第45話 魔王との約束
蓮音のお財布忘れてしまった事件はあったものの、蓮音と魔王はサイードの案内でほかの店も見て回り、それぞれの店でつつがなく買い物を済ませた。
三軒も一緒に買い物をしていると、二人の仲も次第に縮まってくる。買い物が終わるころには、二人はもう長年の親友のようだった。
(この人は、わたしと本音で打ち解けたくて街の散策に誘ってくれたのかな? だとしたら、これは成功と言っていいわね)
「お城に戻ったら、ちゃんとお金は返すので」
「ははっ、そんなことはどうでもいい」
「よくないです! ほら、親しき仲にも礼儀ありっていうでしょ? だから、こういうことはキッチリしないとダメ」
魔王に、男に甘えるだけの女だと思われたくはない。蓮音の中では、彼はもう友達なのだから。
「あなたは律儀だな。では、どうだろうか、金を返す代わりに一つ俺の望みを聞いてくれないだろうか」
そんな蓮音に対して、魔王が意外な言葉を口にした。魔王の望みとは一体何だろうか。
「望み? わたしでできることならばいいですけど。魔王閣下には一体どんな望みがおありで?」
「実は、俺はこの街で買い物をしたのは初めてなんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「だから、気負いすぎてしまったのかもしれない」
「なるほど、『魔王ともあろう者が釣銭を要求なんてできない!』といったところですか? まぁ、わからなくもないかな」
(この人、凄く強くて偉い人なのに、全然驕り高ぶっていない。きちんと自分のことが分析できている。やっぱり相当理性的な人だ)
「買い物どころか、街をじっくり見て回ったこともほとんどないんだ」
「自分で作ったような街なのに? でも、確かに王様って気軽に城下をブラブラなんてしませんよね、普通は」
「だから、その……」
「あ、じゃあ、また来ましょう。魔王様一人だと街歩きなんてできないでしょうから。友人を案内しているってことにすればいいじゃないですか?」
「友人?」
「はい、友人。友達です!」
友人? と聞き返されて、さすがに一国の主相手に友人は失礼だったかなと思いながらも、でもやっぱりこの関係は友人としか言いようがない。
「友達……か、それはいい。俺にはそういう存在はいなかったから、とても新鮮だ」
「国王というのは、ともすると孤独な存在になりがちですからね」
「姫君の父君も国王だっただろう? どんな王だったんだ?」
魔王は唐突に、蓮音の父の話を振ってきた。
「わたしの父ですか? わたしの父は、そういった点では全然王様っぽくない人でしたよ。友達もいっぱいいて、城下も気軽にブラブラして。おかげで娘のわたしもこんな感じになっちゃったわけで。だから、わたしに任せてください! わたしが閣下を孤独な王様にはしませんから」
蓮音は自信たっぷりに、自分の胸をポンと叩いた。
「それは頼もしいな。ただ、どうだろうか……」
「えっ? なにがどうですか?」
「あなたが、帝国に嫁いでしまったら、もう俺と一緒に城下を見て回れないじゃないか。俺はまた一人になってしまう」
(そうきたかー! それにしても、魔王様、どうしてそこまでわたし自身にこだわるんだろう。皇帝の昇昊個人にすっごい恨みがあるとか……?)
「えっと、そうですね……。うーん、太子殿下に『お友達の魔王様とお買い物したいからお出かけしていいですか』って外出許可をもらうな~んて無理でしょうからねぇ……」
「ははっ、あなたは本当に面白いな。それならばもっと簡単な方法がある。俺があなたを連れ出してしまえばいいんだ」
「えっと、それは……」
蓮音はなんて答えればいいのか戸惑った。
「やっぱり、俺は悪い奴だな。あなたを困らせている」
「あなたは悪い人じゃない。まだ会ったばかりだけど、わたしにはわかる。だからこれ以上、世間にあなたが悪人だという印象を与えたくはない」
「誰にどう思われようと俺は構わない。友達のあなたさえわかってくれているならば、それでいいんだ」
その言葉を聞いて、蓮音は「大丈夫」と言わんばかりに自分の手を魔王の手に重ね、両手で包み込むように握った。
この人は強いがゆえに、尊敬もされるが恐れられもする。そんな魔王にとって自分は、彼のことを恐れることなく接してくる貴重な存在なのかもしれない。こんなに凄い人でさえもどこかで他人との深いつながりを、救いを求めているものなのだなと身につまされた。
