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79.信じて送り出す

79、80話連続投稿します

 目当ての店を目指して、僕たちはファクタの街を練り歩く。


 オウミさんから貰った地図によれば、噂の通り毒婦会の店は街の中心に集中しているようだった。


「と、その前に……」


 カオルは地図を眺めた後、横の建物を見上げる。そこには黄色の看板があり、刻まれた「アキンド金融」の文字をギラギラと彩っていた。


 僕たちは今回の資金として、オウミさんがやっている金融会社からお金をもらいに来ていたのだ。


「話が通ってるとはいえ、闇金のお世話になるのは気が進まないね。なあアレクシア、衛兵隊の経費で落ちない? 調査費用って名目でさ」

「できるわけないでしょ、総司令権限でも私的利用はムリ。相手が悪事を働いてる証拠でもあれば別だけど」


 カツン、カツンと無機質な音を立てながら階段を上る。石やレンガと違う金属独特の冷たい音は、ヤクザが運営する金融会社といやにマッチしていた。


「ここか……うおっ、すげえ! 見て見てユウくん、ギミック式のドアだ!」


 階段を上った先に現れたのは、茶褐色の扉に金色の装飾が施されたドア。だけどただのドアじゃない、大きなバルブと何本かの管、そしてレバーが取り付けられたものだ。


「あれ、バルブ回んないな。これどうやって開けんだろ。ここかな?」

「か、勝手に触っちゃうのはマズイですよ!」


 マルカの静止も虚しく、カオルはレバーをためらいなく降ろす。


 ガコン……プシューッ!


「わぷっ、あっつ! あっづい!」

「カオルさん⁉︎」

「カオルっ」


 レバーを降ろした瞬間、扉に繋がる管から煙が噴き出し、カオルの顔面を包んだ。


「ちょっ、何やってんのよ先輩!」


 顔を押さえてヒィヒィ言っているカオルの元に慌てて駆け寄る。幸い、やけどはしていないみたいだ。


「だ、大丈夫?」

「うーん、これはユウくんがフーフーしてくれないと治らないかな」

「大丈夫みたいだね、良かった」

「……私の扱いに慣れてきたなユウくん。お姉さんのことを理解してくれているようで嬉しいよ」


 ふざけたことを言うカオルを適当にあしらうと、彼女はなぜか喜んだ。

(正直、その心理はよくわからない)


