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敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される――花姫恋奇譚  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第37話 権力の空白地帯――旧南黄帝国



 蓮音(リェンイン)たち一行はついに神雲(シェンユン)国の国境を越えて、旧南黄(ナンファン)帝国跡地へと足を踏み入れた。


「ここに来ると、あの時のことを思い出すよな……」


 蒼迅(ツァンシュン)が珍しく遠い目で旧南黄の光景を眺めていた。一年半前のこの地での戦いが思い出される。


「にしても、南黄帝国の皇帝は、全くもってせこいヤツだったよなー」


「ですよねぇ、ない物資を他国から調達しようとして、戦線を拡大するなんて、愚かでしかありませんよ。軍師でも何でもない私だってその戦略は破綻しているってわかります」


 北の国境を接していた大昇(ダーシォン)帝国との長年の戦争で、国力が落ちているのにもかかわらず、何を血迷ったのか、南黄帝国は、南の神雲国へ攻め込んだのだ。兵糧や武器、兵士といった物資を得ようとしたのだ。


 だが、蓮音率いる彩華(ツァイファ)国軍が援軍に来たことで、すべてが瓦解し、滅亡の時を早めただけになってしまった。


「にしても、あの時の姫様はカッコよかったです! あのにっくき皇帝をよくぞ討ってくださいました! 胸がすく思いでしたよ!」


 万梅(ワンメイ)にしてみると、旧南黄帝国最後の皇帝は、祖国を滅亡に導いた暗君にして暴君でしかない。


「だけど、中途半端なままここを離れないといけなかったのは、残念だったわ。そのせいで、この国はここまで荒れてしまったようなものだから……」


「でも、それは姫さんのせいじゃねえ。大昇帝国が全部悪い!」


 蓮音たちは南黄皇帝軍を追撃し、自ら南黄最後の皇帝を討ち取ったのだ。


 だが、大昇帝国軍進軍の急報を受け、神雲・彩華連合軍は、前面衝突を避けるべく、南黄から速やかに兵を引いたのだ。


 大昇帝国軍は進軍したが、荒廃しきったこの地を得る利益はないと判断し、何もせずに撤兵してしまった。


 それ以来、南黄帝国の跡地は、権力の空白地帯となってしまった。


「盗賊の考えそうなことだよね。強力な軍隊や警察機構のない場所でやりたい放題とは。昨日の盗賊団のように、周辺国の国境を侵し、略奪を働いたとしてもここに逃げ込んでさえしまえば簡単には追われないからね」


「さすがは元、海賊。説得力がありますねー」


 盗賊団も最初は単独で動いていた。そのうちに、大昇帝国が秘密裏に盗賊団を支援するようになったのだ。彼らの盗品を高く買い取り、武器を与え、情報を流す。いつの間にか盗賊団は一つの大規模な組織となっていた。


 そのような状況の中で、旧南黄の再建に最初に手を付けたのが剣護(ジェンフー)であった。


「だけど、開国の魔王がここに目を付けているとは、意外でした」


「そう? わたしはそうでもないと思うけど。だって、ここは元々豊かな穀倉地帯だったから。わたしが開国の主だったら、やっぱりここを欲しいと思うけどな」


 旧南黄の西側、開国に隣接する地域は、蓮音と出会った思い出の場所である。


 幼い彼女が必死に立て直そうとした村々を見捨てたくなかったのだ。豪毅(ハオイー)の軍を派兵し、西側の盗賊を一掃、村々の整備も行った。


 その次の段階として、神雲国へとつながる街道沿いの支配を進めていた。そんな折に、蓮音と皇帝の結婚話が舞い込んできたのだ。


  ◇  ◇  ◇


 蓮音たちは情報収集を兼ねて、国境付近にある中規模な町に向かった。一年半前にも来たことのある町だった。


 あの時よりもさらにさびれてしまったようではあったが、この町の長は、蓮音たちのことをよく覚えていて、快く迎え入れてくれた。


「町長殿、ここ最近の南黄の様子をわかる範囲で教えていただけませんか?」


 彼によると、ここは神雲国が近いので、生活は北に比べるとかなりましらしい。


「今、一番困っていることは、町を越えての婚姻ができなくなってしまったことだでしょうか……」


 というのも、盗賊たちが花嫁行列を襲い、花嫁を攫ってしまうからだ。攫われた花嫁たちは大昇帝国に送られているに違いない。


「うちの孫娘も年ごろでして、隣町に住む青年と結婚も決まってはいるのですが、盗賊団対策に花嫁行列の護衛を募集しても、なかなか人が集まりませんで……」


 話を聞いていて、蒼迅はものすごく悪い予感がしていた。


「わたしたちで何とかできないかな? 例えば、身代わりを立てて盗賊が襲ってきたところを一網打尽に捕まえるとか?」


(ほーら、きた。嫌な予感的中だ。そんでもって、俺が反対してもどうせあいつが「娘々、その案最高だ!」とかって後押しすんだろう?)


