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敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される――花姫恋奇譚  作者: いか墨ドルチェ
第二章 鬼の後宮妃

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第82話 嬪の八人

 下級妃たちに次いで挨拶にやって来たのが、嬪の位にある八名だ。


 そのうちの三人、燕(イェン)修媛、斉(チー)充儀、韓(ハン)充容とは、昨日すでに親しくなっている。


 そういえば、昨夜、昇昊は趙(ヂャオ)昭儀のところへ行くと言っていた。だからか、昭儀はあからさまなドヤ顔で、しかも予定の時間に遅れて到着した。


 昭儀は九嬪の中では最上位であり、一つ空席がある夫人の座に昇格するのは自分だと信じて疑っていない。彼女に言わせると、何だったら自分が皇后でもいいくらいなのだ。彼女は礼部尚書の娘だが、礼部尚書は数少ない北黄(ベイファン)帝国からの旧臣、帝国内でも名門中の名門だった。


 彼女から見ると昇昊は成り上がり者の息子にすぎない。それなのに自分が属国の姫や新興貴族の娘よりも地位が低い九嬪の座にあることが許せなかった。その野心が無意識のうちに昇昊を見下すような態度となって表れていた。結果として、昇昊に苦手意識を抱かせてしまっていた。


「昨夜はあまり眠れませんでしたので、支度に手間取ってしまいましたの。ご挨拶が遅くなりましたことお詫び申し上げますわ。姫様は辺境の異国から来られたばかり。格式と伝統ある黄帝国時代から続く後宮のしきたりなどほとんどご存じないでしょう。さぞかし戸惑われていることと拝察いたしますわ。姫様が早く帝国の文化に馴染めますように、微力ながら私もお力をお貸しいたしますわ」


 言葉の節々に蓮音に対する優越感が見受けられる挨拶だった。


 辺境の異国と言うが、蓮音にしたらこの国のほうがよほど辺境だ。


 昨日の女官もそうだが、なぜこの国の人は自分たちが世界の中心にあると思っているのだろうか。


 井の中の蛙大海を知らずとはまさにこのことだなと蓮音は苦笑いするしかなかった。


(ああ、この人、めちゃくちゃ苦手)


 蓮音はそう思いながらも、軽く微笑むと「よろしく頼む」とだけ答えた。


 序列二位の魏(ウェイ)昭容は工部侍郎の娘で、一言で言うと自分が一番かわいいと思っているあざとい女だ。見たこともないような流麗な蓮音の服装を見ると、一瞬、凶悪な目つきになり、歯ぎしりをした。


 が、すぐに笑顔を作るものの、隠し切れない敵意をむき出しにした挨拶をしてきた。


「鬼姫と聞いていたので、とぉーっても怖い人だったら、どぉしようかと思っていましたが、ちゃんと人間の姿をしていてよかったですぅ。ほっとしましたぁ。あのぉ、あたくし、陛下にはすっごくかわぃがられているのでぇ、皆の恨みを買っちゃってるんですけど……だからって、いじわるな人たちと一緒になってあたくしのこと、いじめないでくださぃね、オニヒメさまっ。うふっ」


 魏昭容の言葉に凄まじいまでの反応をしたのが、隣にいる趙昭儀だった。汚いものを見るような目を魏昭容に向けていた。


(この手の人も苦手だわ……)


 蓮音は苦笑いを浮かべていた。


 二人は、己の野心をまるで隠そうとしていないように映る。自分が一番でないと気が済まない性質(タチ)という点では一致していた。もちろん、水と油のように、真逆で相容れない関係ではあった。


 蓮音は少しだけ、昇昊(シォンハオ)に同情していた。この二人はどう考えても、彼が気に入って召した妃ではないのだろう。高官の娘となると、いわば押し付けられたようなものだ。


 楚(チュ)昭媛は属国の姫で、まだ十四歳と側室の中では一番幼い。


 秦(チン)修儀は御史台大夫の娘で、昇昊の母方の従兄妹でもあった。


 草原の民の部族長の娘のアマラ修容、昨日親しくなった燕(イェン)修媛たち。


 全員から一言ずつ挨拶を受けた後、蓮音は皆に茶を振舞おうとした。すると、この中では序列二番目――全体では五番目――の魏(ウェイ)昭容が一人語りをしだす。


「とぉーっても残念ですが、あたくしはご遠慮させていただきますわぁ。今宵は陛下があたくしのところにいらっしゃいますのぉ。早く戻ってぇ、お出迎えする準備をしないといけませんので、うふふっ」


「確かに、魏(ウェイ)昭容様は、お若い割にはお肌のお手入れにお時間がかかりそうですものね。お言葉通り早くお戻りになって、しっかりご準備なさるとよろしいですわね。荒れ果てた砂漠のようなお肌で陛下をお出迎えするわけにはいきませんものね」


 趙昭儀がすかさず嫌味を言う。


 魏昭容は一瞬、きつい目をして昭儀を睨みつける。だが、すぐに嘲りの表情を浮かべた。


「そぉいう趙(ヂャオ)昭儀さまもぉ、殿方に愛されて満たされた女子(おなご)とは思えないほどお肌がカサカサですわよぉ。眉間のおシワ、いつもよりも深くなっておりますわよ。お気づきかしら?」


