第46話 二人の晩餐会
晴詩が、盗賊や魔物の討伐は豪毅に任せてほしいと言うので、蓮音たちはできる限り危険を避けて移動することにした。
また、晴詩は旧南黄出身なだけあってこの辺りの地理にもかなり詳しかったので、魔物の巣窟や盗賊の拠点をうまく避けることができて、この日の行軍は比較的穏やかであった。
晴詩の様子をみていると、魔王の自作自演の線は考えなくてもいいだろうと、疑り深い蒼迅でさえも思えてきた。
「なあ、あんた、魔王ってどんなやろうなんだ?」
「ええっ、魔王様ですか? ご立派なお方だとしか私のような下っ端には言えません……。そもそも直接お話したのは今回が初めてで、まさかこのような大役をいただけるとは思ってもみなかったので」
晴詩は、獅子将軍の軍に参加しているが、戦闘力はあまりないため、前線で体を張ることはほとんどなかった。大地の神を祭っている南黄帝国の神殿所属の神官として帝国内を巡業していたから地理に詳しく、回復魔法が少し使えて、防御魔法が得意なために今回抜擢されたらしい。
「魔王の後宮にはやっぱり美女がたくさんいるんだよね? 晴詩ちゃんもその中の一人だったりするの?」
海遠は魔王の女性関係に興味津々のようだ。むしろ、彼としてはそこが一番知りたい。
「まさか! わたしはどちらかというと武官の類ですので……」
晴詩は困っていた。なんせ、目の前に魔王様がいるのだから。先ほどの質問にはおそらく100点満点の答えができたが、この手の質問が一番困る。
「美女だったら、宮殿にたくさんいたよ」
蓮音が答えると、海遠と蒼迅が「おおっ」っと歓声をあげる。
「たくさんいたけど、なんというか魔王の恋人? 妻? とかではなさそうだったなぁ」
蓮音が答えると、万梅と香隠がうんうんと頷く。
「魔王閣下には、特定の恋人とか奥さんはいないんだよね?」
蓮音が晴詩に確認する。何となくいない気がするが、そういう人がいれば、小虎も淋しくないんじゃないか。
「さあ、私は下っ端なので詳しくわかりませんが、そういう話を聞いたことはないですね」
晴詩はおどおどと落ち着かない様子ながらも、そう答えた。
「そりゃ、恋人じゃなくて愛妾だろ? 魔王城は遊郭みてーなとこで、毎晩酒池肉林だって聞くじゃねえか」
いまだに世間で流布している噂の印象から抜け出せない蒼迅。
剣護は、「そんなことはしていない」と反論したかったが、直接言えない代わりに咳ばらいをして助っ人三人衆を軽く睨む。
「あっ、その噂は嘘だと思うっす! 俺らも魔王様の城に行って美女さんたちとも少し話しましたが、あの人たちは単なる女官っすよ。ねぇ、万梅姉さん」
侠が万梅を巻き込みつつ、噂を否定する。
「まぁ、確かに美人ぞろいでしたが、みなさんいいとこのお嬢さんって感じで、遊郭の妓女のような雰囲気ではなかったですね」
「どーだかなあ、昼と夜の顔はちげーんじぇねえの?」
蒼迅が食い下がる。
「お前、いい加減しつこいぞ」
この手の話が不快だったのか、剣護が話を打ち切った。今日は剣護があまり話に入ってこないので蓮音は少し寂しかったのだが、声を聞けてほっとした。
途中何度か魔物に遭遇したものの、刺客の襲撃もなく、晴詩の案内で無事に目的地の町に入ることができた。それほど大きな町ではなかったが、割とこぎれいな宿に部屋を見つけることができた。
蓮音は剣護ともっと話がしたいなと思っていたが、部屋に入るとほぼすぐに魔王から念話が入った。
昨日、仲間のもとに帰る際に、魔王はいろいろな魔法道具をくれた。離れていても念話ができる魔道具、それを持っている人のもとに転移できる魔道具などだ。
心配して連絡をしてくれた魔王に、蓮音は今日あったことや、晴詩がとても有能でとても助かっていることなどを伝えた。事務的な報告話をしていたら、一緒に食事でもどうかと誘われた。友達になるといった手前、最初の誘いを断るのもよくないと思い、蓮音は応じることにした。
蓮音は、香隠たちに魔王と会って話をしてくるから心配しないようにと、正直に告げた。危ないだなんだのと反対されるかと思ったが、意外にも香隠は、「ここよりも魔王のところのほうが安全かもしれない」といってすんなりと了承してくれた。
蓮音は剣護に話したら心配してくれるだろうかと思いながら、すぐに迎えに来た魔王とともに開の城へと飛んだ。
魔王は庭園の中の東屋に蓮音を案内した。
魔王が灯したほのかな灯篭がフワフワ浮かんでいて、東屋と庭園の花々を照らし出す。今までみたことのないような幻想的な光景だった。こんな場所で食事なんて、なんとも抒情的だ。”友達”となった蓮音を喜ばせようと魔王がこのような準備をしてくれたのであろうから、断らなくてよかったと思う。
