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花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第55話 不死鳥の舞

 蓮音(リェンイン)たち一行の目の前には、荒涼とした南黄(ナンファン)の平原がどこまでも広がっていた。瘴気の影響か、この辺りは天候も悪く、常に暗雲が立ち込めていた。乾いた空気が時折砂埃を巻き上げる。その荒れ果てた死を思わせる大地を悠然と進む蓮音たち。


 作戦そのものは単純だった。まずは豪毅(ハオイー)の軍が黄倉(ファンツァン)にいる大型の魔獣たちを宮城外におびき寄せて倒す。ある程度魔獣がいなくなったところで、蓮音たちが廃墟となっている宮城に入り、蓮音が不死鳥を召喚する。その間、蒼迅(ツァンシュン)たちが蓮音の警護にあたる。


 この作戦が始まる前に魔王が来てくれたら……そう期待していたが、すでに目の前には、黄倉の宮城の廃墟が姿を現しつつあった。黄倉の旧市街地の上には周辺よりもさらに厚い真っ黒な暗雲が立ち込めていて、想定以上に辺りの瘴気が濃いことが伺われた。おそらく世の人々が想像する魔王城の姿はこんな感じかもしれないと漠然と考える。


 これだけの瘴気となると、一度の不死鳥召喚でどれだけ払えるかわからないが、まずは、この儀式に集中しなければと、蓮音は気持ちを引き締めた。


 獅子将軍は率いていた部下を三隊に分けて、互いの健闘を祈りあいながら、東、北、西の三方向に城下を進んだ。しばらくすると各隊から作戦成功を知らせる合図の烽火があがる。それをみて、蓮音たちは宮城の奥へと歩を進めた。


 最も瘴気が濃い場所は最後の皇帝の玉座の間だった。皇帝自身の欲望や権力への執着、彼に対する民衆の怨嗟が玉座の間には渦巻いていて、このままでは並みの人間には近づくこともできそうにもない。


 そこには魔獣も数多くいて、蓮音の護衛としてついてきた者たちも次々と交戦状態に入る。豪毅の隊も助っ人に来てくれて、魔獣を誘い出してくれたが辺りは乱戦状態で、次第に誰がどこにいるのかもわからなくなっていた。


 このままでは召喚魔法を唱える前に力尽きてしまいそうだと蓮音が思ったその時、目の前の魔獣たちが燃え上がったかと思ったら、黒い煙と化して消えた。


 魔王・黒煙虎(ヘイイェンフー)が来てくれたのだ。


小虎(シャオフー)!」


 蓮音が嬉しそうに振り返る。すぐ背後に現れた魔王は蓮音の手を取ると、彼の口元にもっていく。


「遅くなってすまない。力を抜いて、俺に波長を合わせて」


 魔王は蓮音の手を取ったまま、何やら呪文を唱えだした。すると彼から温かくて力強い膨大な魔力が流れ込んでくるのを感じた。蓮音はその流れに導かれるかのように、ゆっくりと召喚魔法の詠唱を始めた。


「炎の化身たる不死鳥フェニックス、汝、死と再生をつかさどりし者にして、万物を流転させし力の根源なり。業に満ちた魂を涅槃に返すべく、われの願いに応じ、その姿を顕現させよ。天高く舞い上がり、この地に満ちるすべての恩讐をその業火で焼き尽くせ。不浄なる怨嗟の念を断ち切り、再び清浄で無垢なる命としてこの地に芽吹かせん」


 蓮音が詠唱を始めると、紅い彼女の髪がさらに光をまして輝きだし、体中に炎をまとっているかのような姿になった。すると蓮音の周りから明るい火の手が上がり、まるで炎の鳥が大地を駆け巡っているかのようだ。炎は激しく燃え上がっているが、そこにいるものは何かに包まれているような温かさは感じても熱くはない不思議な炎であった。


 蓮音は詠唱を続けた。彼女が呪文を唱えている間、その炎は際限なく広がり続けた。普通ならば力尽きてもいいころだったが、隣にいる魔王が常に魔力を供給してくれている。蓮音は心置きなく呪文を唱え続けた。


「音のない世界の訪れ 星々は眠りにつく

闇は終わりにあらず 次の光を生む場所

地平線から昇る陽は 炎のゆらめき

大地は目覚め 新たな命が芽吹く

風の波にふれて 夢のように心は踊る

たゆたう水の流れは 運命をいざなう

大いなる祈りを捧げん 私の願い

巡る森羅万象よ この地を守り給え 永遠に」


 最後に彼女は彩華(ツァイファ)の都を出る際に、皆の前で披露した歌を朗々と歌った。すべての魂を癒し、天に返す、命の循環の歌だ。炎が天に昇り、今そこで生きている命以外のすべてが浄化されたとき、そこにはただ静かに澄み切った風が吹いていた。


