第83話 三人の夫人たち
九嬪たちとのお茶会は得るものも多く、なかなかに充実した時間となった。
蓮音は離れた棟に住む楚昭媛たち三人も夕食に誘った。
若い楚昭媛と草原の民のアマラ修容は喜んで応じてくれたが、秦修儀は静かなのが好きだと言って断ってきた。
秦修儀にとっては、昇昊は従兄である。それに、秦修儀は、さすがに昇昊を嫌だとは思ってなさそうだった。その昇昊の悪口大会になりそうだったのが嫌だったのかもしれない。蓮音は少し反省した。
午後には、本丸ともいえる三人の夫人たちとのお茶会が待っていた。蓮音は宮女に案内されて貴妃の宮に赴いた。そこにはすでに、淑妃と賢妃も到着していて着座して待っていた。
曹貴妃は、建国の功臣でもある司徒の娘で、妃嬪の中の側室歴も年齢も最年長者だった。
昇昊の側室となってから六年。漸く貴妃にまで上り詰めたのだ。あと一歩というところで蓮音に皇后の座を奪われてしまった。
貴妃は美人ではあるが、どこか冷たく人を突き放したような印象を受けた。
それを取り繕うこともせず、初めて顔を合わせる蓮音に対しても、険悪な空気を漂わせていた。
昇昊の最初の妻が流産して亡くなったのも、その後、昇昊の側室が誰一人身ごもらないのも、彼女が毒を盛ったからだという噂が後宮内では度々ささやかれていた。もちろん、これといった証拠は何も見つかっていないのだが……。
実際に、貴妃に目を付けられた妃嬪の多くは何らかの形でこの後宮を去っている。
つい数か月前も、徳妃が美しい男に現を抜かしていることを告発し、彼女を賜死に追い込んでいる。徳妃が男と密会を重ねるように仕組んだことでさえ、彼女の仕業ではないかという噂されるぐらいだった。
建国の功臣にして宮廷の高官の父親という、強力な後ろ盾が近くにいることは何よりも彼女の強みだった。
劉淑妃は嬪の中の序列一位の趙昭儀と並び、後宮の華の呼び声高い美女だ。
今では年齢と側室歴だけでなく位も序列二位の座にあった。嬪からここまで上り詰めた自負もある。あと一人と思っていたところでまさかの伏兵がやってくるとは……と苦々しく思っていた。
アヘ賢妃は南方にある海洋国家の姫だった。肌が色黒く、体格も大きかった。賢妃という高い位にあるのは、彼女の出身国が帝国の貿易相手国でもあり、海軍力で協力関係にあるためだ。
四人のお茶会はとても重々しい雰囲気だった。四人の紹介は文仙女官長がおこなったが「よろしく頼みます」と口にした蓮音以外は言葉一つ発せず、目配せをする程度だった。
その後も曹貴妃は後ろに控えている侍女にこそこそと何かささやくものの自分は直接話そうともしない。
何から話すべきかと蓮音が考えていると、ついに劉淑妃が口を開いた。
「蓮音姫様は、母国に恋人がいらっしゃったとか。本当ですの?」
「まあ、そうですね」
実は母国ではないけれども……と思いながら質問に答える。
「どういった身分のお方なのですか? 皇帝よりも高い身分ではないにしてもそれなりに高位の方だったのかしら?」
これは、ある意味難しい質問だ。魔王は国王とは少し違う気がするし、それこそ剣護は彩華国でこれといった位や役職についているわけではない。
それにこの質問の「意図」を考えると答えはこれしかない。
「違いますよ。彼は王族でも、貴族でもありません」
「まあ!」
劉淑妃は大げさなまでに驚いてみせた。
「驚かれるようなことではありません。わたしの国では、身分を超えた恋愛も結婚も、ごく普通のことですので」
人と人との関係性の中には、身分の上下よりも大切なものがあることを理解してもらいたい。だが、自身も身分が高く、しかもそれに固執している者がそのことを理解するのは容易なことではない。
「どのような方でしたの? 平民との恋だなんて、まるで小説の中の話のようだわ。ぜひ、詳しいお話が聞きたいわ! ねえ、曹貴妃様」
曹貴妃は顔の前の扇子を少しずらしたものの、「聞きたい」とも「そう思わない」とも答えなかった。ただ、興味がないわけではないのだろう。劉淑妃はさらに話すように促してくる。
(あー、これ、絶対に馬鹿にしている系のやつね……)
話したいわけではないが、ほかにこれといった話題もないので、蓮音は剣護との話を掻い摘んで、ところどころ誤魔化しつつ語って聞かせた。
「彼との出会いはお互いがまだ子どもの頃、魔物に殺されそうになっているところをわたしが助けたのがきっかけです。その後、彼は武人として鍛錬を重ねて、わたしの護衛を務めてくれています。今ではわたしが全く敵わないぐらい強くなって……。それから毎日のように花を贈ってくれるんです。どんな頼みごとをしても嫌な顔一つせずに何でも叶えてくれて、それに、顔も身体もすごくカッコいい……」
最後の一言を口にしたとき、蓮音は無自覚に頬を赤らめながらうっとりとした表情をしていた。その話を聞いて、劉淑妃は不快そうに顔をゆがめた。
(たかが平民の男に愛されているからって何よ!)
