表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/66

第41話 皇帝の閨

「鬼姫の足取りはまだつかめないのか」

「は、はい、もう少々お待ちください。ただいま、部下たちが懸命に捜索をしているところです」


 蓮音リェンインたちが彩華(ツァイファ)国の都である華陽(ファヤン)を発ったと聞いてからすでにかなりの時が経つ。だが、王都を出たという一報以来、ここ大昇(ダーシォン)帝国の帝都・大光陽(ダーグァンヤン)にいる皇帝・昇昊(シォンハオ)の元には、蓮音たちの消息に関する情報が何ら入ってこないのだ。


 蓮音たちは、身の安全も考えて、華陽を出る際に、花嫁行列の別動隊を出動させている。その裏で、こそっと旅人を装って八名で旅立ったのだった。華陽にいた帝国の間者は、見事にこの策にかかり、別動隊のほうを途中まで追いかけていたのだ。


「順調に行けば、そろそろ旧南黄(ナンファン)に入っている頃でしょうか。兄上、そうご心配めされるな。なんせ相手は旅慣れた、しかも相当な手練れの鬼姫なのですから」


 皇帝のすぐ下の弟である昇雲(シォンユン)は、蓮音の動向に気を揉む兄を慰めた。兄が、皇太后への対抗策として高貴な身分の”鬼姫”をご所望なのは理解できる。だが、後宮を彩る大勢の女にほとんど興味を示さないあの兄が、鬼姫にそこまで執着していることが、いまだにピンとこないのだ。


「しかし、皇太后どもがいつ、彼女たちに手出しをするかわからん。それに、南黄は相変わらず、魔物と盗賊たちの巣窟なのだろう?」

「兄上、面目ない。南黄は強力な魔物も多く、まだ調査すらまともに進められておらずで……」


 今度は、皇帝の三番目の弟にして、第四皇子の昇照(ションジャオ)将軍が謝罪の言葉を述べた。昇照は、長らく北の守りについていたのだが、一月ほど前に南黄平定のため、昇昊に”征南将軍”に任じられたばかりだった。


 信頼のおける弟に南の平定を任せることは、昇昊の強い意志の表れだった。


 しばらくの間、手つかずだった旧南黄を荒らしまわっている盗賊、それを支援し、裏でうまい汁を吸っているのが、どうやら皇太后の一派らしいからだ。彼女らの兵力と資金源を断つという点でも、南黄をこれ以上捨て置くわけにはいかない。


 これまでは多少皇太后にも遠慮があった。彼もまだ即位して日が浅かったのもあるし、なんせ彼女の手には、長年の病によってすでに虫の息とはいえ、彼らの父親の命が握られているのだから。


 だが、今度こそ容赦はしない。帝位を脅かそうとする、皇太后一派の弱体化を図るとともに、かつて広大な農地が広がっていた旧南黄を押さえ、糧食の問題を解決し、彼の地を通って帝国に向かっているであろう蓮音たち一行を保護する。いわば一石三鳥の役割を負わされたのが、彼の弟の昇照なのだ。


 この地の平定がなってこそ、大陸東部の統一という、かつて誰もなしえなかった偉業に挑むことができるというものだ。


「まあ、よい、お前も少し前に来たばかりではないか」


 皇帝である昇昊、文官の長の立場にいる昇雲、軍隊を統制している昇照の三名が、今の大昇帝国を率いる若き大黒柱なのだ。


「皇帝陛下、お話のところ失礼いたします。本日は貴妃様の元にお渡りをお願いいたしたく存じます」


 宦官長の(ヂー)が、昇昊が一日の中で最も聞きたくない言葉を伝えに来る。よりによって、今日は貴妃か……。


 貴妃――皇后のいない昇昊にとっては、後宮にいる数十人にも及ぶ妃嬪の中で最も位の高い妃となる。だが、昇昊は、この貴妃がずば抜けて得意ではなかった。もっとも、他の妃嬪を好んでいるわけでも、そちらと同衾したいわけでもないのだが。


 今日は気乗りしないといって断ると、宦官どもは、どこからともなく別の美女を見繕ってくる。そういう意味ではないのだが……と言いたくなるが、これも皇帝の重要な務めの一つと言われてしまうと、逃げるわけにもいかない。


