77.オウミ商会と毒婦会
かつて見た娯楽データを思い出す。スチームパンク、と言っただろうか。蒸気機関が本来の歴史に比べ異常に発達した世界、それに近い。創作のレベルに勝るとも劣らない、確かな雰囲気だ。
「これだよこれ、私が最初に期待してたのはこういう風景だ」
「噂には聞いてましたけど、生で見るのは初めてです」
眼前に待ち構える構造物たちを見て、カオルは目を輝かせ、マルカは忙しなく視線を動かす。その後ろで、アレクシアはなぜかドヤ顔だ。
「ファクタはこの辺では1番発展してる街なの。王都御用達の工業都市よ!」
「なんか楽しそうだね」
やけにイキイキしているのが気になったから、少し聞いてみる。彼女は珍しくにこやかな顔で答えてくれた。
「先輩相手に先輩風吹かせられるのクッソ楽しい」
「ああ、なるほど……」
転生前は常に後輩ポジションだった彼女が、今は先達としてカオルを案内している。カオルのことをよく知っている彼女だからこそ、あの崎谷薫を相手に解説役になれるということが嬉しいんだ。
ただ、当のカオルはお株を奪われて少々ご立腹。
「うげぇ、性格悪いぞお前」
「こちとらこの世界に来る前は散々先輩に可愛がられてんのよ、これくらいさせてもらうわ」
「へっ、だからって初心者相手に知識マウントかよ?」
カオルはけっこう負けず嫌いらしい。なんか……こう、妙なプライドが感じられる。250年生きてる割に、根っこはだいぶ子供っぽい。
「あーやだやだ、やっぱマルカくらいの素朴な反応がいいもんだね。ユウくんもそう思うだろ?」
「うーん……でも、ここでは色々教えてくれる人がいた方が助かる、かな」
カオルの性格を推し量った上で、それでも僕は正直に答えた。
何を隠そう、僕もこの街の雰囲気に心を躍らせていたから。うまく説明できないけど、どこか心を惹きつけられる。
「お、この壁コンクリ製じゃないか? アグトスの町はほとんど木か石作りだったのに。文化が進んでいるのかもしれないな。だが知っているかなユウくん、コンクリで出来ていると聞くとかなり発展した世界の文化を連想するのが自然だが、実はコンクリートの起源は古く──」
僕の言葉を聞いた途端、カオルはペラペラと語り出してくれた。僕の望み通りに色々教えようとしてくれてるんだ。でも。
「そういうことじゃない……」
「ったく、先輩も男心がわかってないわねー」
「う、うっさい! お前だってわかんないだろうが!」
カオルは真っ赤になって言い返し、アレクシアは変わらずマウントを取り続ける。
やかましく騒ぐ大人のせいで、到着早々に僕たちは怪しい集団になってしまった。
さすがに恥ずかしくなってきたので、向こうで言い合っている2人を無視して、街の入り口付近にあった露店をマルカと覗く。
「ユウくん見てください、不思議なモノが売ってますよ」
「ほんとだ、楽器かなコレ? 笛っぽい」
金属製と思しき筒状の何かを眺めていると、そこにオウミさんたちがやってきた。
「お目が高いなマルカ嬢、それはこの地域の特産品だ」
彼は颯爽と隣に立ち、説明を始めた。
「豊富な鉄資源と、それを自由に扱うだけの技術! その笛にこの街の全てが詰まっていると言ってもいい!」
「お、アンタよく知ってるね。この辺の人かい?」
頭にバンダナを巻いた、ダウナーな雰囲気を放つ店主さんが徐に顔を上げる。半分ほど開かれた目は虚ろで、けれどしっかりと品定めするかのようにオウミさんを見つめていた。
「いいや、そういう話を聞いたことがあるだけだ」
「へえ、そうかい」
オウミさんは相手を一瞥してから、静かに話を切り上げた。
店主さんがまだ何か聞きたそうにしているところに、今度は姦しい声が届く。
「ちょっとちょっと、勝手にいなくならないでよユウくん、お姉さん心配したぞ」
「くっ……また先輩に乗せられてくだらない話してたわ」
「おっ、なんだこれ。リコーダー?……の割には装飾が多いな」
「ああそれはこの地域の特産品で――」
「うわすっご……これ、装飾も含めて一つの鉄塊からできてんの? 溶接したような跡が見えない」
さっきと似たようなことを話しながら、カオルとアレクシアは勝手に盛り上がる。そんな2人を見て、店主さんもオウミさんも、すっかり毒気を抜かれてしまったような顔をした。
「ま、まあゆっくり見てってよ」
「うむ」
