第67話 魔獣を喰らう鬼の姫
実は魔獣を食べるということには二つの意味がある。
一つは魔獣の肉を単純に食料として食べることなのだが、もう一つは魔獣の力そのものを取り込むというものだ。
生きた魔獣の細胞を食らうことで、稀に相手の力を得ることができるのだ。相手の力を得るのはいいことのようだが、当然、それ以上の危険がある。
身体の魔獣化だ。例えば鳥型の魔物であれば、くちばしが生えたり、体が羽毛で覆われたりするのだ。
そして、魔獣化は見た目だけの問題では終わらない。恐ろしいことに、精神にも大きな影響を与える。半魔獣化した人間は、もはや人間の理性を有していないことも多いのだ。
帝国は、初代皇帝の時代、まさにこの力を利用して兵力を増強していたのだ。
だが、弊害も多かったことから、さすがに現在、人間には使ってはいない。
そういう訳で、昇昊は、兵士たちに対して魔獣を食うことを禁止している。
今は魔獣と魔獣同士を戦わせて、相手を食わせることで新型の魔獣を生み出す研究が主となっているのだ。
「もしかして、それを召し上がるおつもりですか?」
昇雲がおそるおそる声をかけてきた。
「むしろ、食べたことないんですか? 大翼カモは魔獣の中でも脂がのっていて味もしっかりしていておいしい、ご馳走中のご馳走なのに」
関所で食べたごはんなんかよりもよっぽどおいしいですよと言いたかったが、さすがにそれは失礼かもと思いやめておいた。
「あの、それから先ほどの呪文は?」
昇雲に質問をされて、蓮音はぱーっと顔を輝かせた。ここにきて初めてみる、彼女の飾らない笑顔だった。
「よくぞ聞いてくれました!」蓮音はそう言っているかのようだった。
不覚にも昇雲は、目の前にいる鬼のような姫が可愛いと思ってしまった。
「ああ、あれですか、なかなかいいと思いませんか? 苦節三年、ようやく見つけた絶妙な火加減で魔物を焼いてくれる魔法です。いわば、攻撃魔法と生活魔法の合体版ですね!」
ルンルン気分で魔法の説明をする蓮音。
「ほう、それは素晴らしいですね……」
「仕方がないなぁ。どうしてもというのであれば、まぁ人質と交換で教えて差し上げなくもないですよ!」
「……兄に叱られそうなので、遠慮しておきます」
昇雲は、ぎこちない笑顔で鬼姫を賞賛しつつも、やはりこの姫は我々の手に負えないのではないかという思いを強めていた。
◇ ◇ ◇
昼になり、進路沿いにある小さな村で食事をとることになった。
小さいながらも関所と広幹の城の中間にある集落ということもあり、村長の家はそれなりの身分の者が休めるように整えられてはいた。
しかし、出された食事はやはり質素で味気なかった。
「さてと、ご馳走をいただきますか」
蓮音は先ほどの大翼カモの肉を取り出して、おいしそうに仲間とともに食べた。
「おいしいですよ? いかがですか?」
近くにいた兵士たちに勧めたけれども、皆目を反らして遠慮して食べようとしない。
こういう時はもっと上の立場の人に勧めるに限る。蓮音の中では少し仲良くなった認定されている昇雲にも勧めてみた。
「昇雲殿下、一口いかがです? わたしの魔法研究の成果を味わってみませんか?」
声をかけられてしまった昇雲は、高い山に架けられた、強風に揺れるつり橋を渡っている人のような表情をしていた。
「あの……蓮音姫は、これを今までに何度か食べたことがあるのですよね?」
「大翼カモですか? そうですね、いちいち数えたりはしていないのですが、五、六十羽ぐらいは食べている気がします」
「そんなに!?」
「だって、おいしいので。ご馳走という点で言ったら、大翼カモは鳥類の王様ですよ」
魔獣を何十匹も食らってきている目の前にいる姫は、性格は鬼そのものだが、見た目は美しい姫だ。つまり、魔獣化はしていないということである。
彼も魔術師のはしくれである。
怖いもの見たさの実験のような感覚で思い切って一口口にしてみることにした。
(……ん、これは……!!)
