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花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第2話 彩華国名物の鬼姫の正体

 鬼姫として戦場を駆けまわり、大陸東側諸国を震撼させている蓮音(リェンイン)ではあるが、五か国同盟、特に彼女の母国である彩華(ツァイファ)国では、絶大な人気を誇っていた。それは、華陽(ファヤン)の都に立ち並ぶ店からも、伺うことができた。


 というのも多くの店が宣伝に「姫様御用達」「蓮音姫が絶賛した品」「鬼姫の御愛用品」と、彼女の名前を利用していたからだ。どこもかしこも鬼姫のお気に入りとなると、もはや宣伝の意味をなさないではないか。鬼姫の名が躍る看板を目にした剣護(ジェンフー)は苦笑した。


 剣護は、戦場で鬼姫を遠目に見たことがある。


 彼女らしき人物と言った方が正確かもしれない。なんせ、鬼姫や彼女の親衛隊・炎刃(イェンレン)隊は皆、似たような恰好をしているので、誰が誰なのか見分けるのは困難なのだ。もっとも、それも鬼姫の戦略なのだろうが。


 五か国同盟以外の人間は、彼女の見た目にばかり囚われて、”鬼姫”は恐ろしいというが、真に恐ろしいのは、彼女の圧倒的な戦の才のほうだろう。剣護は、直感で、鬼姫は話せば通じる人物だと感じていた。だからこそ、鬼姫と皇帝の婚姻に解せない部分があるとも言えた。


(本当に、開国を潰すことが、婚姻の目的なのだろうか……)


 明るく華やかな華陽の街だが、今日はいつもと様子が違う。彩華国唯一の姫の婚儀という慶事にもかかわらず、どことなく空気が重く、街全体が殺気立ってさえもいた。


 剣護は、「初花茶屋」の看板に、「鬼姫様ご考案のお茶請けあります」との宣伝文句を掲げていた一軒の茶屋に足を踏み入れた。暑い夏に爽やかな、果実の香りを漂わせる鉄観音茶と、その風味を引き立てる果凍菓子(ゼリー)――キンモクセイの花を散らした涼し気な水晶桂花糕(グィファガオ)がこの店の売りらしい。


 夏の昼下がりに、暑さを避けて集まった人々の憩いの場となっているこの茶屋では、姫の結婚を嘆く声が聞こえてきた。


「絶対に許さない、あの男、あたしらの姫様を人質にする気!」

「クソ皇帝も帝国も敵だ! あんなやつら全員やっちまえはいいんだ!」


 街の声を聞く限りでは、姫と皇帝の婚儀は大昇(ダーシォン)帝国側からの申し出のようだ。


「……でも、この国の姫君は、容姿が、ほら、あれだろ? まぁ、その辺を考えたら、美丈夫として知られる皇帝との婚姻は悪い話じゃないんじゃないかな?」


 剣護は、熱い鉄観音茶を一口口にすると、茶屋で偶然居合わせた客たちに対して、あえて挑発するような発言を投げかけてみた。


「お前、自分が顔がいいからって、調子にのるな!」

「俺らが今の暮らしをできているのは、全部姫様のおかげ。お前のような生まれつき勝ち組のぼっちゃんにはわからないだろうが!」

「姫様は、まさに鬼神! 炎の精霊の加護を受けた、この国の守り神なのよ!」

「へぇ、そうなのかい? 確かに、『業火の鬼姫』だったかな? 彼女は戦場を徹底的に焼き尽くすから、敵の骨一つも残らないらしいからね。話を聞くだけでも恐ろしい」


 剣護は全く恐ろしいとは思っていなさそうな余裕の笑みを浮かべながら、両手を上げると肩をすくめて見せた。


「そう、わたしらの姫様は敵も恐れをなす、強くてかっこいい鬼姫なのよ!」


 鬼姫は、彩華国では老若男女問わず人気で、誰しもが口をそろえて彼女を誇らしげに褒め称え、世に伝わるあの容姿に関してでさえも悪く言うものはいない。


 それにしても、恐ろしい容貌の鬼姫が二枚目の皇帝と結婚? しかも、それを希望しているのが皇帝の方だと? 一般的な感覚ではありえない状況なのだ。


 納得できない点はもう一つある。帝国からの婚儀の申し出を、彩華国が受け入れたことである。


「だけど、鬼姫が後宮で飼い殺しとはな。鬼も所詮は女だったってことかな?」


 さらにあおり立てるような剣護に、茶屋の客たちも黙ってはいない。


「蓮音姫は私たちの国を、同盟国を守るために、きっと泣く泣く苦渋の決断をしたのよ!」

「われらが鬼姫様にはお考えがあるんだ。相手の懐に忍び込んで寝首をかくつもりかもしれん! そうに違いない!」


 茶屋の客たちは思っていることを好き勝手に語りだした。


 正直なところ、剣護は、蓮音姫のことをさほど脅威だとは考えてはいなかった。確かに彼女は、”鬼”などと言われてはいるが、所詮は人間の女だ。名実ともに本物の魔王である剣護の相手ではない。もし開国にとって害になるのであれば、その時点で自分が潰すのは造作もないことだ。


