第42話 魔王との邂逅
蓮音は町長にお願いして、もう一日休ませてもらうことにした。蓮音たちは孫の恩人でもある。町長は二つ返事で快諾してくれた。
一日、自由になってしまったが、部屋でじっとしているのは性に合わない。蓮音たちは元気な面々-蓮音、香隠、万梅、助っ人の侠たち三名の計六名で狩りにでも行くことにした。
蓮音は剣護の様子が気になっていたのだが、辺りを探しても見当たらない。少し心配にはなったが、きっと彼ならば大丈夫だとうと自分に言い聞かせた。
この辺りの魔物は、実は剣護が根こそぎ狩ってしまっていたのだが、行き先とは反対方向に進んでいくと虫型の大型魔物である大黒毒蜘蛛が出現した。蜘蛛系の魔物が、遮るものがほとんどない平原に出現するのは非常に珍しい。蓮音は少し違和感を覚えたものの、目の前の魔物を倒すだけと思い戦闘を開始した。
虫とはいえ、相手は大型の魔物のため、数人がかりで取り囲んでは、相手の攻撃をかわしつつ、急所を狙い攻撃を繰り出す。ほどなくして、大黒毒蜘蛛を仕留めることに成功した。
と、思っていたら、今度は虫使いが姿を現し、別の個体を召喚する。大黒毒蜘蛛を操るぐらいだ。それなりに力のある虫使いのようだった。まずはこいつから仕留めないといけない。でないとまた新しい虫を呼ばれてしまい、さすがにきりがない。蓮音は香隠に虫使いを討つように命じた。
すると今度は魔術師が二名現れる。しかも、両名とも蓮音が苦手とする水魔法の使い手だった。
虫の背後に隠れることで自分の身を守りつつ、水魔法使いは次々と攻撃を仕掛けてくる。しかも、彼らは明らかに蓮音を狙っていた。これだけ目立つ紅い髪をしていれば、水魔法に弱い炎使いだと宣伝しているようなものだ。それで、こいつらは自分を狙っているに違いないと蓮音は推察する。
いや、そうではない。偶然にしては状況が整いすぎている。これはただの魔物の襲撃ではなく、自分を狙った罠だ!
何とか目の前の大黒毒蜘蛛を倒し、魔術師に向けて愛刀の朱炎を振り下ろす。
刃が魔術師に届く一歩手前、急に足元に沼が出現したのだ。
まさかの、第三の魔術師が現れて、蓮音の足元の水たまりを深い沼に変えたのだ。
当然、蓮音はバランスを崩して沼に沈んでいった。
「姫姉様!」
「姫様!」
香隠と万梅が叫ぶ声が聞こえたが、香隠も万梅も侠たちも新たに召喚された大黒毒蜘蛛に行く手を阻まれて、助けに行くことができない。
何とか沼から抜けでないとともがいてみるものの、もがけばもがくほど体が水の中に沈んでいくようだった。
(誰か……助けて……李公子)
剣護のことを思い浮かべる。
意識が遠のく中で誰かが力強く自分を抱きしめているような気がした。その者は水中で蓮音を抱きかかえたまま呪文を使って転移魔法でどこかへ移動した。
蓮音が気が付くと、フカフカな寝台の上にいた。
濁った沼に落ちたというのに、誰かが着替えさせてくれたのか、体も綺麗で、清潔な寝間着を着ていた。体を起こすと、とても美しい女性が近くに座っていた。
「気が付かれましたか」
その美女が声をかけてくる。
「助けていただき感謝しています。失礼ですが、ここはどちらでしょうか?」
蓮音はいまいち状況が呑み込めなかったが、とりあえず感謝の意を伝えるとともに、最も知りたかったことを質問する。
その女性は蓮音の質問には答えず、「少々お待ちください。今わが主が参りますので」といって出て行ってしまった。
この人の”主”という人が助けてくれたのだろうか?
