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75.魔法の流出

 体が火照る。何か得体の知れない熱が僕の内側から湧き出ている気がする。さっきの会話が何度も思い起こされて、カオルのことで頭がいっぱいになって、まるで意識が沈む気配が無い。

 ということは……僕はカオルを想って、体を熱くしているのか。それで眠れないのか。


 同室のみんなの寝息やいびきに囲まれながら、ひとりベッドで考える。


 いや……そういえばカオルは、自律神経がおかしくなると夜中に体が熱くなると言っていた。ならきっと、これはその症状だ。異世界への転移、急激な日常の変化、幾度の戦闘、神経がおかしくなっても不思議じゃない。


「うん、そういうことだ。よくわかってるな僕」


 我ながら冷静な分析、と自画自賛の声を出してみる。だけどそれは、余計に虚しさを増幅させるだけだった。


 そんな言葉がいくつも頭に浮かんだ。自分をごまかすための、心にもない言葉。

 それを声に出すのはもうやめておいた。どれだけ取り繕ったって、疑いようなんて無い。


 枕に顔を埋めて、深く息を吐く。枕にこもっていく熱が顔を包んで、また体が熱くなる。こんなことをしてたらなおさら眠れなくなると分かっているけど、この熱をどこかに移したくて、何度も呼吸を繰り返した。