 蓮音は魔王を一瞥すると彼に倒れこむようにしてよりかかった。


「少し疲れちゃったな……」

「もう大丈夫。全部終わったから、ゆっくり休んで」


 そうささやく魔王の声音に、蓮音は安心するように眠った。


 魔王は人間の姿になると蓮音を抱きかかえて散り散りになっていた仲間を探した。仲間は宮城の門の近くに結界を張って止めていた馬車の近くに集まっていた。蓮音を抱きかかえている剣護(ジェンフー)を見て、蒼迅は「チッ」と舌打ちをする。またこいつにいいところを持っていかれたのかと思うと悔しくてならない。


 しばらくすると豪毅たちも合流した。


「いやー、壮観も壮観! 凄かったですなあ! って、姫様は大丈夫なんですか?」

「ああ、体力も魔力も使いすぎて疲れたんだろう。寝ているだけだ」

「魔王は来たのか?」


 香隠(シァンイン)が質問を投げかけた。


「来たさ。魔王が魔力を貸したから、一度で全部焼き尽くすことができた。これで黄倉の瘴気はなくなった。畑にすることも、また街を建てることもできる」

「では、我々はこの辺りに残っている魔物や盗賊を成敗しながら帰るとするか!」


 そういうと豪毅は隊を率いて去っていった。


「豪毅将軍、世話になった。姫さんに代わって、礼を言う。魔王閣下にも感謝の意を伝えておいてくれ」


 蒼迅の言葉に、豪毅は手を上げて「おう!」と応じた。


 蓮音はこの召喚術を使った後はいつもしばらく熟睡してしまう。今回はいつもよりも長く呪文を唱えていたので、なかなか起きないだろう。


 蓮音を馬車に寝かせて、一行は晴詩(チンシー)の案内で近くの集落を目指した。陽が沈む前になんとか近くの寒村に着くことができた。


 小さな村であったが、村にしては立派な寺院があり、そこで休ませてもらうことになった。女たちが順番で寝所に付き添い、男たちが寝室の外で見張りについた。


 朝日が昇るころ、ようやく蓮音は目を覚ました。


「おなか空いちゃった」


 起きるなりそう言うのは、いつものことだったので、ちょうど付き添ってい万梅(ワンメイ)が「何か作ってきますね」といって部屋を出ようと戸を開けた。


「そろそろ目が覚めると思って」


 あまりにも絶妙な間で、剣護が温かなおかゆを持って入ってきた。「この男、準備よすぎだ……」と半分呆れながら感心する万梅だった。


「これ、あなたが作ってくれたの?」

「うん、口に合うかわからないけど」

「李公子は、本当に何でもできるんだね」


 蓮音はおかゆを口に運んだ。とても優しい、どこか懐かしい味だった。そうだ、母の侍従だったリーフがよく作ってくれたおかゆに似ているんだ。隠し味はなんだったっけ?


「すごくおいしい」

「気に入ってもらえてよかった」


 この辺の会話まで聞いたところで、万梅は「はいはい、邪魔者は退散しますよ」と思いながら部屋を後にした。


「そういえば、黄倉はどうなった?」

「きれいさっぱり祓い清められたよ。もう大丈夫だ」


 蓮音は、そういえば、寝てしまう前に魔王も大丈夫って言ってたっけと思う。


「せっかくだから、何か花の種をまいてきたかったなぁ」

明鈴(ミンリン)たちが種をまいているようだったよ。いつもそうしているんだろ?」

「うん」

「じゃあ、次、ここに来る時は一面の花畑が見られるな」

「……次かぁ。そういう時がまたくればいいけど」

「大丈夫。僕が必ずあなたをもう一度ここに連れてくる。約束だ」

「ありがとう。楽しみにしてる。……でも、どうしてあなたはそんなにもわたしを助けてくれるの?」


 蓮音は少し前に魔王にしたのと同じ質問をしてみた。


 剣護のほうも同じ質問をされてびくっとなる。「あなたを愛しているから」それが一番の答えだが、今はそう答えるわけにはいかない。


「その……昔、僕を助けてくれた人がそう教えてくれたからだ」


 蓮音に対して嘘は付きたくない。そうなると必然的に魔王と同じことを言うことになる。


「そっか。じゃあ、あなたを助けてくれた人とわたしは同門かもしれないね。わたしもそう教えられたから」


 蓮音も同じように返し、にこっと笑った。


「そうかもしれないね」


 剣護も蓮音を見て、少し微笑んだ。

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