第68話 悪鬼の住まう辺境城
農村を後にし、荒涼とした大地をひたすら進んでいくと、前帝国時代は西の都として知られていた広幹城についた。
戦乱の影響で、この城もかつての面影は色褪せ、随分と寂れた街と化していた。
ここはもともとは黄帝国の貴族だった田氏一族が治める城だったのが、今では成り上がりの董氏の任地となっていた。
董一族は手ぐすね引いて昇昊たち三人の皇族を迎えた。
「いや、うちには娘が三人いるのですが、残念ながら長女はすでに嫁に出してしまっていました。残念でなりません」
そう言いながら、当主は二人の娘を紹介してきた。
「お会いできて光栄ですわ」
「よくおいで下さいました」
随分と厚化粧をした二人の娘は、妙にクネクネしながら三人の皇族たちに色目を使って挨拶をしている。
昇昊の口元がぴくッと引きつっていたことと、昇雲が冷や汗をかいていたことに娘たちは気が付いていない。
「いやー、実にお美しいお嬢さん方だ!」
昇霧だけは、鼻の下を伸ばして上機嫌だった。
昇昊は、権力者にこびへつらうのが得意なだけの、いかにも成り上がりものといった感じの董氏が好きではなかった。父は、真っ先に北黄帝国を裏切ったこの男を重宝していたようだったが。
この男のことだ。辺境で、帝都の監視の目が行き届かないのをいいことに、好き放題やっているに違いない。それを娘を使って昇昊たちを篭絡させて誤魔化すか、あるいはさらなる高みへと登ろうとしているのか。
(そのうちに人を遣わして必ず暴いてやる。俺は父と異なり、賄賂に踊らされたりはしない)
蓮音たちも客間に通された。さすが帝国の城の一つというべきか、贅沢な部屋であった。
すぐに侍女が茶と茶菓子を持ってきた。それもまた手の込んだ月餅だった。
蓮音は侍女にいろいろ質問したが、彼女たちは何一つまともに回答できない。
誰か話の分かる官吏を呼んでほしいと頼む。
侍女は下がると。当主と娘たちが昇昊らをもてなしている部屋に行き、蓮音の要求を伝えた。
「あの、姫様が官吏にお話を聞きたいのでお部屋に呼んでほしいとおっしゃっているのですが。もし来ていただけないならばこちらから探しに行くと仰せでして……」
「なんだと。鬼姫は噂以上にじゃじゃ馬な姫君のようですなぁ。これでは陛下もご苦労が絶えないのではないですか? わかった、その件はそのうちに対処するからお前は下がれ」
当主がそういうのを聞いて、側にいた田氏の若公子が席を立った。
仮にも皇后となるべく招かれた女性だ。敵国の姫とはいえ、無碍に断るわけにはいかないだろう。
「では、私が参りましょう。城の中で迷子になられても困るでしょうから」
男は昇昊たちに一礼すると、部屋を出て行こうとした。
蓮音の気性を知っている一番目の弟の昇雲が心配し、「私も同席いたしましょうか」と名乗りを上げる。
「いえいえ、殿下の御手を煩わすことはありません。私が行けば済むことでしょうから」
田氏の若公子は名を田豊実といい、元はこの辺り一帯の領主の子息であった。
帝国が北黄から大昇に変わって以来、刺史である董氏一族につぐ二番手の地位に甘んじていた。
董氏の娘が皇帝一族に媚を売っているのを見せられているだけの部屋にいても、面白くも何ともない。それよりは噂の鬼姫でも見てやろうと考える。
「別駕の田豊実と申します。姫様が官吏をご所望だと伺い、こちらに参った次第でございます」
部屋の中を見ると、中央の椅子には美しく着飾った紅葉の葉のように紅い髪の姫が座っていて、その傍らには三人の女性が立っていた。
彩華国の姫が不細工とかじゃじゃ馬とか言ったのは一体誰だと豊実は思う。噂とはかくもあてにならないものか。
「どうぞ、そちらにおかけくださいませ」
姫の横に立つ、これまた美人の侍女に席を進められて豊実は腰を掛けた。
何たる僥倖。化粧が濃いだけの董氏の娘よりも、この部屋にいる女性たちの方がよほど美人ではないか。こちらに来てよかったと、豊実は改めて自分の判断を心の中で褒めていた。
「して、姫様、どういったご用件でしょうか」
異国から来たわがままな姫のことだ。きっと部屋の居心地が悪いとか、もっとおいしい茶菓子を出せとかそういうくだらない文句だろうと考えながら軽い気持ちで尋ねる。
「ふむ。わかる範囲で教えてほしい。ここ数年間の広幹州の穀物の収量と税として納められた量、各村の人口と兵士として徴兵された若者の人数、それから魔物の発生状況は?」
「はっ?」
「そなたは別駕であろう? だとしたらこの辺りの資料はいくらでも閲覧できるはず。どうだ?」
「ええっと、確かに閲覧はできますが、具体的な数値となりますとお調べするのに少々お時間を頂戴することになるかと……」
豊実はビビっていた。まさかそのようなことを質問されるとは夢にも思っていなかったからだ。
(この姫、実は彩華国の鬼姫ではなく、皇帝付きの監察官かなにかなのか??)