「はあ。好奇心強いのは仕方ないとして、もうちょい抑えなさいよ」


 アレクシアがバルブに手をかける。カオルがやった時と違って、今度は簡単に回った。


「ふうん、レバーを降ろして減圧すると回るということか」

「そういうこと。さ、入るわよ」

「ちょっと待って、もっかいやりたい」


 そう言って、カオルは今のギミックを一からやり直した。


「あ〜いいねぇ、触ってるだけで楽しい。ユウくんもやってみる?」

「……せっかくだし」

「やっぱりシたかったんだ。男の子だもんね」

「変な言い方しないで」


 彼女の言葉に甘えて僕もドアに触れる。

 レバーの重さ、管の弁が開く音、だんだん加速するバルブ、全てが理想的な手触りだった。


「ちょっと回りくどいくらいの作りが最高だよねぇ」


 ガコン、プシュー、グルグル。ガコン、プシュー、グルグル。


「よく飽きませんね……」

「バカどもは放っときなさい。まあこのままじゃアタシたちも入れないんだけど」


 カオルはスチームパンクな世界の感触を存分に楽しんでいる。……僕も少し夢中になってしまった。


 ガコン、プシュー……ガチャッ。


「えっ」


 何度目かのギミック作動の後、カオルが手をかけるよりも先にバルブが回り、ドアが開けられた。


「あの、早く入ってもらえませんか……」


 向こうから出てきたのは、スキンヘッドにサングラスの、いかにもな感じの男だった。


「ア、ハイ、スイマセン……」


 カオルは途端に大人しくなり、中に入っていった。



 ~~~~~



「はぁ⁉ 融資ィ⁉」

「申し訳ありませんが……」


 入った中で聞かされたのは「確かに金は用意するが、あくまで融資の形で」という内容だった。

 というのも、向かう店の形態上お金がかかるのは明白、無条件でホイホイ出すわけにはいかないとのこと。


「くっそ〜、足元見やがってあのヤクザよォ〜」

「あくまで条件付きです。有益な情報さえ手に入れば返済は免除とのお達しですので」

「ちなみに返せなかった場合は?」

「そこはまだ考え中だとオヤジが……」


 カオルのしかめっ面が険しくなる。

 オウミさんのことだから何かしら方法を用意してくれてるとは思うけど、現状、ろくに返すアテがないのは揺るぎない事実だ。


「あなたの方からなんとか言ってもらえませんか?」


 髪を耳にかけながら、強烈な色香と威圧を放ってカオルが請(こ)う。


「勘弁してください、姉(あね)さん、ご勘弁を……」


 それでも彼は食い下がった。風貌に似合わない、本当に申し訳なさそうな困り顔は、見てるこっちが申し訳なくなってくるほどだ。


「そう言わずに、ね?」


 カオルはテーブルの上に身を乗り出し、向かい側の彼に迫った。

 四つん這いで、けれど上から語りかける。

 獲物を狙う女豹の姿に、マルカやアレクシアでさえも唾を飲む。


「う、うう……」


 彼の手に彼女の手が重なる。それはまるで、獣が覆い被さるようで――。



 ~~~~~



「はっはぁー、また成功してしまった。なぜか交渉の成功率すごんだよね、私」


 金融担当の彼から「どうにかします」という言質と、帳簿につかないことになっているお金を引き出した後、僕たちは進行を再開していた。


「それ本気で言ってんの……?」

「カオルさんはイヤミが分かりやすいんですよねぇ」


 成功を誇るでもなく、なぜこうなるか分からないという態度を取るカオル。それを見る2人の視線は刺々しかった。


「あのねえ、さすがにこの身体のおかげだってことくらいは理解してるよ。さっきもメチャクチャおっぱい見られたし。だけど単純すぎない? 触らせたわけでもないのにさ、ちょっと広めにブラ見せてやるだけでコレだよ」


 カオルは服を引っ張り「ほれほれ」と扇いで見せた。

 運の悪い、いや良いことに、身長差のせいで僕の方からはよく見えなかった。


「ユウくんは分かる?」


(わっ!)