運ばれてくる料理も見たことのないものばかりだった。
「わぁ、これは何?」
「これは、魚介と野菜を使ったテリーヌという大陸西側の料理だ」
「すごくきれいで食べるのがなんだかもったいないなぁ」
「そう言わず、ぜひ食べてみてくれ」
蓮音は酒が得意ではないのだが、幸い魔王は林檎の炭酸水を勧めてくれた。お酒が苦手だという話しはしていないのに、魔王は随分と気の利く男のようだ。
食事の最中に、蓮音はある事実に気が付く。食事や飲み物を給仕してくれる人が全員男性なのだ。昼間の話を思い出してなんとなく聞いてみる。
「そういえば、昨日いた美人さんたちはいないの?」
「女官たちのことか? だったら、もう家に帰った。彼女たちは俺に使えているのではない、国に使えている官僚だ。昼間の仕事が終われば家に帰る。当然のことだ」
「そうだったんだ。てっきりあなたの侍女だとばかり」
蓮音は舌を出して苦笑いをする。
「あなたも俺に関する酷い噂を知っているんだろ? もしかして、あの女官たちが俺の女だとでも思った?」
「そういうわけではないのだけど、アハハハ……」
蓮音は乾いた笑いをした。疑っていたわけではないのだが、結果的に疑ったような形になってしまい、しかもそのことを魔王は気が付いているようだった。蓮音はかなりバツが悪かった。
「わたしの仲間の一人があまりにもあなたを悪くいうから、ちょっと確認してみただけ。帰ったら蒼迅のことひっぱたいてやらなきゃ」
「それは、やめておいたほうがいい」
「どうして? お姫様はやっぱり優しくないとダメだから?」
「違う。あなたの手が痛いじゃないか。俺のためにわざわざ痛い思いなんてしてほしくない」
「あははっ、小虎ってば大げさだな。そんなの痛いってほど痛くないって」
まさかの理由で、思わず蓮音は声を出して笑っていた。痛い思いをさせたくないのも嘘ではないが、一番の本心はあの男の頬に触れてほしくない。そのことに尽きた。
食事は物珍しいだけでなく、とてもおいしかった。しかも、料理が出てくるたびに魔王が料理の説明から食べ方までいろいろ教えてくれる。蓮音は剣護と初めて会って話をした時のことを思い出していた。
食事が終わると魔王は少し庭を見て回らないかと提案してきた。一緒に広い庭を歩き回いていると、見事な噴水があった。それをみて一瞬蓮音が固くなったのを魔王は見逃さなかった。
「申し訳ない。ここに来るべきじゃなかったな。向こうへ行こう」
「見るだけならば、大丈夫。それにすごく素敵だからもっと近くで見たい。それにもし、今わたしが溺れてもあなたが助けてくれるんでしょ?」
黙って噴水を見ていた二人だが、蓮音がゆっくりと語るように話しを始めた。
「わたしね、本当に水が苦手で、いまだにお風呂も誰かがそばにいてくれないと入れないの。それもできるだけ狭いお風呂じゃないとダメで。笑っちゃうでしょ? はぁ~、なんとかならないものかなぁ」
「誰にだって苦手なものはあるさ」
「そうかな? でも、あなたはなさそうだけど?」
「あるさ。そうだな、例えば、本音を顔に出さない控えめな女性は苦手だ」
本音を顔に出さない女性が苦手というよりは、本音が顔に出るあなたが好きだというのが剣護の言いたいことだった。
「あーっ、それ、わかるかも。わたしも寡黙で無表情な人って、何を考えているのかわからなくて苦手」
「俺のことは怖くないの?」
「えっ、あなたが? あなたはそもそも全然寡黙じゃないじゃない。想像の十倍はおしゃべりだったわ」
魔王は仮面をつけているので、目元の表情がよくわからない。が、昨日、あれだけ笑われたのだ。無表情な人でもないのだろう。
「それに、あなたは命の恩人だし、こんなに親切にしてもらって、どこを怖がればいいのかわからないよ」
「それはよかった」
魔王は少し大げさなぐらいにほっと溜息をついた。
(それにしても、お淑やかな女性が苦手って、女性で失敗でもしたことがあるのかな……?)
話し上手で気遣いもできる素敵な人なのに、なぜ女性に対して自信がなさそうなんだろうかと蓮音は不思議だった。そう言えば、魔王は醜い大男というのが世間の評判だった。あの仮面の下に、人には見せられないようなやけどの跡でもあるのだろうか。
魔王には、蓮音の水に対する恐怖心の克服も兼ねて、次は足湯にでも行かないかと誘われた。そして、みんなで食べるようにと土産で果物がたっぷり乗ったタルトをもらった。なにからなにまで至れり尽くせりだった。
(わたし、すごい人と友達になっちゃったのかもしれない)
別れ際、蓮音に顔を向けながら口元を緩める魔王を見て、微笑み返す。なぜか出会って間もない目の前の男から目が離せないと感じる蓮音だった。




