第47話 帝国の間諜
その頃、大昇帝国の離宮では、皇太后・雅静が同派の貴族たちと密談をしていた。
「して、守備は? あの小娘の首はまだなのか」
「その件ですが……皇太后様、申し訳ございません。刺客として送った者共が忽然と姿を消してしまいまして。相当な手練れを送り込んだのですが、鬼姫と言われているだけあって、案外あの姫の一行は手ごわいやもしれませぬ」
「なんじゃと……! あの者をこの帝国に足を踏み入れさせてはならぬ。何が何でも、昇昊の手に落ちる前に始末するのだ」
「少し前に、皇帝は自らの弟を征南将軍に任じております。表向きは、旧南黄の平定でしょうが、時期を考えるにそれだけではなく、鬼姫らの保護も目的としているのでは?」
「幸い、やつらはまだ鬼姫の進路には気が付いていない模様です」
旧南黄から大昇帝国に至る道筋は、大きく三つある。
一つが、東を通るもので、水路を多く利用するため、距離・時間共に最も効率のいい経路となっている。二つ目が、中央の平原を通るものだ。移動そのものは楽ではあるが、途中に最も荒れている地、旧南黄の帝都跡がある。ここを通ってくるとなると、相当な激戦を強いられるだろう。最後が西側を通るものだが、彩華国の都である華陽から、帝国の都・大光陽を直線で結んだ時、相当迂回する必要がある。さらにこの辺りは山がちで道が険しく、何より魔王の治める開国に近いという難点がある。
仮に普通の感覚の人間が移動する場合、当然、第一の道を通ぶはずなのだ。だが、蓮音たちが進んでいるのは、三つ目になる。理由は単純で、建前は情報の攪乱だが、蓮音の本音は、苦手な水路をなるべく使いたくないというところにあった。
当然、昇昊たちの間者は、主に第一の道沿いで蓮音の探索をしている。一方で、盗賊を用いることで旧南黄に幅広い情報網を強いている皇太后一派は、いち早く鬼姫一行が第三の道を進んでいることをつかんでいるのだ。
「昇照将軍には、鬼姫の進路に関して、偽の情報を流しておいた方がよいかもしれんな。両者に合流されたら厄介だ」
「おのれ……何か、何か良い策はないのか!」
皇太后は苛立ちを隠せなかった。
「恐れながら、皇后陛下。私に策がございます。姫を亡き者にできればそれは上策ですが、傷物にするだけでも十分効果的ではないかと。間者を送り込み、かの姫を篭絡させるのです。さすがの昇昊もほかの男の手垢がついた姫を皇后に立てることはできないでしょうからな」
「仮にそれが無理でも、姫の懐にさえ入り込んでしまえば、毒を盛ることもできます。大規模な刺客を送ることよりも確実かと」
「よろしい。では、早速ことを進めよ」
皇太后は瞳に鋭い殺意を宿したまま、満足げに口角を上げた。
こうして、三人の男たちが蓮音を篭絡すべく送り込まれることとなった。
一人目は情熱的な男でその名を暑守。特技はきつく抱きしめるで、決め台詞は「一生離さない!」。二人目は冷酷な俺様系、名付けて冷千。特技は壁ドンで、決め台詞は「お前が俺の虜なのはわかってる」。三人目は色っぽい優男の艶路。特技はさりげない身体接触で、決め台詞は「君の全てを僕に見せて」だ。
旧南黄の同郷の三人は、立身出世のために大昇帝国を目指していたところで魔物と遭遇、偶然にも蓮音たち一行と出くわすという設定のもとに、蓮音たちの行く手で疑似の魔物討伐をしていた。
戦いをみて、先頭を行く蒼迅が「助けが必要か?」と問う。
「ありがたい、だが不要だ!」
暑守が答えて、魔物に武器を振りあげる。その間にチラッと一行を見やり、目標物の鬼姫がいるかどうかの確認をした。
(ちょ、マジか! あの赤毛の女がまさかの鬼姫か!? 人相画と全然違って普通に超イイ女じゃねえかよ。ブスってとこだけは気が引けていたが、こいつは運がいいな)
最も、あの赤毛の女は影武者の可能性もある。一度、本人か確認する必要はあるだろう。
「これで終わりだああ!!」
かなり大げさな声で叫びながら、暑守は目の前のさほど強くない魔物にとどめの一撃を食らわせた。
(フッ、決まったぜ。姫はこれでもう俺に夢中に違いないぜ)
姫がいたほうを振り返ると、横にいる金持ちそうな男と楽しそうに会話をしていて、こちらにはまるで目もくれていなかった……。
「くっ、僕としたことが少し油断したみたいだ……」
見ると仲間の一人が負傷している。
「おい、そっちのお前大丈夫か?」
蒼迅が声をかけると蓮音はそちらをちらっとみる。
