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漆黒の魔王は紅き花姫を愛でる~敵国皇帝の后になりたくない鬼姫は、魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第3話 旅の始まり

 城門を出た一行は、兵や親衛隊員たちの見送りを受け、街道を北上していた。炎刃隊の面々はみな同行を希望したが、残って国を守ってほしいという蓮音(リェンイン)の願いを聞き入れて数名の幹部を除き彩華国に残ることとなった。


 彩華国内は主要な街をつなぐ街道が整備されている。彩華国の名の通り、街道沿いには季節の花々が植えられていて、行きかう人々の目を楽しませてくれるだけでなく、一定間隔で休憩できる場所や宿場町もあった。また瘴気や邪気が溜まりやすく魔物が生じやすい場所では、巡回の兵士や冒険者たちによって魔物の掃討も頻繁に行われていた。彩華国内では快適に旅ができるのだ。


 問題は国境を越えた後だ。大昇帝国に行くまでには神雲国と南黄帝国跡地を通らなければならない。


 神雲国は同盟国ではあるが、領内にはまだ戦争の余波が残っていて、人心も落ち着かず、旧南黄帝国跡地を根城とする盗賊の襲撃などが頻発している。さらに南黄帝国滅亡後の空白地帯は邪気に侵食され、凶悪な魔物が多数跋扈(ばっこ)しているため、村や町は孤立状態で、いまだに国としての体裁が整えられていない。それをいいことにどこからともなく集まってきた盗賊たちの巣窟となってしまっているのだ。


 次、いつこの街道を通れるのかはわからない。蓮音は馬車の窓を全開にして、夏の名残の漂う風を頬に感じながら、山紫水明の名高い彩華国の優麗な風景を味わった。


「にしても、姫さん、どうして仮面を外したんだ? 人質を連れて国に戻ってくるつもりだったら、今まで通り面が割れねえほうがよかったんじゃねえか?」


 炎刃隊の隊長である蒼迅(ツァンシュン)が話しかけてきた。雷属性持ちの蒼迅は彩華国でも屈指の槍使いで、「雷雲を呼ぶ猛獣」の異名で知られていた。蓮音や現彩華国王であり蓮音のいとこである珠 伯栄(ヂュ ブォロン)とは十年来の幼馴染でもあった。


 最初に彼を庇護し、その才能を見抜き、娘の護衛にしたのは蓮音の父親だった。彼自身は孤児である自分の出自を気にして姫に抱いていた淡い恋心は封印していたが、周囲の者は、姫の相手はこの蒼迅か、国王の伯栄のどちらかだろうと思っていた。よく仲間には目つきが悪いなどとからかわれたが、稲妻を思わせる橙色の髪を短く切り、日焼けした肌の精悍な青年だった。


「わたしとしては覚悟? を見せたかったというか……あとは、敵を油断させる作戦?」


 蓮音の返答に、姜 明鈴(ジャン ミンリン)がすかさず補足する。


「あの場には、群衆に混ざって帝国の間者もいたでしょう。人質の安全のためにも、姫様が帝国に嫁ぐ意志があることを伝える必要があるのですわ。一度お姿を公にした後では、他の者が姫様の代わりを務めることはできなくなりますので。かといって、喜んで嫁ぐわけではないのだということも示しておく必要があります」


 明鈴は紫色の長髪と瞳が印象的な美女だった。幸薄そうな美貌に目をつけられ、当時彩華国と対立していた衛国の丞相の養女となった。宮廷の礼儀作法や学問や淑女の嗜みをしっかりと叩き込まれたうえで伯栄の妃となり間者の役割を期待されて彩華国に送り込まれた。それに失敗した今では蓮音の侍女として、淑女のよき手本となっている。と言いたいところだが、天真爛漫、豪放磊落でお姫様とは程遠い性格の蓮音の淑女教育は実際にはまるで進んでいない。


「さすがは、明鈴ちゃん、頼りになるねぇ。ボクはさらに惚れちゃいそうだよ」


 海遠(ハイユェン)が目配せをしながらいつものように茶化す。彼は水属性持ちの元海賊で、飛び道具による攻撃を得意としていた。瑠璃色の長い髪を低い位置で一つに束ね、やたらと宝石を身に着けている自称色男の彼は、事あるごとに肌を露出しては老若男女問わずに口説く悪癖がある。


