第3話 旅の始まり
蓮音たち一行は、城門を出ると見送りの将軍や兵たちに別れを告げて旅路についた。
城内では大行列だったが、実際に大昇帝国に向かうのは、蓮音とその護衛や侍女の計8名のみと、花嫁道中にしては、随分と淋しい人数だった。炎刃隊の面々はみな同行を希望したが、残って国を守ってほしいという蓮音の願いを聞き入れて、数名の幹部を除き彩華国に残ることになったのだ。
帝国から書簡が届いたのは2週間ほど前だった。
「丹王国と千国の姫君たちを後宮でお預かりしている。皇后の席がまだ空いているので、彩華の鬼姫が後宮まで彼女を迎えに来たならばお返ししよう」
要するに人質を返してほしければ、お前が代わりになれという要求だ。
同盟国の姫君たちを人質に取られてしまっている手前、大昇帝国に向かわないわけにはいかない。とりあえず従う振りをして人質を取り返しつつ、何とか全員で帰国する方策を帝国までの道中で練る必要があった。
城門を出た一行は、まずは同盟国であり隣国である神雲国を目指し、街道を北上していた。
彩華国内は主要な街同士をつなぐ街道がよく整備されていた。彩華国の名の通り、街道沿いには季節の花々が植えられていて、行きかう人々の目を楽しませてくれるだけでなく、一定間隔で休憩できる場所や宿場町も整えられていた。
また瘴気や邪気が溜まりやすく魔物が生じやすい場所では、巡回の兵士や冒険者たちによって魔物の掃討も頻繁に行われていた。彩華国内では、非常に快適に旅ができるのだ。
問題は国境を越えた後だ。大昇帝国に行くまでには神雲国と南黄帝国跡地を通らなければならない。
神雲国は同盟国ではあるが、領内にはまだ戦争の余波が残っていて、人心も落ち着かず、旧南黄帝国跡地を根城とする盗賊の襲撃などが頻発している。さらに南黄帝国滅亡後の空白地帯は濃い瘴気に侵され、凶悪な魔物が多数跋扈していた。村や町は孤立状態で、いまだに国としての体裁が整えられてすらいない。それをいいことにどこからともなく集まってきた盗賊たちの巣窟となってしまっているのが旧南黄跡地の現状だった。
次、いつこの街道を通れるか、わからない。華陽から北へと延びる街道は、蓮音が最もよく利用してきた街道でもある。蓮音は馬車の窓を全開にして、夏の名残が漂う、熱気と湿気を含んだ風を頬に感じていた。遠くには蒼い山々が連なり、街道沿いには鮮やかな蜜柑色の凌霄花が、強い夏の陽の光を受けて、賑やかに咲き誇っていた。蓮音は、この山紫水明の名高い彩華国の優麗な風景を、全身に焼き付けるように味わった。
「にしても、姫さん、どうして仮面を外したんだ? 人質を連れて国に戻ってくるつもりだったら、今まで通り面が割れねえほうがよかったんじゃねえか?」
炎刃隊の隊長である蒼迅が話しかけてきた。雷属性持ちの蒼迅は、彩華国でも屈指の槍使いで、「雷雲を呼ぶ猛獣」の異名で知られていた。蓮音や彩華国王であり蓮音の従兄妹である珠 伯栄とは十年来の幼馴染でもあった。
最初に彼を庇護し、その才能を見抜き、娘の護衛にしたのは蓮音の父だった。彼自身は孤児である自分の出自を気にして、姫に抱いていた淡い恋心は封印していたが、周囲の者は、姫の相手はこの蒼迅か、国王の伯栄のどちらかだろうと思っていた。よく仲間には目つきが悪いなどとからかわれたが、稲妻を思わせる橙色の髪を短く切り、日焼けした肌の精悍な面持ちの青年だった。
「わたしとしては覚悟? を見せたかったというか……あとは、敵を油断させる作戦?」
蓮音の返答に、姜 明鈴がすかさず補足する。
「あの場には、群衆に混ざって帝国の間者もいたでしょう。人質の安全のためにも、姫様が帝国に嫁ぐ意志があることを示す必要があるのですわ。一度お姿を公にした後では、他の者が姫様の代わりを務めることはできなくなりますので。かといって、喜んで嫁ぐわけではないのだということも見せておく必要があります」
明鈴は紫色の長髪と瞳が印象的な美女だった。幸薄そうな美貌に目をつけられ、当時彩華国と対立していた衛国の丞相の養女となった。宮廷の礼儀作法や学問や淑女の嗜みをしっかりと叩き込まれたうえで、伯栄の妃となり間者の役割を期待されて彩華国に送り込まれた。それに失敗した今では蓮音の侍女として、淑女のよき手本となっている。
