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花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第1話 姫君の結婚

「主殿、彩華(ツァイファ)国からの火急の知らせです。かの国の第一王女・|珠 蓮音(リェンイン)《ヂュ リェンイン》、あの鬼姫が、大昇(ダーシォン)帝国の皇帝・|高 昇昊(シォンハオ)《ガオ シォンハオ》に嫁ぐとの由です!」


 ここは、その東側国境を大昇帝国に接する(カイ)国の都――国際都市の様相を呈する貴蓉(グゥイロン)――その城にある執務室。


 極彩色の陶磁器の数々、瑠璃色の硝子で作られた脚付の杯、螺鈿が施された蒔絵の硯箱…………。そこには、古今東西の珍しい調度品が、その主の権勢を示すかのように飾られていた。


 そこに影のごとく現れた、いかにも”間者”といった風貌の男が告げる。


 男は流れるような銀髪に紺色の瞳をしていて、知る人がみれば一目で”銀狐族”の名で呼ばれている獣人であることがわかる。


「なんだと!? 影月(インユェ)、それは(まこと)か?」


 その報告に、赤茶けた獅子の(たてがみ)を思わせる髪をした男が飛び上がって驚く。こちらは”金獅子族”の獣人だ。


「その通りだ、豪毅(ハオイー)。これがどういう事態か、ここの弱い貴様でもすぐに理解できたようだな」


 影月は自分の頭をツンツンと指しながら豪毅を揶揄(からか)いつつ、再び主殿と呼ぶ男の方に視線を向けると、彼が今もたらした報に関して、話しを続けた。


「彩華国の都はもっぱらこの話で持ち切りのようです。我が国にとってもこの二国が強固な関係を結ぶことは捨て置けない事態と思い、取り急ぎ報告に参った次第です。主殿、いかがいたしましょう」


「うむ……」


 影月に、”主”と呼ばれていた男が人差し指を頬に軽く当てて反応する。


 漆黒の長い髪を無造作に垂らし、彫刻のように整った鼻筋とひときわ目立つ切れ長の鋭い紅い瞳が印象的な男は、ひじ掛けに手を戻すと、何事もなかったかのように組んでいた長い足を組み替えた。


「帝国は我ら開にとっては、仇敵だ! なんせ、あやつら、開王国を滅ぼし、宮女たちを帝国に連れて行こうとしたのだぞ! あっ、英姫(インヂェン)殿、嫌な記憶を思い出させてしまい、申し訳ない」


 豪毅は鬣のような髪を振り乱して怒りをぶつけた後で、優雅な手つきで茶を注いでいた美女を思いやるように詫びを入れた。


「将軍、そのようなお気遣い不要ですわ。帝国によって開王国の王族が皆殺しにされたことは忘れがたいですが、私はこうして生きておりますもの。それもすべて、私たちをお救い下さった主殿のお陰ですわ」


 美女はしなやかな手を胸に当てると、穏やかな笑みを湛えながら、主と呼ばれている男に愛しそうな眼差しを向けた。


「そうですな! さすがは我らが主殿! ですが、英姫殿、あの軍にはこの豪毅もいたこともお忘れなく!」


 得意気に語る豪毅に向かって、美女は微笑みかけた。


 帝国は過去に一度、ここに攻めてきたことがあるのだ。ここがまだ、開王国と呼ばれていた時代に。


 その際に帝国軍を殲滅(せんめつ)し、開を帝国の支配から解放したのが、今のこの国の新しい()なのだ。


 彼こそ、漆黒の髪の魔王・黒 煙虎(ヘイ イェンフー)の名で世に恐れられている、|紅 剣護(ジェンフー)《ホン ジェンフー》だった。


 数少ない強国同士である大昇帝国と彩華国が手を携える――つまりは、三つのうちの二つが合わさる――ようなことになれば、開国にとってはその一事をもってしても重大な脅威となる。


「まさか彩華の鬼姫と大昇の皇帝が婚姻を結ぶとは、あり得ん。まったくもって想定外すぎる。だって、あの鬼姫だぞ。いろいろな意味であり得ないだろう……!」


 獅子将軍の名で世に知られている豪毅は、やたら「鬼姫」を連呼する。 


 鬼姫こと、彩華国の王女・蓮音(リェンイン)姫は、火刑執行人、弑逆の凶姫(きょうき)など、あまりにも物騒な二つ名を多数持つことで知られていた。


 彼女の二つ名を聞けば、その人が優美・優雅な深窓の姫君でないと簡単に察することができた。


 般若の面を付け、紅い髪を獅子の(たてがみ)のように逆立て、幾千万もの敵の血で染めあげられたと思われる古びたマントをなびかせ、戦場を疾走する姿は多くの敵を恐怖させる、まさに”鬼”であった。