「う~ん……カオル、好きだ……愛してる……」


 パーヴァートさんの寝言が聞こえる。夢の中とはいえ臆面もなく言ってしまえる彼に、なんだかムカついた。


 また、息を吐く。枕と体の温度差がなくなる頃には、日が昇り始めていた。



 ~~~~~



 朝になって、僕たちは一階のホールで再び顔を合わせた。言葉に迷っている僕に、カオルは普段と何も変わらない様子で挨拶をしてくる。


「おはよう、昨日はよく眠れたかな?」


「…………全然」


「あはは、だろうね。目が真っ赤」


 昨日のことなんてサッパリ忘れているかのような彼女に少し苛立つ。僕は昨夜まったく眠れなかったというのに、その原因を作った彼女はすこぶる元気そうだ。


 僕は期待とあてつけの意味を込めて、彼女に聞いた。


「そっちは?」


「いやーめちゃくちゃ快眠だったよ。昨日は体力使い果たしてたからね、すぐ寝た」


 本当に忘れてしまっているのかと心配しそうになるほどに、彼女あっけらかんと答えた。

 僕はこんなに気にしているのに、彼女は。


「嘘つけ、枕に顔埋めながらジタバタやってたくせに」

「アレクシアさんが眠らせなかったら一晩中やってそうでしたね」


 頬を膨らませていたところに、アレクシアとマルカがやってきた。出会い頭に鼻っ柱をへし折られ、カオルは反論すらせずに汗を浮かべて固まった。


「うん、まあ、そういうことだ……。そりゃそうだろ! 寝てられるかあんなの!」


(なんだ、カオルもそうだったんだ。しかも僕と同じことまで)


 自然と口元が緩む。やはり彼女は期待を裏切らない。

 アレクシアがどうやってカオルを眠らせたのか気になるけど、そんなことは今はいい。


「そんな調子で大丈夫か? この後はまた半日以上馬車に揺られるぞ」

「なんなら私が肩を貸してあげよう、寝心地には一定の評価があるんだ」


 あくびをするカオルを見て、オウミさんとパーヴァートさんが近寄ってきた。パーヴァートさんは夢の中で自信を付けたのか、さらに大胆になっている気がする。


「あー、けっこうかかりますね。どうしようかな、肩よりは膝の方が嬉しいんだけど。柔らかい太ももがあると尚良しです」


 どうしようか、とは言いつつも、カオルは彼に体を預ける気はさらさら無さそうだ。

 しかし彼は諦めない。


「ほう、膝枕がご希望か、君が私におねだりしてくれるとは思わなかった」


「ずいぶん都合のいい耳をお持ちなようで、そのまま引きちぎってくれたら私にとっても都合がいいんだが」


「手厳しいな。それより……フッ、だいぶ素を見せてくれるようになったねカオル」


「あっ」


 カオルは目を丸くして口に手を当てる。まさか今の今まで、仮面が()がれていることに気づかなかったなんて。


「え、先輩今気づいたの? 昨日アイツらに襲われてからずっとそんな感じだけど」


「やっべ、完全に計算外だ。昨日は色々あったからなあ、頭が回ってなかった」


「いいや、きっと私に心を開いてくれたからだろう。私にはそう見えた」


「ハッ、都合のいい目まで持ってるとは驚いた。どちらかと言えば、私が心を開いたのはユウくんに対してですよ」


「ん? 弟に対して、今になってか?」


「ええ、今になって。今までよりも。ンフフフフフ、何があったと思います?」


「な、なんだその含みのある言い方は……ユ、ユウ、何があった、何をした、何をされた⁉」


 余裕綽々でカオルを口説いていたパーヴァートさんは、一瞬にして瓦解した。


「な、何もしてない」


 本当だ。色々話したけど、何もしてはいない。増して、やましいことなんて。


「そんなわけあるか! よく見たらカオルがツヤツヤしてる気もするし、絶対何かあった!」


「ンフフ、あなたがもっと私のために働いてくれたら、教えてあげてもいいですよ?」


 結局彼はカオルの手のひらの上だ。


「やっぱ男の扱い上手いわね」

「というかパーヴァートさんが扱いやすすぎる気がします」


 アレクシアとマルカは、そんな2人の様子を楽しげに見守っていた。


「おい、バカは放っといて早く出発するぞ、日が暮れちまう。それと、コイツら本当に連れてくのか?」


 ずっと黙っていたアニキがしびれを切らし口を挟む。彼の足元には、意識を失い縛られた旦那とローティが転がっていた。


「もちろんだ。人殺しを放置しておくわけにはいかんしな、次はその旦那とやらも含め、再び人質になっていただこう」


「見張っとくの疲れるんだけどなぁ」


 アニキの取り巻きはブーブー不満を垂れる。でも、オウミさんが報酬を上げると言った途端に態度を変えた。


「こっちも人の扱い上手いわね」

「あの2人が扱いやすすぎる気が……」


 男とは単純な生き物なのだ。


「時に総司令殿、あなたもついてくるのか?」


 声のトーンを落とし、警戒心を表したオウミさんが聞いた。

 思えば彼はヤクザだ、衛兵と一緒にいると不都合があるかもしれない。この世界の法整備がどうなっているか知らないけど、衛兵はおそらく警察に相当する存在、その総司令が相手となれば下手な真似はできない。


「当然。もともとファクタに滞在する予定だったのを変更して、先輩に会いにきたんだからねアタシ。……調べなきゃいけないことも増えたしね」


 エルゼ総司令ことアレクシアは、質問してきたオウミさんではなくカオルの方を見て答えた。


「なんだなんだ、目が怖いぞ。私の体が気になるのは分かるけどそりゃ職権乱用だ」


「そうだそうだ!」


 咳払いをひとつして、ふざけるカオルとふざけたパーヴァートさんを一喝してから、アレクシアは真剣に口を開いた。


「先輩、アタシと()()()()()()()覚えてる?」


 カオルもまた瞬時に切り替え、彼女の言葉を受け止めた。


「――魔法、か」


「!」


 僕も理解した。

 他人がいる前で話すんだから、「会った時のこと」とはこの世界で初めて会った時のことだ。

 アレクシアとの初対面、それはこの宿に来る前、盗賊たちに襲われた時。相手が放った巨大な火球を、彼女が盾で防いでくれたんだ。


 この世界で、魔法とは秘匿された技術、貴族などの限られた者のみが扱える御業だ。だけどあの場で魔法を使ったのは、どう見てもそんな人間じゃない、いかにも野蛮な盗賊だった。

 それともうひとつ、その盗賊はアレクシアやカオルのように自らの力で魔法を使ったわけでなく、謎の石を吐き出してから唱えていた。


(あの石には……マナと同じ感覚があった)


「流出してるのよ、魔法がね。それも一般人が簡単に扱えるような形で。これを見過ごすわけにはいかない、なんとしてもその出処を突き止めなきゃいけないの」


 話をまとめるように、アレクシアはオウミさんに告げる。


「それに最近、ファクタでは地元ヤクザのやることが派手になってるらしいじゃない。そのヤクザ連中と敵対してるのがアンタで、アンタを狙った連中が魔法を使った。これはもう関連があると見て間違いないわ。とにかく、衛兵隊総司令としてアタシも同行する。いい?」


「了解した。あなたの能力は既に見せてもらった、あの盾が側にあるとは心強い! ……それにしても魔法の流出とは、由々しき事態だな、ああ全くもって由々しき事態だ、ならば我々も調査を手伝おうではないか! 商機でもあるしな」


 てっきりアレクシアがついてくるのはマズいのかと思ったけど、むしろ彼は二つ返事で受け入れた。それどころか、彼はその先を見ている。彼は今、商機と言った。


「この事件が何か商売になるんですか……?」


 その分野に興味があるのか、マルカがひょっこり顔を出す。オウミさんは一瞬黙った後「君は見込みがあるな」と笑った。


「いかなる技であろうと、いつかは俗世へ流れていくものだ。その形は時と共に解明され、簡略化され、また裏では複雑化され、洗練されていく。その中で、一部の人間のみ立ち入ることができる神秘は、一部の人間が学ぶ専門分野へと降格し、いずれは一般教養へと降り、果ては学ぶまでもない、共通の常識に至る。それが、曲げることのできない真理」


「は、はあ……」


「今回の犯人を突き止め、魔法の流出を止めたとしても、それは一時的なものにしかならないだろう。既に広まった内容を水源に、新たなる流出が起きる。次は規模を増してな。繰り返すうち、それは止まることのない激流となる」


「なんかアタシらが仕事できないって言われてるみたいでムカつくんだけど」


「気を悪くしないでほしい、だが仕方のないことなのだ。それより、これはチャンスだと思っていただきたい。

 技術の浸透で重要なのは『誰が』『どのように伝えるか』だ。つまり私が言いたいのは、我々が他の連中に先んじて情報を集め、経路を整え、より手軽に一般人が魔法を扱える形を確立しようではないか、ということだ。お分かりかな」


 長々と話し、マルカへの講義を行いながらアレクシアに説明するオウミさん。しかしながら、彼女には逆効果だった。


「あのね、アタシはそれを防がなきゃいけないって言ってんのよ。今は犯人探しが先決! アンタの商売に付き合ってるヒマなんてないの!」


「おっと、これは失敬。時代の転換に立ち会えそうなものでな、つい先走ってしまった」


「取り返しのつかないことになる前に止めてやるわ」


 オウミさんはまだ何か言いたげだったけど、これ以上は無益と判断したのか部下に出発を急がせた。


 やや不穏な空気を残したまま、僕たちはこの宿での用を終えた。

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