「ですから! 昨夜は陛下がいらっしゃって、私の筝を、それはたいそう熱心にご所望でしたので、わたくしは寝不足なんですの、寝不足!! わたくしもそう言った事情で疲れておりますので、お先に失礼させていただきますわ」


 こうして、蓮音が九嬪の中で仲良くできなさそうだと感じた二人が自ら去ってくれた。


「……あのお二人はいつもあんな感じなの?」


 蓮音が聞くと、昨日親しくなった燕修媛たちが周りの目を少し気にしながらも、黙って頷く。


 九嬪の中でもあの二人はさらなる出世を狙っているようなのだ。少し前まであの二人と、貴妃、淑妃と、失脚した徳妃を合わせた五人が皇后の座を目指して争っていたのだそうだ。


 皇后の座を狙う四人の妃嬪から蓮音への風当たりも、当然のことながら強そうだ。それが、先ほどの趙(ヂャオ)昭儀、魏(ウェイ)昭容の態度にも表れていた。もっとも、それに負けるような鬼姫ではないのだが。


「陛下がお戻りになったので、また夜伽に呼ばれるのですね……」


 二人のやり取りをみて現実を突きつけられた燕修媛がため息をつく。


「えっ、待って。……ってことは、やっぱり昇昊陛下に呼ばれるのは嫌ってこと?」


 蓮音の問いかけに何人かの妃嬪があたりを少し気にしながら、こくりと頷いた。


「わたくしは閨には一度も呼ばれたことがないのでわかりませんが、皇帝陛下は、その……少し恐ろしいです」


 序列六位の楚昭媛が正直な気持ちを吐露する。昇昊が幼児趣味の男でなくてよかった。楚昭媛のまだあどけなさの残る顔を見て蓮音はほっと安堵のため息を漏らす。


「ですが、弟君の二の殿下はとてもお優しい方だと思いますが……」


「わかる! 陛下と違って、昇雲(シォンユン)殿下はずぅぅっと常識人で話の分かる人よね。そういえば、秦修儀はあの二人とは親戚なんでしょ? 昔から二人ともあんな感じだったの?」


「そうですね。昔から一の兄上様……陛下は峻厳で苛烈なお方でした。陛下のお母上がとても厳格なお方でしたので……跡取りの陛下には随分と厳しく接していたように思います」


「そっか、うちは母上がいい加減な人だったから、わたしはこんな風になっちゃったな。ところで、秦修儀は皇帝のこと嫌ではない?」


「……あっ、はい、別に嫌では……。ただ、わたくしのほうがあまり陛下には好かれていないようで、閨にもほとんど呼ばれません。たぶん今回もわたくしには順番は回ってこないでしょう……」


「ええっ、そうなの? なんとなくだけど、秦修儀のような人こそ妃に相応しいと思うのだけどなぁ」

 

 秦修儀は、それには言葉では返さず、ほんのわずかに微笑んだだけだった。


「ついでと言ってはなんだけど、アマラ修容はどう? 陛下のことどう思う?」


 蓮音はこの際だから、六名の嬪たちに昇昊の好感度調査をすることにした。


「わたしも陛下には好かれていませんね。陛下は血統を重んじているようなので、わたしのことは卑しい蛮族の女だと思っているのでしょう。わたしは先の皇帝の命で当時皇太子だった陛下に嫁がされました。蓮音姫様の前だからこそ話しますが、わたしも好かれていなくて清々していますよ」


 聞けば、アマラ修容は、もと草原の民だった部族の族長の娘らしい。北黄帝国の末期の混乱期に遊牧をやめて帝国の北に定住を始めた。しばらくは平穏だったが、大昇帝国が安定すると即座に狙われ、征服されてしまったのだ。


 昨日親しくなった燕(イェン)修媛、斉(チー)充儀も属国の姫だ。やはり祖国を侵略した帝国に対してよい印象はない。


 その皇帝である昇昊に対しても当然、好印象はなく、昇昊の性格も相まって、畏怖し、萎縮していた。貴族の養女とはいえ、元平民の韓(ハン)充容も同様だった。


「命令に従わないとどのような目に遭うかわかりませんから……」

「かといって出しゃばって、曹(ツァオ)貴妃様たちに目を付けられでもしたら……」

「何事もなく、後宮の片隅で静かに暮らせればそれが一番ですわ……」


「要するに皇帝陛下は、一部を除き、妃嬪には思いのほか慕われていないってことね」


「そのようなことは決してございません。私は陛下のことをお慕いしております」


 と、蓮音の言葉を真っ向から否定する妃嬪はその場には一人もいなかった。


(これは……この昇昊の後宮は、想像以上に重症ね……)


 半分は不愛想な本人が招いた結果だろう。だとしても、この惨状とは……これでは「愛は幻想だ」と堂々と言葉にした昇昊の言い分もわからなくはない。


 蓮音はぁーっと大きくため息を漏らしていた。

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