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花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第二章 鬼の後宮妃

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第70話 鬼姫と護衛の秘密

 一方、広幹(グァンシー)の城では、昇昊(シォンハオ)昇雲(シォンユン)は、寝ることなく蓮音たちを待っていた。もちろん、明鈴(ミンリン)たちもである。


「おい、そこの女、お前の主とあの男はどういう関係なのだ?」


 昇昊はただ待つだけの時間の暇に任せて、つい禁断の質問をしてしまった。


「あ、はあ、わたくしの口からは申し上げにくいのですが……深く想いあっているいる同士といいますかなんといいますか……」


(やはり、恋人同士ということか……)


「……いつからなのだ?」


「はあ……、そのお二人が出会われたのは子どもの頃のようで……ただ、戦乱の影響でお二人は長らく離れ離れだったのですが……再会されたことをきっかけに、あの方が姫様を熱心に口説くもので……」


 実は、明鈴も詳しい事情は知らない。それどころか、彼の名前さえもよくわからないのだ。


 ”李公子”が子どもの頃に助けてくれた人のことをずっと想っていると言っていたことと、ここ最近の事実を組み合わせて、適当に話を作ったのだ。


 そもそも、大前提の事実である、一緒に旅をしてきた李公子と魔王が同一人物であることもまだ知らないのだから。


 もっとも、彼女がでっち上げた話はほぼ事実なのではあるが。


 この話を踏まえると、昇昊にはほぼ勝ち目はないということになる。


 彼が唯一勝っているのは、帝国を背負っている皇帝であるという点だ。普通の女性相手だったら、それだけで十分な強みになるが、鬼姫にはそれが魅力として映っていないのだから大問題だった。


「鬼姫は、本当にたいそうなお方ですな……皇帝陛下の目の前で、あのような男妾と親し気に手を取り合うなど、なんたることでしょうか。全くもって嘆かわしいことですな」


 (ドン)氏は現状が大いに不満だった。本来ならば、娘たちはとっくの昔に皇帝とその弟の閨に送り込めていたものを……。


 だが、逆に言えば、皇后があんなだとなると、これは付け入るスキがあるということだ。


「陛下、お疲れでしょう。そろそろお休みになられては……? おい、娘たち、皇帝陛下と皇弟殿下たちをお部屋にご案内しなさい」


「お前たちは先に休むがいい。俺はこのままあの女の帰りを待つ」


「兄上を差し置いて寝ることなどできません。私もここで蓮音殿帰りを待ちましょう……」


「僕は……」


 昇霧(ションウー)はもう寝たかった。董氏の娘はさほど好みではないが、この際どちらでも構わない。せっかくだから閨に案内してもらいたい。が、堂々とそういう訳にはいかない。


「姫様はお休みくださいと言っておりました。どうか皆さま、お休みくださいませ。わたくしたちは決して逃げたりはしませんので」


 明鈴の言葉にも関わらず、結局は誰も部屋から出ていくことはなく、ただ時間だけが過ぎて行った。




 広幹(グァンシー)平野に朝日が顔を出す頃、蓮音(リェンイン)たちは広幹の城まで戻ってきていた。


 門番から四人が帰ってきたとの報告を受けて、昇雲は胸を撫でおろした。


 剣護(ジェンフー)に抱きかかえられて寝ている蓮音(リェンイン)を見たときは再度心配になった。


 だが、見たところ怪我などはなく、ただ眠ってしまっているだけだとわかる。蓮音は安心しきった顔で、何事もなかったかのようにすやすやと寝息を立てていた。


「どういう状況なのか説明しろ」


「話より何より、彼女をきちんと休ませてやりたい」


 昇昊は剣護を睨みつけた。


「わかった。部屋には俺が連れて行こう」

「お前は何をするかわかったもんではない。僕が姫をお連れする」

「俺が何をどうしようと勝手だろう? その女は俺の妻になるのだ」

「妻であればどう扱ってもよいと? 本気で言っているのだとしたら、先が思いやられるな」

「何だと!」


 一人の女を巡って軽い言い争いになる二人の男。またしても、良識の塊である昇雲が二人をなだめた。


「兄上、落ち着いてください。姫をしっかり休ませてあげることを優先すべきです。とりあえず、このまま皆で部屋に参りましょう」


 こうして蓮音を無事に寝かせると、剣護はまた手枷を付けられて、牢に放り込まれた。


 豊実(フォンシー)は、改めて昇昊と、昇雲に尋問をされていた。彼も疲労がたまっていて眠いはずなのだが、昨夜の経験が刺激的すぎて、もはや頭がガンガンに冴えているぐらいだった。


