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敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される――花姫恋奇譚  作者: いか墨ドルチェ
第二章 鬼の後宮妃

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第87話 大昇帝国の女兵士

 剣護(ジェンフー)と新しい街を一緒に作っていく。


 まだまだ未完成で困難も多いかもしれないが、ここならば後宮で知り合った人々も難なく受け入れられる。みんなで力を合わせて新しい街を作っていくのだ。


 蓮音(リェンイン)の胸は期待ではち切れそうだった。


「新しい国と街の名前を考えておいて」


 剣護は、重大な任務と茶梅(サザンカ)の花を蓮音に残してどこかに去っていった。


 茶梅の花言葉は、「困難に打ち勝つ」である。この難局を――といっても、剣護は大した難局だとは思っていなさそうだが――一緒に乗り越えようという意味であろうか。


 蓮音はさっそく明鈴(ミンリン)たちに黄倉(ファンツァン)の街のことを伝えた。受け入れ先が確保された今、これで心置きなく、後宮から連れ出してあげたい人たちを誘うことができる。


 こうして仲間が増えてくると、さすがに支給されたものだけでは夕餉の食材が足りない。


 もちろん、一国の王女であり未来の皇后でもある蓮音にはある程度の量は支給されているが、ほかの妃嬪たちの食材は量も少なく、かなり偏りがあった。


「お肉も果物ももっと食べたい!」


 ということで、蓮音は狩りに行くことにした。簡単には出られないはずの後宮の外に出て。


 この国も王城近くに兵士の練兵場があるはずだ。その近くにはきっと魔物の狩場もある。魔物の生息地は山林であることが多いので、運が良ければそこで果実を採ることもできる。


 兵士の練兵場は、当然王宮の外にある。後宮に住む人間が行こうと思って行ける場所ではないのだが、とにかく蓮音は行くことにした。


 腕の立つ香隠(シァンイン)が同行する。


 こういう時、もう一人のお供は万梅(ワンメイ)なのだが、今日は妃嬪や侍女たちの教育係として残ることになった。代わりに土属性の防御魔法が得意な晴詩(チンシー)が同行する。


 元神官であり、真面目な晴詩は、定められた規則を破るようなことをするのは初めてだ。ちょいワルな初体験にちょっとドキドキしていた。


 まず、蓮音たちは堂々と後宮の門から外に行こうとした。


「彩華(ツァイファ)国の第一王女珠(ヂュ)蓮音である。扉の向こうに用事があるので門を開けてほしい」


 後宮と外朝の間にある門の前で、そこの門番に頼んでみた。当然、断られる。


「こちらの門は命令があるとき以外は開けられません。どうかお戻りください」


「ならばやむをえまい。お前たちは少し眠っているように」


「はい?」


 驚き顔の門番に、蓮音は鋭い手刀を食らわせる。門番はあっけなく崩れ落ちた。


「少し出かけます。逃げたわけではないので、そのうちに戻ります。珠蓮音」


 一応、門扉に書き置きを張り付けておく。そして男の身長の五倍は優に超えている城壁に跳び上ると、反対側に飛び降りた。


 反対側にいた門番たちは、急に上から人が下りてきたので驚く。


 後宮からの脱走か? こんな日中に、堂々と!


「おい、待て!」

「何者だ!?」


 当然、蓮音たちを捕らえようとするが、門番ごときに蓮音が捕まるわけはない。


 突き出された槍を軽くいなして、拳を腹に入れる。


「ぐはっ……」


 一声上げたかと思ったら、門番は気を失った。香隠たちも同じように門番を片付けていた。


 今の服装ではさすがに目立つので、気を失っている門番たちの鎧を脱がせ、身にまとう。変装になっているのかかなり怪しかったが、とりあえず遠目にわからなければ構わない。


 このまま素知らぬ顔で宮城の外に出て練兵場を探そうと、堂々と外朝を歩く三人。しばらくすると、遠くに武人らしき男たちの一団が、列をなして出かけようとしているのが目に入った。


「訓練に行くところかしらね。あれを追いかけましょう。そうすれば、狩場もすぐに見つかるはず」

「だ、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫、大丈夫!」


 心配する晴詩の言葉に軽く返答して、三人は、急いで後を追う。


 その一団は西門から城外へと出ようとしていた。その最後尾に紛れ込むのだ。だが、当然、見つかってしまう。


「お前たち何をしている!?」


「はっ、狩りに行くところであります!」


 蓮音は正直に答えた。


 兵士とは思えない女のような声が返ってくる。しかも、小柄な兵士がたった三人で狩りに行くなどと、不可解なことをいうものだから、列の後ろの方にいた男たちは声を上げる。


「何だと?」

「怪しい奴め!」

「取り押さえろ!」


 怪しい三人を取り押さえるべく、男は蓮音に手を伸ばした。


「いててててててっっ!!」


 その手が蓮音に届く前に、逆に腕をねじり上げられる。


「お前、女ではないか!? 女がそのような格好をしてここで何をしている!?」


 すると兵士たちの騒ぎを聞きつけた隊長と思しき人物がやってくる。


「貴様、何者だ!?」


「えっとですねぇ……まあ、何者かと言われるとですねぇ……これが結構答えにくくてですねぇ……」


 兵士の腕をねじり上げたまま、蓮音はもごもごと口ごもりつつも、隊長の質問にできるだけ誠実に答えようとした。


 このような状況で、自分に問い詰められても平然としているその女の姿を見て、「もしやこの女、彩華(ツァイファ)国の鬼姫では?」と隊長は思い至ってしまう。


 兵士の格好をして外朝をブラつく、素っ頓狂な行動をとる女など、この国にはまずいない。


 いや、これはもう噂の鬼姫以外ありえないだろうという結論に至る。


(とてつもなく恐ろしい女と聞いていたが、普通にかわいいじゃないか)