「わかった。ではお前の考えを聞きたい。この近くにある広幹平野の戦いの古戦場の浄化がなされた場合、この辺りの民の暮らしは改善するであろうか?」
「ええ、それはもちろん、穀物の収穫量も上がるでしょうし、何よりも兵士として徴兵する数を大幅に減らすことができますから」
「そうか。よくわかった」
蓮音は軽く手を上げる。
すると今までどこにいたのか、香隠がすっと出てきて刃物を豊実の喉に突き付けた。
「ひぃっっ!」
この部屋に入り、豊実は三度驚くことになった。まさか、喉元に刃物を突き付けられることになろうとは……。やはり、噂は真実で、鬼は鬼だったのだ。
「悪く思わないでくれ、田公子。これからお前には広幹平野の古戦場まで同行してもらう」
「はっ? はあああああ????」
三度あることは四度あるのだ。何を考えているのか、鬼はこれから誰も近づこうとしない死地に赴くというのだ。しかも、自分を連れて。
香隠に立てと促されて立ち上がると豊実は側にいた侍女たちに縛り付けられる。
まずは、皇帝たちと刺史のいるところまで案内しろと言われ、豊実は大人しく彼らのいる客間までやってきた。
「きゃあああ!!」
「いやあああ!!」
部屋に娘たちの悲鳴が響き渡る。少し前に部屋を出て行った男が縛られ、剣を突き付けられた状態で戻ってきたからなのは言うまでもない。
「な、なにごとだ? 一体どうしたというのだ!?」
董刺史がただならぬ様子の豊実たちを見て問う。
昇昊たちも唖然とした顔で蓮音たちをみている。
「陛下、わたしはこれから広幹平野の古戦場まで夜の散歩に行こうと思っているのですが、あなたが捕えたわたしの愛する人を返していただけないでしょうか?」
蓮音はどうということもないように、とんでもないお願いをしてきた。
「返せと言われて返すと思うのか?」
昇昊は険しい表情で蓮音の要求をはねつけた。
「では、残念ながらこちらの方の命と引き換えにするしかありませんね」
「へ、陛下、どうかお助け下さい!!」
打ち合わせなどしていないのだが、豊実はいい仕事をしてくれていた。ここで、「私の命などどうなっても構いません!」などと言われたら、計画が狂ってしまうのだから。
「お、落ち着いてください、蓮音姫。一体どういうことでしょうか?」
常識人の昇雲が仲裁に入る。
「昇雲殿下、この州とこの城の状況、あなたはどご覧になりましたか? このままではこの州はじり貧だと思いませんか? 今からわたしがそれを打開しに行こうと思うのです。あなた方にとっても悪い話ではないでしょう?」
「確かに、姫のお力で魔獣が減るのはありがたいことですが、あまりにも危険です!」
「ですから、わたしの護衛を返していただきたいのです」
何度か昇雲と問答をした結果、彼も折れたのか、「兄上、一度蓮音姫にお任せしてみては?」と言い出す。
昇昊は表情にこそ出さなかったが、困惑していた。
鬼姫との駆け引きを楽しみにしていたが、まさか文官を人質にとり、恋人を返せと要求してくるとは。しかも、その恋人と行きたい場所というのが、帝国内でも屈指の絶命名所なのだ。
姫は一体何がしたいのか。自らと護衛の武力を見せつけ、軍事同盟を結ぶように促すつもりなのか。
根競べの様相を呈してきた鬼姫との交渉は、まるで埒があかなかった。