 やっぱり運が悪かった。女豹は突然僕に向かってかがみ込み、惜しげもなく自分の武器をチラつかせる。黒いレースのついた牙を、これでもかと覗かせる。

 しかも、おそらく無意識でやっている。こういう時だけ素になるのがカオルの卑怯なところだ。


「あ、あんまりわかんないけど、いきなりがっつくと避けられるかもだし……それに、今優しくしておけば後でもっと……とか思っちゃうんじゃないかな」


 必死に目を逸らしながら、なんの根拠もない答えを言う。意外にも、カオルはそれで納得してくれた。


「やっぱそう? そんな感じはしてたんだよね。でもそんな下心丸出しで女を落とそうなんて、甘すぎると思わないのかな」

「ま、先輩が相手じゃ頭空っぽになるのも分かるけどね」


 男として悔しいけど、まるで言い返せない。自分が見てきた中では反論材料がゼロだ。


「ということは、カオルさんに優しくしてくれる人には逆に気をつけた方がいいってことですか?」

「なるほど。じゃあユウくんが私に優しくしてくれてるのは、そういうことだったりするのかな?」


 しまった、話がこじれた。この場に男は僕だけだから、他にフォローしてくれる人もいない。


「だとしたらマズイな。今までの分を考えると何されちゃうか分からない」


 適当な冗談を言ってカオルは笑う。その様子に、さすがの僕もムッとした。


「カオルは僕に下心を感じてるの?」


 我ながら子どもっぽい拗ね方をしたと思う。ただ、とにかく一緒にされるのは嫌だった。


 そっぽを向きつつ、横目でチラッと顔色をうかがう。


 効果てきめん、いつになく深刻な表情のカオルが見えた。


「すまないユウくん。理解しているとも。そうだ、君は他の男とは違う、君の優しさは本物だ」


 膝をつき、僕と目線を合わせて彼女は言った。普段ならここで頭をなでたり抱きついてきたりするのに、今回はそれがなかった。


 つまりこれは、カオルにとっても下心なしの、本物の言葉ということ。それが伝わってくる。


 僕の気持ちに気持ちで返してくれた、その実感を味わっていると、彼女が不意に近づいて――。


「だからこそ、君になら何をされてもいいと思ってしまうよ」


 そっと耳打ちされた。


 視界が真っ白に、違う、カオルだけしか見えなくなる。他のことが頭に入らない。頭が回らない。


 意識が飛びそうになる中、かろうじてカオルの顔を捉える。彼女は変わらず真剣な眼差しのままだった。


「……もしかして聞こえてなかったかな?」

「聞こえてた! 聞こえてたよ!」


 再び耳元に寄る彼女を静止して、なんとか自分に喝(かつ)を入れる。危うく何かを持っていかれるところだった。


「うわっ、アンタ顔真っ赤じゃない。大丈夫?」

「問題ない……よ」


 努めて冷静に答える。それでも、緊張で口調がおかしくなってしまった。


「カ、カオルさん、一体何を言ったんですか?」

「ンフフフフ、ひみつ」


 言うだけ言って、彼女はいつも通りに戻る。進み出す足取りもまるで変わらない。


 僕はせめて自尊心を保とうと、彼女に忠告した。


「だけど気をつけてよカオル。相手次第じゃ本当に何をされるか分からない」

「大丈夫。その時はユウくんが守ってくれるから、ね?」

「……うん」


 最後までカオルの手の上で転がされてしまった。やっぱり、彼女と同じ目線で話すにはまだ時間がかかりそうだ。


「なんかいい雰囲気になってんのムカつくんだけど。先輩ほんとに何言ったの?」

「さあね……ただ本心を伝えただけだよ」



 ~~~~~



「雰囲気が変わってきたね……というより匂いが変わった」

「カオルさん、あの……なんか怖いんですけど……」


 街の外周から中心部へ向かうにつれ、鉄と油の匂いの中に香水のような匂いが混ざり出した。製鉄所の並びの中に、風俗店が姿を現し始めたんだ。

 それに加え、ここまで歩いてくる間に陽はとっくに傾き、より一層街を異質に仕立て上げていた。


 灯される明かりと月の光が、油に濡れた鉄の街を怪しく照らす。甘い香りを含んだ蒸気が鼻をかすめる度に、体の芯が熱くなるような気がした。


「わわわわ、すごい格好……」


 風俗店があるということは、当然従業員がいるということ。

 暑苦しい製鉄所には似合わない、きらびやかで露出の多いドレスを纏(まと)った女性たちが街路を彩る。


 あの手この手で客を引く声が、左右からとめどなく聞こえる。

 しかしながら、今日の客引きはうまくいっていないようだ。


 人ごみに紛れながらも確実に目を引く存在があった。人間の姿であっても、内に秘めた魔性が溢れ出してしまう存在が。


「あの姉ちゃん、どの店のコかな……」


 道行く人々の目は、全てがカオルに引き付けられる。


「ねー、お姉さーん」


 いかにも遊び慣れていそうな若い男がカオルに声をかける。が、彼女は聞こえていない風に素通りした。


