第5話 鬼姫の帝国行き
翌日、華陽城の議場には、伯栄と蓮音、宰相や大臣たち、四軍の将軍やその名代と蒼迅など炎刃隊の幹部の面々と、豪華な顔ぶれが集まっていた。
ここでなされる決定が、彩華王国の今後を左右する重大な局面なだけあって、議場にはいつにない緊張感が漂っていた。約4年前、蓮音の父であった国王・珠 建叡が急死し、伯栄が王位を継ぐことが決議された時の会議よりも、さらに重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
本日の議題は言うまでもないが、蓮音を帝国に派遣するのか否か、また帝国との同盟を模索するのかについてである。
五か国同盟は、彩華国を中心に、その北部に領土を持つ神雲、南東部の清富王国、その西(彩華国からみて南西)にある丹王国と彩華国の西部にある千国から成る。
五か国同盟を掌中に収めようとした帝国は、海路を利用してその南側に回り込み、清富王国に攻め入った。これに対して彩華国はすぐさま南軍と蓮音を派兵した。
その後、戦線は膠着し、3か月に及ぶ長期戦の様相を見せてきたところで、帝国は少数の別動隊を秘密裏にさらに南進させた。今度は丹王国と千国の都に間者を送り込み、瞬く間に王城に潜入、人質の姫たちを帝国に連れ去ってしまったのだ。
正攻法で帝国軍と向かい合っていた蓮音にとって、帝国のこの所業はまさに寝耳に水であった。
「大昇帝国からの、この申し出をいかにすべきだろうか。皆の見解を聞きたい」
伯栄の、穏やかだがよく通る声が議場に響き渡る。
その問いかけに応じて、まず口火を切ったのは、この国の宰相だった。
「同盟国との関係を考えますと、申し出を無視するわけにも参らぬでしょう……」
「しかし、これは姫様お一人が犠牲になれば済むという問題でもない」
「平和のためを思えば、帝国との同盟もやむを得ないのでは?」
「対等の同盟であればよいが、帝国に属国扱いをされるのではないか。彩華が地図上から消えてしまってもよいと申すのか!」
「だが、帝国が直接ここに攻め入ってきたらどうする? あまりにも犠牲が大きすぎる」
「これまでの姫様の戦場でのご活躍を考えてみよ。姫を帝国に渡してしまったら、帝国に対抗しうる力を大幅に削がれてしまう。後のことを考えると、そのほうがよほど犠牲が大きい!」
大臣や将軍たちは口々に思っていることを述べる。大抵このような二者択一を迫られる場合、文官は穏便に済ませようする一方で、武官は好戦的になりがちである。彩華国も例に漏れず、穏健派の文官と主戦派の武官の見解がぶつかり合っていた。どちらの言い分にも一長一短があり、この手の議論において、誰しもが納得するような妙案を導くのは非常に難しかった。
そんなとき、炎刃隊の幹部である明鈴が声をあげた。こういった会議の場で、姫の侍女に過ぎない彼女が意見を述べるのは非常に珍しかった。
「わたくしが姫様の身代わりになって帝国に行くというのはいかがでしょうか? わたくしは貴族の娘として育てられましたので、姫様の代わりになるはずです。姫様、今まで受けたご恩をここで返させてくださいませ」
明鈴は、最後の一言を口にする際、蓮音の目をじっと見つめ、彼女の意志が固いことを暗に蓮音に伝えた。自分に関わることだったので、まずは議論の行方を見守っていた蓮音だったが、明鈴の策を聞いて、初めて口を開いた。
「明鈴、そんなこと言わないで。それにあなたがわたしの代わりになるわけないでしょ? だってわたしは美しい”貴人”というよりは、恐ろしい”鬼人”として知られているのだから」
われながらなかなかうまいことを言ったものだと、重々しい雰囲気を他所に、蓮音が自己満足していると、今度は香隠が似たような対案を出す。
「では、わたしだったらどうだ? わたしならば恐ろしい鬼人として姫姉様の代わりを十分役割を果たせるだろう?」
「はぁ~、香隠。確かにあなたの剣技はすばらしいわ。でも、あなたの属性は氷でしょ? 炎属性のわたしとはいわば真逆なんだから。すぐに別人だってバレると思うけど」
彼女たちの申し出は有難いが、わが身可愛さに仲間を犠牲にするような計画に乗るわけにはいかない。
「確かに姫君はあまりにもエキセントリックな方ですからね、身代わり作戦は難しいかと。それに、バレたときのリスクが大きすぎます」
エリックも蓮音に同調する。こういうとき、人情に流されない研究バカのエリックは、誰よりも冷静な判断をしてくれる。にしても、エキセントリックな方、つまり”奇人”か……。って、あなたにだけは言われたくないのだけど……と蓮音は内心で文句を思い浮かべながら、眉をひそめた。
