第59話 大同盟結成に向けて
朝食を済ませた後、剣護は人間の姿になって旧南黄の寺院の蓮音の部屋に戻った。
蓮音が大きな薔薇の花束を抱えて、剣護と手をつないで部屋からでてきたものだから、明鈴と万梅はものすごく混乱した。
(昨夜は魔王様とお楽しみだと思っていたのに、どうして李公子と仲良く登場??? もしかして、魔王の余裕? それとも粋な計らい?? わけわからん!)
「お、おはようございます。姫様、李公子」
「おはよう、明鈴に万梅、みんなに大切な話があるから、集まってもらってもいい?」
「大切なお話ですか……?」
(李公子と結ばれましたみたいなやつですか、姫様ー?)
(もしかして、魔王と李公子、どちらか一方を選べなかったので、この際お二人とお付き合いを始めることにしましたとかでしょうかー!? キャーーー、姫様、さすがですわっ!)
万梅と明鈴は「大切な話」の内容を完全に勘違いしつつも、表向きは何事もなかったかのように二人の後に続いた。
フラれて落ち込んでいると思っていた李益が上機嫌で、しかも堂々と蓮音と手をつないで現れたので、蒼迅たちも「はぁっ???」となる。
「みんな、朝から集まってくれてありがとう。これから、皆には大事な話があるの」
「大……事な話……?」
「そう、わたしたちの今後に関わるとても大事な話」
(「李公子と結婚することにしたので、帝国に行くのは無しにするわ」みたいなのじゃねえだろうな……? 頼むぜ、姫さん……!)
蒼迅は神妙な面持ちでごくりと唾を飲み込んだ。
蓮音は皆に魔王から提案された新しい作戦――周辺諸国も巻き込んだ大同盟を組んで、帝国に対抗するというもの――を伝えた。
「なんだ、そういうことか!」
一通りの説明を聞いた蒼迅は、安心のあまり肩を撫でおろした。昨夜、蓮音が戻らなかったのは、魔王とこの先の作戦を立てていたのだろう。蒼迅は自分に都合のいいように解釈することにした。
「というわけで、今から何人かはわたしと一緒に開国に行ってもらい、開国の外交担当者とともに中央諸国に同盟の呼びかけをしてもらいたいの」
「もちろんですわ、姫様の仰せのままに」
蓮音は、明鈴、万梅、蒼迅、エリック、海遠を指名した。蓮音を含んだ六人が抜ける分は、魔王軍から人員を補充してくれるとのこと。
その別動隊は、予定通り旧南黄を縦断し、帝国との国境を目指すことになる。全員で開国に行きたいところではあるが、目くらましのために旅は続ける必要があったからだ。蓮音たちは中央諸国を回ることになった。
「香隠、ガクに晴詩、三人には残ってもらうことになるけれども、お願いね」
「任せてくれ、姫姉様」
「ガク、わかった、ひめいなくても、いっぱいがんばる」
「すべて心得ております」
話しがついたところで、魔王君からは獅子将軍の配下三人と女官三人がやってきた。
「君たちのような美しい女性を残してこの場を去ることなんてできない!」
海遠にとってはこの手の台詞を言うことが義務のようなものだったが、万梅に「城であなたを待っている美人には挨拶をしなくてもいいんですか? そっちは放置ですか?」と説得され、予定通り蓮音たちは貴蓉の魔王の城へと移動した。
六人はどこの王族の部屋だろうかと思うような、贅沢な調度品の並ぶ広い応接室に通された。
それよりなにより、花々が咲き誇り、まるで桃源郷のような貴蓉の城に、蒼迅たちは度肝を抜かれた。
そこには、勝手に思い描いていた魔王の城といった面影は全くない。万梅が言うように本当に大勢いる美人たちがやって来て「こちらへどうぞ」と案内してくれ、優雅な手つきでお茶を振舞ってくれる。
