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花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第48話 帝国の間諜 第二幕

 その日は、晴詩(チンシー)の案内で南黄(ナンファン)の第三の都市、大地神の神殿のある街に来ていた。


 宿までの道を馬に乗って歩いていると、ちょうど街の自警団と出くわす。南黄帝国が滅んで以来、この辺りには軍隊もなければ、警察機構もない。傭兵や冒険者、それから各街の自警団が頼りなのだ。蒼迅(ツァンシュン)は彼らに稽古をつける約束をした。


 これを目にした、暑守(シュショウ)冷千(ランチェン)は、俺の力を見せる絶好の機会だと意気込む。彩華(ツァイファ)国の一行からは、蒼迅、香隠(シァンイン)が先生として、蓮音(リェンイン)剣護(ジェンフー)が見学をするために自警団の訓練所に赴いた。まだケガが完治していない艶路(イェンルー)も見学するといってついてきた。


 蓮音と剣護が長椅子に腰掛けると、蓮音の横に艶路が座ろうとする。


「姫様、隣にかけてもよろしいでしょうか?」


 艶路は流し目で蓮音に話しかけたが、蓮音が返答する前に剣護が邪魔する。


「お前のような下衆が尊い姫の隣に座れると思うな」


 艶路は、姫の同情を誘うべく、捨てられた子犬のような哀れそうな目で蓮音を見つめた。


「姫様、どうかお慈悲を。まだ傷が完治しておらず辛いのです」

「立ってられないほど重症ならばとっとと帰れ」

「確かに、それは戻って休んだ方がいいわね」


 残念ながら今のところ艶路の女殺しの流し目は蓮音に通用していない。しかも、そもそも口説く以前に剣護に阻まれて近づくことも難しかった。


 自警団の面々もなかなかの腕前ではあったが、それでも中級以上の魔物と対峙するのは難しそうだった。少しでも身を守る術になればと思い、蓮音は彼らの太刀筋をみて感じたことや改善点などを細かく指摘してあげていた。


「少し熱くなりすぎちまったぜ……」


 しばらくすると冷千がわざと蓮音の視界に入る所で、上半身の着物を脱いで汗を拭った。


 年頃の町娘でもいれば、色男の素肌にたちまち黄色い歓声をあげるところだろうが、蓮音は男性の上半身なんて見慣れていて、それだけではなんとも思わない。むしろ率直な感想を隣にいた剣護にささやく。


「あの人、もう少し鍛えたほうがいいと思わない? 男性にしては体が薄っぺらすぎる」


 そう、蓮音は胸板の厚い男性が好みなのだ。


 それを聞いた剣護は、思わず「ぷっ」と吹き出す。


「姫君はどんな体の男がお好みで?」


 剣護の艶やかな双眸に見つめられると、急に恥ずかしくなる。剣護は綺麗な顔をしているので忘れがちだが、あれだけ腕が立つのだ。きっと脱いだら凄いのだろう。そう思うと、余計に恥ずかしくなってしまった。


 暑守も汗だくになりながら、鍛え上げた筋肉を見せびらかすように片腕を上げながら蓮音に近づいてくる。


「姫君、俺の腕はどうですか? これでも帝国で出世できないとでも?」


 腕に力こぶを作りながら、自慢げに語る暑守。


 蓮音は苦笑いするしかなかった。


「うん、悪くはないと思うのだけど……。全体的に力任せすぎて、技の切れに欠けるかな。無駄が多くてせっかくの力が生かし切れていないというか。あとは緩急織り交ぜた意表を突くような攻撃も混ぜないと。攻撃が単調になりがちだから、簡単に太刀筋を読まれてしまう」


 そして、本音の助言(アドバイス)を送った。


「さ、さすがは剣聖の姫君ですな。参考にします」


(だが、あんたは俺のこの力の前に組み敷かれるんだぜ!)


 そう内心で思っていたら、蓮音が「一回だけ」といって木刀を持って前に出てきた。


「(おバカそうな)あなたには、(わたしの助言が頭でわかってなさそうだから)体で教えてあげる」

「はははっ、いいですね。姫君、俺が勝ったら一つ願いを聞いてもらえますか?」


 暑守は、この機会に体を賭けた直球勝負を挑むことにした。


 蓮音は、確かに力はない。だが、技の切れ、速さ、勘の良さはその辺の剣士の比ではない。


 暑守の繰り出す剣は一度も蓮音を捕らえることができずにいた。いくら力があっても、当たらなければまるで意味がない。


 それどころか、一振ごとに蓮音の木刀で体のどこかを打ち据えられる。気が付いたら、暑守の自慢の体は青あざだらけで、最後には喉元に木刀を突き付けられてしまう。


「こういうこと。あなたは自分に自信がありすぎる。自信を持つことは悪いことじゃないけど、自信過剰なのは命取りになる」


 暑守の、己の肉体美と力で姫をねじ伏せるという作戦は失敗に終わった。


 蓮音たちは宿に戻り、皆で食事をとった。


 食事中例の三人はやたらと蓮音に話しかけてきたが、ほとんどすべて剣護が「お前たちに答える義理はない」の一言で撃退した。


 食事が終わると、李公子が久しぶりに二胡を弾きたい気分だと言う。蓮音たち女性陣は彼を部屋に招いた。当然、他の男たちもついて行こうとしたが、「お前たちは許可されていない」といって剣護に追い返された。


