表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/90

74.脳破壊カウンター

書いてたら区切りが分からないまま字数だけ増えてしまい、68〜74話を一気に投稿することになりました

 寝ぼけまなこを擦りながら、マルカがのそのそと歩いてくる。パジャマを着た姿は、幼気な容姿をより幼く見せる。もにょもにょと眠気で呂律の回らない口も合わされば、彼女は子どもそのものだった。


「おや、すまない、起こしてしまったか。実は今、私がいかにユウくんのことを真剣に愛しているかの話をしていたんだ。私の後輩がなかなか分かってくれなくてね」


 相手が寝ぼけているのを良いことに、カオルは冗談めいた言葉を恥ずかしげもなく言う。僕が聞いているっていうのに。


「え~、そんなの見てれば分かるじゃないですか~。アレクシアさんって案外おバカですねぇ~」


「……! ……!」


 さすがのアレクシアも、半分寝ているような相手にはムキになれないようだ。


「だからってお風呂まで一緒に」


「そんなこともありましたね~。そうそう、ユウくん洗うのすごく上手なんですよ~」


「ああ、あれは気持ちよかったなぁ! 子どもらしいプニッとした手に、それに似合わない手先の器用さ、遠慮がちな触り方が絶妙に合わさって最高だった。常に身体中の深いところを触られてるみたいでヤバかったよ」


「――――は? アンタ体触ったの?」


 マルカが来てくれたおかげでうやむやにできると思ったのに、事態はより悪化した。


「お風呂で? 直接?」


「ふ、不可抗力! 洗ってって頼まれたから仕方なく……」


「だったら逃げ出せば良かったでしょうが、何仕方なく洗っちゃってんのよ」


 ぐうの音も出ない。


「分かってる? アンタ相当ヤバいことしたんだからね。どう責任取るつもりよ」


「なんでお前が責任の話をするんだよ。一応、断りづらい感じで私が持ちかけたのは事実だからな? あんまりユウくんを責めないでやってくれ」


 カオルは僕を有利にしたり不利にしたり、フラフラとした発言を繰り返す。時折こちらを見ていやらしく笑う辺り、絶対この状況を楽しんでいる。

 案の定、彼女はアレクシアの話に乗り出した。


「しかしまあ責任か、いい響きだな。アレクシアにも一理ある、あることにしよう。ユウくんには責任を取ってもらわなきゃね」


「話を大きくしないでよカオル」


「まあまあ良いじゃないか。せめてその気があるかどうか聞かせてくれよ。君は私の過去をあれこれ聞いただろう? お返しに君の気持ちくらいは話してくれなきゃフェアじゃない」


「確かに聞いちゃったけど……わからないよ、そんなの」


「ほう、悩むね……君はこう言いたいんだな、これは簡単に結論を出していい話じゃないから時間をかけて考えさせてほしいと。いいともいいとも、ユウくんらしくて大いにけっこう。それだけ真面目に悩んでくれるってだけで私は嬉しい」


 カオルまで眠気と疲れでおかしくなっているのか、話が通じない。でも彼女の過去については僕の方から聞き出した部分もあるから、強く言うことができない。


「でも、やっぱりもうちょい深掘りしたいな。君がどこまで責任取ってくれるのか、君は私に対してどこまで本気なのか」


 僕の弱みを見逃さず、カオルはねちっこく絡みついてきた。


「これ以上聞かれても答えられないと思うけど」


「そうかもね、それじゃあ質問を変えてみようか。ユウくん、私がユウくん以外の男になびいたらどうする?」


「――――!」


 全身に電流が走った気分だった。否が応でも想像してしまう、彼女が他の人と一緒にいる姿。恋愛経験があるという事実を聞いたせいか、明確なイメージが浮かんでくる。

 実際にその場面を見て、僕は耐えられるだろうか? いや、無理だ。想像ですら頭が痛くなってくるのに。


 だけど、だからと言って僕がどうこう言える問題ではない。そんなのカオルの自由に決まってるんだから。僕は何も言えない。僕の答えは変わらない。


「案外エグいこと聞くのね」


「そんなことありえるんですかぁ~?」


「さあ、どうだろうね」


 ふざけた質問の割に、カオルは真剣そのものだった。自分でも警戒しているような、そんな匂いがする。


「他でもないユウくんが最も実感していると思うが、この世界は何が起こるか分からないんだ。ともすれば、私の心を射止めてしまう美少年が現れてしまうかもしれない。そうなった時、ユウくんはどうしてくれるのかな?」