「はい、そのですね……姫様が、広幹平原の瘴気を祓われました。そしてお疲れのようでそのままお休みになられてしまわれました」


「広幹平野の瘴気を祓っただと? どうやって?」


 間違いなく広幹平野が浄化されたと聞いて、昇昊たちは信じがたい思いだった。


「はい、そのですね……まずは護衛の男が魔物をズバズバっと切り捨てていってですね……大物を倒したところで、姫君が炎の鳥を呼びだしたようでして……あたり一帯火の海になったかと思ったら、霧が晴れたように空が見えてですね……」


 豊実は昇昊たちに事の次第をところどころ誤魔化しつつ報告した。


(まさか、この女は炎の最上位精霊である不死鳥(フェニックス)と契約しているというのか? ……だとしたら、なおさらこの女を手放すわけにはいかない)


 不死鳥の力でもなければ、あれほどの瘴気を一晩で払うなど到底できるわけがない。戦場を焼き尽くす”業火の鬼姫”の名は伊達ではないということだ。


 もう一つの疑問はあの少人数で古戦場の魔獣を一掃したという点だ。豊実の話だと戦っていたのはほとんどあの男だという。


(あの男、ただの色男ではないということか)


 このまま生かしておくのは危険だ。折を見て、適当なところで始末する必要がある。


 蓮音は寝ていたし、昇昊たちも寝不足ということもあって、やむを得ずに出発を遅らせることにした。


  ◇  ◇  ◇


 寝ずに帰ってきた豊実だったが、そのまま休むことなく昨日蓮音に頼まれた資料を探していた。昨夜の混乱もあり、董氏もまだ休んでいた。これは彼の執務室を探る絶好の機会でもある。


 蓮音から、周辺の村とこの城の経済状況があまりにも違うので、刺史が税を私的に着服などしていないか調べたほうがいいと忠告を受けていたのだ。


 実は、これに関しては、豊実自身も疑問に思っていたことだった。


 信頼のできるもの数名とともに過去の資料を調べている過程で、董氏が税と言う名目で徴収した穀物や兵を私的に売買している証拠――売買の履歴を示す裏帳簿――が見つかったのだ。


 豊実は皇帝に謁見を申し出た。


「皇帝陛下に、我が進退をかけて、ご報告申し上げたき儀がございます」

「それは、あの女に関することか?」

「いえ……そうではないのですが、この州の政に関することにございます」

「政か……どういった内容だ?」

「はい、こちらをご覧ください。ここ数年来の、広幹州における徴税と、売買の履歴が記された帳簿にございます」


 昇雲が差し出された帳簿を受け取り、中身を確認する。


「これは……! (テェン)別駕よ、この先は私に任せてほしい。よくぞ、報告してくれた。そなたも疲れたであろう。しかと休むがよい」


「ははっ、有難き幸せに存じます」


「兄上、こちらをご覧ください」


 昇雲は兄に帳簿を見せる。


「やはり、そういうことか……すぐに御史台に連絡を入れよ。そのうちにと思っていたが、いい機会だ。徹底的に調べ上げるように」


 蓮音と同様にこの州の状況に疑念を抱いていた昇昊と昇雲は、すぐさま御史台の監察官を呼び寄せると、徹底的に調べさせた。


「お、おい、これは一体何の騒ぎだ! ここは我が城だ、お前たちは何者だ!」


 俄かに城が騒がしくなったことに気が付いた董氏が騒ぎ出す。


「我々は中央より参った監察御史である。広幹城における徴税と売買記録に疑義ありとの通報を受けた。調べさせてもらう」


「そ、そんな! お、お待ちください。何かの間違いです!」


 董氏は必死に抵抗した。


「私は何も知りません! やったのはこいつらです!」


 いつものように部下に罪を擦り付けようともする。


「はい、確かに実行に移したのは我々です。ですが、その指示をしたのはこの男です!」

「そうです、お役人様。我々はその男に家族を人質に取られているのです!」


 董一族によって虐げられていた家令を始めとする使用人たちも、こぞって彼のこれまでの行いをすべてありのままに証言した。


「何を言うか、この下郎め! 許さんぞ!」

「地下牢をお調べください。そこには人質とされた家族や、下僕として売る予定の者が捕らえられております」


 次々と見つかる不正の証拠の数々に、多数の証言。昇昊と昇雲は、董氏一族を罷免したのち、処罰することを決めたのだった。



「お腹空いたなぁ……」


 城内が騒然としている中、蓮音は昼過ぎになってようやく目を覚ましす。明鈴(ミンリン)万梅(ワンメイ)は厨房を借りて姫のために食事を作らせてもらった。


 城内にはすでに姫の噂が行き渡っていて、そこで働く下女たちに大いに感謝された。


 彼女たち自身も、年老いた親や幼い兄弟を残して、無理やりここに連れてこられていたのだ。


 それ以上に耐えがたかったのは、恋人や兄弟が徴兵され、日々危険な目にあっていたことだ。


 それも昨日まででついに終わった。領主による長年の圧政も、一夜にして消え去ったのだった。


 広幹の城の上には、かつてないほど晴れやかな空が広がっていた。

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