と言いたいところだが、天真爛漫、豪放磊落でお姫様とは程遠い性格の蓮音の淑女教育は、実際にはまるで進んでいない。
「さすがは、明鈴ちゃん、頼りになるねぇ。ボクはさらに惚れちゃいそうだよ」
海遠が目配せをしながらいつものように茶化す。彼は水属性持ちの元海賊で、飛び道具による攻撃を得意としていた。瑠璃色の長い髪を低い位置で一つに束ね、やたらと宝石を身に着けている自称色男の彼は、事あるごとに肌を露出しては老若男女問わずに口説く悪癖がある。
「ふざけないでくださいませ! この先、みなで無事にこちらに戻れるのか、まだわからないのですから。もう少し緊張感を持ってくださいませ!」
明鈴は少し赤面しながらも海遠を戒めた。
「そうだぞ。お前たち男どもは覚悟が足りんのだ。姫姉様、こいつら腑抜けは役に立たないかもしれないが、わたしがこの命に代えてもお守りしますので、ご安心を」
副隊長の香隠は、白い肌と白銀の瞳が印象的な、「凍てつく刃」の異名をもつ氷属性持ちの女性だ。一撃必殺の剣術に長けていて、暗殺を稼業としていた。蓮音たちの暗殺を依頼され、彼女と刃を交えた際に、その技と人柄に惚れこみ、炎刃隊の一員となった。今では同い年の蓮音を姉と慕い、絶対の忠誠を誓っている。
「香隠、大げさなんだから。というか、いつも言っているけれどもすぐに命に代えてもとか言わないの。ちゃんと自分を大切にしないとダメだからね」
「悪いやつ、ガクが、全部、たおす。蓮音、ガクが、守る」
「ガクもありがとう。頼りになる仲間がいるから、まあ、きっとなんとかなるでしょう」
ガクはオオカミ獣人で人買いにつかまり見世物にされていたところを蓮音に保護された、この中ではおそらく一番若い少年だ。もふもふの耳としっぽは蓮音たち女性陣のお気に入りだ。蓮音は笑いながら、本当に何も心配していない様子でガクの言葉に返答した。
「確かに、大昇帝国は人の移動の統制が厳しく、自由に立ち入ることのできない国です。かの国の魔道具研究は大陸でも屈指と聞きます。この際だから、いろいろ見聞してですね……」
大陸の西側出身で魔術や錬金術、魔道具の開発を得意とするエリックが少し興奮気味に話す。彼は、千年以上前に大陸の中央で栄えたとされる、古代魔法王国時代の遺物を探索中に、なぜかまるで違う場所で行き倒れとなっていたところを蓮音に救われ、以来、彼女のもとで魔術研究や魔道具開発に励んでいる。
「こいつを護衛として連れてきたのは誰だ。貴様、自分のことしか考えてないではないか!」
香隠が氷のように鋭い目つきを向ける。
「ひぃぃ! そ、そんなことはないですよ。いざとなったら、私の転移魔法で後宮から脱出もできますし」
「エリック様、もしかして知らないのですか? 後宮には男は入れませんよ。もっとも、エリック様の大事なモノをぶった切れば不可能ではないですが」
万梅が真顔で冷静に突っ込む。彼女は旧南黄帝国の裕福な商家の出だったが、戦乱の混乱の最中、人買いに連れ去られたあげく、南黄帝国の王都にあった妓楼に売られてしまった。客を取る前に花街もろとも国そのものがなくなってしまったため自身の貞操は守れたのだが、男女の営みにはやたらと詳しい。
「では、大昇に到着するまでに、性別を変える術式……、それは難しいか。となると、見えなくする魔法の術式のほうが現実的か。幻影魔法を応用すれば……」
「まぁ、美しい女性たちだけを危険な目に合わせるわけにはいかないからね。そういうことならば、ボクも一肌脱ぐよ! ねっ、蒼迅」
そういって、海遠は着ているものをずらして、鍛え上げられた上腕二頭筋と大胸筋をあらわにした。明鈴は赤面した顔を半分手で覆いながら、「はしたないですわ! 破廉恥ですわ」と若干嬉しそうに騒ぎ立てた。
一方で蒼迅が表情を変えずに「あー、香隠、こいつのアソコ、ぶった切っていいから」と言い放つ。香隠は、「お前たち、本当に死にたいのか! ふざけすぎだ!」と激怒した。
「あはははははっ。もう、おなか痛いってば!」
一連のやり取りに蓮音は思わず笑い転げる。国家の行く末と自分自身の未来という大きな岐路に立たされている緊迫した状況の中で、普段と何ら変わらない仲間のやり取りをみていると、ほっと安堵する蓮音であった。




