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花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第44話 魔王様と城下町デート

 魔王様はなぜ急に新しい開国の街を姫に見せようと思ったのだろうか。その場にいた皆が不思議でならなかった。というのも、魔王が直々に城下に赴くのは相当稀だったからだ。


「姫君は何が見たい?」


 魔王にそう聞かれ、何か試されているのかもしれないと思いつつも、蓮音(リェンイン)は、魔王の意図を読むことが全くできずにいた。


「開国は中央や西側との交易も盛んだと聞きます。旧南黄(ナンファン)で待つ仲間に土産を買って帰りたいのですが」


 魔王の好意を無碍にすることなく、でも仲間のもとに帰るつもりであることを含めた回答のつもりだった。相手の思惑がまるで分からない以上、こう答えるのが今の蓮音にできる精一杯だった。


 魔王はニコッと口元を緩めると「承知した」と答え、サイードに土産に相応しいものを扱っている店を何軒か選ぶように命じた。


「閣下に一つお願いがあるのですが。中央諸国で着られている服を貸していただけないでしょうか」


 城下には帝国の間者も紛れているかもしれない。その街を魔王と彩華国の姫として歩きまわるわけにはいかない。蓮音の意図を理解した魔王は、別の言葉を返してきた。


「一番目立つのはあなたの髪だと思うが」


 蓮音の炎を思わせる紅い髪は、炎の上位精霊の加護を受けている証拠であり、ここまで鮮やかな深紅の髪色は、大陸広しと言えどもかなり珍しかった。


「それならば、大丈夫です」


 そう言うと、蓮音はなにやら呪文を詠唱しだす。


「あまねく風の支配者、運命を運びし女王シルフィードよ、その力を一端を解放し、我に宿りその崇高なる力を表さん」


 静かに詠唱をすると、柔らかな風が幾重にも巻き起こり、蓮音を包み込んだかと思うと、彼女の髪が深紅から黄金色に変わった。


 髪や目の色は、その者が関係している精霊力の現れでもある。以前、剣護(ジェンフー)が髪の色を変えるために使った魔道具のように、蓮音は自らを守護してくれている精霊を炎から風に切り替えたのだ。


 といってもこれは誰にでもできることではない。複数の精霊の力を操ることができるものの方が、そもそも稀だからだ。蓮音自身も、母から引き継いだ風の精霊を操る力をようやく使いこなせるようになってきたばかりだった。そのこともあって彼女が風の精霊の加護も受けていることを知っているものは彩華(ツァイファ)国でも数少ない。いわばとてつもない秘密を、蓮音は魔王とその幹部たちに教えたのだ。


 幹部たちはもちろんのこと、さすがにこれには魔王も驚いたようだった。


 蓮音はサイードが用意した異国の宮廷服チャルケスに着替える。こうすると、どこからどう見ても彩華の鬼姫ではなく、異国の姫君にしか見えなかった。


 蓮音は魔王とともに馬車に乗って、貴蓉(グゥイロン)の街を見て回った。魔王が所有している、ひときわ目立つ荘厳な馬車が大通りを走っているだけで、住人たちは大興奮だった。馬車を目にした住人たちは、魔王様がどこへ何をしに行くのだろうかと口々に噂をする。魔王様のお姿を一目見たいと、馬車を必死で追いかけてくる者も少なくなかった。


 貴蓉の街は、蓮音が知っているときよりもずっと機能的で整備されていた。そして、どこもかしこも多種多様な人々で溢れかえり、賑わいを見せていた。


 蓮音は目的も忘れて、異国情緒あふれる街並みや行き交う人々に心を躍らせていた。


 蓮音たちはサイードの先導で、大陸西側の品を扱っている店が立ち並ぶ区画に来ていた。サイードはその中から、ジャム、キャンディ、ソーセージの店を選んでくれていた。どれも保存が効き、かさばらずに旅の際に持ち歩くのにも便利なものだ。


 店にはあらかじめ、魔王様が女性のお客様を連れて行くのでしかるべき準備をしておくようにと伝えてあった。


 魔王の馬車がジャム屋「コンフィチュール・メゾン」の前で止まった。


 店主や店員たちは魔王様をお出迎えするべく店の前に整列する。


 馬車からはまず、全身黒ずくめの魔王様が下りてきた。誰が見ても、それが魔王だとわかったからか、それだけで店の周りでは大歓声が巻き起こった。


 蓮音は魔王が開国の市民たちに非常に人気があることを知った。裏を返せば、彼の軍事的な才能だけでなく、政治手腕をこの国の国民は買っているということだ。もっとも、わざわざ説明をされなくてもこの街を見れば、それだけで一目瞭然だとは思う。魔王は、これを蓮音に見せたかったのだろうか。