言われた通りに露店を物色する。クリエイター気質のカオルは興味津々で、両手に笛を持ってはぶつぶつ独り言を言っていた。
「オウミさん、この街は他にもこんな工芸品で溢れてるんですか?」
カオルがその名を呼んだ瞬間、店主さんの目の色が変わった。周囲の人々の意識が一瞬だけこちらに向き、すぐに平静へと戻る。
「ん? オウミ……って、アンタあのオウミか? 顔を見るのは初めてだ」
「……ああ、まあな」
「にしても人が悪いな、隠さなくても良かったじゃねえか」
「隠したわけではない、質問にはちゃんと答えただろう」
オウミさんの表情が少し険しくなった。
さっきも店主さんの質問をはぐらかしていたし、オウミさんは明らかに警戒心を強めている。
「あれ? 私余計なこと言っちゃいました?」
「いや、いい。どの道すぐに分かることだ」
「そうですか」
カオルは事もなげに返事をしたけれど、心の奥で不安がっているような表情をしていた。そして彼女は僕の隣に周ってしゃがみ、耳打ちするように呟いた。
「仕事柄、敵が多い方だってのは聞いてたし分かってたけど、思ったより厄介かもね」
カオルは膝を抱え、おずおずと指を伸ばしてくる。その先が僕の手に触れると、彼女は自分の指を僕の指に絡ませた。
その弱々しさを覆うつもりで、僕は迷わず返事をした。
「きっと大丈夫」
「うん、そうだね」
カオルはその答えを期待していたように、いや、僕がそう答えると知っていたかのように笑った。
「さて、オウミさん。そろそろあっちも入れてあげなきゃ」
立ち上がったカオルは、振り返って街の外を指した。
街の入り口の方では、馬車の側にいるアニキたちがこっちに視線を飛ばし続けていた。敵である「旦那」やその部下を連れたままいきなり街に入るのは危険、ということで一旦待機させていたんだ。
「まあ待て、ここは敵のお膝元だ。もう少し確認してからでも――」
「あー……その必要はないと思うぜ」
「なに? どういうことだ?」
警戒するオウミさんに対し、店主さんは変わらず気だるげに言う。彼は周りを見回した後、声を落として話し始めた。
「アンタが街を離れて二ヶ月経った頃かなあ、『毒婦会』の連中、急に動きを変えたんだよ。お得意様が見つかったとか言ってさ。抗争はまだ続いてるけど、あっちはもう以前ほどアンタらを気にしてはいないはずだよ」
毒婦会、というのがオウミさんの警戒している相手と見て間違いないだろう。
それに加えてアレクシアが眉をひそめている。彼女が言っていた地元ヤクザというのも、たぶんその組織のことだ。
「詳しいな」
「へへへ、オウミ商会と毒婦会、どっちも俺たちみたいな木っ端商人にとっちゃ目の上のたんこぶだ。なら、常にその動向を探っとくのは当然よ」
「ほう」
「潰し合ってくれるのが理想的だったけど、奴さんはもうアンタなんか眼中に無いらしい。ってこたぁ、アンタをいつでも潰せるだけの何かを得たってことかもしれねぇぜ? へっへへ」
「……ワレ、自分が何言うとるんか分かっとんのか」
オウミさんの頭に血が登っていくのがわかる。当然だ。この露天商は今、彼に真っ向から喧嘩を売った。「お前が消えるのを願ってる」と、正面切って言ってのけた。
ガチリ、と音が聞こえた。オウミさんが懐の銃に手をかけたんだ。
咄嗟にアレクシアが前に出る。さすがは衛兵総司令、この往来で殺傷沙汰はさせないという意志が伝わってくる。
でも、オウミさんを止めたのは彼女ではなく、マルカだった。
「ちょ、ちょっと待ってください、落ち着いて! ね! ね⁉ 絶対何か裏があります! そんな気がします!」
突如として割り込んできた黒髪の少女に面食らい、2人の商人は数秒無言になる。そしてオウミさんは、自分よりも年下の女の子に諌められた恥ずかしさを隠すように咳払いをした。
「すまない、取り乱した。マルカ嬢の言うとおりだな。お前の目は、まだ話は終わっていないと言っている」
「へへ、そうだよ。まったくヒヤヒヤしたぜ、アンタよりそっちの嬢ちゃんの方が商人の素質あるんじゃないか?」
「続けろ」
「はいよ。なぁに単純な話さ、毒婦会は今乗りに乗ってる。だが同時に、今が一番油断してる。狙い目だな」
店主さんの目が光ったように見えた。
「この街にゃ俺みてえな奴が大勢いる。あっちに行ったりこっちに行ったり、利益が出る方に付く連中がな」