 一見すれば、お高くとまっているだけの嫌な女。けれどカオルの威風堂々とした振る舞いと美貌は、強引なまでの説得力を持っていた。


「さっそくご指名ね、先輩」

「ああ、彼のテーブルについてやれないのが残念だよ」


 慣れている、と言わんばかりに平然と2人は歩く。きっと前の世界で似たようなことを何度も体験したんだろう。


 逆に慣れていないマルカは、無視された彼と進むカオルの間でオロオロ戸惑う。


「え、いいんですか? あれ……」

「いーのいーの、むしろこれくらいやんなきゃ面倒なことになるぞ」

「高校の時、相手してやったらホテル連れ込まれそうになったんだっけ?」

「そうそう、コレがあったから助かったけどね。今ほど強力じゃなかったが、軽く気絶させることくらいはできたんだ」


 カオルは自分の瞳を指差し、自慢げに過去を語る。

 どうやらサキュバスとしての力が使えたから無事だったらしい。もしそれが無かったらと思うと背筋が凍る。


 カオルは自分の能力に自信を持っているけど、使用すると極度の疲労に襲われるという弱点がある。もしものことが起きたとして、僕はカオルを守り切れるだろうか。


「ユウくんみたいな子に誘われたらホイホイついてくんだけどなー」

「誘わないよ。馬鹿言わないで」


 せっかく人が心配していたのに、カオルは犯罪スレスレなことを言って僕を抱き寄せる。


「そん時ゃ逮捕されるの先輩だけどね」

「ユウくんから手を出したって言われても信じる人いませんよね」


 二人も呆れ顔だ。


「で、何の話でしたっけ」


 さっきの男なんてすっかり忘れてしまったマルカは話題を戻す。カオルは僕を抱えたまま、キリッと答えた。


「つまり、今の私みたいな面倒な絡みを長々と続けられるから、声をかけてくる男には気をつけろってこった」

「あ、めんどくさい自覚あったんですね」

「そりゃあ有るさ! 見ろユウくんの顔、『ダルいけどこの極上ボディを堪能できるから我慢してやるか〜』って顔だ」


 自覚あるなら離してほしい。


 それと、堪能してるつもりはない。


 僕の心の声は届かずに、カオルの腕がより強く絡まる。


「だが今は我慢してほしい。大の大人が本気で少年に絡んでる姿を見るとね、普通の人は引くんだよ」

「確かに、よく考えたら気持ち悪いですね」

「マルカって結構ハッキリ言うわよね……」

「ま、まあ、おかげで厄介な男を避けられるのさ。中には子ども相手に本気で嫉妬する情けない奴もいるけどね」


 不穏な空気を残しながら、カオルは人混みを割って進んでいった。


「さぁーて、まずはここだな。見るからに高級クラブって感じだ」


 しばらく歩いた後、僕たちがたどり着いたのは一際大きな店の前。他の店より眩しくて、けれど他の店より品格がある、謎の趣(おもむき)がある佇(たたず)まいだ。


「えっ、ここ⁉︎ ここなんですか⁉︎」


 自分たちには似合わない気配に、マルカは目を見張る。だけど彼女の取り乱しようは、ただ高そうな店だからというだけではないように見えた。


「話が違いますよ! カオルさんみたいな人がいっぱいいるお店だって言ってたじゃないですか!」


 そういう話をしたようなしなかったような。あ、そういえば宿にいた時してた。


「だから言った通りだろう。ああ、マルカは私の方がキレイだって言いたいのか、ありがとう」

「違いますよ! 私はもっと、男の子が好きな人が集まってる変な所だと……ここって絶対入っちゃダメそうなとこですよ!」


 ようやく事態を理解したマルカは慌てふためく。それでも、カオルが止まることはない。


「最初からこれが目的だったんだ、いまさら引けないよ」

「で、でも私……こういう場所は……」

「問題ない、1人で行ってくるから」


 その答えに、僕たち3人は顔を見合わせる。てっきり、これからどうやって潜入するかを考えるものだと思っていた。


「女所帯だと不審に思われるかもしれないし、ましてや子ども連れで入れるわけもないだろう。門前払いは勘弁だ」


 彼女の言う事はもっともだし、きっとそれが最適解なんだってことも理解してる。だけど不安に駆られてしまう。引き止めたほうが良い気もする。でも……。


「先輩が良いならアタシもそれでいいわ。で、どうする先輩? 潜入らしく忍者のコスプレでもする?」

「ハハッ、いいねそれ。ついでにイベントシーンの練習でもしとくか」


 カオルもアレクシアも、この状況を楽しんでいるように見える。

 お互いを一番よく知っている2人がああなんだから、考えるだけ無駄だ。


 僕にできるのは、カオルを信じて待つことだけだ。


「本当に大丈夫なんですか……?」

「ああ、ちょっと怪しい店に入ってくるだけさ。中で何かあったとしても、私はそう簡単には堕ちないよ」

「なんか含みのある言い方ですけど……わかりました」


 マルカも納得し、僕たちはひとり店へと向かうカオルの背を見送った。

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