70.商人と淫魔のクールなすれ違い
「この人もイマイチだったねぇ、まあ歳だからしゃーないか」
旦那の反応も、ローティとさほど違いは無かった。普段から薬を使っている分、快楽には耐性があるのかとも思ったけど、それは杞憂に終わった。いや、それだけカオルの能力がすごいと言った方が良いのかもしれない。
とにもかくにも尋問は終わり、僕たちはひとつの目的を得た。それは、「当初の予定通り『ファクタ』を目指す」というものだ。
結局旦那も大した情報は持っておらず、彼は汚れ仕事を任されるだけの下っ端ということだった。人を怪物に変えてしまう道具も、上から支給されたものでしかなく、詳細は知らないと言っていた。
だけど彼は攫った人をファクタに届ける役目を負っていたこと、そして彼らのボスが何やらオウミさんに因縁を抱えているらしいということを喋ってくれたのだ。
後者については彼も事情までは知らないものの、「オウミに会ったら絶対に生け捕りにしろ」という通達を受けていたそうで、ならば並々ならぬ理由があったのは確実だ。
「それで、本気で敵の根城に踏み込むんですか」
「無論だ。仕事柄、いずれこういうことが起きると思っていた。その時が来ただけに過ぎん。むしろ物資を届けるためにも早急に向かう必要ができた」
地下から上がり、元いたホールで僕たちは話す。バケモノの死体が転がったままの広間は暗く陰鬱で、カオルが彼らを火葬してくれなければとても落ち着ける場所ではなかった。
「オイ、報酬は見直しておけよ、またこんな連中と戦うハメになったら困る」
「ああ、それは賛成だな。私の槍も、安く振るうつもりはない」
「ぬう、足元を見おって……」
各々好き勝手に言いつつも、ファクタへ向かう意志だけは変わらない。アニキたちやパーヴァートさんは元々オウミさんの護衛だったから、ついていくだけだ。
「私たちも行くんですよね、カオルさん」
「うん、他に目指すべき場所は無いしね。それに、ユウくんを売ってどうするつもりだったのか気になる」
それが私の目的にも繋がる。と、カオルは独りごちる。思えばこの宿に来た時、カオルは「娼館を探してみるか」と言っていた。そういう場所に同胞がいるかもしれないと。人狩りが人を売るとすれば、確かにそういう場所が思い当たる。ならファクタまで行ってそれらしい場所をあたってみるのが近道だ。
「ところで」オウミさんが懐疑的な眼差しで貫く。「君は何者だ?」
その先にいるのは、当然カオルだ。
空気がヒリつく。みんなが言うべきか言うまいか迷っていたところに、とうとう踏み込んだ。
「先程言った通り……とはいかないみたいですね。でも説明がめんどくさいな」
「なんだそれは……」
カオルは一切の偽りなく、心の底から面倒だと口にした。どこか顔色も悪いように見える。きっと、力を使った反動がきているんだ。
オウミさんも彼女の異常を感じ取ったのか、じっと見つめてから口をつぐんだ。
「最後にひとつだけ聞きたい。あの時、私が君との交渉に負けた時のことだ。あれは君の力なのか」
何かを迷った後、オウミさんはそれだけは聞いておきたいといった素振りで尋ねてきた。あの時というのは、おそらくここに来る前のこと。カオルがオウミ商会のキャンペーンガールになるだのなんだの言って店舗での割引特権などを得てしまった時のことだ。
「君の言うことに従うよう仕向けたのか」
「まっさかあ! ご自分のスケベ心に負けたのは事実ですよ」
「そうか」
カオルはちょっとだけ元気を取り戻して、憎たらしい笑みを浮かべる。反対に、オウミさんから猜疑心の香りは失せ、むしろ納得を深めたような息を吐いた。
「あれ、怒らないんですね」
「分かっていたことだからな」
「えっ、自分がドスケベだって認めるんですか」
「そこではない。力を使っていたかどうかだ。今のは確認にすぎん」
「はあ。そんで、質問は終わりですか」
「ああ」
それで会話は終わる。張り詰めていた空気が解け、代わりに物足りなげな雰囲気が流れ出す。やるべきことをやらずに放置しているような、気まずいむず痒さ。一番拍子抜けしていたのはカオルだった。
「私が何なのか、本当に聞かないんですね」
「君が何者なのか、気にならないと言えば嘘になるがな。だが、あえて踏み入らずに信用を勝ち取ることを優先した」
「それ言っちゃ意味ないでしょ」
「どうだかな。君は今、思ってたより正直人だな。と感じたのではないか?」
「まあ、それは認めますよ」
「それにな」
オウミさんは得意げに片眉を上げる。
「その気になれば、ソレを使って私を操ることもできるのだろう? だが君はそれをしない。君が私に礼儀を欠かない限り、私も礼を尽くそう。これもひとつの取引だ」
商人ならばカオルという商機を絶対に逃さないと思っていた。彼女の能力を活かさないわけがないと。けれど逆に、オウミさんの商人としての理念が、2人を対等な関係に結びつけた。
あのアニキですら舌を巻いている。
(もっとも、カオルは特別な事情があって隠しているわけじゃないけど)
カオルは本当に面倒だから、疲れてるから説明をしなかっただけだ。普段の彼女を見ていた僕にはそれが分かる。だけどオウミさんは知らない、能力の反動のことなんて知る由もない。
2人は今、クールな大人の会話をしたように見えるけど、そこにあったのは盛大な勘違いだけだ。
カオルが内心で笑いをこらえているような気がした。
「さすが大商人、惚れ直しましたよ」
適当な殺し文句を言って、彼女は席を立つ。気怠げになびく髪が淡く開いた目と合わさって、儚くキレイに映った。
「おい、どこ行くんだ」
「寝るに決まってるだろう。ああ、寝込みを襲いたいなら勝手にするといい。何が起きても自己責任でね、アニキ」
「ふざけんな、それならコイツが適任だろ。行ってやれよ白槍の」
「遠慮しておこう。カオルの方から来てくれるなら大歓迎だが、こっちから行くと、その……」
「はあー、ウチの男どもは意気地がないねえ。ちったぁユウくんを見習うといい。」
「僕なにもしてないよ……」
彼女は最後に男たちをからかって、僕たちとの立場の違いを明確にし、ついでにマルカとアレクシアの顔を真っ赤にさせてから階段の向こうに消えた。