「あい分かった」


 昇昊はしぶしぶ承諾の意を示し、宦官長の直を下がらせた。


「お前たちは、妻を娶るつもりはないのか?」


 昇昊は、少し恨めしそうに弟たちに質問を投げかける。


「ははっ、遠慮しておきます」

「俺もまだ、気楽に過ごすつもりですよ。なんせ、これから大仕事が待っていますからな」


 が、弟たちはそれを軽くかわす。


 皇帝である昇昊には、大勢の妃嬪はいるが、子が一人もいなかった。それに遠慮してなのか、この二人の弟には妻もいない。少なくとも世間はそう見てくれていた。


 二人とも、女を知らないわけではない。が、それなりの妻を娶り、その女が子を産んだらどうなるか、それを考えると到底婚姻を結ぶ気にはなれなかった。


 おそらくは、あの皇太后が黙ってはいないだろう。皇帝に次ぐ脅威とみなし、自らとその妻子に何を仕掛けてくるかわかったものではない。少しずつ、皇太后と先代皇帝の手から、実権を移しつつはあるが、いまだに彼女の持つ権力は強大であり、無視できないのだ。


 昇昊は、促されるままに、貴妃の待つ宮殿へと向かった。


 蓮音を皇后として迎えると決めた今、他の妃嬪との間に、この時期に(タイミング)子を設けるつもりは毛頭ない。


 しかし、鬼姫に求婚したことはまだ極秘事項である。皇太后に知られようものならば、必ず邪魔だてしてくるからだ。特に、彼女が通ってくる南黄は、いわば皇太后の勢力圏(テリトリー)でもあるのだ。できる限りこの事実は伏せておきたい。


 立場が立場でなければ自ら迎えに行きたいぐらいである。が、皇帝という身分と地位に縛られている今は、その自由がない。


(鬼姫よ、早く、そして無事にここへやってこい)


「こっちの人は0点」


 にこやかな顔で言い放った、飾り気がないが、それでも目を引く美貌のあの女の顔が思い起こされる。


「0点だと、この俺に向かって」

「……なんでございましょうか?」


 お付きの宦官が不思議そうに尋ねてきたが、昇昊はそれには答えなかった。


「一日千秋の思いで、お渡りいただける日を今か今かとお待ちしておりましたわ、皇帝陛下」


 (ツァオ)貴妃は、昇昊にとっては二人目となる側室だった。彼女の父親は、旧北黄帝国の司徒であり、現帝国においても同じ地位にあった。つまり曹貴妃は、最高位の臣下の娘というわけだ。辺境の属国の姫よりも誰よりも妃嬪の中で身分が高く、皇后に最も相応しいのは自分であると彼女は信じている。自尊心が高く、それ故に他人を露骨に見下す悪癖がある。彼女の押しつけがましい性格もあって、昇昊は曹貴妃といて、心が休まった試しがない。


 部屋の中には大量の香が焚かれ、息苦しさすら覚えた。素顔がわからないほどの化粧が施された顔に妖艶な微笑みを浮かべると、曹貴妃は昇昊に身体をピタリと添わせるようにすり寄ってきた。


「……陛下、お疲れでしょう? 南方より取り寄せた珍しいお酒がございますの。ぜひご賞味くださいませ。きっとよくお休みになれますわ」


 彼女が勧めてくる酒なんぞ、怪しすぎて口にできるか。毒は入っていないだろうが、媚薬か、あるいは睡眠薬か、幻覚剤の類が仕込まれているかもしれない。


「せっかくだが、今日は疲れている故、酒はいらぬ。先に休ませてもらうぞ」


 昇昊は勧められた酒に口をつけず、ごろんと寝台に横になり、目をつぶった。


 背中に、曹貴妃の恨みがましい、鈍器で殴られているような視線を感じる。


(あなたの子を産み、皇后となるのは、この私しかいないのに! 今日こそは何としてでもお世継ぎを……)


「まあ、それほどまでにお疲れでしたか。それでは、私が按摩をしてさしあげますわ」


 相変わらず今夜も曹貴妃はしつこい。何とか昇昊をその気にさせようと体に手を這わせてくる。


「悪いが気分が乗らぬ……」


(この女の方がよほど鬼のようだ……)


 日夜、情熱的に口説かれ、溺愛されたいと話していた鬼姫は、閨で愛する男にどのような顔を見せるのだろうか。気が付いたら一目会っただけの彼女のことを考えている自分に気が付く。


(これは恋でも愛でもない。ただ、天下泰平のために必要なことなのだ)


 蓮音のことを思い浮かべるたびに、昇昊はそう自らに言い聞かせるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