第80話 小悪魔な宦官少年
剣護たちのおかげで、美しく中庭を整えることができた。それが終わると今度は応接間や寝室の調度品を新しいものと交換する。
宦官たちが蓮音の棟で荷運びをしていると、隣接する建物に居住している妃嬪たちが覗きにきた。
燕修媛、斉充儀、韓充容の三名とその侍女たちだった。
見ると見目麗しい少年が重たい調度品を軽々と運んでいるではないか。
当然のように見学の女性たちは色めき立った。剣護は唇に人差し指をあてて「シ―ッ」という仕草をする。
「皇帝陛下に知られたらここを追い出されてしまうかもしれない。僕のことは内密にね」
片目をつぶってささやくと、見学の女性たちはうっとりしながらも力強くうんうんと頷いた。
「あの、皇后様のお住いのお片付け中ですよね? お手伝いさせてくださいませ!」
帝国の地方官吏である刺史の養女、韓充容とその侍女が声を掛けてきた。
それを見た、属国の姫である 燕修媛と斉充儀たちも競うように手伝いを申し出る。
美しい宦官の少年をもっと見ていたいと思ったのだ。
彼女たちの協力もあって、建物の中はあっという間に綺麗になった。
「お姉さんたち、手伝ってくれてありがとう」
剣護は手伝いの女性たちにお礼を述べると、またどこからともなく持参した茶菓子を振舞った。
美しい上に人懐っこくて気が利くとは、なんともかわいい男子なのだ! 後宮で弟にしたい宦官番付調査をしたら、彼が圧倒的一位に輝くに違いない。妃嬪も侍女も皆、剣護の美貌の虜だった。
それにしても、剣護も剣護だ。今日は妙に、自分以外の女性に対して愛想よく振る舞っているではないか。
魔王の剣護はほかの人には目もくれない感じだし、蓮音と同い年ぐらいの剣護は他人――というか蒼迅限定かもしれないが……をよく揶揄っている。
なのに、少年剣護ときたら……。
蓮音は自分で気がつかないうちに頬を膨らませていた。
手伝ってくれた燕修媛たちとは親しく話しながらも、剣護と目が合うと、つい「ふんっ」と目を逸らしてしまった。
「娘々、どうかした?」
「別にー。きれいなお姉さんがいっぱいいてよかったね九郎」
言われた剣護ははっとした顔をしている。
言ってしまった蓮音も思いっきり後悔した。これではまるで自分が嫉妬しているみたいだ。というか嫉妬しているのがバレバレだ。
「娘々、ごめんよ。僕、あなたに不快な思いをさせてしまった?」
剣護はしゅんと眉を下げ、しおらしいことを口にしながら、蓮音の肩に顔をこてんっと乗せてくる。
(なにこれ、やばい、かわいすぎる!)
「ベ、別に怒っているわけじゃないし。あなたは悪くないし……」
蓮音がちょっと照れ隠ししながらそう伝えると、さっきまで泣きそうな顔をしていた剣護はめちゃくちゃ嬉しそうな笑顔になった。
「よかった! 娘々、大好きだよ」
ド直球な言葉を発したかと思うと蓮音の頬にちゅっと口づけをした。
「はっ? はあーー!?? 何をしているの、もう!?」
(そんなこと皆の前でしたらばれるでしょー!?)
蓮音は羞恥心から真っ赤になりつつも、周りの目を気にして焦りまくる。
妃嬪もその侍女たちも、皆蓮音以上に真っ赤になってゆだっていた。
「ごめん。あなたがかわいかったから、それにちょうどいいところに綺麗な頬があったから、つい。あなたと僕ぐらいの身長差ってちょうどいいと思わない?」
確かにいつもは逞しい胸板が目の前にあるのだが、身長差が少ない分、近くにいると顔も近く目線も合いやすい。剣護のきれいな顔がこんなに近くにあって、甘えるように見つめられると何でも許してしまいそうになる。
でも、相手はまだ自分よりも年若い少年なのだ。少なくとも見た目は。
「お、お姉さんを揶揄ってはダメ!」
「揶揄ってなんかないよ。僕は本当にあなたのことが大好きなんだけどな」
甘えてきながらも、そこはかとなく色気を漂わせる年下男子の目線にタジタジになる蓮音だった。
「そ、そういえば、姫様には好いたお方がいらっしゃるのですよね?」
さっきから見てはいけないものを見せられ続けていた女性たちを代表して、二人は危ない関係ではないと周りに喧伝すべく、ついに耐えかねた豊苗がそう質問してきた。
「へえ、そうなの? それはどんな男?」
(何言っているの! あなたでしょ!)
