69.意外な弱点
「クソっ、だから嫌だったんだ! あんたが自分のやり方でやるなんて言うから……クソっ、クソぉあッ」
「まだだ……まだ終わっては――」
「うるせえッ 発作まで起こしやがって……このヤク中があっ」
僕たちを置いてけぼりにして二人は口論する。旦那を取り押さえているアニキは、うんざりした顔で「さっさと終わらせたい」という意思表示をした。
「んだよヤク中って、おまえ変なクスリやってんのかコラ」
アニキが旦那の頭を小突く。旦那は歯を食いしばり、震える瞳で、ヴィクティの残骸の側に転がるパイプを見つめていた。
「チッ、なんも答えねえなコイツ。おい、どうすんだよこれから」
アニキが辺りを見回し、全員に問う。だけど誰も返事はできなかった。「これからどうするのか」は、今まさに全員が抱えている疑問だからだ。
「そういえば、コイツはあんた達に興味があるみたいだったわよね」
不意に、アレクシアが僕とオウミさんを見て言った。確かに旦那は、「あなた方が来なければこうはならなかった」と語っていた。
「うーん、オウミさんは色んなとこで恨み買ってそうだからいいけど、どうしてユウくんまで」
カオルが僕とオウミさんを見比べてつぶやく。心当たりがあるのか、オウミさんは遠い目で笑った。
「ユウくんのことを”注文に合いそうな少年”とも言ってましたよね……」
みんなで頭を抱えていると、マルカがおそるおそる付け加えた。言われてみれば、旦那がそう言っていた記憶がある。
マルカが旦那にその言葉の意味を尋ねても、彼は焦点の定まらない目を返すだけだった。
「それで? ユウくんを捕まえて何するつもりだったんだい『人狩り』のおじさん。どこかに売り飛ばすルートでもあるのかな」
カオルはいつもの人を煽るような意地の悪い笑みを浮かべたまま、声の調子をいつもより一層落として問いただす。その口ぶりは、すでに彼らを「人狩り」と断定しているものだった。確証こそないけれど、ここまできたらもう確実だろう。
「そこの君は?」
カオルはまともに答える気がなさそうな旦那を早々に放って、ローティへとターゲットを変えた。
「何も言わねえぞ、言ったら殺される」
声をかけられた途端ローティは怯えだし、断固として口をつぐんだ。
「埒が明かんな、どうやって口を割らせるか」
行き詰まってしまい、気が立っていたオウミさんも次第に商人としての彼に戻っていく。それを感じ取ったのか、カオルは厄介そうな顔をした。
「……なあ、お前のアレでどうにかできねーのか」
少しの間の後、アニキが苦虫を噛み潰したようにおずおずとつぶやいた。その質問に、カオルは表情をさらにしかめて、露骨に嫌な顔を向ける。
「先輩? どうしたの」
何も知らないアレクシアが心底不思議そうにする。後輩の無垢な視線を向けられた先輩は、大変気まずそうに冷や汗を流して彼女を隅に連れて行った。
「えっ、なになに⁉」
みんなに背を向けて肩を組んでくる彼女の姿は、いかにもタチの悪い先輩で、これから面倒な話が始まることを予見させた。
「なあアレクシア、私がサキュバスだってことはもう話したよね?」
「うん」
「サキュバスの能力でね、男に催眠かけたり軽ーく支配下に置くことができるんだ」
「なにそれ便利。そんなのあるなら早くやって情報聞き出してよ」
小声でコソコソ話す二人。でもこっちにもまあまあ聞こえていた。
「やりたいのは山々だけど、あのオウミさんってのが厄介なんだなコレが」
「え?」
「あの人やけに鋭くなる時あるからさ、あんま便利すぎる力は見せたくないわけよ。絶対利用されるじゃん?」
「あ~、確かにそういう……やらしいツラしてる」
「聞こえているぞ! まったく、人をがめつい男のように」
先程から眉をピクつかせていたオウミさんが大声で割り込む。起こっているというより呆れた様子だ。
「おーっと、気を悪くしないでくださいよ。私は優れた勘を持った商人を讃えただけですから」
「そんなことはどうでもいい。この状況を打破できるのかどうか、どっちだ」
「――できますよ」
若干引きつった不敵な微笑みでカオルは言う。オウミさんは何も言わず見つめ返した。
みんなの思いが重なるのが分かる。縋る気持ちで、僕は小さくカオルの名前を呼んだ。彼女は「わかってる」と応え、旦那とローティに向き直った。
