第38話 偽物の花嫁
本日の天気は快晴。
まるで、万梅の晴れ舞台を天も祝福してくれているかのような秋の初めの一日だった。
明鈴が、精魂込めて化粧を施し、髪を結った。蓮音も餞に白蝶貝で梅の花びらをかたどった金の簪を贈った。
着々と花嫁行列の準備はできていくのに、いまだに剣護の姿はどこにも見当たらなかった。
剣護はというと、まるで八つ当たりでもするかのように町周辺の魔物を狩っていた。盗賊の拠点も見つけて自ら潰して、なんだったら帝国に乗り込んで宮殿を燃やし尽くしてやりたいぐらいだったが、しばらくすると開国に戻り、豪毅を呼び出した。
「主殿、豪毅、ただいま参上いたしました」
豪毅を見ると、蓮音がフワフワの髪を触りたいとはしゃいでいたことが思い出され、苦々しく感じる。
「お前、少し髪が長すぎるんじゃないか」
今まで指摘されたことがないようなことを、急に剣護に言い咎められて豪毅は戸惑う。
「そ、そうですかね? 主殿ほどではないと思うのですが……」
「ふんっ、まあいい。旧南黄南部の様子を報告しろ」
豪毅によると、元々あの辺りを荒らしていた盗賊団は二団だった。両方とも捕縛したはずなのだが、また別の、新たな盗賊団が湧いて出てくる。さらに強力な武器や魔道具を揃え、魔獣を従えて。
この前、蓮音たちと神雲国で捕えた盗賊団は四団目だという。特に神雲国との国境付近は、略奪に適した場所のようで、空白になったかと思うと次の団がどこからともなくやって来るのだそうだ。彼らは神出鬼没と言う点では油断はできないが、武力は大したことない。剣護は、蓮音たちを遠くから見守り、必要があれば影から助太刀をするように命じた。
「お任せください。ところで、主殿、蓮音姫は噂とはまるで別人でなんとも愛らしい御仁ですな。この豪毅、おなごにかわいいなどと言われたのは初めてですぞ!」
デレデレしながら豪毅が蓮音を褒める。彼としては、主の女性を見る目を含めて褒めたつもりだったのだが、元々あまりよさそうではなかった剣護の機嫌はすこぶる悪化した。
「やはりお前は、頭を丸めたほうがいいな。俺が手ずから刈ってやろうか? それが嫌なら無駄口を叩いてないで早くいけ!」
「は、はいっ、失礼いたしました!」
そのころ、旧南黄では、万梅の花嫁行列が隣町に向けて出発するところだった。憧れの花嫁衣裳を着て、みんなに綺麗と褒められて、万梅は素直に気分が高揚した。侍女に扮した蓮音と香隠が花轎の隣を歩く。護衛は、海遠と助っ人の侠たち三人だ。隣町までは徒歩だと一刻(二時間)近くかかる。
一方、本物の花嫁は男装して、蒼迅とガクとともに馬に乗って出かけた。万梅にはエリックが追跡魔法をかけて、常に居場所を地図上で把握できるようにしておく。エリックと明鈴は町長の屋敷で、皆の無事と作戦の成功を祈った。
しばらくすると、街道沿いの林の中からかすかな殺気を感じた。
「少々脚が痛い。休憩してもいいでしょうか?」
殺気に気が付いた香隠が、盗賊団を見つけたときの合図を送る。
油断をしているように見せかけた一行が歩を止めると、林の中から盗賊団が躍り出てきた。全部で十人ほどだったので、倒そうと思えば倒せてしまいそうだったが、計画通り侠たち三人には逃げだしてもらい、あえて女性三人と海遠は捕まった。盗賊たちは蓮音たちに頭から麻袋をかぶせて縛り上げると近くに隠してあった荷馬車に押し込めて走り去った。
半時(一時間)ほど馬車に揺られたのち、目的地についたようだった。これだけ時間があれば、町長の孫は無事に隣町に行けたに違いない。とりあえず、一つ目の目的を果たせたであろうことに蓮音はホッとした。盗賊たちは、男である海遠だけを牢に連れて行った。
一方、蓮音たち三人はそこの首領と思しき人物の部屋へと通された。その間に三人は砦の様子をできるだけ観察する。砦の規模から考えてもここには50人以上の盗賊がいそうだ。それに魔獣の気配も感じる。さすがに、蒼迅たちが合流しても無傷でここを制圧するのは難しいかもしれない。なんとか獅子将軍が気が付いてくれないだろうかと思う。