「ふざけないでくださいませ! この先、みなで無事にこちらに戻れるのか、まだわからないのですから。もう少し緊張感を持ってくださいませ!」


 明鈴は少し赤面しながらも海遠を戒めた。


「そうだぞ。お前たち男どもは覚悟が足りんのだ。姫姉様(ひめねえさま)、こいつら腑抜(ふぬ)けは役に立たないかもしれないが、わたしがこの命に代えてもお守りしますので、ご安心を」


 副隊長の香隠(シァンイン)は、白い肌と白銀の瞳が美しい「凍てつく刃」の異名をもつ氷属性持ちの女性で、一撃必殺の剣術に長けていた。暗殺を稼業としていた香隠は、蓮音たちの暗殺を依頼され、彼女と刃を交えた際にその技と人柄に惚れこみ炎刃隊の一員となった。今では同い年の蓮音を姉と慕い、絶対の忠誠を誓っている。


「香隠、大げさなんだから。というか、いつも言っているけれどもすぐに命に代えてもとか言わないの。ちゃんと自分を大切にしないとだめだからね」

「悪いやつ、ガクが、全部、たおす。蓮音、ガクが、守る」

「ガクもありがとう。頼りになる仲間がいるから、まあ、きっとなんとかなるでしょう」


 ガクはオオカミ獣人で人買いにつかまり見世物にされていたところを蓮音に保護された、この中ではおそらく一番若い少年だ。もふもふの耳としっぽは蓮音たち女性陣のお気に入りだ。蓮音は笑いながら、本当に何も心配していない様子でガクの言葉に返答した。


「確かに、大昇帝国は人の移動の統制が厳しく、自由に立ち入ることのできない国です。かの国の魔道具研究は大陸でも屈指と聞きます。この際だから、いろいろ見聞してですね……」


 大陸の西側出身で魔術や錬金術、魔道具の開発を得意とするエリックが少し興奮気味に話す。彼は、1000年以上前に大陸の中央で栄えたとされる古代魔法王国時代の遺物を探索中に行き倒れとなっていたところを蓮音に救われ、以来、彼女のもとで魔術研究や魔道具開発に励んでいる。


「こいつを護衛として連れてきたのは誰だ。貴様、自分のことしか考えてないではないか!」


 香隠が氷のように鋭い目つきを向ける。


「ひぃぃ! そ、そんなことはないですよ。いざとなったら、私の転移魔法で後宮から脱出もできますし」

「エリック様、もしかして知らないのですか? 後宮には男は入れませんよ。もっとも、エリック様の大事なモノをぶった切れば不可能ではないですが」


 万梅(ワンメイ)が真顔で冷静に突っ込む。彼女は旧南黄帝国の裕福な商家の出だったが、戦乱の混乱の最中人買いに連れ去られたあげく、南黄帝国の王都にあった妓楼に売られてしまった。客を取る前に花街もろとも国そのものがなくなってしまったため自身の貞操は守れたのだが、男女の営みにはやたらと詳しい。


「では、大昇に到着するまでに、性別を変える術式……、それは難しいか。となると、見えなくする魔法の術式のほうが現実的か。幻影魔法を応用すれば……」

「まぁ、美しい女性たちだけを危険な目に合わせるわけにはいかないからね。そういうことならば、ボクも一肌脱ぐよ! ねっ、蒼迅」


 そういって、海遠は着ているものをずらして肩から胸をあらわにすると、明鈴は赤面した顔を半分手で覆いながら、「はしたないですわ! 破廉恥ですわ」と若干嬉しそうに騒ぎ立てた。


 一方で蒼迅が表情を変えずに「あー、香隠、こいつのアソコ、ぶった切っていいから」と言い放つと、香隠は、「お前たち、本当に死にたいのか! ふざけすぎだ!」と激怒した。


「あはははははっ。もう、おなか痛いってば!」


 一連のやり取りに蓮音は思わず笑い転げる。人生の大きな岐路に立たされているというのに、いつもと変わらない仲間のやり取りをみていると、なんだかほっとする蓮音であった。

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