「まずはこっちから」
カオルの瞳が青く輝く。頭には角が姿を現し、白衣に隠れて見えないけど、腰から尻尾が伸びているのが服の膨らみから見て取れた。
突然”真の姿”を現した彼女を前に、オウミさんやパーヴァートさんたちは驚愕を隠せずにいる。アニキとその子分たちは、苦い思い出から逃げるように顔を背けていた。
そして最も戸惑っていたのは、他でもないローティだった。
「手早く終わらせたい。少し荒っぽくするよ」
相手に返事をさせる間もないまま、カオルは彼を催眠状態にしてしまった。
「があああああああ!」
ローティの体が激しく跳ねる。アニキたちの表情が一層暗くなった。
「さすがに……気の毒になります」
「他に効率の良い方法を知らないんだ。ま、あちらさんもこんな美人に抱かれて幸せだろ」
「あーっ、アドラが言ってたのはこれか! 報告書読んだ時は意味分かんなかったけど」
アレクシアは合点がいったように手を叩く。以前自分の部下であるアドラ=アバローナが受けた仕打ちを思い起こし、納得したみたいだ。
そしてどうやら、マルカ以外の女性陣は男をなぶることにさほど抵抗がないらしい。しかも彼女たち二人は強い、単純に強い。決して敵には回したくない。
「さて、意識があるうちに聞こう。君たちの目的は何だ? 出し切る前に吐き切ることを勧めるよ」
「俺たちはっ、あ゛っ、ボスの命令で、人を攫ってっ」
喋ったら殺されるなどと言っていた割に、彼はすぐ喋りだした。それだけカオルの攻めが激しいということだ。彼女に、サキュバスに抱かれるというのがどういうことか、嫌でも思い知らされる。
ローティが見ている幻覚の中でカオルや彼自身がどんな姿になっているか見えないのは、僕にとっては幸せなことなんだろう。もし理解してしまったら、きっと僕はカオルをまともに見れなくなってしまうから。
「攫って何をするんだ」
「売るんだよ、店に! 俺の仕事はそこまでだ。も、もういいだろ」
「ボスって誰のことかな」
「知らないっ、知らないっ! 顔も見たことない! 声もっ」
文字通り必死の形相で彼は叫ぶ。彼の中から命が放たれていくのを感じた。
「ねえ先輩、念のため聞いとくけど、幻覚ってやつの中でどんなことしてんの? 教えてよ」
「教えたくないことをしている、と言えば納得してくれるかな」
「納得したわ」
二人は互いに「わかってるだろ」、「わかってた」と言わんばかりに見合う。ただ、アレクシアは「幻覚で良かった」と付け加えていた。
「あの、あんまり痛いことはしないであげてくださいね。大怪我させちゃうのはちょっと……」
唯一の良心であるマルカはのんきに頼む。本当にただただ拷問をしているとでも思っているらしい彼女に言われ、二人は空々しくそっぽを向いた。
しばらく無言の時間が流れた。口を挟める者はおらず、ローティの叫声が響く。何が起こっているかを認識しているのはカオルだけだ。
ふと、カオルが興を削がれたような声を漏らした。
「まいったな、本当に何も知らなそうだ。もう意識を手放している。あるいはキミ……あんまり長持ちしないタイプかな?」
ローティは答えない。虚ろな彼は、涙と唾液と命を漏らし続けるのみだ。
「しょうがない、もういいよキミ。せめてもう少し私に貢献する気を見せてほしかったがね」
最も深く彼を探ったカオルは、最も早く彼を見限った。あまりにも早すぎる切り捨てに、僕たち男は震え上がるばかりだ。「使えない男はいらない」、聞こえるはずのない声が頭の中に響き渡る。
だけどよく見ると、それはカオルの作戦だったようだ。
ローティに呼びかけた彼女は、チラチラと彼の様子を観察して反応を伺っていた。きっと、外部からの刺激を強めると、幻覚の中でさらに効果的に尋問することができるんだ。
それでもローティは答えない。カオルは頭をかきながら苦笑し、ため息をついた。その時ばかりは素の彼女が出ていて、僕は安心した――のに、
「チッ」
それ以上の『素』を見てしまった。呆れるというより見捨てる舌打ち、嗜虐心すら感じられない、完全な放棄。彫刻のような美しさを持つ彼女の顔貌が、その冷たさを一層引き立てていた。
