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花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第54話 お願い! 獅子将軍!

 十分に休憩を取り終わると、一行は、今回の作戦の目的地である黄倉(ファンツァン)に向けて旅立った。この辺りに集落はないため、今日は野営をしなければならない。この旅で初めての野営だった。順調に行けば、明日には黄倉に着くことになる。


 蓮音(リェンイン)は早く魔王に会いたかった。先ほど、彼女の中で沸き出た疑問を、会って確かめたいと。思わず獅子将軍に尋ねる。


「魔王閣下はいつ合流する予定ですか?」


「申し訳ない、姫。自分にはわかりかねます。だが、心配御無用です!」


 明るく返答しながらも、豪毅(ハオイー)は内心でかなりビクついていた。近くで、魔王が彼の言動を見張っているからだ。


(優しくしろって言われたけど、こんな答え方で大丈夫だよな? 「もう合流しています、ほらそこにいるじゃないですか!」というわけにもいかないし……主殿はいつまで人間の姿でいるのだろうか?)


「心配しているわけじゃないんです。ただ、早く会いたいなと思って」


 そう口にしてから、これではまるで恋人を待ち焦がれているみたいじゃないかと思い直し、「あっ、ちょっと確認したいことがあって」と言い変えた。


 蓮音の言葉を近くで聞いていた剣護(ジェンフー)は、少し複雑だった。会いたいと言ってもらえるのは嬉しいが、蓮音に何か勘づかれたのではないかと。きっと彼女はそれを確認したいと思っているのだろうと。ずっとだまし続けることはできない、でもこんなタイミングで正体がバレて、蓮音に嫌われないだろうかと考えだすと、気が気でなかった。


「俺は魔王様と念話ができるので、いつごろ来られるおつもりか聞いてみましょうか?」


 優しくしないと何が起こるかわからないので、豪毅は精一杯優しくすべく、あれやこれやと気を遣う。


「そこまでしてくれなくて大丈夫です。直接お会いして話したいので」


 魔王に直接会って話がしたいという蓮音の言葉を聞いて、豪毅は、「いやー、青春とはなんとも美しいものですなぁ」と、蓮音にしてみると「?」な返答をした。


「獅子将軍は、本当に愉快な人ですね。一緒にいるとすごく和みます」


 蓮音は軽く笑った。


 やっぱり蓮音は獅子将軍のような男が好きなのかと、二人の会話を聞きながら剣護は知らず知らずのうちにため息をついていた。


 剣護のため息が耳に入ってしまった豪毅は、恐ろしいほど焦った。


「いやいや、俺なんて全然です! わが主のほうがずっとイイ男ですよ! 主殿の方が俺よりも強いし、ずっと賢いし、金持ちだし、それに女にもモテる! 俺なんて足元にも及びませんよ! ガハハハッ」


 と、女にモテるは余計な気もするが、命が惜しいので、とりあえず主君を持ち上げておいた。


「知ってます。でも、将軍だってすごく素敵なイイ男だと思いますよ。わたしは将軍のような人が大好きです」


 大好きですの一言で、背後に感じるどす黒い殺気が十倍に増した気がする。


(鬼姫よー! どうか俺を殺さないでくれーー! これ以上、俺を褒めないでくれーーー!)


 裏表のない蓮音にべた褒めされるのは嬉しい反面、剣護の存在があまりにも恐ろしい豪毅であった。


 日が暮れる前に通りがかった廃村で一行は野営をすることにした。エリックと晴詩(チンシー)で協力して結界を張り、蒼迅(ツァンシュン)たちは薪を集め、蓮音が火をつける。


 英気を養うためといって、豪毅の軍が、廃村には似つかわしくないぐらい豪勢な食事を用意してくれた。気が付いたら賑やかな酒宴となっていた。


 蓮音はそれぞれ数人ずつの集団(グループ)になって飲んでいるところに入って行っては、それぞれと話をした。


 昼間の李浩(リーハオ)の元に行って、剣護やほかの子どもの消息も詳しく聞いた。今度、魔王に開に連れて行ってもらった時に、彼らの元を訪れてみようと思った。何も得ることのない旅のはずだったが、また一つ楽しみが増えた。


 獅子将軍は、李公子と蒼迅、エリックと数名の部下と一緒に酒を飲んでいた。蓮音が近づいていくと、豪毅が剣護の隣の席を勧めてきた。


「姫君、ささ、こちらにどうぞどうぞ!」


(あれ? 獅子将軍は魔王推しなんじゃないのかな? いつもあれだけ魔王のことを褒め称えているのに……。もしや、獅子将軍、実はすごく鋭い人で、わたしの李公子に対する気持ちに気が付いている? いや、あるわけないか……。うーん、ということは李公子は開国でも結構な大物なのかも?)


 いろいろと考えを巡らせながらも、蓮音は勧められた場所に着座した。


「姫様も飲んでください! ぜひにぜひに!」


 獅子将軍は、当然のように酒を勧めてきた。


「姫は酒が苦手だ。代わりに僕がいただこう」


 蓮音が断る前に、剣護が獅子将軍が差し出した盃を飲み干した。そして、どこからともなく別の瓶を取り出すと、「あなたにはこっちのほうがいい」と言って綺麗な細工の硝子の杯に葡萄果汁(ジュース)を注ぎ、蓮音に渡してきた。


「これは、失敬! さすが……えっと名前なんでしたっけ?」


 近くにいた幹部が「李益(リーイー)殿です」と豪毅にささやく。


「さすがは李益殿! 俺と違って姫様のことは何でもよくわかっているではないか!」


 豪毅は今度は李公子をほめたたえる。豪毅は魔王だけでなく、李公子にも頭が上がらないのだろうか。でも、なぜ?


