第5話 鬼姫の帝国行き
翌日、華陽城の議場には伯栄と蓮音、宰相や大臣たち、四軍の将軍やその名代と蒼迅など炎刃隊の幹部の面々が集まっていた。国の今後を左右する一大事なだけあって、いつにない緊張感が漂っていた。
議題は、蓮音を帝国に派遣するのか否か、また帝国との同盟を模索するのかについてである。
五か国同盟は、彩華国を中心に、その北部に領土を持つ神雲国、南東部の清富王国、その西(彩華国からみて南西)にある丹王国と彩華国の西部にある千国から成る。
五か国同盟を掌中に収めようとした帝国は、海路を利用してその南側に回り込み、清富王国に攻め入った。これに対して彩華国はすぐさま南軍と蓮音を派兵した。
その後、戦線は膠着し、長期戦の様相を見せてきたところで、帝国は少数の別動隊をさらに南進させて今度は丹王国と千国の都に間者を送り込み、人質の姫たちを帝国に連れ去ってしまったのだ。
「大昇帝国からのこの申し出をいかにすべきだろうか。皆の意見を聞きたい」
伯栄の、穏やかだがよく通る声が議場に響き渡る。
「同盟国との関係を考えますと、申し出を無視するわけにも参らぬでしょう……」
「しかし、これは姫様お一人が犠牲になれば済むという問題でもない」
「平和のためを思えば、帝国との同盟もやむを得ないのでは?」
「対等の同盟であればよいが帝国に属国扱いをされるのではないか。彩華が消えてしまってもよいと申すのか!」
「だが、帝国が直接ここに攻め入ってきたらどうする? あまりにも犠牲が大きすぎる」
「これまでの姫様の戦場でのご活躍を考えてみよ。姫を帝国に渡してしまったら、帝国に対抗しうる力を大幅に削がれてしまう。将来を考えるとそのほうがよほど犠牲が大きい!」
大臣や将軍たちは口々に思っていることを述べたが、どの意見にも一長一短があり、結論を導くのは非常に難しかった。
そんなとき、炎刃隊の幹部である明鈴が声をあげた。
「わたくしが姫様の身代わりになって帝国に行くというのはいかがでしょうか? わたくしは貴族の娘として育てられましたので、姫様の代わりになるはずです。姫様、今まで受けたご恩をここで返させてくださいませ」
自分が絡んでいることだったので意見を述べにくかった蓮音だったが、初めて口を開いた。
「明鈴、そんなこと言わないで。それにあなたがわたしの代わりになるわけないでしょ? だってわたしは美しい貴人というよりは恐ろしい鬼人として知られているのだから」
われながらなかなかうまいことを言ったものだと蓮音が自己満足していると、今度は香隠が提案する。
「では、わたしだったらどうだ? わたしならば恐ろしい鬼人として姫姉様の代わりを十分役割を果たせるだろう?」
「はぁ~、香隠。確かにあなたの剣技はすばらしいわ。でも、あなたの属性は氷でしょ? 炎属性のわたしとはいわば真逆なんだから。すぐに別人だってバレると思うけど」
「確かに姫君はあまりにもエキセントリックな方ですからね、身代わり作戦は難しいかと。バレたときのリスクが大きすぎます」
エリックも蓮音に同調する。にしても、エキセントリックな方、つまり奇人か……。
「くそっ、こんなことだったら、姫さんをど変人に仕立て上げるんじゃなかったぜ」
蒼迅が悔しそうに舌打ちをした。
わたしって皆の目にはど変人に見えていたってこと? 超絶強くてかっこいい英雄のつもりだったんだけど……と蓮音は思いながら、こう続けた。
「やはり、わたしが大昇帝国に行こう。第一の目的は人質を取り返すことだ。その先は、大昇帝国が同盟するに値するのかそうでないのか、この目で見極めたうえで対処する。わたしたちの使命はこの国に生きる人々を守ることだ。帝国がわが身を置くのに値しない場所なのであれば、人質を奪還したうえで、後宮を火の海にしてでも必ず戻ってくる」
蓮音は、さらっと恐ろしいことを言いながら、鬼姫らしからぬあどけない顔に笑みを浮かた。
こうして、蓮音が帝国へ行くことが決まった。
◇ ◇ ◇
「姫様、どうかわたくしをお連れ下さい。後宮は女の戦場です。武力とはまた異なる力が必要となりましょう」
明鈴が真っ先に同行を願い出てきた。同じく万梅も同行を志願する。
「わたしも連れて行ってください! 後宮に行かれるのであれば房中術の習得は必須かと。わたしがしっかりとお教えいたします」
防虫術? 後宮では虫を使った嫌がらせでも流行っているのだろうか。
「確かに防虫術は大切よね。特になめくじは厄介だもの。万梅、よろしく頼むわ」
なめくじ?? 一体何の隠語だろうか……? と万梅は思うが、「お任せください」と返答する。
「二人とも本当にありがとう。頼りにしてる。二人が作ってくれる料理や茶菓子が食べられなくなるのがすごく惜しいと思っていたの。お陰でひとつ気がかりが晴れた」
「姫様、それにしても本当によろしかったのですか?」
明鈴は、実は蓮音の相手として蒼迅を強く推していた。「身分の違う幼馴染の不器用な愛になかなか気が付かない姫君だったが、次第に彼の強さと優しさに惹かれて、困難を乗り越えつつ結ばれる……」というような展開を期待しているのだ。
『蒼迅、やっぱりわたし、知らない男の妻になんてなりたくない! 漸く気が付いたの。わたしの近くにはあなたがいるということに!』
『姫さんは誰にも渡さねえ! 皇帝だろうが何だろうが、この命に代えても俺が守る!』
そして互いの愛を確認しあった二人は皇帝の手から逃れるべく駆け落ちする……。これこそが現状における最良の道だと思っている。
「うん、まあ、さっきも言ったけど、一番の目的は人質を取り返すことだし。鬼姫の名に恥じぬようできる限りあがいて見せるから、あんまり心配しないで」
「……皇帝陛下が素敵なお方だといいですね」
それが難しいのであれば、第二の道として、「姫の護衛と悪の皇帝が美しい姫の愛を勝ち取るべく激しい男の戦いを繰り広げる……」というのもありかもしれない。
「全然期待はしていないけどね」
そもそも蓮音が蒼迅にも皇帝にも興味がなく、二人の愛の間で揺れてくれないと明鈴の理想とする劇的な展開なるものも起こりえないのだが。
「では、皇帝がいい男じゃなかったら酒に唐辛子でも入れてやりましょう!」
「あははっ、それ最高! にしても、後宮かぁ。やっぱり超美人だけどめっちゃ怖いお妃とかいるのかな? 『お黙り! この泥棒猫!』とか言われちゃったらどうしよう!」
蓮音は案外楽しそうだ。
「ご安心を。姫様よりも怖い人なんてそうはいませんから!」
「姫様、もし意地悪なお妃がいたら、『陛下のご寵愛を賜っているのはこのわたくし。平伏しなさいな』と言い返してやればよろしいのですわ! 必ずや女の戦いに勝利しましょう!」
だんだん何の話をしているのかわからなくなってきたが、女子たちのとりとめのない会話はいつまでも続くのであった。