「ふむ、つまり今は毒婦会側の者が多いということか」
「まあな。だが、全員が全員あっち側ってわけじゃねえ。確かに毒婦会に付いた方が上がりは良いんだが……納める利ざやがハンパじゃない。みんなそこに不満を抱えてんだなァ」
マルカは興味深そうに聞いているけど、頭上に「?」が浮かんでいる。そんな彼女を尻目に、僕はカオルとアレクシアに目配せした。「このまま聞いていても大丈夫?」と聞くと、2人とも怪訝な顔をしつつも「まずは情報を集めよう」と言った。
「しかし……いくらマージンが高いとはいえ、稼ぎは良くなったのだろう? わざわざ歯向かう理由が無い」
「このままなら、な」
店主さんがさらに声を落とす。
「もしだぜ? 万が一オウミ商会がこの抗争に勝って、毒婦会の利権を丸ごと掻っ攫っちまったらどうだ? 俺たちの立場も一気に変わる。アンタの下に付くことになるんだからな」
「支配者が変わることによるメリットは?」
「そらもう締め付けの緩和よ」
「なんだそれは、なぜそれが前提なのだ。邪魔者が消えたとなればいよいよ我々のやりたい放題だろう」
オウミさんは至極当然のことを言った。カオルも「そりゃそうだ」と呑気に手を頭の後ろで組む。
「いいや、アンタはやってくれるさ。オウミ=ゴウ=ジアキナは義理堅いことで有名なんだからな」
店主さんはまるで自分のことのように、得意気にオウミさんを讃えた。
普通なら喜んだり照れたりする場面、けれどオウミさんは一層冷たい面持ちで相手を見取っていた。
あれは確認だ。相手が適当なことを言っていないか確かめるための、そのための冷静な沈黙。
さっきも言っていた通り、商人とは利益で動く人種だ。それを1番分かっているのは他でもないオウミさんに違いない。この街で自分や他人が何を行うのか、本当に利益は生まれるのか、誰が味方になり誰が裏切るのか、それを見定めているんだ。もっと言えば、事が済んだその先まで。
「まあ、考えておこう」
少しだけ苦い顔をしたオウミさんは一度目を閉じ、開くと同時にそう言った。
「ああ、ぜひ前向きに検討してくれよ。この街でまだオウミ商会側に付く連中がいるのは、アンタらに仁義ってもんがあるからだ」
ぼんやりとしたままだった店主さんの顔つきが引き締まり、口角がニッと上がる。
「いくらアンタでも、でけえ花火上げるなら味方が必要。俺たちを買うにあたってアンタが払えるのは……その仁義だ。それを忘れんなよ」
その言葉には返事をせず、オウミさんは待たせている馬車の方へ戻っていった。
残されたのは僕たちだけ。
「大胆なことを言いますね。こんな道端でクーデターの話なんて」
カオルはまた笛を眺めながら、挑発する素振りを見せた。
「大胆なのは嫌いかい、姉ちゃん」
「好きですよ、強引でなければね」
ひりついた空気が肌を撫でる。
僕たちはただオウミさんの後をつけていればいいわけじゃない。自分たちの目的を優先しながら、うまく立ち回っていかなければならない。
たたでさえ抗争に巻き込まれるのは濃厚なのに、全面戦争なんてごめんだ。でも、もう遅いかもしれない。
「わざと焚きつけませんでした? こっちとしては自分たちが滞在してる間は何も起こらないでほしかったんだけどなぁ」
「そいつは悪りぃことしたな。けどつい最近、オウミ商会に強力な人材が入ったって話じゃねえか。畳み掛けるなら今しかねえと思ったんだよ。毒婦会は意中の相手に構いっきりだしな」
店主さんは悪びれる様子もなく、こうするのが一番ウマいというふうに言った。
「直に見ればよく分かる。アンタ、ただモンじゃねえな」
彼は件の人材を値踏みしながらにこやかに振る舞う。良い予想図が浮かんだといった様子で。
「まあ、ただの人間じゃないわよね、いろんな意味で」
「まともな人じゃないですもんね」
「おいコラッ」
今まさに利用されようとしているにも関わらず、彼女たちはワイワイと掛け合う。その姿を見て、店主さんは笑っていた。
「たくましい姉さん方だな、アンタらなら大丈夫だ。それよりボウズ、お前は注意した方が良いかもしれないぜ」
「え?」
笑顔が薄れ、哀れみのこもった眼差しが僕を貫く。
次の瞬間、彼の口から放たれたセリフに、僕たちは言葉を失った。
「この街にはな、攫ってきたガキどもを無理やり働かせる風俗店が存在するんだよ」