蓮音は助けてくれたのは剣護だとばかり思っていたが、どうやら違うみたいだった。自分は助かってこの見知らぬ場所にいるが、みんなは大丈夫だろうか、無事にあの刺客たちを倒す、あるいは逃げおおせただろうかと心配になる。
しばらくすると扉の向こうから「失礼する」という男性の声が聞こえてきた。どこかで聞いたことがあるようで初めて聞く声であった。
蓮音は起き上がって扉を開けて入ってくる声の主を見た。その男は少し前にどこかで見たことがある恰好をしていた。黒い服に黒い外套、黒い仮面を付けて、漆黒の髪をなびかせていた。
魔王・黒煙虎。
獅子将軍とは少し前に共闘したばかりではあるが、まさか魔王自らが助けてくれたというのだろうか。
蓮音は立ち上がり深々とお辞儀をしながら挨拶をする。
「魔王閣下でいらっしゃいますか? この度は危ないところを助けていただき感謝いたします。また、先日は獅子将軍様にもご助力いただきました。そちらも重ねてお礼申し上げます」
「礼は不要だ、姫君」
魔王は、頭を下げていた蓮音の体を起こした。
魔王の声を聞いて蓮音は思う。
(あっ、この人の声、少し李公子に似ているんだ)
でも、目の前にいる男は蓮音の知る李益よりも大柄で髪の色も違うし、やはり別人なのだ。相手は泣く子も黙る魔王なのに、李公子に少し声が似ている気がすると思うだけでほっとしてしまうなんて。
(あの人に対する恋の病は、すでに重症だわ……)
「閣下、ぶしつけではありますが、わたしと一緒にいた者たちはどうなりましたでしょうか」
「あなたの仲間たちだったら問題ない。すべてこちらで保護してある。あなたを襲撃したものも捕えようとしたのだが、毒を飲んで自尽してしまった。捕えて尋問したかったのだが、申し訳ない」
助けてもらっただけでもありがたいのに、天下の魔王様が申し訳ないだなんて、こっちのほうがよほど申し訳ない。
「とんでもないです! 助けていただいただけでも十分ありがたいです。ところで、仲間たちに会わせていただけないでしょうか。お互い心配していると思いますので」
「承知した。少し待っていてくれ」
そう言うと魔王は部屋を後にした。
入れ替わりで魔王の侍女と思しき美女たち数名が入ってきて、蓮音を着替えさせてくれた。
(この人たちはもしや開王国が誇る美人女官たち? で、魔王様の愛妾? 妻たちだったりするのかな?)
などと思いながら美女たちの為すに任せる。向こうは向こうでこちらに対して愛想を振りまくでもなく淡々と身支度をしているので、なんとなく気まずいというか話しかけにくかった。
(まあ、話しかけるにしても、『魔王様の奥方様たちですか?』なんて滑稽だしね……)
「終わりました。こちらでよろしいでしょうか?」
侍女頭のような美女に聞かれる。いつも剣護が用意してくれているような、珍しい絹糸で織られた美しい服と、芳寿工房の服飾品だった。
「ええ、このようなお品をお借りしまして、ありがとうございます」
美女たちは「失礼いたしました」と一礼をして去っていくと、入れ替わりで魔王様が入ってきた。
「姫君、こちらへ」
仲間たちのところへ案内してくれるようだ。
「閣下、何から何までお世話になってしまって、本当にありがとうございます」
お礼を伝えると、蓮音は魔王の漆黒の髪を眺めながら、その背を追った。
混じりけのない見事な黒。そして、艶やかで美しい夜を思わせる髪。こんな髪を、蓮音はどこかで見たような気がする。どこで、誰のだっただろうか?
蓮音が休んでいた建物は、外観もとても美しかった。回廊沿いには庭園があり、色とりどりの花々や果樹が植えられていた。ふと目をやると、今朝剣護が寝所に残していった白の風鈴草が風に揺れている姿が見えた。
彼と出会ってからは、毎日長い時間、ほとんどずっと一緒にいたので、剣護の姿が見えないことが、声を聞けないことが、すごく淋しいと感じてしまう。
意識しないうちに、白の風鈴草の前で歩調が緩くなる。そんな蓮音の様子に魔王が何か感じたのか、
「気に入った花があれば持ち帰ってもらっても構わない」
と言ってくれた。
「いえいえ、そんな大丈夫です。ただ、こちらの庭園がとても綺麗だなと少し見とれてしまっただけです」
蓮音は丁重に断った。だって、お花は李公子がくれるから、それでもう十分なのだ。