「お頭、今日の女たちはそのまま売り渡すのが惜しいぐらいの上玉ですぜ!」
「うぉ、こいつはすげえ。確かに、俺が少しかわいがってやってもいいな。なに、黙っていさえすりゃ、わからねえだろうよ」
頭と思しき男が蓮音たちを品定めするようにじろじろと見た。蓮音はこの下品な男の顎を下から蹴り上げてやりたいと思ったが、できるだけ長時間、か弱い侍女の振りをしないといけなかったので、じっと我慢した。隣を見ると、同じく香隠も爆発しそうだ。これはマズい。
「こ、怖いですわぁ。どうか命だけはお助け下さいませー」
明鈴の口ぶりをマネして命乞いをしてみる。われながらやはり演技が下手だなぁと苦笑いしたくなった。
蓮音が声を出して嘆願したことで、お頭は心は決まったのか、下卑た顔をさらに醜くゆがめながら、蓮音に近づいてくる。
「そうかそうか、俺が怖いか。かわいい奴め。お前が精いっぱい俺に奉仕するならば、命は助けてやるぞ」
蓮音に手を伸ばそうとした。が、その手は蓮音に届く前にどこかに吹っ飛んだ。
「貴様のような下郎が触れていいお方ではない」
突然現れた剣護が剣を一振りして、盗賊の首領の手を切り落したのだ。
「うぎゃああああっっ、手があああああ!!!」
首領は悲鳴を上げてその場に倒れこんだ。剣護は容赦なく首領に蹴りを食らわせる。首領は壁まで飛んでいき血まみれになってそのまま気を失った。
それを見た五人の部下が叫びながら逃げようと扉に向かって走る。が、剣護は彼らに向かい剣を素早く振り回すとその剣圧で五人は吹き飛び、頭から壁に激突して気を失う。
部屋にいた賊が全員戦闘不能になったところで、剣護は蓮音のところに行き、「待たせてごめん」と伝えながら拘束を解いた。
もう会えないかもしれないと思っていたからか、その剣護が来てくれてほっとしたからか、蓮音の目からは自然と涙がこぼれた。それに気が付いた剣護は一瞬どうしたらいいか戸惑ったが、もう一度「ごめん」とささやきながら手を伸ばして涙をぬぐった。
(こんなところで泣くなんて、どうしたんだわたしは……泣くな!)
蓮音は、心の中で自分を叱責したが、涙が止まらない。剣護はもう一度「本当にごめん」と優しい声で言うと、自然と蓮音の頭を抱き寄せた。
「優しくしないで! 泣いているときに優しくされると、むしろ涙が止まらなくなるから! これは一般論だから!」
蓮音は剣護のたくましい胸に顔をうずめながら、怒った。剣護に、そして自分自身に。剣護は少し笑うともう一度「ごめん」と言った。
そんな二人をよそに、香隠と万梅はお互いの拘束を解きあって、盗賊が持っていた武器で使えそうなものをそれぞれ装備しながら、二人がイチャイチャし終わるのを黙って待った。
しばらくすると二人の甘い時間は唐突に終わる。
お頭の部屋のほうから聞こえた、大きな音に気が付いた盗賊たちの足音が近づいてくる。
剣護は、左手で蓮音の手を握りながら、右手に剣を持って、盗賊たちを次々と一撃で戦闘不能にしていった。
「これ、全く助っ人いらない感じですね……」
万梅が香隠につぶやいた。
「残念ながら、そのようだな……」
香隠もつぶやき返す。
「では、エリック様にそのように連絡しておきますね……」
魔法の通信具は万梅が持っている。
「ああ、頼んだ……」
盗賊をあらかた片づけた後、砦をみてまわると、どこかにつながっている転送用の魔法陣を見つけた。これを利用して、盗賊が次々とここに送られてきて、また彼らが略奪した人や物を輸送しているのかもしれない。
また、剣護によるとこの砦の入り口自体が結界陣の中に隠されていて、外からみただけではわからないようになっているとのことだった。一介の盗賊ごときがここまで大掛かりな仕掛けを構築することは難しい。こうなると、ますます大昇帝国の関与が疑われてならなかった。
剣護が結界陣を壊したことで砦が姿を現したからか、獅子将軍の軍と思われる一団がやってきていた。今回は将軍自身はいなかったが、部下たちが砦の始末をつけるということだったので、蓮音たちは海遠を牢から回収して町に戻ったのであった。




