第50話 両片想い
旧南黄帝国の都であった黄倉は、その名の通り各地から集められた穀物の倉が立ち並ぶ交易の中心地であった。しかし、最後の皇帝が無理な戦争を続けた結果、その倉はことごとく空になってしまった。そして、戦乱を避けた人々が各地に移住していき、都そのものが廃れていった。
ついには帝都が戦場となり、皇帝は自ら都に火を放った。誰かに奪われるぐらいだったら、自らの手で壊す。紅蓮の炎に包まれて燃え盛る都と宮城――それが黄金色の輝きを放っていた帝国の最後の姿だった。
蓮音はこの地を浄化し、再び”黄倉”の名にふさわしい場所として立て直すことが、旧南黄の地に住む人々に報いることになると信じていた。何としてでも、この旅の途中で黄倉に立ち寄り、浄化の儀式を行う。それが、最後の皇帝の首を討ち取った自分の使命なのだ。
黄倉を目指していることを悟られないよう、今蓮音たちは西の山岳地帯と中央の平原地帯の間、街道らしい街道のない場所を進んでいた。
黄倉に向かうためには、まずはこの信用のおけない、皇太后の間者三人をどうにかする必要があった。
「ああ! 姫様が哀れでならない。女の喜びもしらないまま、あの皇帝に嫁がねえといけないなんて! 俺たちで何とか救って差し上げたい!」
間者の暑守が大げさに嘆く。
(いや、あなた、その皇帝に仕えたいって建前でここにいるのではなくって……? それをお忘れなのかしら?)
そう嫌味を返してやりたいところだが、あえて別の言葉で返事をする。
「でも、皇帝陛下が想像以上に素敵な人で、わたしのこともすごく大事にしてくれるかもしれないじゃない?」
「娘々! こんな卑怯な手を使う奴があなたを大切にするわけないじゃないか! それにあいつ何人側室がいると思ってるの?」
なぜか、李公子が必死に言い返してくる。彼だったら、蓮音の発言の意図が分かって合わせてくれると思っていたのに……。
(李公子! そこはいつものように、「そうかもしれないね」って言ってくれないと!)
「あ、でも逆に奥さんがたくさんいるならば、それはそれで自由に過ごせて楽かもしれない」
「しかし、よく考えてみてください。もし姫が皇帝陛下を愛してしまったら、お辛くないですか? 愛する男が毎晩違う女の元に通うのですよ? ああ、僕だったら、到底耐えられない!」
間者の艶路も大げさに嘆く。
「愛する人が自分以外の人を好きなのはつらいだろうけど、あなたたちが心配してくれているように、皇帝を好きになることはまずないだろうから、大丈夫」
「いやいや、どうなるかなんてわからないぜ。恋はするんじゃなくて、突然落ちるもんだっていうじゃないか。姫にはそういう男はいないのか?」
間者の冷千もかなり確信を突くような質問をしてくる。
「えっ!! そ、それは……さあ、どうでしょう……」
剣護の前で「そんな人はいない」と言い切りたくはないし、かといって好きな人がいるなんて言えるわけがない。蓮音は何と答えたらいいのかわからず、明らかに動揺してしまう。
「ほお、これはこれは。姫にはすでに気になる御仁がいるようだ」
冷千がさらに突っ込んでくる。
「お前らが何と言おうと、姫さんは帝国の皇后になる身だ。これ以上この話題はやめろ」
蒼迅が三人の暴走を止めた。蒼迅としては、これ以上彼らにつっこまれて、蓮音が「実は、李公子のことが好き……」などと言い出したらたまったものではない。
蓮音は剣護がどんな表情でこの話を聞いているのか知りたかったが、なんとなく躊躇して彼の顔をみることができなかった。
一方の剣護も、蓮音が曖昧な回答をしたことが気になっていた。以前、彼女は「今は好きな人がいない」と言い切っていたからだ。今回、そう言わなかったということは、冷千のいうように気になる男がいると考えるのが自然だ。
(気になる男って一体誰だ? 蒼迅ではないよな? 北都であった、兄を名乗っていたあの馴れ馴れしい男か? まさか、豪毅!? そういえば、昨日も豪毅を妙に評価していた……クソッ!)
