり、今はいいわ。それよりもお前たち、こちらに来なさい。お前たちには相応の罰を受けてもらう」


 杖刑にでもされるのだろうか、もしやそれ以上……!


 ここに来てようやく宮女たちは、己の今までの所業を後悔した。


 自分たちはただ憂さ晴らしをしていただけで、暴力は振るっていない。多少悪ふざけが過ぎたかもしれないが、罰せられるほどの悪事は働いていないと彼女たちは思っているのだ。


 蓮音は香隠に命じて彼女たちの手に氷の手枷を付けさせた。そして、被害者とともについてくるように命じた。


 罰というのは衆人の前で公開されることで、さらに効果的になるからだ。


 蓮音たちは妃嬪たちの宮殿の前を通り、皇帝の住まいである紫宸殿前まで歩かせた。


 途中、彼女たちの行列に興味を持った妃嬪や宮女が集まっては、ひそひそしゃべりながら見学をしている。大勢の注目が集まった中で、蓮音は改めて加害者たちに被害者に対して叩頭で謝罪をするように命じた。


「わたしはお前たちが恐れる業火の魔戦鬼こと鬼姫である。今からここで、罪を犯した宮女たちの断罪を行う。周りにいるものもよく聞くがよい!」


 鬼姫が宮女の服装で何をしているかと思ったら、罪人となった宮女の断罪をするという。


 要するに鬼姫流の「制裁」を行うのだろう。これは見ものだ。怖いもの見たさでさらに人が集まってくる。


「お前たちは、これなる宮女に対して自らの仕事を押し付けたうえで、更にその仕事を妨害し、あまつさえ口汚くののしるという卑劣な行いをしていた。その罪は決して軽んじるべからず。この場にて、叩頭して謝罪せよ!」


 加害者たちが叩頭して謝罪をする中、蓮音は周りの見物人たちにも告げる。


「今、わたしはこの場でこの者たちが犯した罪状を明かした。この場にいる者は証人である。再びこの者たち、あるいはほかの者が同じような罪を犯そうとしているならば全力で止めなさい。それができないのであれば、見て見ぬふりをしていた者も同罪とみなす! 密告は奨励しない。ただ、密告があった場合は、それ以後被害者には護衛をつけ、現行犯のみ今回と同様に罰することとする」


 こんなことを言われたらもうやり返しができないではないか! この程度のこと皆やっているのに……。自分たちだけ捕まるなんて納得いかないと思っていると、蓮音が高らかに宣言する。


「では、これよりこの者たちに罰を与える!」


「えっ、大勢の前で叩頭させられたことが罰ではないの!?」


 加害者たちは愕然とする。


「お前たちの罪は、怠惰な心と嫉妬心である。汗と共に己の欲を洗い流し、歪み切った心を改めよ。二度と姑息な真似ができないように、この者たちの精神を鍛え直す!」


 蓮音には持論があった。健全な肉体にこそ健全な精神が宿る。


 蓮音は加害者たちにこの広場を十周走ることを命じた。そして、それをみて嘲笑したものも同様に走らせるという。


 聴衆たちは、加害者を笑い飛ばしてやりたい気持ちをなんとか堪え、この面白い見世物を見守った。


 蓮音が先頭に立ち、間に加害者の七名が入り、最後尾は香隠で、後ろから睨(にら)みを利かせる。


 走らされていた宮女たちは、最初こそ大勢の目にさらされている現状がただただ恥ずかしかった。


(こんな屈辱……もう、こっちを見ないで!)

(大勢の前で……恥ずかしすぎるわ……)


 次第にそれも感じなくなる。


 息が上がり足が痛くて何度も止まりかけるが、後ろから香隠に追い立てられて休むことなどできない。


(ああ、もう、足が動かない……!)

(息が続かない! 止まりたい、休みたい!)


 何周かするうちに彼女たちはいろいろな限界を突破していき、だんだん無心になってきた。


 十周終わるころには、大量の汗とともに憑(つ)き物がとれたように晴れ晴れしい気持ちにさえなってきた。


 十周を走り終え、普段運動などしない彼女たちの体はもうガクガクだったが、涙を流しながら被害者に謝罪に向かった。今度こそ、心からの真剣な謝罪だった。


「ごめんなさい。私たちが間違っていた。あなたには悪いことをしたわ。私、どうかしていたの、謝って許されることじゃないけど、本当にごめんなさい」


 宮女たちは涙を流していた。ボロボロになりながらも真摯に頭を下げる姿に、見物人たちは感動を覚え、込み上げる感情に自然と目頭を押さえる者もいた。


「あの、私も実際仕事が遅くて、のろまで、みなさんの足を引っ張っていましたから……確かに先の見えない日々は辛かったですが、こうして謝罪していただけましたし……」


「これからは皆で協力しあって、助け合いながら与えられた仕事に全力で取り組むように。困ったことがあったら、誰かに八つ当たりをする前にわたしのところに相談に来なさい」


「はい、ありがとうございます。姫様にも心から謝罪いたします」


 被害者と加害者だった宮女たちは一斉に頭を下げた。


 最初はただ、制裁を受けている人間を心の中で嘲笑しながら眺める面白い見世物だと思っていたのに。気づいたら感動的な場面が目の前で繰り広げられていた。見物人たちは自然と拍手をした。


 蓮音も、これほどあっさりと事が丸く収まることは想定していなかった。


 そして拍手を受けて、閃いてしまった。


「決めた! わたしはこれから運動部を立ち上げる! 会員資格は後宮の住人であること。妃嬪、宮女、宦官など身分は問わない。希望者は毎日申の刻――午後三時頃――にわたしの部屋の前まで来るように。一緒に走り、体を動かして、清らかな汗を流し、美しい友情の絆を育みましょう!」


 先ほどの被害者と加害者も、「私たち、あまり運動は得意ではないですが、参加してもいいのでしょうか?」と聞いてくる。


「もちろん! 得意な人も不得意な人も誰でも大歓迎よ。体を動かすのってとっても楽しいでしょ!」


 蓮音はにっこりと笑った。

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