「怪我をしているの? 晴詩、あの人のこと治療してあげてくれない?」
神官風の女に声をかける。艶路は内心で(あんたに助けてもらいたいんじゃない)と思ったが、姫の印象には残っただろうからまあ良しとしようと考えた。
晴詩が艶路の治療をしている間、蓮音と剣護は街道沿いのキバナコスモス畑で花を摘みながら楽しそうに戯れていた。
旧黄帝国では、大地の神を第一神として祭っていた。そのため、西側では小麦が、東側では米の栽培が盛んで、収穫期になると大地が一面の黄金色に染まっていたものだ。大地を黄色に彩るものは縁起がよいとされていて、農作地以外でも、春は菜の花、秋はキバナコスモスや銀杏が多く植えられていた。
しかし、帝国の晩期には戦乱で領土が荒れ果て、植物は枯れ、黄色というよりは暗黒色の大地と化していた。あれから数年経ち、少しずつ大地が本来の力を取り戻しつつある様子が見られて蓮音は単純にうれしかった。
男と二人ではしゃいでいるようにしか見えない姫の姿をみた三人は、頭の中がお花畑な女となると、落とすのは容易いと考えていた。
治療をしながら、三人は蒼迅たちに身の上話をした。
「ということで、我々も帝国の国境まで同行させてもらえるとありがたいのだが……」
蓮音は快諾すると思いきやまさかの提案をしてきた。
「うーん、どうかな。わたしは帝国の軍隊に入るの、あんまりお勧めしないな。立身出世したいならば、むしろ南に向かって神雲国に行ったらどうかな? 神雲のほうが重宝してくれると思うし、なんだったら紹介状でも書こうか?」
三人は焦った。
「いや、でも、帝国の方が治安もいいでしょうし、生活が安定していると思うので、帝国の立派な都も見てみたいし。なあ、お前ら」
「ああ、そうだ! 帝国はこれからさらに発展するだろうからな。きっといい生活ができるだろうさ」
若者ならば俺らの気持ちわかるだろうとでもいうような言い訳を並び立てる。
「気持ちはわからなくはないけど、正直あなたたち程度の腕では帝国での立身出世は望めないんじゃないかな。あの国は実力か血統を相当重んじているようだから。それに、出世を目指す武人たるもの、生活の安定なんて求めちゃだめでしょ?」
蓮音がそういうのを聞いて、横にいた剣護がお腹を抱えて笑い出す。三人はかなり進退窮まった感じではあったが、何とか食い下がってとにかく近くの街まで同行する権利を手にすることができた。
炎刃隊は、ならず者たちを鬼姫が束ねて作った組織であることはよく世に知られている。つまり、なんだかんだ言って、鬼姫はお優しい。特に実力のある者は過去を問わずに重宝してくれるのだと。が、困っている人を見捨てられない姫という評判は嘘だったのかと三人は思った。
とにかくこれは早めに色仕掛けで姫を落とさないといけなくなった。
蓮音が道すがら摘んだコスモスを髪につけているのをみて、治療と同行のお礼と言って艶路は一本の簪を差し出した。
蓮音が断る前に、剣護が突き返す。
「姫君は高貴なお方だ。お前らごときが贈れる程度の品のない安物を身につけるわけないだろう」
「な、なんだって! こ、これは僕の家に代々伝わる家宝で、貴重な玉を使っているものなのに……!」
確かに、彼らが差し出した簪は、決して安物ではない。鬼姫を篭絡するために、皇太后一派の貴族が用意したものなのだから。
「だったら、余計に受け取れない。あなたたちには大したことはしてあげられないだろうし。それに治療をしたのはわたしじゃなくて、こっちの晴詩だし」
蓮音自身にも受け取りを拒否されてしまう。それでも食い下がってくる艶路。
「そのようなことを言わずにぜひ! 美しい姫に贈り物ができただけでも、自慢話になりますから」
蓮音が呆れ顔をして困っていると、剣護が金剛石や真珠がちりばめられた、艶路の家宝とは比較にならないぐらい、見るからに豪華な髪飾りを蓮音の髪に挿した。
「これならば、この花とも合う。娘々、あなたの髪は艶やかで本当に美しいな」
一筋の髪をなでるようにとると自らの口元にもっていき、艶路たちに見せつけるかのように軽く口づけをした。
「お前、最近大人しくしてたと思ったら、またそんなことしやがって!」
蒼迅が騒ぎ出す。蓮音は、身体を硬直させたまま顔を赤くすると、澄んだ翡翠色の瞳で目で剣護をじっと見つめた。
三人の色仕掛けによる鬼姫篭絡計画は、初手から暗雲が立ち込めていた。