 蓮音も魔王に続いて馬車から下りようとすると、魔王が手を差し伸べてきた。


 魔王の手に目がいく。大柄な彼は、もっと武骨な男っぽい手をしているのかと思っていたが、彼の手は意外にも指がスラっと長く、とても綺麗だった。


 そういえば、李公子もこんな風に手を差し伸べてくれたことがあったなぁと思い出す。魔王と彼の姿がどこか重なって見えるのは、自分が彼のことばかり考えているからなのだろうか。


 魔王の手に自らの手を重ねると、周りの歓声はさらに大きくなった。蓮音は店主の挨拶を受けると、そのまま魔王に手を引かれて店に入った。


 店の中でジャムについての説明を受けた後、店主はおすすめ品を一口サイズのクラッカーに塗って試食できるように二つずつ用意してくれた。蓮音はその一つを食べてみる。


「甘くて、すごくおいしい。こんなの初めて食べる!」


 思わず本音を口にする。魔王はその様子を横で黙って見てるだけで、試食する気配がない。


「はい、どうぞ」


 蓮音はもう一つのクラッカーを手に取ると、魔王の口元に差し出した。魔王は一瞬蓮音を見つめて、軽く口を開けると、大人しく差し出されたクラッカーをパクッと食べた。


 店長も、店員も、サイードも、護衛の兵士も、店の外からのぞき込んでいた人々も皆、唖然とした。


 蓮音は次のクラッカーもまずは自分で食べてから、「これもおいしい!」と言いつつ、魔王様にも「はい」といって差し出す。魔王はこれも大人しく食べた。


 あの魔王様が女性にあーんして食べさせてもらっている! これは見ていたものにとってはありえない大事件で、都中に激震が走った。国外でこそ女好きとして知られている魔王だが、開国民は、魔王が周りにいる美女にまるで興味を示していないことを暗に知っているのだ。


 蓮音にしてみると、店主が用意してくれたものを残すのも申し訳ないし、魔王の分を自分が食べるのも食い意地が張りすぎだと思っての行動だったのだが……。周りはそんな蓮音の考えていることまではわからないので、全く違うことを考えていた。


 魔王様とあのお嬢さんは、特別な関係に違いない。


 蓮音は気に入ったジャムをいくつか購入しようとした。すると、当然のように魔王が、「ここは俺が」と蓮音を制して代金を支払おうとする。


 しかも、「釣りはいらない」といって魔王は大金を渡そうとするが、店主は店主で「お代はいりません!」と言い、この手の場面ではお決まりの押し問答が始まる。


「大人しく受け取っておけ」

「いいえ、ご来店いただけただけでも光栄なことですので!」

「どっちもダメです!」


 思わず蓮音が叫んだ。周りでこの押し問答を見ていた者はさらに驚愕した。


「お代を受け取らないのも、渡し過ぎるのもどちらも不当です。これからこちらのお店は魔王様が来店した店として利益を受けることになります。一見良いことのようですが、場合によっては同業者の恨みを買います。必要以上の受益は不正を想起させるのでこの先のことを考えても避けるべきです。ここは普通通りにわたしが適正価格で買い物をします」


 理路整然と持論を述べると、いつも腰に下げている袋から優雅な手つきで財布を出す。


「あ、あれ?」


 ……出せたらよかったのだが、そもそも腰の袋がない。今の服に着替えた際に、袋ごと城に置いてきてしまったのだ。


 あれだけ大手を振って大演説をした後なのに、そもそもお金がないなんて……。蓮音は「あっ、しまった」と言う顔になると、もじもじしながら魔王に寄り添うように近づいた。踵をあげて背を伸ばし、彼に耳打ちするように小さな声で話しかける。


「あの……お金を貸しもらってもいいですか……?」


「ふっ、ははははっ」


 魔王が急に笑い出す。というか、あの魔王様が笑っている!?


「わかった、姫君。ここは俺が支払おう。適正価格だったらいいのだろう? いや、実に愉快だ。ふふふっ」


 魔王は、ただお金を払うだけの行為なのに、まるで小さな子どもが初めてのお使いをする時のように、ウキウキしながら会計を済ませた。さすがに、店主もこれ以上抵抗することはなかった。


「ひどい! 人の失敗をそんな風にからかうなんて! もう、いつまで笑っているんですかー!?」


 蓮音がぷくーっとむくれる。


「すまない。俺が悪かった。ぷっ」


 魔王は全く悪びれずにまだ笑いながら答える。


「もうっ、本当は全然悪いと思ってないでしょ!?」


「いいや。俺は実に悪い奴だ。うんうん。ははははっ」


 二人のほほえましい”痴話喧嘩”を見て、サイードは「この姫、本当にただものではない……」とさらに強く思うのだった。

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