 剣護が二胡を弾き、蓮音が歌い、明鈴も箏を弾いた。何曲か演奏した後で、剣護が話しかけてくる。


「ところで、娘々、あいつらをそのままにしておくつもり? もし、あいつらがあなたに何らかの危害を加えるようならば、僕が始末してもいいだろうか?」

「えっ、始末ってあの人たちは一体何者なの?」

「おそらく、皇太后側の間者だ。私も長年裏稼業をしていたから感じるのだが、あいつらは堅気の人間じゃない」


 今度は香隠が答える。


「この前、あなたの暗殺に失敗したから、今度は間者を送ることで中から乱すつもりなんじゃないかな」

「中から乱すって……まさか毒殺するつもりですか?」


 驚きながらも明鈴(ミンリン)が聞いてくる。彼女も同じような目的で蓮音に近づいているので、そのあたりの勘は鋭いのだ。


「そこまで狙っているのかはわからないが、少なくともあなたに”甘い罠”を仕掛けようとしているようだよ」

「甘い罠?」


 蓮音が尋ねる。


「うん、まぁ、簡単にいうとあなたを傷物にして、皇后になれないようにしようとしているんじゃないかと」

「許せん! というか、姫姉様があんなやつらの色仕掛けになんぞに引っかかるものか!」

「あいつらを始末するのはそれほど難しくないかもしれないけれども、また別の刺客が来たら厄介ですね」


 万梅(ワンメイ)の意見も最もである。


「簡単な解毒でしたら、私も出来なくはないですが、しばらくは姫様の身辺には十分気を付けるようにしましょう」


 晴詩(チンシー)がそのように提案し、皆で協力することとなった。


「ところで、男性陣はこのままでよろしいのでしょうか?」


 明鈴が聞くと、香隠と剣護が答える。


海遠(ハイユェン)とガクは鋭いから、おそらく何か感じ取っているだろう」

「蒼迅は何も気が付いてなさそうだが、一人ぐらいバカがいたほうがこちらの意図を誤魔化せる。放っておこう。娘々、あなたはいつも通りで大丈夫だから」


 一方、男性陣は男性陣で集まり、三人の間者と蒼迅で話をしていた。


「まったくあの金持ち坊ちゃんはよ。あいつ、いつまで姫さんに付きまとうつもりだ?」


 蒼迅がぼやくと間者たちが質問をしてくる。


「兄貴、あの男は何者なんっすか? 俺たちだってせっかくの機会だから姫様とお近づきになりたいのに、いつもあいつが邪魔をしてきて……」

「あいつも元南黄帝国出身の商人の男でな。顔がいい上に弁が立つもんだから、姫さんが気に入っちまったみたいでよ。俺らもマジで参ってんだ」

「もしかして、すでにお二人は深い仲だったりするのですか? 相当親しそうですが……」

「はぁ? んなわけねえだろうが! 姫さんは大昇帝国に嫁に行くんだ。さすがのあいつも帝国の皇帝を敵にするほどバカじぇねだろうよ」


(要するに、あの男は姫の腰巾着ってわけか。たかが商人風情が姫に手出しをしようとするなど、百年早いわ! この俺様が思い知らせてやろう)


 冷千は内心でそう考えていた。


 翌朝、剣護が蓮音に話しかけに行こうとすると、急に冷千が遮ってきた。


「おい、そこの成金商人」

「そういうお前は、ああ、元お貴族様か。ってことは、今は無職の平民か。僕に何の用だ?」

「貴様! 俺様が帝国で出世したら、一番にお前を罰してやる!」

「そうか、無職の平民くん、それは楽しみにしているよ。今の様子だとそんな日は永遠に訪れなさそうだが」

「姫! どうしてこんな下等な男を傍においているんだ。イイ男だったら、他にもいるだろう?」


 冷千は強引に、口説き(テクニック)顎グイをすべく、蓮音に近づこうとする。


 すると剣護が足をかけてそのまま振り上げた。冷千はなすすべもなくひっくり返る。


「おっと、足が引っかかってしまったみたいだ」

「貴様、わざとやってるだろう!」


 転がったまま冷千が怒りをぶちまける。


「だったら、どうする? さ、娘々行こう」


 剣護はそういうと蓮音の手を取り、馬のところまで案内すると軽々と抱き上げて蓮音を馬に座らせた。


 蓮音は半分苦笑いしながら「ありがとう」と感謝を伝える。


 さっき冷千が口にした「他のイイ男」という言葉が頭に浮かんだ。


(李公子に張り合えるイイ男がいるならば、それは魔王・黒煙虎(ヘイイェンフー)ぐらいかな)


 そんなこと言ったら、また蒼迅が怒るだろうと思い、その考えは自分一人の胸に秘めておくことにした。

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