「……その平民の方とは泣く泣くお別れになったのかしら?」
「別れてはいません。今はただ少し離れているだけです。わたしは彼と添い遂げたいので、陛下の妻になるつもりはありませんから」
蓮音はきっぱりと答えた。
「それはまあ、とても素晴らしいわ。身分を越えた愛ですのね。わたくしも姫様の尊いお気持ちにお力添えしたいわ」
劉淑妃の言葉はいちいちわざとらしいし、こんな話を振ってくる意図も見え見えでうんざりである。
先ほどの趙昭儀と魏昭容もそうだが、昇昊を強く求めている夫人は皆、自分のこと、目席のことしか考えていないように見える。昇昊が、「後宮に愛しいと思う女性は一人もいない」と言っていた意味がわかる。
「それはありがとうございます。陛下に、蓮音は皇后には相応しくない、恋人との口づけと彼の逞しい胸が恋しいと話していたとお伝えいただけると幸いです」
蓮音は、結構な爆弾発言をしながらも、恭しく頭を下げた。
敵が一人減るのは大歓迎なのだが、劉淑妃は「恋人が恋しい」と幸せそうに語る蓮音の姿が、不愉快でたまらなかった。
「ところで、このような話が出たついでなのですが……」
蓮音は今の効率の悪い後宮制度を少し変えて、昇昊の子を設けることを優先したいので、協力してほしいと伝えた。
下級妃は本人か昇昊が望まない限り一度妃嬪から外すこと、昇昊の子を産む意志のある妃嬪で、その日最も懐妊の可能性の高いもののところに優先的に昇昊が訪れること、最終的な後継者は生まれた順番ではなく、皇帝と子のある妃嬪、官吏たちの話し合いで平和的に決めることなどを提案した。
夫人たちにとっては、宿敵が減るので、悪い話ではない。貴妃と賢妃は何も答えなかったが、劉淑妃は大喜びだった。
きどく気疲れするお茶会が終わり、劉淑妃は迎えに来た輿に乗って自分の宮殿に戻っていった。
蓮音は輿に乗らず、歩いて戻ることにした。後宮の様子をゆっくり見てみたかったのだ。
すると、先ほどまでほぼ口を開かなかった賢妃が「ご一緒させてください」と歩いてついてきた。
「輿に乗らなくてもよろしいのですか?」
「そういう玉ではないので」
先ほどまでほとんど無表情だったアヘ賢妃は歯を見せて笑った。
「先ほどの話ですが、私は陛下の夜伽候補から外してください。陛下は私のところには来たいと思っていらっしゃらないので」
アヘ賢妃によると、彼女も一度も昇昊と閨を共にしたことがないらしい。
「皇帝陛下は私との間の子を望んでいないのでしょう。私との間に生まれる子は、この国の人間からみたら、肌の黒い、いかにも異国人になるでしょうから」
蓮音も、ここまで妃嬪たちの話を聞いて、昇昊の好みは実にわかりやすいと感じていた。女官長の言うように、生まれてくる世継ぎが、跡取りとして誰の目にも相応しいことが第一条件なのだろう。
それに、女官長は寵愛に偏りはないと言っていたが、確かに誰も愛していないので、偏りようもないこともわかった。
それでも、もっとも可能性があるのは、昇昊の従姉である秦修儀だろう。彼女と親しくできれば、昇昊も少しは愛に理解のある、優しい男になるのではないか。
賢妃は話してみると気さくな人だった。彼女の国は、真珠や珊瑚、貝などの装飾品の材料の生産が盛んだそうだ。
「姫が身に着けられている真珠も、我が祖国で生産したものかもしれません」
蓮音が髪に挿した簪の真珠が揺れていた。蓮音は簪にそっと手を伸ばす。
彼女がここにいるのは、小麦などの穀物を安定的に確保するためだそうだ。彼女の母国は小さな島の寄せ集めで、国土が狭く、海産物は豊富ながら大規模な農業は適していないのだそうだ。その代わりに、航海技術と海軍力には定評がある。
水が苦手な蓮音は、正直に「わたしはそこでは暮らしていけそうにもないです」と苦笑いしながら伝えた。
(だけど、いつか行ってみたい……。剣護と一緒ならば、怖くないかな?)
アヘ賢妃と親しくなり、今度一緒に食事をする約束もした。
「私の宮は広いのですが、女官の質が低くてきちんとおもてなしができないかと。できれば姫の部屋にお招きください。私もほかの妃嬪たちと親しくなりたいので……」
(女官の質が低い? 序列の高い賢妃なのに? あ、これ、絶対に女官が意地悪している系だな)
「そういうことでしたら、余計にアヘ賢妃様の宮に伺いたくなりました。これでも立場的には一応後宮の長のようなものなので」
蓮音の言葉を受けて、「そういうことでしたら……」と賢妃も応じてくれたのだった。




