第43話 魔王の城
色とりどりに咲き誇る可憐な花々を眺めながらしばらく回廊を歩くと、朱塗りの豪奢な建物の前についた。
魔王は、「ご友人たちはここにいる。ごゆっくり」と一言伝えると、去って行った。
建物に入ると、客間でおいしそうに豪華な食事を頬張る香隠と万梅の姿があった。侠たち三人も、恐縮しながらも食事をとっていた。考えてみると、当に昼時を過ぎていた。蓮音も、安心したからか、お腹が空いたなと思う。
「姫姉様! ご無事で何よりだ」
香隠と万梅は立ち上がって蓮音を迎えた。
蓮音が空いている椅子に着座すると、別の美女がやってきてお茶を入れてくれる。
「どうぞお召し上がりください」
さらにまた別の美女がやってきて、次々と料理が盛られた皿を卓に並べていった。
「みんなも無事でよかった」
蓮音は五人の顔を見てほっとした。自分が判断を誤ったせいで彼女たちを無謀な戦いに巻き込んでしまった。みんなの身に何かあったら……と思っていたので、助けてくれた魔王には感謝しかない。
香隠たちの話はこうだった。
蓮音が沼に落ちた後、地上にいた虫が急に燃え上がったかと思ったら、黒い煙になって消えた。それを見た魔術師たちが逃げようとしたところで魔王が沼に飛び込み、その部下と思われる者たちが魔術師を拘束した。拘束された魔術師たちはその場で口の中に仕込んでいた毒を噛んで絶命。その後、魔王の部下たちとともに転移魔法でここまできたとのことだった。
蓮音が気絶しているのを見て、魔王はすぐに女性医官を呼んで治療をしてくれたようだった。美女たちは、香隠たちの傷も手当てをしたうえで、ここで食事を振舞ってくれていたのだ。獅子将軍の部下を通して、蒼迅たちにも連絡をしてくれたらしい。
あの時、水の中で助けてくれたのは、李公子ではなくてやっぱり魔王だったんだと蓮音は思った。剣護は今どこにいるのだろうか、心配していないといいのだけど。仲間の無事を確認した途端、愛する人のことが気になって仕方がなかった。
一方、剣護は執務室の椅子に座り、ほっと肩をなでおろしていた。彼女を守り抜くと誓ったのに、自分が気を抜いた隙にまた蓮音を危険な目に合わせてしまった。それにしても水属性の魔術師を三人も送り込んでくるとは、どう考えても蓮音を狙っているとしか思えない。
(上等だ。そっちがその気ならば、望み通りすべて殲滅してやる)
相手は誰だろうか。やはり、帝国の皇太后一派だろうか。それとも、後宮の妃嬪たちの実家か……。今回の始末について考えを巡らせていると、英姫が「主様、姫様がお話したいことがあるとのことです」と伝えてきた。魔王は幹部たちを会議室に集めるように伝え、自ら姫を迎えに向かった。
英姫は思いがけず、彼女が慕っている男の想い人と顔を合わせることになってしまった。
魔王様が姫を助けるために自ら沼に飛び込んだのも驚きだったが、気を失っている蓮音を連れてきたときの、彼の動揺する姿にはそれ以上に唖然とした。
英姫たちが姫を着替えさせて、治療をしている間も、魔王はずっと部屋の外に立って落ち着かなさそうに待っていた。「特に怪我もないのですぐに目を覚まされるはずです」と女性医官に伝えられた時の、彼のほっとした顔と言ったら。
確かに思いのほか、愛らしい風貌の姫ではあるが、この娘のどこがそれほどいいのだろうか。容姿だけならば、自分の方がずっと優れているし、魔王の隣立った際に映えるのも自分のほうだと英姫は感じていた。
ただ、この姫、どこかで見たことがあるような気がしないでもない。一体どこだったのだろうか。誰かに似ているのだろうか。英姫は自分の遠い記憶をたどってみていた。
蓮音は先ほどの建物とはまた別の棟にある会議室に案内された。そこには大きな机が置かれ、中央諸国や大陸西側諸国の物だろうか、みたこともないような調度品も多数飾られていて、思わず目を奪われる。
が、それ以上に着目すべきは、会議室には整った身なりの四人の男性と先ほどいた美女の中の一人が待ち構えていたことだろう。この面々は、この国の重鎮たちに違いない。
蓮音と魔王が部屋に入ってくると、彼らは「主殿」といって一斉に立ち上がり挨拶をする。蓮音の方にもお辞儀をしてきたが、敬意を払っているというよりは品定めするような目でこちらを見ている気がする。
