80.信じて送り出した彼女が……
連続投稿2つ目です。
「行っちゃいましたね」
「うん」
夜の街に取り残され、僕たちはあてもなくさまよう事に。周りから声をかけられるかと思ったけど、カオルがいなくなった途端に、人々は僕たちから興味をなくした。
「とりあえず他のお店でも見ましょうか。普通の、ね」
「そうしよっか」
街のすべてが風俗店というわけでもないので、暇つぶしには事欠かない。偵察も兼ねて、僕たちは毒婦会が支配する区域を見て回ることにした。
「なんだかお腹空いてきちゃいましたね~」
不安も一通り払拭されて、マルカはいつもの調子に戻る。そんな彼女につられて、僕も次第に肩が軽くなっていった。
ただひとつ、気になる点が。
アレクシアがひどく静かだ。
「アレクシア?」
「……ちゃう」
「ん?」
「先輩が寝取られちゃう!」
態度が一変。アレクシアは青い顔でそう言った。
「どっ、どうしたんですか⁉」
「先輩が汚される~ッ」
頭を抱えて一心不乱に彼女は喚く。こんな姿を見るのは初めてだ。
「さっきは乗り気だったのに」
「先輩が楽しそうだったからついノっちゃったの! アンタも男なら分かるでしょ⁉ あれはもうフラグだらけなの! 即堕ちなの! 何よ忍者のコスプレって、バカじゃないの⁉︎」
「いや、分からないけど……」
なんなんだこの慌てぶりは。
「お客さんとして行くなら大丈夫だって言ってたよね?」
「そうだけど怖いもんは怖いの!」
彼女はしばらくブツブツ呟いたあと深呼吸をして、やっと落ち着きを取り戻した。
「フー、スッとしたわ。うん、先輩ならきっと無事に帰ってくるわよね」
「カオルさんのことだから、またファンを増やして帰ってきますよ」
相手が言っていることをいまいち理解していない様子のマルカは、持ち前の温かさでアレクシアを励ます。その姿を見ていると、僕の中にも安心感が広がってきた。
「うん、そうよね……よしっ、それじゃあ気を取り直してご飯食べに行こっか」
「はいっ」
カオルへの絶大な信頼の元、僕たちは行動を再開する。その足取りはとても軽かった。
「それにしても、アンタぜんぜん物怖じしないのね。大事な人をひとりでキャバに送るってのに」
道中、アレクシアが不思議そうに聞いてきた。
「カオルが問題ないって言ったから、それを信じてるだけだよ」
「ふーん、大層な信頼じゃないの」
彼女はバツが悪そうな顔で隣を歩く。長い髪をいじりながら、彼女は新しい質問を投げかけた。
「ねえ、アンタはなんで先輩についていくの?」
「なんでって……」
「先輩を守るってのは分かるわ。あと見てて楽しいしね、一緒にいる理由は理解できる。そうじゃなくて、アタシが聞きたいのはアンタ自身の目的よ」
核心をつく問いだった。僕自身まだ漠然としていて、だけど僕にとって一番大切なこと。
まだ答えと言えるべきものは無いけど、ただひとつだけ、心に刻まれたものがある。
「助けたいんだ」
「……先輩を?」
「僕の仲間を」
いつも心の片隅にいるのは、かつて共に過ごしたデザインチルドレンの仲間たち。
側でマルカが息をのんだ。僕の過去を彼女なりに想像しているのが伝わる。
「僕が兵士として作られたってことは前にも話したよね」
「ええ」
僕は自分がどういう目的で作られ、どういう生活をしていたのかをもう一度2人に伝えた。
「それで、僕一人だけこの世界に来てしまって……」
僕は旅館に泊まった時のことを思い出す。
「一度考えたことがあるんだ、自分1人だけ幸せになっていいのかって」
「……そんなの、アンタが気にすることないでしょ。そもそもアンタがここに来た原因は先輩にあるのに」
「きっと今もみんなは戦ってる。カオルがいなくなったって、それだけで戦争が終わるとは思えない。使い勝手の良い少年兵は投入され続けるんだ。みんなが戦ってるのに僕一人だけ逃げるなんて、許されていいわけがない」
正直に言えば、あの世界には戻りたくない。だからこそ、みんなをあの世界に置いたままにはしたくない。
「それでも……。いいわ、それがアンタの選んだ道なのね」
「うん。あの世界には絶望しかないけど、この世界には希望がある。ここでなら、みんなを救い出す方法を見つけられるかもしれない。そのためにも、僕はカオルについていく。カオルはこの世界と深い関わりがあるみたいだから、カオルと一緒にいれば、この世界のことをもっと知れる」
拳を握り、胸の前に掲げる。あやふやな目的が、少しずつ形になっていく気がした。
「それに、カオルのことをみんなにも知ってほしいしね」
崎谷薫は悪意を持って世界を敵に回したわけじゃない、それを伝えたかった。
「そう」
アレクシアは表情を変えるでもなく、短く答える。だけど彼女はどこか憑き物が落ちたようにも見えた。