 ただ、自分が鬼姫を殺したとなると、五か国同盟は黙ってはいないだろう。同盟国を恐れているわけではないが、そうなるのは少々厄介ではある。殺すのは簡単だが、その後のことまで考えると交渉で何とかするほうが賢い。


 剣護は、姫の婚礼行列に潜り込み、まずは鬼姫から、直接その真意を探ろうと考えた。


 剣護は、世を震撼させる残虐非道な魔王と言われているが、その実態は実に理性的な男だった。


 ◇ ◇ ◇


 ついに蓮音が華陽を立つ日がやってきた。王城から城門まで続く一本道の大通りは、一目姫の婚礼行列を見ようとする人々でごった返していた。人々は、行列の先頭が目に入ると、「蓮音姫様!」「鬼姫様!」と、彼らの愛すべき姫の名を口々に叫ぶ。


 行列は、彩華国が誇る四家の将軍が率いる軍の精鋭騎馬隊が先導し、姫が乗っている馬車の周りは姫の親衛隊である炎刃隊が固めた。炎刃隊は、100人ほどから成る鬼姫直属の特殊部隊で、皆が姫と似た面、被り物、マントを羽織っていた。姫が軍馬に跨るのではなく馬車の上に立っていることを除けば、華陽の住人たちがよく目にする出征の光景と同じであった。


 姫自身も花嫁衣裳ではなく、いつもの般若の面をつけ、深紅のマントを纏い、彩華国の軍旗を支えにするように両手で持ち、まっすぐに前を向いて仁王立ちをしていた。それは軍神を思わせる堂々たる姿だった。


 我らが姫様は、敵に屈した結果、しおらしく嫁ぐのではない。我らを、この国を守るためにいつものように戦に赴くのだ。姫の姿を目にした人々は、彼女の威光に気分が高揚し、心が燃え立つようだった。


 城門の前まで来たところで行列は止まった。


 蓮音はゆっくりと後ろを振り返り、押し寄せた群衆に目をやった。群衆は固唾を飲んで姫の挙動を見守り、今までとは一転してあたりは一瞬の静寂に包まれた。


 蓮音はゆっくりと面に手をやり、それを口元から少しずらすと、澄んでよく響く、清らかだが迫力に満ちた声で歌を歌いだした。その場にいた者は、静と動・正反対の活力(エネルギー)を秘めた彼女の声に胸を撃ち抜かれたようになった。


「音のない世界の訪れ 星々は眠りにつく

闇は終わりにあらず 次の光を生む場所

地平線から昇る陽は 炎のゆらめき

大地は目覚め 新たな命が芽吹く

風の波にふれて 夢のように心は踊る

たゆたう水の流れは 運命をいざなう

大いなる祈りを捧げん 私の願い

巡る森羅万象よ この地を守り給え 永遠に」


 戦場で、蓮音がよく歌う鎮魂と、命の循環を願う歌だ。


 歌い終わると蓮音は軽く微笑み、面と被り物を完全に外し、心を込めて丁寧に会釈をした。


 微動だにせず、蓮音の歌に耳を傾けていた群衆からは、驚嘆のため息が漏れ、どよめきの渦となった。


 少し癖のある、燃え盛る炎のように輝く紅い髪、その紅と対比をなすかのような白く透き通った肌。すべてを包み込んでしまう慈愛の色を宿した翡翠色の大きな瞳、上品でふっくらとした艶やかな唇、ほんのりと上気した薄紅色の頬。


 一笑千金とはまさにこの姫のことを言うのだろう。そこにいる姫はあの「呪いの姿絵」とは似ても似つかない、花のように可憐で愛嬌のある姿だった。


「ああ、ああ……ようやく、見つけた。やっと会えた、あなたに!」


 剣護は思わず声を漏らした。目の前にいる鬼姫こそ、彼が長年探し求めていた命の恩人であり、出会って以来、恋い慕っていた、あの森で出会った少女だったのだ。


「全軍、前進!」


 蓮音は決意を込めた声で高らかに宣言すると、手にした旗を天に掲げた。辺りからは怒涛のような歓声が巻き起こった。


(行ってきます。そして、必ずや戻ってきます)


 心の中でそう誓った蓮音は大歓声を背に受け、決して振り返ることなく、前だけを見据えてゆっくりと歩を進めた。

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