第66話 旧穀倉地帯でご馳走を得る
朝になり、蓮音たちの元には朝餉が届けられた。
関所という場所柄、食事の内容には期待してはいなかったが、それにしても昨夜の食事も含めて、正直大昇帝国の食事は口にあわない。
何というか、味が濃いのに味気ないのだ。料理下手な蓮音に文句を言う権利はなさそうだが、それにしてもこのような食事が続くとしたら結構きつい。
「ねえ、この食事って、これが限界なのかな?」
「姫様のおっしゃりたいことはよくわかりますわ……」
「何でしょうねぇ……コレ。調味料が足りない? 塩気だけは十分すぎる感じですかね」
「都に着くまでの辛抱なのか……それともどこに行ってもこれなのか……」
五人でため息をつく。
食事というのは実に大切なのだ。単に空腹を満たすだけではない。おいしい食事は心も満たしてくれる。荒んだ敵地にあって食事もまずいのは、何ら救いがないことを意味する。
一行は馬車三台に分乗して移動することになった。一台目には蓮音と皇帝とその二人の弟が乗っていた。馬車とは別に荷車があり、その中に剣護が乗せられていた。さらに、国境地帯は魔物が多いことから十人ほどの兵士が護衛についた。
「一目だけでいい。あの人の姿を確認させてほしい」
馬車に乗り込む前に、蓮音は真剣な目で訴えかけてきた。
「許可はできん」
昇昊は冷たく言い放つ。
「ドケチ!」
蓮音は大声で一言、文句を言うと、周りを気にせずに荷馬車まで走り寄った。昇昊始め、皇弟たちも、女官長も、とにかく全員、目を丸くした。
荷馬車の中の剣護は、近くに蓮音の気配を感じたからか、向こうから声をかけてきた。
「おはよう、娘々。僕は大丈夫。あなたはどう? 昨夜はよく眠れたかい?」
「すごく寝心地が悪かったわ。……あなたがいなかったから……」
蓮音は剣護の声がした辺りに手を伸ばした。
「いい加減にしろ!」
気が付いたら昇昊が隣にいて、怒鳴りつけてくる。
蓮音は黙って睨み返すと、ぶつくさ文句を言いながら馬車へと戻っていった。
「自分は、美女と楽しんだくせに! 人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死んじまえとはまさにこのことねっ」
皇帝たちは転送魔方陣で先に帰ればいいのに。彼らと数日の間、同じ馬車に揺られないといけないのかと思うと蓮音は憂鬱だった。思わず嫌味もいいたくなる。
昇昊が隣に座ってきたところで、もう一言嫌味を投下した。
「皇帝陛下は、もうお戻りになられたと思っていました。このような辺境をご旅行とは、随分とお暇なんですね」
「そなたを一人にしたら何をするかわからんからな」
昇昊は腕組みをしたまま、全く表情を変えずに答えた。何とも面白くない男だ。
「何もしませんよ。こちらだって人質を取られているわけですから」
蓮音は面白くない気持ちを隠そうとはせず、横を向くと、馬車の窓から外の景色を眺めた。
関所を出ると、そこには、一面の荒野が広がっていた。
黄帝国が栄えていたころはこのあたりも広大な穀倉地帯だったはず。今では見る影もない。初めて訪れる場所で、何の愛着もないが、在りし日の繁栄を思うとなんだか悲しい気持ちになる。
「ここはずっとこのままなのですか?」
思わず蓮音は聞いてしまった。
「この辺りは魔獣が多く出るため、耕作には適さないのですよ」
蓮音の質問の意図を察した昇雲が答えてくれた。なんだかんだ言ってこの第二皇子だけは結構友好的な気がする。
「もったいないですね。ここがかつてそうだったように一面の麦畑であったならば、どれだけの人が飢えることなく食べていけるか……」
「確かにそうですが、何分この辺りは黄帝国が分裂した時の激戦地だった場所ですから、一朝一夕にはいかないかと」
「広幹平野の戦いですよね? あれからもう何十年も経つのにまだ瘴気が絶えないのですか?」
「おそらく、完全に瘴気が晴れるのにあと三十年はかかるのではないかと」
「三十年ですか……。随分と先の長い話しですね」
仮に三十年で人が住める程度になったとして、その後、住環境を整え、荒れ地を耕すとなるとさらに時間がかかる。
「広幹平野の古戦場はここからどれくらいですか? わたし、お手伝いできるかもしれません」
蓮音は、昇雲を見た。
鬼姫は武人であり、いわば魔物討伐の専門家だ。
古戦場に巣食っている大型魔獣を討伐すれば、この辺りの環境は改善するだろう。
しかし、今はそれよりも先を急ぎたい。それが兄の意向だから。
「えっ? そうですか? 古戦場はここから半日ほどのところですが、そこに立ち寄るとなると相当な準備が必要ですし、今日中に広幹の街に到着できなくなってしまいます」
