71.哀しき過去
カオルが部屋に戻ると、堰を切ったようにみんなも戻っていった。
そして僕は、2人の人物から呼び出されていた。
まず一人目、パーヴァートさんだ。まあ呼び出されていたと言っても部屋は同じだけど。
「なあ弟クン、君の姉はあんな感じだったか? 聞いていた話と違う」
「こら、さっきの会話を聞いていなかったのかお前は。まして弟に当たるなど……」
「いやそれじゃゃない。それに関してはこっちも深入りしない、彼女の口から直接聞きたいからね。そんなことよりも! 君のお姉さんはあんなにラフな人だったか⁉」
疑いを一切隠さない彼は、顔をズイッと近づけて僕を見る。思い返してみると、パーヴァートさんは今回の旅がカオルとの初対面だ。となると、彼の中でのカオルのイメージは淑女のままだったんだ。その幻想が戦闘中やさっきの姿のせいで壊れてしまった……と。
よくよく考えるとこの宿に来てすぐにそのベールは剥がれていた気もするけど、きっと聞くのを我慢していたんだろう。
「確かに、色気が薄れたように思えるな」
「いやいやそんなことはない! アレはアレで別の色香を漂わせているとも。しかもああいった一面を見せてくれるということは私を信用してくれているということでもあるだろう?」
「信用? 利用の間違いだろ。まんまと落とされやがって。ああいうのは計算ずくって相場が決まってんだよ。むしろアイツにまともなイメージ持ってる方がオドロキだな」
また口々に感想を述べる。アニキの反応は当然として、オウミさんが冷静なのは意外だ。彼もパーヴァートさん同様、カオルの一側面しか知らなかったはず。なのに、「そういうものだ」と言わんばかりの態度。
「で、どうなんだ、ユウ」
パーヴァートさんが僕に向き直る。
カオルのためにも取り繕っておこうかと思ったけど、そもそも彼女の本性を見た経験のあるアニキがいるし、何よりパーヴァートさんはどんな姿でも受け入れてくれそうだ。
「普段は……猫かぶってる……」
僕が選択した答えは、偽らないことだった。カオルの性格からしても遅かれ早かれってやつだ、僕に責任は無い。
「クックックッ……そうか、そうだったのか」
「やけに楽しそうだなお前」
「楽しい、楽しいよ! これからカオルが外面を取り繕うところを見るたびに私はそれをからかうことができるってわけさ!」
「怒らせたらどうするつもりなのだ」
「その時はその時だ。殴られたり蹴られたりするのも良し! どう転んでもお得!」
「たわけ、そう単純なわけがないだろう。彼女の力を見ていなかったのか。ああいう手合いは怒らせると面倒だぞ」
好き勝手にカオルの姿を想像する彼ら。アニキは途中から「アホらし」と横になってしまった。彼が寝息を立てだすと、つられるようにオウミさんもパーヴァートさんも眠った。
3人が完全に眠りについたのを確認してから、僕は忍び足で廊下に出る。僕を呼び出した2人目に会うために。
「ごめん、待たせちゃった」
「いいの、こっちも今来たから」
月明かりが差し込む窓辺にもたれかかっていた彼女がゆっくり顔を上げる。桃色の髪と白色のワンピースが月光を背景に照らされ、少女的な可憐さと大人びた美しさが醸し出されていた。
2人目の相手、アレクシアは、僕を見ると嘲笑するような表情を浮かべた。
「さっきのはケッサクだったわねー、先輩爆笑してたわ。ほんと男って単純」
たぶんホールでのオウミさんとカオルの会話を言ってるんだ。僕までまとめて馬鹿にされてるようで癪だけど、下手に食ってかかると余計に馬鹿にされそうだから黙っておく。
「まーそれはいいわ、呼んだのは別の話」
ひとしきりニヤニヤした彼女は、息を入れると同時に真剣な眼差しで僕を見据えた。
「単刀直入に聞くわ。アンタ、先輩とはどういう関係なの」
「えっ」
「ああ、元々命を狙ってた云々はいいわ、ここに来る途中で一回聞いたし。アタシが知りたいのは今の話。言いたいことわかる?」
「……うん」
これは――パーヴァートさんの質問より遥かに手強い。
彼女は文字通り、今の関係を聞いているんだ。
アレクシアがカオルに対してかなり強めな友愛、親愛にも似た感情を持っているのは見ていればわかる。場合によっては僕の命にも関わる問答だ。
「先輩はアンタを特別視してるみたいだけど、アンタはどう思ってんのよ。先輩のことどれだけ知ってる?」
「え……と」
僕が情報として知っているのは、科学者としての彼女、人類の敵としての彼女、サキュバスとしての彼女だ。だけどアレクシアが聞きたがっているのはそういうことじゃない。
「僕は……カオルのことを全然知らない。でも、カオルが良い人だってことは知ってる」
「うん」
「いつも人のこと振り回して、でも大事な時は支えてくれて。ポンコツなくせに出しゃばりで。モテるのにショタコンで……面白い人。見てて、一緒にいて楽しいよ。」
「そう……」
僕とアレクシアではカオルを見てきた時間が大きく違う、だから僕の答えは稚拙なものに感じるかもしれない。それでもこれは僕がいつも思っていたことだし、彼女との生活を振り返って改めて感じた本心だ。僕にとって最大限の答えなんだ。
アレクシアは僕を見下ろして、眉一つ動かすことなく淡々と僕の返答を飲み込んだ。
「変な気起こしてなくて安心したわ。アンタを毎晩抱き枕にしてるなんて聞いた時はどうしようかと思ったけど」