蓮音はそう声を上げたかったが、そういう訳にはいかない。とりあえず魔王の剣護と目の前にいる少年の剣護の違うところを考えてみる。
まず明らかに身長が違う。それに体つきも。
剣護の身体は筋肉質で本当に惚れ惚れする。普段はしなやかで柔らかいが、蓮音を抱き上げたときの腕の太さ、胸筋の硬さ……。剣護の身体は理想的で完璧としか言いようがない。
思い出しただけで、蓮音は胸の鼓動が早くなった。
「すごく大きくて、太くて、力を入れるとすごく硬くなって……」
女性たちは顔を赤くすると、手で覆った。
蓮音も言いながらこれでは身体のことばかりではないかと気づく。
性格は、若干違うけれども基本的には同じ人だから大きくは変わらない。能力は、こちらの少年がどの程度なのかは知らないので比べようがない。
ほかに何かないだろうか?
「娘々、あなたは大きくて太くて硬いのが好きなんだ?」
剣護がそう確認するのを聞いて、周りの女性たちは、宦官の彼にそれをいうのは酷だと思っていた。
「あとは、そうね。……じょ、情熱的な口づけをしてくれる大人の男の人かな」
蓮音は、かわいらしい少年の姿でわたしを誘惑しないでという願いも込めてそう答えた。
「ふーん、でも僕だってあなたを満足させられるかもしれないよ。情熱的な口づけで」
「あなたは子どもだから、まだ早いでしょ。もう少し大人になってからじゃないとダメ」
「じゃあ、大人の男になって、あなたを口説くとするよ。情熱的な口づけでね」
蓮音の顎に手を当てて、軽く上を向かせながらそんなませたことを言うと、剣護はほかの宦官たちを引き連れて去っていった。
「キャアアーー!」
妃嬪の一人、斉充儀が顔を赤くしながら悲鳴を上げる。
(はあ、もう心臓がもたないんだけど、いろいろな意味でっ!)
「ま、まったく困ったお坊ちゃまね、おほほほっ」
蓮音は斉充儀たちの目をごまかしておいた。
(それにしても、剣護ってば、いくら何でも大胆にもほどがあるでしょー!)
最後に、大きくため息をつく。
ここにいる妃嬪や侍女にとって、恋愛なんて夢のまた夢だ。
いつ来るのか、そして自分を愛しているのかもわからない男を、大した楽しみもないこの後宮で待ち続けなければならないのだ。
「と、とても素晴らしいものを見せていただきましたわっ」
「そうですわ! まるで恋物語のお芝居のようでしたわ~。はぁ、素敵でしたぁ~」
「本当ですわ。ここには、本当にこれといった娯楽もなくて……お二人の姿を拝見できただけで、久しぶりに胸がときめく思いがしましたわ」
「蓮音姫様、ご安心を、このことは私たちの胸に留め、決して口外はいたしませんので!」
その場にいた三人の妃嬪とその侍女たちは顔を見合わせると、力強く頷きあっていた。
「ありがとう。そう言ってもらえると安心だわ。あっ、ところで、そろそろ夕餉の支度をする時間だと思うのだけど、もしよかったら皆さん、ここで一緒に食べて行かない? もちろん、侍女の皆さんも一緒に」
「えっ、よろしいのですか?」
「本当ですの? 侍女も一緒に?」
「ええ、今日のお礼がしたいし、それにもっと皆さんからお話を聞きたいし」
「そういうことでしたら、ぜひともご一緒させてくださいませ」
「いつも侍女と二人……実質一人だったので、淋しかったんです」
「私はこの後宮には、親しい者もいないので、こうして侍女以外の誰かとお話をするのも久しぶりなんです……」
三人とも、後宮内に親しいものもおらず、ほかの妃嬪とも縦のつながりも横のつながりもなく、常に孤独を感じていたようだった。
皇帝のお世継ぎを産んで、より上の位にのし上がりたいというような野心もなければ、一人で上位の妃嬪と渡り合うだけの力量も気概もない。
そんな彼女たちは、皇后――つまりはこの先、この後宮で上司になるであろう蓮音と親しくなれただけでも、幸運だった。
何も気負うことなく普通におしゃべりをしたのはいつ振りだろうか。そんなことを考えながら、三人の妃嬪は楽しい時間を過ごしていたのだ。
すると急に「皇帝陛下がお越しです」と宦官が伝えに来た。




