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83.崎谷薫は隠さない

「うんうんうん、スタイルも抜群だし何より美人さん! 見てコレ、もうすっごい、こんなキレイな人いないわ! すっごいホント、もう腹立つくらい美人! なんなのこれチクショオオオーッ」

「むっ むぐぅっ」


 店長は無遠慮に薫をベタベタと触っては、感嘆したり(いきどお)ったりする。


 リオとマーサに視線で助けを求めたが、彼女たちは「この人は止められない」という素振りを返すのみだ。


「おねーさんが……男の子にウザ絡みしてる時……多分こんな感じ」

「……! ……。」


 言い返そうにも、心当たりがありすぎる。


(そうだな、ああそうだとも。確かにユウくんに触れてる時ってこんな感じだと思う。言われなくても分かってるよッ)


「ぜひウチに欲しいわぁ~、そうだ! ここで働いてくれたら今日の飲み代タダにしてあげる!」

「む……」

「迷ってるようね」


 店長がパチンと指を鳴らす。すると複数のボーイが駆け出し、大量の酒と食べ物を運んできた。


「さぁあなた達、やっておしまい!」


 その声を合図に、グラスと皿がカオルたちのいるテーブルに並んでいく。つまりは追加注文だ。

 これを食え、飲めと、リオとマーサに追加のオーダーが入った。


「うーん、せっかくだから(もら)っとくね」

「いただきまーす……」


 カオルに対しての遠慮などなく、2人は手をつけた。


「あっ、テメっ」

「あ〜らあらあら、食べちゃったわねえ〜。全部でいくらかしらねえ〜、飲み代いくらなのかしらねえ〜」

「くっ……」


 たかが〈一日分の飲み代〉と〈入店〉など、本来ならまるで比較にならない交換条件だ。


 だが忘れてはならない、潜入にあたっての費用は全て借金だ。厳密に言えば帳簿につかない裏金もあるが、それがオウミにバレればどうなるか分かったものではない。金を使わないに越したことはないのだ。それに、入店すれば店の裏側を知ることだってできる。


 しかし。


「裏があるねッ!」


 ()しが強すぎる。焦りすら感じる。


 崎谷薫は考える。

 さっきリオが席を外したのは、店長に私のことを伝えに行ったんだろう。「サキュバスがいる」と。


 確かにそんなやつが店にいれば商売繁盛間違いなしだ。だが、そんな与太話をこうも簡単に信じるものか? 今日初めて店に来た女が、いきなりそんなことを言ったとして信じるか?

 角や尻尾を見せはしたが、様々な種の獣人がいるこの世界では、それだけではサキュバスたる証拠にはならない。


 この店長は何かを知っている、あるいは知らされている。だからこそ、これほどまでに熱く私を勧誘するのだ。それも「店のため」以外の目的を持って……。


 薫が何も答えずに店長を()めつけていた時、不意に(あや)しげな音楽が流れ始め、照明も色を変えていった。


「あら、もうそんな時間?」

(なんだ?)


 冷静になっていく薫に同調するように、他の客も静かになっていく。だが、同じではない。


 音楽の中に、生唾を飲む音が混ざる。浮足立つ者、神妙になる者、反応は様々だ。


 その静けさは、妙な生臭さを孕んでいた。


「なるほど、そういう時間か」


 見渡せば、客とキャストの距離が先程より近くなっている。


 無意識に人間界でのキャバクラと同じ形態を想像していたが、どうやらそうではないらしい。体を触るのはご法度(はっと)かと思いきや、ガッツリいっている。さらに客たちの何組かは、キャストを連れて奥の部屋へと消えていった。


(まあ、そんな店だってあるよな)


 少しばかり身震いしたが、この世界で許されているのであれば自分が口をはさもうとは思わない。それよりも、薫の関心は別のところにあった。


(この音楽……音の発生源が分からない。店の四隅(よすみ)から聞こえてるみたいだ。うまく反響するように店を作ったか? 1階の方に奏者がいるのか? いや、この音はまるでデジタルだ。それにあのシャンデリアも、電灯みたいに色が変わった)