部屋に入ったら、剣護はというと誰に促されるでもなく上座に置かれている一番豪華で大きな机と長椅子にドカッと座ると、「娘々、ここにおいで」と当然のように蓮音を自分の膝の上に座らせた。
「はっ? お前なにしてくれてるんだ?」と、蒼迅は文句を言いたかったが、美女たちのおもてなしを受けている手前何も言えずに黙っているしかなかった。
しばらくすると、誠正、英姫、サイード、と彼らが厳選した外交担当者がやってきた。
彼らはまず剣護と蓮音に一礼すると、各々自己紹介をし、今回訪問する国の説明を簡単にしてくれた。外交担当者や護衛を含めた五名ほどの組を作って、各国を訪問するとのことだった。早速今日から訪問を始めるが、まずは顔合わせも兼ねて皆で昼食をとることになった。
「お食事の支度ができました」
また別の美女が呼びに来たので、宴会場に移動する。
部屋の奥の一段高くなっている雛壇に一つ大きな机が置かれていて、広間には円卓が五つ置かれていた。そこでも、剣護は蓮音の手を引いて、当然のように壇上の机に向かい、まずは蓮音を座らせると自らその横に腰掛けた。
蒼迅たちは美女に案内されるがままそれぞれの席に着いた。卓にはすでに護衛担当者などが座っていた。蒼迅たちが席に着くと、美女が酒を注いで回った。
蒼迅は、剣護を指さしながら、同じグループの護衛担当者に聞いてみる。
「あいつ、あんな偉そうな態度とってていいんすか?」
「えっ、はあ、よろしいのではないかと」
護衛の男はペコペコしている。やっぱり、あいつは魔王軍の相当偉い幹部なのかと思う。
全員に飲み物が行き渡ったところで、誠正が立ち上がって「彩華国と開国、両国の今後の繁栄を祈願して」と乾杯の音頭をとった。蓮音と剣護もお互いの盃を近づけて微笑みあった。
食事も豪勢だった。蒼迅は目の前の料理に夢中になってむしゃむしゃ食べたが、ふと蓮音に目をやる。
「食べないの? すごくおいしいのに」
「あなたを見ているだけで幸せすぎて満腹だよ」
「もう、剣護ってば!」
(剣護? そいつの名は李益じゃ? やっぱ偽名だったってことか……。つーか、なんだその会話、聞いてらんねえ……)
「あなたもちゃんと食べて、はい」
蓮音が剣護にあーんしてあげる。それまで賑やかだった会場は一瞬静かになって、みんな固唾をのんで見守る。特に魔王軍の面々にすると、噂に聞いた伝説のあーんである。
剣護は、それを遠慮せずにパクッと食べる。
「うん、確かに、あなたに食べさせてもらうと本当に旨い、もっと食べたいな」
艶っぽい目つきで蓮音を見ながら、二口目を要求する。蓮音は赤くなりながらも剣護にせっせと食べさせてあげた。
「あれもおいしそうだ。今度は僕が食べさせてあげる」
今度は、剣護が蓮音にあーんをする。
(一体、あいつらは何をやっているんだ……)
蒼迅は完全に固まっていた。英姫も、表情一つ変えず、常にかすかな笑みを浮かべつつも目の前の光景に衝撃を受けていた。
食事が進んでいき、締めの甘味には馬拉糕のようなものが登場した。果実とクリームがたっぷりと乗った蛋糕である。
蓮音が食べたとき、クリームが唇の横にちょっとついてしまった。剣護は、「ついてるよ」といって唇を指す。蓮音は「えっ」といって布巾で拭おうとしたら、剣護が顔を近づけてなんと口元のクリームをペロッと舐めた。
「ちょっと! 皆、見ているから!」
蓮音は真っ赤になって抗議するが、剣護には大して効果がなかった。
「でも、僕にはあなたしか見えていない。あなたはそんなに周りが気になるの? 今は僕だけを見ていてほしいな」
そんな光景ばかり見せられて、おいしかったのであろう食事も途中から味がわからなくなっていた蒼迅だった。