「あのあのっ、私はカオルさんみたいな強い人になりたくて、色んな世界を見て成長して……あと、えっと……」
僕が話し終えた途端、マルカが堰を切ったように喋り出した。
自分でもまとまっていないままに話す姿に、僕たちは苦笑する。でも、マルカが何を言いたいのかはちゃんと理解していた。
「フフッ、心配しないで、別にテストしようってわけじゃないから。アタシなんて先輩とまたバカやれたらいいなって思ってるだけよ」
「おお……なんか、マブダチって感じでカッコいいです!」
「どこで知ったのよその言葉」
胸のあたりが熱くなる。それぞれが自分の目的を語り合い、仲間としての意識が高まった気がした。
(やっぱり仲間って良いよね、みんな)
届くはずもない声を、街の喧騒の中に投げ込む。返事が帰ってこなくても、今の僕は満たされていた。
代わりに飛んできたのは、やけにフレンドリーな屋台の声。
「お姉さんたちー! ゴーレムサンド食べてかない?」
「ゴーレムサンド……?」
聞き慣れない言葉に、つい興味がそちらに引きつけられる。そんな僕に、屋台を引くお兄さんはすかさず説明する。
「ああ、この辺に出るアイアンゴーレムからは鉄がたくさん取れるんだが……真のお宝は外殻を剥がした先の肉! うまいんだなこれが。鉄分豊富、というかたまに鉄の塊が入ってる」
「食べても大丈夫なんですかそれ……?」
とても可食物だとは思えない肉の説明をしながら、彼はサンドイッチを差し出す。
しっとりとツヤのある細長いパンに、強めに火を通してあるらしい褐色の肉、申し訳程度に挟まれたレタスっぽい葉野菜。そして上からかかった茶色のソースは、体に良いかはともかく美味しそうだった。
「最近話題のやつね。なかなかイケそうじゃない」
「ついでにオススメはこれ。遠い異国から輸入したロンウー茶! 余分な油を流してくれる優れモンだ!」
言いながら、彼はポットの中のお茶をカップに注いでいく。これまた茶色のお茶は、すっきりしたいい香りだ。
「じゃあゴーレムサンドとセットで」
「ゴーレムサンドを千個?」
「業者か」
お兄さんがボケて、アレクシアが瞬時にツッコむ。このネタを知っていたかのような息ぴったりの掛け合いに、2人とも一瞬時間が止まったように固まった。
「……お姉さんいいツッコミするなあ! 俺のボケにまともに返してくれたお客さん初めてだぜ」
「どうも」
きれいなコントが決まったというのに、2人の間には警戒にも似た間が生まれたように見えた。しかしそれも束の間、怖い気配はすぐ消え去った。
「はい、セット3つね」
僕たちはサンドとお茶を受け取る。代金はアレクシアが払ってくれた。
「いただきまーす…………美味しい!」
マルカは鉄塊混入を恐れず勢いよくかぶりつく。しばらく黙ってモキュモキュと咀嚼した後、満面の笑みで飲み込んだ。
それを見て、僕とアレクシアもたまらず食べ始めた。なんだかマルカと一緒にいると食欲が倍増する気がする。
その後はサンドイッチを食べながら、お兄さんと話をした。元々フレンドリーなのもあったけど、この人は妙に話しやすい人で、波長が合うような感覚があった。
「へー、少年はここ来るの初めてなのか」
「うん。だから右も左も分からなくて」
とにかく情報をもらえないかと、何も知らない少年を演じる。まあ今は本当に何も知らない少年なんだけど。
「そうだなあ、見ての通りここは魅力的なお姉さんが多い街だから、そういう店を勧めてやりたいとこだけど……少年には間に合ってるかな?」
「えっ、い、いやそんなこと……」
彼は僕の横の2人の女性を見てニタニタ笑う。もしここにカオルがいたら、もっと話がややこしくなっていただろう。絶対余計なことを言うから。
「悪いけどアタシたちはただの連れよ、つーか子ども相手に何言ってんのよ。もうちょっとマシな情報ないの?」
「なら、後は武器屋かな。ファクタは職人の街でもある、よそじゃ手に入らない変わった武器が売ってるぞ」
お兄さんは親切に2、3箇所のオススメ店を教えてくれた。彼が言うにはオーダーメイドに力を入れている所らしい。もしかしたら、銃弾とかも作ってくれるかな。
「俺としちゃあんまり紹介したかねえが、あそこの飯屋は他より質が良い。それから……」
屋台を引きながら、彼はツアーを開始する。そのあまりにも自然な先導に、僕たちは言われるがままついていった。
そうして1時間ほど会話をしながら、気づけば元いたあの風俗店の前に戻ってきていた。
「こんなもんかな。どうだい、ご満足いただけたかな?」
「うん、ありがとう。助かったよ」
僕がお礼を言うと、彼は優しく微笑んだ後、すぐ他のお客さんを捕まえに行こうとした。
――が、突然振り返って「最後に。子どもがそんな物騒なの持ち歩くもんじゃないぜ、少年」と言った。
(……!)