「起こすつもりもないよっ」
「どうかしらね、アンタにその気がなくても先輩は遠慮しないかもしれないし。先輩に本気で迫られて耐える自信、ある?」
「それは……」
「まあそうなったら悪いのは先輩なんだけど、何というかね、うん……」
彼女は一人思案するように頷く。
てっきり彼女は僕をいたぶるために呼んだのかと思って身構えていた。彼女が僕を認めていないのは明白だったから。けれど、今のアレクシアにそんな様子は見られない。むしろ僕のことは頭に無いような、もっと別の何かを見ているようだ。
彼女の思いを理解したくて、僕は同じように質問を投げかけた。
「アレクシアは、カオルのことどれだけ知ってるの?」
「アタシ? そりゃもう知ってるわ! 崎谷薫にじゅう……ああ今は250だっけ? 250歳独身、冷徹に見えてけっこう情に熱い女。誰もが振り返るほどの美貌と抜群のプロポーションを持ってるから男にはモテるけど本人はそういうのにウンザリする毎日。研究分野は主にエネルギー開発で漫画やアニメに出てきたモノを限りなく再現することにハマってて、あと甘いものに目がなくて――」
聞いておいてなんだけど、それを少し後悔するくらいに彼女はペラペラとまくし立てる。
「いやこっちの話はいいのよ!」彼女は言った。「間違いを犯す前に言っといてあげる」
くっきりした目が切れ長に細められる。
「先輩は、アンタを純粋な目で見てるわけじゃないわ」
「……わかってるよ」
「いいえ、邪だとかそういう話じゃないの。アンタ、どうして先輩が自分のことをショタコンだって言うか知ってる?」
「どう……して……?」
予想外の問いに頭が真っ白になる。カオルが僕を純粋な目で見てないことくらい知っていたつもりだった。けれど今、それが単純な話ではないということを告げられた
「本当は教えたくないけど、念のため言っておくから」
歯ぎしりをして、彼女は続ける。
「元々そっちの気はあったらしいし、男の子と遊ぶ方が楽しかったらしいんだけどね、ショタコンだってわざわざアピールしだしたのは大学に入ってからなの。
繰り返しになるけど、先輩はモテるわ。昔から告白されることが多くて、何人かと付き合ってみたこともあるらしいの。まあ長続きしたことは一度もないけどね……ってのも、先輩は人気のある人だからね、彼氏どもはみんなそれをステータスにしだすのよ。最初は本気で先輩のことが好きだった人間も、だんだん崎谷薫と付き合っている自分の方が好きになる。相手の都合なんておかまいなし。崎谷薫をどこまで落としたかで競う。それに周りの嫉妬だって尋常じゃなかったはずよ。先輩……男子の反応は色々話してくれたけど、女子のことは全然喋ってくれなかったから……。
高校生になった頃にはもう誰とも付き合わなくなってたみたい。でも先輩が呆れていくのとは反対に、男からの要求はエスカレートしていった。あっちも女慣れしてきてるから、遠慮らしい遠慮も消えて……きっと先輩は耐えられなくなっていったのね」
教えるというより振り返る、アレクシアの言葉はそういう色を纏っていた。
「それで、大学生になってからは限界を迎えて、ある日つい言っちゃったのよ。『私はショタコンだ』ってね。その効果は先輩が思っている以上のものだった。で、先輩は積極的にそれアピールするようになったわけ。面倒な連中を払えるからね。」
アレクシアの言いたいことが、なんとなく分かってきた。
「だからアンタも入れ込みすぎないようにしなさい」
カオルのあのキャラクターは生まれついてのものではあるけど、今の彼女を形作るものは後天的な部分が大きい。カオルの中にそういう性質があるのではなく、そういう性質の中にカオルがいる。ショタコンだからああいう言動をするのではなく、ああいう言動をすることで自らをショタコンだと定義する。僕が知るあのカオルは、意図的に発露させているもの……ということだ。
『純粋な目で見てるわけじゃない』とはそういうことだ。真っ直ぐ僕を見ているわけじゃない。一度ショタコンとしての自分の姿を挟んでから僕を見ている。
「…………ごめん、ちょっとだけ八つ当たりした。先輩がアンタを大事にしてるのは確かよ、悔しいけど」
アレクシアの言葉を噛み砕こうとして考え込んでいると、彼女はバツが悪そうに謝ってきた。どうやら僕が打ちひしがれていると思わせてしまったらしい。
──それは誤解じゃない。正直に言うと、ショックを受けている自分がいる。カオルが今まで見せてくれた表情も、聞かせてくれた声も、全て「本心からのものではない」かもしれない。だからといって、カオルが嘘をついているわけでもない。ただ、僕に対して本気ではないってことだ。
どうしたって一歩分の隔たりがある。僕にとってそれは好都合でも不都合でもない、僕から見た彼女はあくまでこの世界を旅するためのパートナーでしかない……はずなのに、どうしても埋められないその一歩が、僕にはとても大きく、遠く感じられた。
「ちょっと、そこで黙らないでよ。ホントにアタシの八つ当たりで終わっちゃうじゃない」
「……」
せめて何か言わないと、と声を絞り出そうとした時――。
「ああ、今のは完全に八つ当たりだったぞアレクシア」
仁王立ちしたカオルがそれを遮った。