「へえ、これはおいしい……意外です。すごくおいしいですね。これは確かにご馳走ですね!」
気に入ったようで彼が周りにも勧めて回った。
兵士たちも皇弟に勧められたからには断るわけにもいかず、口にしてみたが、「おお、うまい!」と皆感動しながら食べた。
蓮音は食事を振舞ってくれた村人たちにも勧めた。
彼らはとてもやせ細り、栄養が足りてなさそうだった。
というかそもそも、この村にも若い男女がほとんどいなかった。兵士として広幹の城や関所に仕えているのだ。
村人たちは魔獣食に関する無駄な知識がない分、ありがたがって大翼カモの肉を食べた。彼らにとっては、それこそ滅多に口にすることができないご馳走となった。
昼食を食べていたら、屋敷の中庭にある小さな小屋の前に置かれた大きな卓で、子どもたち十数名が集まって何やら作業をしていたのが目に付いた。
「まだ、沢山あるので、これをあそこにいる子どもたちにも上げて来てもいいですか?」
勝手な行動をすると昇昊が文句を言ってくるだろう。子どもたちの前で言い争いをするわけにはいかないので、念のため先にご機嫌伺いをする。
「……勝手にしろ」
国母となる女が、民衆に施しを与えるのは悪いことではない。そう思い、昇昊も邪魔をすることはなかった。
(というか、あの女、この俺には勧めてこなかったな……)
蓮音に「一口いかがですか?」と言われたら、「ふんっ、そのような得体の知れないものを食えるか」と断る気満々だったのに、声すらかけられなかった昇昊。
蓮音は大翼カモの肉をもって子どもたちの元へ赴いた。
「あなたたち、お腹は空いていない?」
急に声をかけられた子どもたちは顔を上げて蓮音をチラッと見た後で、彼女が手にしていた肉に釘付けになった。
蓮音は「これ、どうぞ。おいしいから食べてみて」と、大翼カモの肉を、卓の上に置いた。
「これを私たちが食べてもいいんですか?」
「もちろんよ、どうぞ」
「ありがとうございます! いただきます」
子どもたちは目の前のご馳走に目を輝かせると、作業の手を休めて、夢中になって肉を食べだした。
「これは、全部あなたたちにあげるから、落ち着いて、ゆっくり食べなさい」
声をかけながら蓮音は卓に目を遣った。
子どもたちは縫い物をしているようだった。小さいというのに、蓮音よりもずっと裁縫が上手そうだ。
中でも、蓮音に背を向けて座っている黒髪の少年の裁縫の腕は、子どもとは思えないほど見事だった。
「まあ、あなた、すごくお裁縫が上手ね」
つい声をかけて褒めると、男の子は軽くこちらを振り返ってニヤッと笑った。
「!!」
蓮音は思わず絶句した。
なぜならば、そこにいた黒髪の男の子が、蓮音のよく知った人物によく似ていたからだ。
そう、9年前、南黄帝国の西の辺境、据山郷で出会った名もなき少年だ。
名前がないというので、彼女が与えたのだ。「剣護」という名を。
「……どういうこと?」
蓮音は周りの子どもに気遣いながら、小さな声で問いかけた。
「毎日、会いに行くと約束したから」
少年はすくっと立ち上がると、卓の上にあった竹筒に挿してあったリンドウを蓮音に手渡した。
「お姐さん、おいしい食事をありがとう。これはそのお礼です」
リンドウの花言葉には、「気遣う気持ち」というのがある。
どこにいても、いつだってあなたを想っている。そんな剣護の気持ちを、彼はこの花に託して、蓮音に渡した。
蓮音は、驚きと、喜びと、それから少し呆れながら一輪の花を受け取った。
「ありがとう。すごく素敵ね」
少年はもう一度ニコッと笑った。