「あっ、そうだ、友達になったからには、魔王閣下というのは他人行儀だよね? 呼び方、考えないと。黒煙虎だから、煙煙、小煙、小虎?」
黒煙虎というのは本名ではないのだろうと思いながらも、親しみを込めて彼を呼びたいと思い、あだ名で呼ぶことを提案してみた。
「……では、シャオフーはどうだろうか?」
「うん、じゃあ、これからそう呼ぶね、小虎。あらためて友達としてよろしくね」
虎の響きはフーで、蓮音がつけてくれた剣護の護と同じ響きなのだ。対外的な魔王の名前を決めたとき、彼女がつけてくれた名前と同じ響きの文字をあえて入れておいてよかった。
「ところで、姫君、今日、あなたを襲撃したのは大昇帝国の人間だと思うのだが……。皇帝はあなたを歓迎しているかもしれないが、あの国も一枚岩ではない。それでもあなたはそこへ行くと?」
蓮音はにっこり微笑み深く頷く。
「あなたの意志は固そうだな。ならばせめて護衛を付けさせてくれないか。地属性の防御魔法をそれなりに使える奴がいるから、そいつはどうだろうか?」
「それはとても心強いわ。では、遠慮なく力を貸してもらうことにします」
帝国に蓮音と魔王軍との関係を知られるわけにはいかないが、助っ人一人であれば大丈夫だろうし、戦力がほしいのも事実だ。あとは李公子が回復すれば、きっと彼がまた大きな力になってくれる。
こうして、蓮音はたくさんのお土産と新たな仲間を手に入れて蒼迅たちのいる町に戻った。
町に戻ると、蒼迅や明鈴がとても心配していた。
「わたくしがあのようなことをしたせいで、姫様を危険な目に合わせてしまうことになって」
明鈴は、泣きながら謝ってきた。
「あいつに何かされなかったか!?」
蒼迅も、詰め寄るように聞いてくる。
「あいつって? 魔王のこと? だったら、されたというかしてもらったけど、いろいろと」
蓮音は事実を答えた。
「はぁ!? 何されたんだ!?」
「うん、だから、助けてもらって、食事をごちそうになって、お土産をもらって、護衛を借りることになって、友達になったかな。同盟の件も好感触だったから、これぞまさに怪我の功名ってやつかな」
蓮音はさらっと魔王と友達になったことも話した。
「あっ、そうだ、みんなに紹介するね。魔王閣下が護衛に付けてくれた晴詩。彼女は南黄出身で、土魔法が得意なの」
「よろしくお願いします。みなさんの足を引っ張らないように精いっぱい務めさせていただきます」
紹介された晴詩は挨拶をした。
そうこうしていると、剣護と海遠も居間にやってきた。蓮音は剣護の顔を見たらすごくほっとした。
「娘々、怖い目に合わせてしまったようでごめん。でも、無事でよかった」
蓮音はぶんぶん首を振ると、笑顔で返す。
「ううん、大丈夫。悪いことばかりじゃなかったから」
剣護も回復して、またこうして傍に寄り添っていてくれる。蓮音にとっては、その事実が何よりもうれしかった。
「ところで、この先のことをどうするのか、少し考えないといけない」
今回、蓮音を狙った連中が大昇帝国の人間の可能性が高いことをみんなに話した。
「呼びつけといて、命狙うったぁ、どういうことだ!?」
蒼迅が怒る。彼の怒りも最もなのだが、皇帝と対立している皇太后の一派の仕業じゃないかと魔王が教えてくれたことも皆に説明する。
「でもよ、おかしくねえか? 昨日盗賊は全部捕えたんだろ? その翌日に襲ってくるなんて。その皇太后一派とやらはどこから姫さんの情報を手に入れたってんだよ。魔王の自作自演って可能性はねえか? 魔王だって俺らを帝国に行かせたくないのは一緒じゃねえか」
蒼迅が意外と鋭い指摘をする。確かにその可能性も零ではない。
「それはない」
即座に剣護が否定する。真っ先に剣護が否定したのは意外だったが、蓮音も香隠も同じく魔王の自作自演説は否定した。
「わたしは刺客とも戦ったし、魔王の力もこの目で見た。単に帝国に行かせたくないだけであれば、我々全員をその場で殺せばいいだけのことだ。同盟にしても、あれだけ力の差があるのだから、そう申し出ればいいだけのことで、姫姉様を助けた振りをして恩を売る必要なんてない」
香隠の言う通りだ。とにかく明日以降は、魔物と盗賊に加えて、帝国の刺客にも備えなければいけなくなってしまった。新たな仲間を得た一方で、新たな脅威が生じる。この先のことを思うと楽観はできない。それでも剣護と共に旅が続けられると考えただけで、蓮音は胸が高鳴った。
蓮音は人知れず、愛しい男の横顔を眺めていた。