彼の目は、確実に僕の足を見ていた。大腿部に付けたホルスター、つまりそこに収められた銃を見ていた。
この世界に銃は存在する。オウミさんたちが作ったものがあるし、最初の町のアグトスでも、対モンスター用の大型銃を売っていた。
でも僕が持っているオートマチック式のハンドガンはまだ無いはずだ。ましてホルスターに入っている状態のものを見抜けるなんて……。
「あなたは……」
「おっと、余計なマネはしないでくれ。ここで抜くのもやめた方がいい。ゆっくり手を離せ、そう、そうだ」
トリガーにかけた指を緩めながら後ろを見る。マルカとアレクシアはもう店の方へと歩いてしまっていた。ここからでは少し声を出しただけじゃ届かない。
僕は言われた通り手を離して後退りする。この人からは敵意も殺意も感じられないけど、だからこそそれが怖い。「敵意も殺意も感じさせない」だけの技術を持っている可能性もあるからだ。
「ハハっ、嫌われちまったかな? “お互い人生を無駄にしないようにな”って言いたかっただけだぜ俺ぁ」
彼はごく自然にサンドイッチの仕込みに戻る。嘘をついていないのは、彼のどこを見ても明らかだった。
「ユウー! 何やってんの、そろそろ先輩戻ってくるはずよー!」
「ほら、ツレが呼んでるぞ」
僕の後ろを指さすと、彼は満足そうに僕から目を離して、反対方向へ歩いていった。
その背中を注意深く見つめる。まるで隙だらけの姿は、むしろ毒気を抜かれるほどだ。こっちを警戒している様子も見られない。
(思い過ごしか……?)
今のところ怪しい要素は僕の銃を見抜いてきたことくらいだ。ただ、これは勘が良ければ十分気づけるものとも考えられる。
(これ以上言っても仕方ないか)
敵じゃないなら下手なことをする意味もない。僕はカオルを出迎えるために、戦闘態勢を解いて店の方へと駆け出した。
「ユウくん、あの人と何か話してたんですか?」
「それなんだけど……」
「あっ、先輩出てきた! せんぱーい!」
2人と合流し、口を開きかけたところで、カオルが店の出入り口から姿を現した。話は一旦中止だ。
「お待たせ。いやー、なかなか面白いとこだったよ」
「大丈夫だった⁉ 何もされてない⁉」
「あー……えっとね……」
過保護なアレクシアがカオルに掴みかかる。カオルは普段通りにあしらうかと思いきや、言葉を濁すばかりだった。
「な、何かあったんですかカオルさん」
「あったというか、これからというか」
「どういうこと? カオル」
イマイチ要領を得ない。まさか本当に、アレクシアが言ってたようなことが……?
「あれ? ユウくんこそどうしたの? なんか顔色悪いけど」
カオルは僕の顔を覗き込む。こちらの質問をはぐらかしているのかと思ったけど、その表情は本気で僕を心配しているようだった。
「そういえば、さっき何か言いかけてましたよね」
「ああ、大したことじゃないんだけど。あの人が少し気になって……」
僕はさっきまでお兄さんがいた場所を振り返る。だけど、もうそこに彼はいなかった。
「どの人……?」
「いなくなっちゃった……。茶髪で片目が隠れてて、身長はカオルより少し高いくらいなんだけど」
彼の特徴を思い出しながら人ごみの中を探す。やっぱり、彼の姿は消えていた。
「茶髪で片目隠れね……」
「カオル?」
どこにでもいそうな普通の特徴、だけどカオルの反応は普通とは違っていた。何か心当たりでもあるような、眉間にシワの寄った顔をしていた。
「それより先輩! 中で何があったか説明して!」
僕の話を遮りアレクシアが叫ぶ。確かに今気になるのはそっちの方だ。
「えー、あー」
カオルのことだから、しょうもない話をもったいつけて僕たちをからかっているんだろうと思った。
でも、次にカオルが発した言葉は予想だにしないものだった。
「ユウくん、私が話したことをよく思い出してほしい」
「話したこと?」
「私がお店で働くことになったら、私を指名してくれる?」
(……へ?)
そう言うカオルは、やけに神妙な面持ちだった。
「業者か」のくだりはお察しの通りサンドウィッチマンさんのネタです。