「待ってくれ。こちらに失礼があったのであれば謝ろう。ひとまずその者を離してもらえないだろうか?」


「わかりました」


 蓮音は素直に手を離した。ねじり上げられていた男の腕は無残にも真っ赤に腫れあがっていた。


「ところで、あなた方はどちらへ?」


 隊長らしき男は、急に丁寧な口調で尋ねてきた。


「えっと、信じてもらえないかもしれませんが、正直な話をすると狩りに行こうかと。ということで将軍、一つ伺いたいのですが、この辺りにいい狩場はありますか?」


(ちょっと待ってくれ、狩りに行くだと? 後宮の妃が侍女と三人で??)


 さすがは鬼姫というべきか。この鬼姫なる女、想像以上に面白い。


 そういうことであれば同じ武人として彼女の実力を見ておきたいという欲が湧いてくる。


「狩場でしたら、我々がこれから向かう練兵所の隣にありますよ。せっかくですので、ご一緒にいかがかな?」


「おおっ、さすがは将軍! その辺の下っ端兵士と違って、話が分かる! では、ご一緒させていただきます」


「……あの~、大丈夫なのでしょうか……?」

「大丈夫、大丈夫!」


 心配そうに耳打ちしてくる晴詩に対して、蓮音は自分たちが悪いことをしている自覚がないのか、あっけらかんと答えるのだった。


 話の分かる将軍は、三人のために馬まで用意してくれた。


「その鎧、大きさが合っていないようだが? まだ着ている必要がおありかな?」


「ああ、そうですね、いらないですね。無駄に重たくて臭かったから早く脱ぎたかったんですよ!」


 蓮音が鎧を脱ぎ捨てると、また晴詩が「あの、本当に大丈夫なのでしょうか?」と念を押すように聞いてくる。


「捕まえる気があるならば、とっくにそうしてる。だから大丈夫。ね、将軍」


 蓮音はあえて男に聞こえるように返事をした。


 蓮音も馬鹿ではない。この男の地位が将軍かどうかまではわからないが、明らかに怪しい蓮音たちを見逃してくれているところをみると、相当権力を持っていることは確かだ。


「はははっ、まあ、そうですな。女兵士殿。では、参りましょうか」


 男は嬉しそうに答えた。


 馬に乗る必要があるだろうかというぐらいすぐ近くに練兵場はあった。そしてその裏手には鬱蒼とした森林が広がっていた。いかにも魔獣が潜んでいそうだ。


 もともと男たちは狩りではなく訓練のためにここにきたのだが、護衛と偵察、それから脱走の防止も兼ねて蓮音たちの狩りに同行した。


 森に入り、しばらく行くと早速一角猪が突進してきた。


「危ない!」


 と男が声を上げたときには、晴詩が投じた魔力を持った石が一角猪の目に直撃。その隙に香隠が高く飛び上がり、一角猪の背中に飛び蹴りを食らわせる。


 猪が意識を失って倒れたところで、蓮音が悠々と呪文を唱える。


「スリーゾーン・ファイヤー! とっととおいしくなりなさい!」


 大きな猪はあっという間に火に包まれた。


 十分に火が通ったところで、今度は香隠が氷魔法を唱える。


「細雪のごとき氷の粒よ……食材の旨味、水分をしかと中に留めるべく、瞬時に凍らせよ……ラピッド・フリージング……」


 これで、猪の丸焼きの瞬間冷凍の完成だ。


「よし、お肉確保! 次行きましょう!」


 第五皇子から鬼姫は野獣の肉を食らうとは聞いていたが、本当に食べるのか……。


 兵士たちは恐れながらも、彼女たちの手慣れた魔獣討伐の様子を見て、「おおっ」と感嘆の声を漏らした。


 そんな調子で蓮音たちは次々と魔獣を仕留め、瞬間冷凍させていった。


 ついでに栗や柿、林檎などの果樹を見つけては、男に「将軍、これ、採ってもいいですか?」と確認したうえで収穫していた。


 将軍や兵士たちは果物の収穫を多少手伝うものの、魔獣討伐はせずにただ蓮音たちの様子を見守っていた。


 またしても晴詩が「大丈夫ですかね?」とひそひそ声で話しかけてくる。


 今度は、蓮音たちの戦い方を帝国の兵士たちに見せてしまってもいいのかと聞いているのだ。


 蓮音はそう問われていることをわかって、「大丈夫だって」と答えた。


 確かに手の内をすべて明かすのは下策だ。だが、蓮音は少し明かすぐらいは構わないと思っている。


 お互いの実力が分かってこそ、通じる話もあるのだから。


 一刻ほどで満足な量の食材が確保できた。


「将軍、ありがとうございました。おかげで当面の食料を確保できました。せっかくですので、お礼に食事を振る舞いたいのですが、どこのどなたを訪ねたら将軍に会えるでしょうか?」


 ここにきて、蓮音は初めて男の名を尋ねたのだった。

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