「わかりました。しばらくこちらでお世話になることになりそうなので、この手のことでわたしにお手伝いできることがあれば遠慮せずにおっしゃってください」
昇昊は、「今のお前がすべきことは魔物討伐ではない。俺の妻になって子を産むことだ」と言いたくなった。が、確実に口論になると思い、その言葉は飲み込むことにした。
なんせ先ほど、「ドケチ」呼ばわりされたのだ。このような言葉を女から投げかけられるなど、昇昊には初めてのことだった。
「お手伝いって、何をしてくださるおつもりですか、蓮音姫」
場をかき乱したくて仕方がない、どうしようもない男・昇霧が、終わった話をあえて蒸し返してくる。
確かに一度大型魔獣を叩いておけば、しばらくは平穏にはなる。
が、発生源となっている怨霊たちを鎮め、瘴気を浄化しない限りはまた魔獣が生み出されてくることになる。いわばちょっとの討伐では鼬ごっこになってしまうのだ。
魔物の討伐は戦士であれば誰でもできるが、怨霊を鎮めることに関してはそうはいかない。多数の祈祷師が必要となる。それも、瘴気の濃さに比例することを考えると、この辺境に、それだけの人員を割くのはきわめて非効率的だと考えられていた。
あの姫がそのようなことをわかっていないわけないだろうに、何を手伝うというのだろうか。
蓮音はニコッと微笑む。
「人質を返してくれたら教えてあげます。それまでは、企業秘密です」
蓮音は自らの唇に人差し指を当てた。
「ははっ、秘密と言われると余計に気になるなぁ。だけど、僕には兄上の奥方たちをどうする権利もないからなぁ……」
昇霧は正面に腰掛けている兄の顔をチラッと見た。
昇昊は不快そうに眉をしかめている。「昇霧、お前ごときが俺でも持て余す鬼姫と普通の会話ができると思うなよ」とでも言ってそうな顔で。昇霧は慌てて目を反らしていた。
「……ははっ、実に残念だなぁ……はははっ」
昇霧は、実に軽薄そうな顔でヘラヘラと笑っていた。
(あっ、こっちの弟は、相当なバカなんだな)
蓮音は、可哀そうなぐらい愚かな弟皇子にもう一度笑顔を返した。
馬車の中は再び静まり返った。
しばらくすると護衛の兵士たちが騒ぎ出す。
「陛下、魔物です! 我々が撃退しますので、馬車でお待ちください!」
外をみると、大翼カモが数匹空上空を飛んでいる。
「わあ、ご馳走だ!」
蓮音は思わずそう叫びたくなった。だが、すんでのところで耐えた。
兵士たちがんばって早く倒しておくれと思って見守っているが、なかなか苦戦している。
しかも一匹は逃げてしまったではないか!
このままではご馳走が全部いなくなってしまう。
「あの、助けにでなくていいのですか?」
兵士の安全のためではなく、自分のご馳走のために三人を振り返って尋ねる。
「彼らも訓練された兵士ですので、そのうちに退けるでしょう。ご安心ください」
三人中、最も紳士な昇雲が返してきた。
「えー、そんなの全然安心できません!」
(だって、あんなへっぽこ兵士に任せていたら、ご馳走がいなくなってしまうかもしれないじゃない!)
手をぎゅっと握りしめながら、安心できないという蓮音の表情は、不安というよりは少し焦っているように見える。
昇雲は武術は得意ではないが、魔術であれば使える。姫を安心させるために出て行って奴らを倒す手助けをすべきだろうか。
(というか、そもそも何が安心できないのだろう? この姫、絶対に私よりも強いだろう……)
先ほどは、大翼カモとは比較にならないぐらい強敵が巣食う広幹の古戦場に行く気満々だったのに。
「姫君、よろしかったら、鬼姫の実力を僕たちに見せてくれませんかねぇ? まさか、それも企業秘密だったりしませんよね?」
またしても、昇霧は面白がって余計なことを口にする。
昇昊が昇霧を咎めようと口を開こうとしたら、それより前に蓮音が行動にでた。
「ああ、ご馳走が!」
蓮音はそう叫ぶと、ついに馬車を飛び出して上空に向けて呪文を放つ。
「炎の精霊、サラマンダーよ。汝の燃え盛る炎でかの者の羽毛と皮膚を瞬時に焼き焦がし、その旨味を内側にとどめん。その後は絶妙な温度を保ちたまえ……スリーゾーン・ファイヤー!」
蓮音の動きをみて、三台目の馬車でも動きを見せる。
明鈴、万梅が飛び出してきて、落下してきた大翼カモに塩と香辛料を振りかけると大きな布のようなもので包み込んだ。
「姫さまあ。次は表面を焼く前に塩を振りたいので、まずはそいつの羽毛だけ焼いちゃってくださーい!」
万梅が手を振りながら、陽気に声をかけてきた。
兵士たちは固まった。まさか、食うつもりなのか、魔獣を?