 極めつけは世に出回っている彼女の「呪いの美人画」である。


 こけた頬に血色のない顔色、ぎょろっと見開いた目の下には黒々とした大きなクマが深く刻まれ、口は耳まで避け……と絵に描いたような――実際に描かれた絵ではあるのだが――不気味な容貌なのだ。


 一度目にしてしまうと三日は悪夢にうなされると噂さえる(おぞ)ましい姿の鬼姫、それが蓮音(リェンイン)姫なのである。


 豪毅の、いや極普通の一般人の美的感覚から見ても、例え政略結婚であったとしてもご遠慮願いたい風貌なのだ。


「主殿、この婚姻の背景にあるのは、おそらく我が国への脅威と憎悪かと。そうであれば、我々としては、この婚姻をなんとしてでも潰すべきかと存じます」


 両国は、魔王が治めるこの国を恐れ、そして魔族や亜人の住む国として侮蔑している。だから、まずは開国を潰すために手を組む道を選んだのではないかと、影月は踏んだのだ。


 確かに、豪毅や影月が言うように、両国がこのような形でつながりを持つのは、新婦が醜い鬼姫であるという事実以外の点においても、実際のところ考えにくかった。


 というのも、そもそも両国は何もかもが真逆の国なのだ。


 その上、彩華国が主導する五か国同盟に対して、帝国が常に戦争を仕掛けていたため、良好な関係にあるとは言い難かったからだ。


 大昇帝国は、建国して日が浅い新興国でありながら、質実剛健を気風とした身分を重んじる保守的な軍事国家だ。


 対する彩華国は、大陸の東側では最も古くからある伝統国であり、形式的な身分制は保持されているものの、風光明媚な土地柄もあってか文化的で自由な気質の国であった。


 帝国が大陸の東部統一を目論見、南下した際に、いち早く危険を察知した彩華国は、周辺国に呼び掛けて五か国同盟を結成した。


 帝国はこの同盟によって大陸東部の統一という野望を阻止され、それ以来、一貫して対立状態が続いているのだ。


 「大昇帝国憎し」と言う点では、むしろ開国と彩華国こそ同盟に相応しい。


 地理的に見ても、帝国を南と西から挟み撃ちにすることで、その力を削ぐことができるという利点があり、この先も帝国と対峙する際の戦略にも幅を持たせることができるようになる。


 だが、残念なことに、現在、両国の間には全くと言っていいほど交流、外交関係がない。


 その上、彩華国と開国の間には大きな問題がある。


 この開国の支配者が悪名高い魔王であり、その配下には豪毅や影月に代表されるような魔族や亜人が数多くいる、今まで大陸の東側にはなかった()()()()であるということだった。


 いくら自由を(たっと)ぶ彩華国だとしても開国のような異質な国との同盟を望むだろうか。仮に彩華国が了承したとして、他の同盟国はどう出るのだろうか。非常に難しい問題であった。


 これらの事情を踏まえて、彩華国の真意を探るべく、魔王自らが彩華国の都である華陽(ファヤン)を訪れることになったのだった。


  ◇  ◇  ◇


 魔王の剣護(ジェンフー)は、彩華国の都・華陽の城下をぶらついていた。


 彼が他国の街を訪れる際には、魔王の象徴として知られる漆黒の髪と普段は仮面で隠している紅い瞳を栗皮色に変え、魔力を極限まで封印して17、8歳の少年を装っていた。


 長い髪を頭上で束ね、銀の冠を付け、上質な絹の袍を羽織った姿はどこかの若公子のようで、これが魔王だと思うものはまずいなかった。


 整った顔立ちの美しさは相変わらずで、道行く女性たちは彼の姿をみては振り返り、うっとりとした表情を浮かべていた。


 敵情視察というのは部下の手前の名目に過ぎず、単なる気晴らしに過ぎなかった。


 というのも、彼はこの街が意外と気に入っているのだ。


 王都の華陽は、同盟国の中心都市でもあり外に開けた街であったため、旅人や行商人、戦争から逃れてきた流民も多く、雑多な雰囲気ながらいつも活気に満ちていた。


 その点は、開国の都・貴蓉に通じるものがあった。


 それもそのはず。開王国と彩華国は、大昇帝国が大陸東部に嵐を巻き起こす以前は、非常に近しい関係にあったのだから。


「さてと、市場にでも行ってみるか」


 美しい貴公子のような姿をした魔王は、華陽の街を、まるで自身の庭のように悠然と歩くのだった。

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