「身代わりって、もしかしてあなたがなろうと思っている? そうならば僕は反対だ」


 蒼迅の予想とは異なり、珍しく、正面切って剣護が反対してきた。


「あなたはすぐに自分を犠牲にしてでも人を助けたがる。あなたが他人のために花嫁衣裳を着ることに協力することはできない」


 そう剣護に言われて、蓮音はちょっと驚いた。今まで何でも助けて、協力してきてくれた剣護に反対されるのは初めてだったからだ。


「前から思ってたんだけどよ、お前、お前を振った女と姫さんを重ねてるんじゃねえだろうな? そいつはどんな女なんだ? 姫さんに似てんのか?」


 ちょうどいい機会だと思い、深く考えずに言いたいことを言う蒼迅に、剣護は露骨に不機嫌な顔を向けた。


「お前は本当に無粋な男だな。あの方は、女神のように気高く、天女のように美しい命の恩人だ。お前のような奴の前で軽々しく語りたくはない」


 よほど癪に障ったのだろう。剣護はそれだけいうと部屋を出て行ってしまった。


 彼が長年想いを寄せている人がいるという話をここ最近はあまり信じていなかったが、あれだけ不機嫌になるということはどうも本当のようだった。


(やっぱり、あいつの想い人は、姫さんのような女だな……)


 「女神のように気高く、天女のように美しい人」と聞いて、蒼迅が真っ先に思い浮かべるのは蓮音だ。


 蓮音は一見するとお姫様とは程遠い印象を与えがちだが、長年側にいる蒼迅の目には、自分とはまるで質の違う、天性の気品、王者の品格を兼ね備えた姫に映っていた。


 炎刃(イェンレン)隊の他のメンバーも蒼迅と同じようなことを考えていた。


 ただ、蓮音だけは「美しいということは、明鈴(ミンリン)みたいな人なのだろうな」と、自分とは異なる、淑やかな女性の姿を思い浮かべていた。


 内心では彼の初恋の人は自分に似ているのではないかとどこかで期待をしていたので、違うんだとわかると、なんだか胸が痛んだ。


(そんなにその人のことが好きなんだったら、わたしにあんまり優しくしないでほしい……)


 これでこの話は終わり、立ち消えかという空気が流れる。その空気を打ち破ったのは、意外にも万梅(ワンメイ)だった。


「それ、やりましょう。身代わり作戦。私が花嫁役をやります」


「えっ、いいの? 万梅ちゃん、好きな男のためってわけでもなく花嫁衣裳を着ることになっても?」


 剣護ではないが、自称色男の海遠(ハイユェン)が、万梅の女心を慮って心配する。


「私は姫様に拾ってもらえなければ、今頃どうなっていたかわかりません。そんな私にしてみれば、花嫁衣装は夢のまた夢の存在ですよ。今回ぐらい、この私に花を持たせてください」


「何を言っているの! 万梅だってとても愛らしい女の子ですわ。花嫁衣装が夢のまた夢だなんて言わないで!」


 明鈴が声を上げると、それに海遠がうんうんと頷き同意する。だが、万梅も譲らなかった。


「それとも、花嫁役は姫様や明鈴様のような美人じゃないとダメですか?」


 万梅の決意に満ちた言葉を聞いてしまった今、やめようなどと蓮音には言えなかった。


「万梅、ありがとう。やりましょう。わたしと香隠(シァンイン)が侍女役としてあなたに付き添うから。盗賊団は獅子将軍も追っているでしょうから、盗賊団と遭遇したならばきっと協力してくれるはず。町長のお孫さんには申し訳ないけれども、花嫁行列自体は隣町に着くまで我慢してもらいましょう。蒼迅とガクで安全に隣町まで送っていってあげて」


 ということで、明日は急遽、万梅の嫁入りということになった。


 明鈴は「わたくしが最高の花嫁に仕上げますわ。お任せください」と気合を入れている。


 蓮音たちも、明日に備えて追跡魔法の準備や魔法通信器具の確認などを行った。


 夕食の時間になっても、どこに行ってしまったのか、剣護は蓮音たちの前に姿を現さなかった。


 蓮音は剣護に会うのが少し気まずいと感じながらも、もしこのまま二度と会えなくなってしまったらどうしようと思うと胸が締め付けられるようだった。

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