「くそっ、こんなことだったら、姫さんをど変人に仕立て上げるんじゃなかったぜ」
蒼迅が、真剣な面持ちで、悔しそうに舌打ちをした。
思っていた通り、間違いなくこの男が一番失礼だ。”奇人”と”ど変人”との間には、月と太陽ぐらい大きな隔たりがあると思うのだが……。
(奇人とかど変人とか、さすがにひどくない? わたしとしては、超絶強くてかっこいい英雄のつもりだったんだけど……)
「やはり、わたしが大昇帝国に行こう。第一の目的は人質を取り返すことだ。その先は、大昇帝国が同盟するに値するのかそうでないのか、この目で見極めたうえで対処する。わたしたちの使命はこの国に生きる人々を守ることだ。帝国がわが身を置くのに値しない場所なのであれば、人質を奪還したうえで、後宮を火の海にしてでも必ず戻ってくる」
蓮音は、さらっと恐ろしいことを言いながら、鬼姫らしからぬ、愛らしい顔に笑みを浮かた。
彩華国の幹部たちは、どちら側の言い分もそれなりに取り入れた蓮音の英断に、ただただ感謝するしかなかった。こうして、蓮音が帝国へ行くことが決まった。
◇ ◇ ◇
「姫様、どうかわたくしをお連れ下さい。後宮は女の戦場です。武力とはまた異なる力が必要となりましょう」
明鈴が真っ先に同行を願い出てきた。同じく万梅も同行を志願する。
「わたしも連れて行ってください! 後宮に行かれるのであれば房中術の習得は必須かと。わたしがしっかりとお教えいたします」
防虫術? 後宮では虫を使った嫌がらせでも流行っているのだろうか?
…………うん、確かに流行ってそうだ。
「確かに防虫術は大切よね。特になめくじは厄介だもの。万梅、よろしく頼むわ」
(なめくじ?? 一体何の隠語……?)と万梅は頭の中に疑問符を浮かべながらも、それをおくびにも出さずに「お任せください」と自信たっぷりに返答する。
「二人とも本当にありがとう。頼りにしてる。二人が作ってくれる料理や茶菓子が食べられなくなるのがすごく惜しいと思っていたの。お陰でひとつ気がかりが晴れた」
蓮音は妙にすっきりした顔で礼を述べた。結局、明鈴を巻き込んでしまうことになったのは申し訳ないが、彼女の性格を考えると、断ったところで容易には聞き入れてくれないだろう。万梅に関しても同様である。
「姫様、それにしても本当によろしかったのですか……?」
明鈴は、実は蓮音の相手として、誰よりも強く蒼迅を推していた。
”身分の違う幼馴染の不器用な愛になかなか気が付かない姫君だったが、次第に彼の強さと秘めた優しさに惹かれて……二人に襲い掛かる過酷な運命をも乗り越え、ついに結ばれる……”
そんな甘い展開を期待していたのだ。
『蒼迅、やっぱりわたし、知らない男の妻になんてなりたくない! 漸く気が付いたの。わたしの近くにはあなたがいるということに!』
『姫さんは誰にも渡さねえ! 皇帝だろうが何だろうが、この命に代えても俺が守る!』
互いの愛を確認しあった二人は、悪しき皇帝の手から逃れるべく、手に手を取り合って駆け落ちする……。これこそが現状における最良の道だと思っている。
「うん、まあ、さっきも言ったけど、一番の目的は人質を取り返すことだし。鬼姫の名に恥じぬよう、できる限りあがいて見せるから、あんまり心配しないで」
「……皇帝陛下が素敵なお方だといいですね」
想いあう二人の愛の逃避行、が難しいのであれば、第二の道として、”姫の幼馴染である護衛と権力を盾に取る悪の皇帝が、美しい姫の愛を勝ち取るべく、激しい男の戦いを繰り広げ……ついに護衛は皇帝を打ち倒し、姫の愛を取り戻すのであった……”というのもありかもしれない。
「全然期待はしていないけどね」
そもそも蓮音が蒼迅に対して、ほんのわずかであったとしても想いを寄せていてくれないと、二人の男との間で揺れる姫の恋心やいかに……と明鈴が理想とする劇的な展開なるものも起こりえないのだが。
「では、皇帝がいい男じゃなかったら、酒に唐辛子でも入れてやりましょう!」
乙女心満開な明鈴と異なり、随分と現実的なのが万梅だ。
「あははっ、それ最高! にしても、後宮かぁ。やっぱり超美人だけどめっちゃ怖いお妃とかいるのかな? 『お黙り! この泥棒猫!』とか言われちゃったらどうしよう!」
蓮音は案外楽しそうだ。
「ご安心を。姫様よりも怖い人なんてそうはいませんから!」
「姫様、もし意地悪なお妃がいたら、『陛下のご寵愛を賜っているのはこのわたくし。平伏しなさい』と言い返してやればよろしいのですわ! 必ずや女の戦いに勝利しましょう!」
だんだん何の話をしているのかわからなくなってきたが、女子たちのとりとめのない会話はいつまでも続くのであった。