 席を立ち、2階の(ふち)から身を乗り出して下をのぞく。感じた通り、バンドなどが演奏しているわけではなかった。


「どっかにスピーカーでも置いてんのか…………ん?」


 1階を見ていると、何やら様子がおかしい一角に気づいた。客の一人が女の子の手を強く引いてどこかへ行こうとし、女の子は必死にそれを拒否していた。


 口をはさむつもりはないと思った矢先であったが、無理やりとなれば話は別だ。同じ女としても、ああいった行為を見過ごす訳にはいかない。


「なあ店長さん、あれはマズイんじゃないの? どう見たって同意してない」

「ああ、あの人ね。私も止めたいんだけど……その、彼はかなりの太客みたいでね。オーナーも見て見ぬふりをするのよ。あの子、最近入ったばっかりなのに可哀想に……」

「ありがちな話だ」


 振り返れば、マーサ、リオ、それに他の人々も、あの男の横暴に苦い顔をしていた。というより、それしかできないでいた。


 本来ならば、薫も彼女らに(なら)い傍観者に徹するべきであり、それが最も安全だ。しかし、内から昇る怒りは無視できず、加えて「自分ならどうにかできる」という意識が薫を突き動かした。


(それに、これはチャンスだ。乗れるだけ乗っからせてもらおう)


 薫はリスクを承知のうえで店長に向き直る。


「店長さん、ここにはああいう大物はよく来る?」

「ええ、かなりね。でも中にはまともな人だっているわ」


 それを聞き、うっすらとほくそ笑む。


「わかった、ここで働いてもいいよ。ただし契約内容はまずこっちで決める、辞める時は私が辞めたいと思った時だ」

「そんな無茶苦茶な」

「ああいう客がいる店で働かせようってんだぜ、それくらい飲んでくれなきゃ困る。飲んでくれるなら、あのオッサンをなんとかしてやってもいい」


 交渉のように持ちかけたが、薫は返答を待たずに駆け出す。


「ちょ、ちょっと! 何かあったらオーナーが黙っちゃいないよ!」

「そのオーナーにも会ってみたいと思ってたとこだ! マーサ、リオ、ふたりも来てくれ!」

「えっ⁉ う、うんっ!」

「……わかった」


 獣人2人を引き連れ、1階へと降りる。まばらだった視線が再び薫へ集まった。


「なあ何度も言わせんなや嬢ちゃん、ワシと一緒に向こうの部屋行こうや、な?」

「いやっ、あの……」

「なんや今、嫌言うたんか?」

「痛ッ」


 件の席では、いかにも悪人顔の男が、最近入ったばかりという未だ垢抜けない娘をしきりに誘っていた。

 大っぴらに振り払うこともできず、ボーイに目で訴えても顔を背けられるばかり。新人には厳しい洗礼に、彼女が絶望していた時。


「お客様、どうかその辺りで」


 店のスタッフとは違う女が割り込んだ。


「ああ⁉ なんやお前は!」

「申し遅れました、私、今度からここで働かせていただくカオルと申します。お客様、新人の子がお好みなら私がお相手いたしますよ? なにせ採用が決まったばかりの()い乙女ですから。初モノですよ初モノ」

「……厳密にはまだ決まってないけど」

「ちょっ、リオ! 今入ったらダメだって!」


 周囲の空気が少し緩む。薫と打ち解けたリオとマーサが自然とツッコミ役を果たしてくれることによって、(ほとばし)る緊張感がエンタメへと昇華された。


 だが、相手方もノッてくれるとは限らない。


「はっ、なにが乙女やメスブタが。お前みたいな男の匂いがプンプンするババァに興味ないわ!」


 よほど酔っているのか、男は薫のジョークを聞き流すどころか掴みかかって脅してきた。


「お前ワシが誰だか分かってモノ言っとんのかおぉ⁉」


 白衣が思い切り引っ張られ、薫と男の顔がグッと迫る。

 綺麗すぎる蒼い瞳に吸い込まれ、男は思わずたじろいだ。


「ひどいこと言いますね、彼氏くらいはいましたが匂いが染みつくってほどじゃないですよ。これでも正真正銘の生娘ですから」

「えっ、彼氏いたことあんの⁉ アレで?」

「絶対ウソ……」

「だよねー、あんなどっちかっつーと童貞みたいなメンタルで……」


 ヒソヒソと独特のアシストを受けながら、薫はまぶたを大きく開け、相手を視界の内に取り込んでいく。

 互いの虹彩が交じり合った。こうなれば薫の独擅場だが、彼女は能力を使う素振りを見せなかった。この店の関係者が何らかの目的を持ってサキュバスを探している以上、あまり手の内を晒したくはなかったのだ。


「……なにが初モノや、ここでキズモノにしたってもええんやぞ」


 薫が何もしなかったため「これは押し切れる」と踏んだのか、男は一転、血相を変えて(すご)んだ。


 しかし当然、相手がいくら(わめ)こうと崎谷薫にそれは通じない。この程度の修羅場など、物の数には入らない。


(このオッサン、上手いこと言うなぁ。さーて、どうしよっかな)


「なんとか言わんかいコラッ」


 考えているうちに、男が薫の白衣を引っ張った。さほど力は強くなかったものの、油断していたために、服が大きくはだけていく。


「やべっ」


 無機質な白衣の下から、生物的な色を持った白い肌が現れる。

 乱暴に()がされたにも関わらず、その光景はどこか美しさすらあった。


(しょーがない、ここは!)