絶対にそれを自分には向けられたくない、絶対に見捨てられたくない、そんな思いが胸をかき乱す。サキュバスの技なんかよりもよっぽど恐ろしい、崎谷薫としての力を僕は見てしまった。
「あぁ……」
暴れていたローティの体が力なく垂れる。ようやく解放されたはずの彼は、どこか名残惜しそうにすら見えた。
「次はアンタだ」
冷たさはそのままに、カオルは再び目に力を宿らせる。旦那は瞳孔も歯も手も足も震わせて全身で拒絶した。もはや薬の禁断症状なのか恐怖なのか判断もつかないその動きは、けれど確かに拒絶の意志を示していた。
「……む」
碧眼を深く輝かせたカオルは、珍しく冷や汗を流して顎に手を当てた。
「……あれぇ?」
打って変わって間抜けな声を出すカオル。サキュバスでもなく冷たい美女でもなく、ある意味では本来の、ポンコツなお姉さんがそこにいた。
「こ、こいつ……全然目ぇ合わせないっ!」
「は?」
みんなの感情がひとつになる。何を言ってるんだこの人は。
「いやいや『は?』じゃないよ! 目合わないの、目! これじゃ発動しない!」
「な、なにそれ⁉ そんな単純なことでダメになるの⁉」
ここにきて意外な弱点が露見してしまった。サキュバスの能力はその特殊な瞳をもって相手を魅了し、幻覚の中に引きずりこむものだ。それを防ぐにはどうするか? 単純だ、彼女の目を見なければ良い。……ということだ。確かに道理ではある。
とは言っても、全く目を合わせないなんて普通はできない、必ずどこかで重なってしまうものだ。だけど旦那は禁断症状と恐怖によって、とてつもない速度で眼球を動かしていた。おそらく本人にも認識できないスピードで風景が切り替わっているはずだ。
「やばいやばいやばい、アニキ! とりあえずもっと強く押さえて!」
「お、おう」
「くっそダメだ、焦点どうなってんだこのヤク中がっ!」
「フゥン、薬が原因なのか? ならもう一度使わせてみるか、安定するかもしれん」
「なるほど! でもどこにあんだろ」
「あのパイプ怪しくない? 先輩」
「それだぁ! マルカ持ってきて!」
「あ、でもこれ火が消えちゃってますよ」
「任せろ、さっき炎属性の魔法使えるようになったばかりだから」
「待て待て待てカオル! あの炎は大きすぎる! 君に殺されるのも悪くないが時と場合による!」
こちらもまた目まぐるしいスピードで言葉が飛び交う。パーヴァートさんが止めなければカオルは勢いのままに炎を放っていたと思うほどの掛け合いだった。
火が無いなら直接葉っぱを飲ませるとか、それだと薬が効きすぎるかもしれないとか、あーだこーだと騒ぐ彼女たち。
アニキの子分の1人が「壁のランタンから火もらえばよくね?」と言うまで、誰1人としてこの空間を照らしている灯りの存在を思い出すことはなかった。
そうした一悶着の後、パイプはどうにか再び煙を吐き始めた。
「ほら咥えろっ、ほらっ、ほらっ」
「んぐうぅううむう」
「口開けるんだよほらっ――あっちい! 先っちょ熱っ!」
震えでまともに口を動かせない旦那に薬を吸わせるため、カオルは無理やりパイプを彼の口に当てる。これから始まる拷問の前段階でしかないのに、これがすでに拷問じみていた。
そしてどうにかパイプの吸口を入れることに成功し、旦那の様子は次第に落ち着いていった。やっぱりあのパイプが鍵だったみたいだ。
「あ……」
「ようやくお目覚めかい旦那ァ、今度はそんな薬よりもっと気持ちよくしてあげますよ。と、その前に、念のため聞いておくけど”私みたいな姿の人”を知ってたりしない?」
症状から復帰した旦那に恐ろしいセリフを吐きながら、カオルはまず自分についての質問をした。
白衣の下から伸ばした尻尾で自身の角を指し、さほど期待していない口調で聞く彼女。おそらく「サキュバスを知っているか」ということだ。その問いに、旦那はなんの事かわからないと首を振った。
「やっぱりいないのかーサキュバス。一体どういう種族なんだこれ。みんなはどう?」
他の人たちも首を振った。というより、突然ヌルっと出てきた尻尾に唖然としているのがほとんどだった。
「ま、今はそっちじゃない。本番はこれからですぜ旦那、せいぜいダンディなとこ見せてくださいよ」
そう言って、カオルは旦那を搾りにかかった。