もし、蓮音が本気で好きになった男と幸せになりたいと思っているのであれば、悔しいが応援したい。ただ、彼女に相応しい男でないならば、全力で排除しなければならない。とにかく彼女の想い人が誰なのか、そこをまず確認する必要がある。
中央に広がる平原地帯は、戦場となった場所が点在していたことから、酷く寂れていた。美しかったはずの平原にかつての面影はまったくなく、集落も明らかにまばらであり、そのどれも非常に貧しかった。
昼食の休憩に立ち寄った村も随分と寂れた貧しい村であった。蓮音たちはこの手の場所には必ず狩った魔物の肉を食料として寄付し、休憩がてら農作業の手伝いや家の修繕など村人のちょっとしたお願いを聞いて回っていた。
普段は蓮音について回っている剣護だが、今日に限ってなぜか助っ人の三人衆と一緒に薪割の手伝いに向かった。蓮音はそんな剣護の行動が少し気になった。
(もしかして何か勘づかれて、わたしの気持ちを迷惑だと思ってわたしを避けているのかも……)
そんなとき、あの冷千が蓮音の周りに男がいないとみて近づいてきた。
冷千の姿をみたら、蓮音は無性に腹立たしくなった。この男が余計なことを言うから、せっかくの李公子との楽しい時間が永遠に失われてしまったかもしれない。
「姫、素直になったらどうだ? 俺にはわかる。いるんだろ? 気になる男が。俺が……ぐはあああっっっ!!」
冷千が、蓮音に触れようとしながら何か言いかけたところで、蓮音は有無を言わさぬ勢いで、冷千の腹に強烈な蹴りを入れた。冷千は、腹を押さえてその場にうずくまる。痛みのあまり、全身から滝のような汗が噴き出る。
「わたしはお前のような人の気持ちのわからない人間が一番嫌いだ。これ以上痛い思いをしたくないのであれば、これ以上わたしに近寄るな!」
近くにいた明鈴と晴詩は、「さすがですわ、姫様!」「なんてカッコいい姫君なの!」と惚れ惚れした顔で蓮音を眺めていた。
一方、剣護は侠たち三人と村の共同薪小屋の前に来ていた。三人は極度に緊張していた。どうして今日に限って魔王様が俺たちについてくるのだと。
人気がないことを確認してから、剣護は侠たちを睨みつけながら尋問を開始した。
「おい、お前たちに聞きたいことがある。非常に重要なことだが、一度しか言わないからよく聞け。……お前たちは……ひ、姫君の想い人が誰なのか心当たりはあるか?」
「えっ!?」
三人は思わずお互いの顔を見合う。
「当然、魔王様でございます」と返答すればいいのか? それとも「いやー、我々、下々の者には、尊い姫君のお心を知るすべなどございません」と知らないふりをすべきか。
なんて答えるべきか、お前が答えろよとでも言わんばかりにお互いに牽制しあっていると、何かを悟ったかのように剣護が再び質問をしてくる。
「……わかった。では、質問を変える。その男は俺がよく知っている者か?」
「えっ!?」
三人は再びお互いの顔を見合う。魔王様は一体俺らに何を言わせたいんだ? 再び誰も答えられずにいると、今度は三人の中の長を指名する。
「侠、どうだ? そいつは俺がよく知っている者か?」
(なんで、俺ー!?)
「えっ、は、はいっ。その、大変、よく、ご存じでは、ない、かと……」
「……そうか、わかった」
魔王はそれだけ答えると、ものすごい勢いで薪を割り出した。三人は一体自分の身に何が起こったのかよくわかっていなかった。
(クソッ、まさか俺だけ気が付いていなかったのか!? よりによって、どうして姫は豪毅なんぞを……!)
剣護は完全に勘違いをしていた。もし、よく知っているというのであれば豪毅、知っている程度というのであれば蒼迅、知らない場合は北都の玄流舟将軍か従兄の伯栄だろうと予想していたのだ。
凄まじい勢いで薪を割ったので、あっという間にその作業は終わってしまう。剣護は心の整理がまだできないまま蓮音たちの元へ戻った。
「李公子、侠、堅、俊薪割り、お疲れ様。いつもありがとう」
四人の姿を見つけた蓮音は何事もなかったかのように、にこやかに声をかけた。侠たち三人はいつものように「いえいえ、当然のことをしたまでですから」と恐縮していたが、剣護は力なく微笑んだだけだった。
その後の道中も剣護はずっと静かだった。だからか、蓮音もずっと静かだった。