 薫はさも「今コイツに脱がされました」という風に、残った服を自ら取り去った。


 ホールが息を呑む。暴力ではなくその柔肌に。


(一時期『龍が如く』にハマって早脱ぎの練習してたことがあったが、まさかこんな形で役立つとはな。あのゲームでは入れ(ずみ)見せてたけど……私はこっちだ!)


 若い頃の記憶を振り返りつつ、角と翼を見せつけるように開放する。


「服着たままだと破れちゃうからね。ユウくんがこの場にいたらブラも取っちゃってたとこだが……」


 透き通る肌に釘付けになっていた観衆たちは、己の驚愕を認識する間もなくその異質に囚われた。


「リオ、マーサ!」


 形態を変えたと同時に、後ろの二人へ呼びかける。唐突すぎて二人とも何をして良いか分かっていなかったが、薫の姿を見て咄嗟(とっさ)に獣化する。


(そうそう、それでいいんだよ)


 能力を使おうというわけではない、だが生身でいるほどのリスクは取れない。そのための変身。


 それに、今この場においてサキュバスの姿は異質そのものだが、あの二人が獣化してくれれば、自分も単なる獣人の一人として溶け込むことができる、薫はそう考えていたのだ。


 あれは何の獣人だという疑問が湧き始める前に、薫は行動を開始する。


「お客様。あまり(たわむ)れが過ぎますと――」


 鋭く伸びた尻尾が男の首に絡みつく。滑らかな質感に、男は一瞬の快楽を覚えたが、それはすぐ強力な圧迫感へと変わった。


「むっ! ぐっ……!」

「お、おねーさん⁉ さすがにそれは」

「いいや、これくらいやらなきゃ駄目だ」


 死なない程度に力を込め、首を締め上げていく。男は必死の形相でもがいたが、キメ細かい尻尾は、掴もうとする指をすべらせ、それでいてとぐろの内側は吸着して離さない。


(あんたに大した恨みはないが、これからここで働く以上、迷惑な野郎は痛い目にあうってことを客に意識させとかないとな)


「さて!」

 スタートの合図のように、翼を大きく広げる。片側の羽を後ろ側、もう片方の羽を前に動かし、遠心力を利用して振り返る。


 さらに腰を入れながら勢いをつけてマーサの方を向くと、最初とは逆方向に尻尾を振った。


「パス!」


 解けていくとぐろに従うように男の体が回転し、独楽(こま)のごとくマーサの元へ飛んでいく。言われたマーサは、戸惑いながらも狼の肉球でしっかりと受け止めてくれた。


「もうちょいインパクトが欲しいな、少し(しび)れさせてやるか」


 周囲の人間の中で、彼女という女の存在感はすでに決定的なものになっていたが、店長やその裏にいるであろうオーナーのことを考えると、もうひとつアクションが欲しかった。


 そこで、薫は外に向かって手を伸ばす。するとそれを待っていたと言うかのように、夜の街の中で飛来音が響いた。


「ど、ドアが!」


 店の中で、客の一人が声を発した。全員がなんだなんだと騒ぐ中、扉はうろたえることなく役目を果たす。


「えっ、そっから入ってくんの?」


 窓を突き破ってくるのを期待していたが、魔導書は律儀に自動ドアの方から入店してきた。つくづくこの本はよくわからんと思いながらも、薫は礼儀正しい魔導書をキャッチする。


「そんじゃいくぞー、直接は当たんないようにして……っと」


 以前、電撃の球を出した時のことを振り返る。射出位置、詠唱後のラグ、スパークの範囲、それらを考慮し、薫は適切な場所に狙いを定める。


「エクス・ボルティマ……あれっ?」


 出ない。


「オイオイオイオイっ! そーいや初めて唱えた時も出なかったよな? 入口から入ってくる真面目さはあるのに持ち主に従わないってのはどういう了見だ魔導書さんよォ~~~~ッ」