 カオルの瞳の色が深くなった気がした。窓の外の色と同じそれは、この空間ごと僕を引き込みそうなほどに濃く、語りかけてくる。


 これまでの問答を集約した問い、僕が全霊をかけて答えるべき問い。それでも僕の意志は変わらない。僕はカオルの気持ちを尊重する。


「――取り戻すよ」


 言って、我に帰る。僕は今何と言った? 考えていたこととは真逆のことを口走った気がする。


 おそるおそる見上げると、雷に打たれたように目を見張る2人がいた。ああ、やっぱりそういうことらしい。


「おお~、かっこいいですねえ~。あれ? カオルさんどうしたんですか~?」


「あ、その……ユウくんのことだからお祝いするとか言い出すかと思って……」


 カオルがどんどん赤くなる。髪の色に負けないくらいに、瞳の色と対比するように。その横で、アレクシアは何か言いたそうに口を開け閉めしていた。


「い、今のは! あの……」


「いい、いい。何も言わなくていい。こっちが耐えられない」


 カオルは口元を押さえ、片手で僕を静止した。何も言わなくていいはずがないけど、これ以上は僕も耐えられそうにない。

 目をつむって何かを噛み締めている彼女を見ていると、どうにも逃げ出したい衝動に駆られる。


「これはスゴイな。言葉で腰を抜かされる日が来るとは。あっ、やばい、マジで立てない」


 足を震えさせ、彼女はヘナヘナとへたり込む。恍惚としたその顔は、恥ずかしさとは別の何かで紅潮していた。


「大丈夫ですかあ~」


「先輩、気持ちはわか……らなくもないけど立って先輩。絵面が酷いから」


「ンッフッフ、フフフ。見たか、これがユウくんだ」


「はいはい、見たわ。大人げなく子どもの脳破壊しにかかってカウンター喰らうアホの姿をね」


「ああ、からかいすぎてしまった。だが良い教訓になったよ、少年を弄ぼうとするとこっちが落とされるということだ。お前も覚えておけ」


「それ成り立つの先輩だけでしょ」


 後輩と、眠りかけているマルカに支えられ、カオルは立ち上がる。

 一瞬だけ、彼女と目が合った。


 脳の奥を舐め回してくるような視線には怪しい快楽があって、僕はとっさに背を向けてしまった。


「待って」


 切なげな声が後ろから包み込んでくる。


「さすがにこれじゃ釣り合わない。貰ったものが大きすぎるよ。君に言わせておいてこのまま下がったんじゃ立場が無いからね、私ももう一つ、返事をさせてもらおう」


 やけに熱い吐息を漏らしながら、彼女は胸中を明かす。

 こっちを見てと言われたような気がして、僕は振り返った。


「心を射止める相手に出会ってしまう可能性があるのは私だけじゃない、君だって同じだ。私なんかよりもふさわしい人が君を奪っていくかもしれない。だが、その時は私も君を取り戻すからな、絶対に」


 彼女の瞳孔と虹彩が光ったように見えた。けれど、そこに超常の力は感じなかった。淫魔ではなく、ただ一人の人間としての崎谷薫が僕を見つめていた。


「無論、私の力で、実力で取り返す。コレには頼らない。オウミさんも言っていたが、私がその気ならとっくに君を下僕(しもべ)にしている。それをしないのは、君と真剣に絆を深めたいからだ」


 勢いのままに彼女は続ける。


「そして! こっちが重要だから聞いてほしい。君はさっき色々とあらぬ姿を想像して脳にダメージを負ったようだからね、私が癒やしてあげよう。

 何度でも言うけど、私の恋愛経験は散々なものだった。恋人らしい体験なんて一度たりともなかった。殿方との付き合いに関しては素人もいいとこだ。仮に君以外の子と付き合ったとしても、うまくいく未来が見えない!」


「まるでコイツは違うみたいな言い方ね」


「その通りだ! 合いの手が上手いじゃないかアレクシア」


「……もういいわ」


「ユウくんはイレギュラーを超えたイレギュラーなんだよ。この私が本気になってしまうんだからな。少年を愛でたいと思ったことは数知れないが、その人のことで頭がいっぱいになった相手は他にいない。単純な相性の良し悪しとも違う何かを感じるよ。

 その何かが、私と君の関係を絶対のものにしているんだ」


 彼女は「安心した?」と笑顔を見せる。僕はただ、「……うん」と子どものように頷くしかなかった。


 カオルには僕の考えなんてお見通しだったらしい。カオルのかつての彼氏だとか、他の相手だとか、そういうのを考えて感情がグチャグチャになっていたのは本当だ。カオルはそれをここまで躍起になって塗り替えてくれる。

 僕だって、こんなに胸を支配された人は他にいない。


「私も2人はお似合いだと思いますよ~」


「マルカもそう思う? へへへ、そうだよね〜」


「よくもまあこんな歯の浮くようなセリフ言えるわね。恥ずかしいとか思わないの?」


「はっ、思うわけないだろ! あ、でもちょっと待って……アレ? 私スゴイこと言ってないか? あっ、どうしよ、えっ」


「……やっぱりこうなる。勢いでやらかすクセも昔のままね。できれば直しといてほしかったけど」


 カオルはまたどんどん赤くなる。でもきっと、僕はそれ以上だ。改めて意識してみると、いても立ってもいられなくなる。本当に、今更なはずなのに。


「ハア、ハア……これ以上はマズイな、そろそろ寝直そう。色々危ない予感がする」


 無理やり場を閉じるようにカオルが切り出す。僕の方も危ない予感は感じ取っていた。


 それに、一度気が抜けると、長々と話した分の疲れが一気に押し寄せてきてしまった。アレクシアも眠そうにしてるし、マルカも限界だ。


「一応聞くけど……ユウくん、どっちで寝る?」


「――あっちの部屋に戻るよ」


「うん、それがいい。今日一緒に寝ちゃったら、お互い何をするか分からない」


「何バカなこと言ってんのよ、先輩まで寝ぼけてんじゃないの」


「おやすみなさい~」


 アレクシアに引きずられたカオルが部屋に入っていく。そして相変わらず夢(うつつ)のマルカも、どこまで意識があったか分からないまま再び戻って行った。


「おやすみ」


 僕も自分の部屋へと歩く。

 普段なら間髪入れずに否定するような『お互い何をするかわからない』というカオルの言葉は、最後まで否定できなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