魔王はそちらに目もくれずに蓮音に椅子を勧めた。蓮音は幹部たちに「世話になっています」と軽く挨拶をして着座する。魔王は蓮音の向かい側に腰を掛けた。
「姫君、食事は口にあったかな?」
「はい、とてもおいしくいただきました。いろいろとご配慮ありがとうございます」
「礼など不要だ。こちらも姫君には助けられた」
「わたしがですか?」
「そうだ、豪毅が取り逃がした賊をあなたが追撃してくれたそうではないか。先日も賊の縄張りを一つ潰してくれただろ?」
「あれは……わたしはただそこにいただけで、恥ずかしながら実際には何もしてないのです」
蓮音はあの時、自分の手を取り、賊を一撃のもとに倒していった剣護の姿を思い出して思わず赤面する。
「そんなことはない。あなたが体を張ったから賊の拠点が見つかったんじゃないか」
(それだって、そもそも体を張ったのはどちらかというと万梅なんだけど)
大して活躍していないのに感謝されるとは恐縮の限りだ。蓮音は人知れず、苦笑いをした。
「わたしは仲間に恵まれているだけです」
「それもすべてあなたの人徳のなせる業なのでは?」
蓮音は魔王と話しながら、この人は、噂に聞く以上に友好的な人だなと感じていた。共通の敵がいることを理由に何とか味方にできたらと思っていたが、これはそれ以上の好感触ではないだろうか。
「ところで、魔王閣下、今日ここでお会いできたのも何かのご縁と思って単刀直入に話します。我が彩華国と五か国連合と手を結ぶこと、お考えいただけないでしょうか」
蓮音が魔王の好意に縋ろうとせずにいきなり本題に入ったことや、臆することなく魔王と会話をしている様子から、幹部たちは「豪胆な姫だ」と蓮音を評価していた。
「それは、こちらとしても望むところだ」
「えっ」
自分から同盟の打診をしておきながら、魔王が二つ返事で了承してくれたので、蓮音は拍子抜けしてしまった。
「だけど、姫君。あなたはこれから帝国に嫁ぐのだろう? それでどう俺と手を結ぶのだ?」
だよねーと蓮音も思う。
「確かにわたしは帝国に赴きます。同盟国の姫たちを人質に取られているので、同盟を瓦解させないためにも彼女たちを取り返す必要がありますので。わたしが帝国に嫁いだとしても、我が国が帝国に屈するわけではありません。ですので、このことを除いて我が国との友好関係をお考えいただけたら幸いです」
「……それではダメだ」
「閣下のご心配も最もではありますが、我が国も、わたしも帝国には決して屈しません」
蓮音は繰り返した。
「そうではない。あなたを帝国の皇帝なんぞに渡したくない」
その一言を聞いてその場にいたものは明らかに驚き、一斉に顔を上げた。まるで魔王様がこの姫に惚れているような言い方ではないか。……というか、惚れているのか!? まさか、主殿が懸想している相手は鬼姫だったのか!?
一方の蓮音は魔王の発したの言葉の裏を読む。蓮音という、いわば軍の要が欠けた同盟国は手を組むに値しないということか。
剣護にとっては五か国同盟など正直どうでもよかった。蓮音のいない同盟国には何の価値もない。同盟はただの建前で本当の目的は蓮音を帝国に嫁がせないことだからだ。
蓮音は自分が抜けても戦力が大きく落ちることはないこと、帝国軍には手を貸さないといったようなことを切々と説いた。魔王は腕を組み、その話を身じろぎ一つせずに黙って聞いていた。
「そうではない、姫君。俺はあなた自身と手を組みたいと言っているのだ」
蓮音は少し困惑した。
一体、どういう意味なのか。国に戻り以前の地位のままでいろと言うことなのか、皇帝ではなく自分に嫁げ、あるいは幹部になれと言うことなのか。どちらにしてもなぜ? さすがにわたしを過大評価しすぎでは? 今日だってヘマをして、魔王様に助けてもらったばかりではないか。
「わたしと手を組むとは具体的に何をお望みなのでしょうか? 閣下に評価していただけているのは大変ありがたいのですが、ご期待にお応えできるかどうか……」
「姫君は、この開国ともつながりがあるそうではないか。あなたさえよければ、城下を見て回らないか?」
魔王は唐突に話題を変えた。これまたなぜ急に? と思ったが、このままでは埒が明かない。一か八か、こうなったら城下を巡る間に彼の意図を探るのしかない。蓮音は魔王の提案に乗ることにした。
「ご案内いただけるのであれば、よろしくお願いいたします」