 真っ二つに破りそうな勢いで本に掴みかかるが、やはり術が出る気配はない。しかも不可思議なことに、本そのものは今にも発動せんばかりに煌々(こうこう)と輝きを放っている。


(おかしいな、魔導書こそ反応しているが、マナが流れる感覚がない。普通なら血管にもうひとつの血液が注入されるような感覚があるんだが、今はそれが全くない)


 表面上は激昂(げきこう)しながらも、頭は(つと)めて冷静に。

 考えられる可能性はひとつ。


(やはりユウくんが近くにいないとダメなのか? 術が出せた時はいつもユウくんからマナが流れてくるような感じがしてたからな)


「な、なんやコイツ……」


 いかにも何か起きそうで、しかし何も起こらない。その()は男にも冷静さを与えることとなった。

 皆が拍子抜けしている隙を突き、彼は逃げ出そうとする。


 だが、それを見過ごす薫ではない。


「リオ! 確保!」


 すかさず(へび)の獣人であるリオに指示を出す。

 音もなく()い寄ったリオは、薫の尻尾以上の、本物の「とぐろ」をもって男を捕らえた。


 観衆が大いにどよめく。リオのドレスからはみ出していたのは、(うろこ)に覆われた蛇の体だった。


(人間の足から一瞬で……獣人ってあのレベルの変異も可能なのか。つーかネタ被ってんな)


 薫はインパクト抜群のパフォーマンスを披露してくれたリオに感謝したが、同時に自分の印象が薄れてしまうことを危惧していた。


 目立ちすぎるのはダメだが、紛れすぎるのもいけない。それに、人気嬢にでもならないとオーナーには会えないかもしれない。

 店や街の深部を探ろうとしている薫にとって、それは痛手だ。


(うーん、ここで全員分の飲み代払ったりできたら良かったんだけど金ないしな。やっぱ自分の武器を活かさなくっちゃあな)


 薫は(おもむろ)にデニムパンツに手をかけると、仕事から帰った人間がそうするように、ごく自然な動き脱いでいった。ほどよい気だるさを孕んだ動きはあまりにナチュラルで、見ている人々もしばらくの間は違和感を覚えなかったほどだった。


(流れで脱いじゃったけど、なんか恥ずかしくなってきた……)


 ハイテンションというものは、そうそう長く続かない。薫であってもそれは同じだ。

 魔法が発動しなかった以上、薫には「上を脱ぎ、男の首を締め、そして下を脱いだ」という結果だけが残る。


(しかも本命の相手もいないってのにさ。だがこれもオウミ商会と毒婦会の両方に取り入るため、旅を続けるため……引いてはキミのためでもあるんだ。ユウくん、お姉さんを許して)


 落ち着き切ってしまった興奮を取り戻すため、薫は自らシチュエーションを妄想する。「少年のために仕方なく脱がされる展開」は、思いのほか効果があった。


(やばい、本気で興奮してきたかも。寝取られモノをわざわざ見るヤツの気持ちってのは全く理解できないが、リアルにそのシチュに身を置くのはクるものがあるな。いやまあ寝取られるってわけじゃないんだが。今の私にはユウくんがいるしな…………なんかフラグ立ててるみたいじゃあないか? 案外私って寝取られ適正高いのか? 最悪だクソッ)


 薫は過去、アレクシアと寝取られがどうこう議論することが何度かあったが、そのたびに青い顔をする後輩を「素質あるよ」と煽っていた。しかしその実、本当の意味で素質があったのは自分であると、こんなところで気付かされてしまった。


 250年も生きていればいくらでも気づくタイミングがありそうなものだが、まともな恋愛経験がない彼女にとっては青天の霹靂(へきれき)であった。


(ユウくんがこんな姿見たら何て言うだろうな。ちょっとくらいは独占欲出してくれたりするのかな? 『カオルは僕のものだ』って。あ~やべっ、それもイイな。でも取り返しのつかないことになったらマズイんだよな。少年ってのはデリケートだからな)


 必要もないのに服を脱いだかと思えば、勝手に一人で身悶(みもだ)える薫。いよいよ頭がおかしいヤツに見えてきた彼女だが、さらけ出されたその身体は、周囲の時を止めるには十分すぎる魔力を放っていた。


「何やってるの……」


 心の底からそう思っている声でリオが問う。確保を命じられたっきり何の指示もないのだから当然だ。


 さすがの薫もそろそろ決着をつけなければならないと実感し、何ひとつ案が固まっていないまま男へと近づいていった。

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