「二人はどういう関係なんですか? 名前忘れているぐらいだから、お友達ではないですよね?」


 鋭い突っ込みをしてくる。それは、蒼迅も気になっていた。蒼迅にしてみると、魔王の第一の幹部ともいえる大将軍が、こんな商人ごときにペコペコしているのが面白くないのだ。


 豪毅は酷く焦った。主が変装した時の名前を失念するなど、ありえない失態だ。これは殺されても文句は言えない。もっとも、今までの剣護は変身しているときにこれといった名を名乗ったことなどないので、豪毅がよく確認していなかったとしてもやむを得ないと言えばそうなのだが。


「娘々、ひどいな。いくらなんでも僕だって友達は選ぶよ」


 剣護が冗談っぽく答える。


「そうですぞ、姫様! 吾輩のようなバカものが李益殿の友を名乗るなどと、おこがましいですわ! ガハハハッ!」

「そうなの? 二人はとっても仲良さそうだけど?」

「まさか! 俺なんて李益殿の足元にも及びませんよ!」


 獅子将軍はずっと謙遜している。そういえば、さっき獅子将軍は魔王の足元にも及ばないと言っていた。


(獅子将軍は魔王と李公子の二人の実力を認めているってこと? つまり、李公子は獅子将軍にとって魔王に匹敵するような存在ということ? 本当に、彼は何者なんだろう?)


 考えれば考えるほど混乱してくる。もし、李益が魔王軍の幹部であればそう言えばいいのに、彼は自分は商人だとしか言わないのだから。


「獅子将軍は、魔王閣下のほかの幹部の方とも仲良しなんですか?」

「いえいえ、まさか! 特に影月とは仲が悪いですな! 姫も今後あいつに会うことがあるでしょうが、まあ、これが嫌味な奴でして。あいつと飲むと酒がマズくなる! 姫もお気を付けください!」

「そうします。ほかの方たちは?」

「ああ、ドワーフのビルドはいい奴ですよ! あいつと飲む酒は旨い! 女官長の英姫(インヂェン)どのがお酌をしてくれたらもっと旨い!」


 急に、剣護が空の盃を豪毅に投げつけた。盃はちょうど豪毅の口を塞ぐように当たった。


(何が不快だったのかしら? そんなに怒らないといけないようなことは何も言っていないと思うのだけど……?)


「お前、少し飲みすぎなんじゃないか。いい加減にしろ」

「まあまあ、落ち着いて李公子」


 蓮音が剣護をなだめつつ、話題を変えて、獅子将軍に向き直る。


「ところで、獅子将軍。お願いがあるのですが」


 豪毅は口に張り付いていた盃を外しながら返事をする。そういえば、主殿にお願いされたら必ず叶えろと言われているのだった。そのお願いを今されるということだろうか。


「なんでしょうか? この豪毅、姫の望みならば何でも叶えてみせます! 何なりとお申し付けください!」


「これから、たまにでいいので、一緒にご飯を食べてもらえませんか?」


 えっ、まさかの逢引のお誘い!? とその場にいたものが固まる。


「へっ!!???」


 豪毅はビックリ仰天したような顔になっている。すでに先ほどから冷汗をかきっぱなしだったが、この一言は豪毅の命を縮める一言だった。


「ああ、もちろん、わたしとじゃなくて、魔王閣下と」


「へえっっ!!???」


 どっちにしても豪毅には驚きだ。


「ダメですか?」

「いえいえいえいえ! ダメではないです! 俺なんかでよければ! ですが、主殿が俺と一緒に食事をしたいなんて思ってないでしょう!!」


 豪毅はとにかく全身をブンブン振り回しながら、蓮音のお願いに答えつつ、主に失礼のないような回答を心掛けた。


「そうかもしれないですけど。でも、あの人、多分いつも一人でしょ? だから、誰か信頼のおける人にそばにいてほしいなと思って。そう考えたら、将軍が最適だと思ったんです」

「姫~~~~~!! あなたというお人はお優しすぎます!!」


 そういって豪毅は男泣きしているかのように手で目元を覆い、天を仰ぐとうおーんと何度か吠えた。


「はあ、主殿は幸せだなあ。うらやましいな! ですが、姫様。もし、本当にそのようにお考えなのであれば、あなた様にこそ、主殿の側にいてあげていただきたいです!」

「それができるのであればそうしたいのですが、そうもいかないので将軍にお願いしているのです」

「わかりました! この豪毅、姫のお気持ちしかと受け取りました! すべてお任せください!」


 そういうと、豪毅は力強く拱手した。


 蓮音と豪毅のやり取りをみて、剣護は、蓮音が自分のことを一生懸命考えてくれていることに胸が熱くなった。


(にしても、彼女は豪毅のことが好きなんじゃないのか? 好きで信頼しているからこそ、俺を託したということか?)


 とにかく、剣護は豪毅をこの場に呼んでよかったと思えるようになっていた。

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