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68.炎と狂気

久々更新。ぶつ切りですが68〜74話を一気に投稿します

「後ろで震えていればよかったものを」


「ただビビってたわけじゃないよ。予感があったんだ。それに、私だってユウくんにカッコいいとこ見せたいからね!」


 魔導書を片手に、カオルは一歩前に踏み出す。

 僕の体が、より一層熱くなった気がした。


「爪を立てよ、我を見よ。追憶の彼方に名を刻め。黒龍の血が目覚めんことを──」


 一文字ずつ噛みしめるような読み方で、相手を睨みつけながら詠唱を行う。

 カオルの唇が動くと、一瞬遅れて、僕の体をマナのエネルギーが駆け巡っていく。

 激しく火照りだす身体を抱えながら、僕はカオルの方を見た。


 彼女はこちらを振り返ることなく、相手を睨んだまま。けれどその背は「来て」と僕に告げていた。


 一体どんな技が繰り出されるのか、まるで見当もつかない。だけどカオルが大丈夫だと判断したなら、僕はそれを信じるだけだ。


 目を閉じ、全身に力を込め、カオルにエネルギーの波を注ぎ込む姿をイメージする。


 目を開くと、どこからともなく吹く風に揺らされるカオルの髪と、光り輝く魔導書が見えた。


「魔導の三十七、ドラガブレゼス」


 熱く、燃え盛るような声。それを具現化したかのように、紅蓮の炎が唸りを上げて地面から現れた。


「ギイイッ⁉」


 突如として身を包んだ炎に、ヴィクティは驚き暴れる。しかし、皮膚の燃焼を止めることはできない。

 多少の傷ならものともしない体、弾丸を防ぐほどに発達した爪、そんなものは無力でしかなかった。


 昼間と錯覚するほど、地下空間が明るく燃える。


「ギ……」


 瞬く間に、彼のただれた体がさらに焼けただれていく。

 アレクシアの展開する透明な盾一枚を隔てた向こうで、白い怪物は一瞬にして燃え尽きた。


「そんな……」


 声も出せずにただ目を見開いていた旦那が、呆けた様子で口を開く。咥えていたパイプは落ちて転がり、こぼれたタバコ葉は、ヴィクティだったものと混じり合って煙を昇らせた。


「苦しまない方法で葬ってやりたかったが……」


 旦那の困惑には目もくれず、カオルは黒くなった(ちり)の山へと視線を下ろした。魔導書を握りしめ、あの業火を自身にも焼き付けるかのような顔で。

 吹いていた風は、もう止んでいた。


「やる前に一言いってよ先輩」


 盾を解き、アレクシアがため息混じりに言う。彼女の盾が無ければ、炎は僕たちの所にも来ていたはずだ。


「ああごめん。魔術を完全にコントロールできるわけじゃないからね、タイミングは自分でも把握しきれてないんだ」


 カオルも息をつき、アレクシアに返事をする。「だけどお前なら防いでくれると信じてた」と答える彼女は、すでにいつもの調子に戻っていた。


「一体……なんなんじゃお前は」


「何って、見ての通りおたくのキャンペーンガールですよ」


 力の抜けた手で銃を下ろしながら、オウミさんが尋ねる。それに対しても、カオルはおちゃらけた態度で答えた。

 その態度が、唖然としていたみんなにも落ち着きを取り戻させる。

 例外なのは、旦那ただ一人。


「くっ……ああああああああああッ」


 奥で状況を見守っていた時の余裕は完全に失われ、唾を撒き散らしながらこちらへ狂走する。

 その手にはナイフが握られていた。


(僕を狙ってるのか)

 旦那の視線から、後の動きを想像する。彼は鬼気迫る勢いだけど、決して対応できない速度じゃない。

 落ち着いて、ギリギリまで引き付けてからカウンターを狙うんだ。


「ユウくん!」


 ナイフの切っ先が僕を向いていることに気づいたマルカが、息をのみながら悲鳴にも似た警告を発する。僕はあえて返事をせず、気づいていない様子を演じた。


 薄暗い地下の中、わずかなランタンの明かりを反射してナイフが迫る。


 距離が縮まり、橙色の光が銀へと変化しながら瞳の中でグッと大きくなった時――、


「油断すんなつってんだろ」


 アニキの手がナイフを止めた。


「おらっ」


「ぬ、ううううう」


 手首を掴まれ、足を蹴られて姿勢を崩す旦那。アニキが旦那を抑え込むのに時間はかからなかった。


「ガキ、なんか言うことあるんじゃねーのか」


 そう言って僕を見る彼は、とても頼りがいのある顔をしていて、普段は刺々しく威圧してくる金髪ですら暖かく見えた。


「……ありがと」


 そもそも自分でどうにかできたけど、それを言い出す気にはなれなかった。少しモヤモヤした気持ちを抱えて、僕はお礼を言った。


「ユウくん、大丈夫ですか⁉」


「はぁっ、ごめんねユウくんっ! 気が抜けてた」


 少し遅れて、マルカとカオルが駆け寄ってくる。二人に挟まれる僕を、数人がじっとりした目で見ている気がした。


「ったく。総司令どのよ、盾解くの早すぎないかい」


「え、アタシのせい? いや……うん、まあ、ごめん」


 気を取り直すようにカオルは文句をたれる。アレクシアは少し苦い顔をして、カオルと僕に謝った。


「ま、とにかくこれで一段落だね。そんじゃアニキ、そいつをそのまま押さえといてくれ」


 一件落着。とうとう何もできなくなったと思わしき旦那を尻目にカオルは言う。その時、後ろから戸惑うような声が聞こえてきた。


「な、なあカオル……この人はどうしたらいい?」


 振り返ると、そこには手持ち無沙汰にしているパーヴァートさんと、オウミさんの部下であるヤクザ数人、そしてぐったりと気絶している旦那の手下がいた。


 そういえば、人質になるかもしれないからって彼を連れてきたんだった。結局は人質がどうこう言ってられる状況じゃなくなって、放置されていた彼。


「あ、あーいたねそんな奴。どうしようかなぁ……どうしよ」


 連れてくるよう指示を出したのは自分であるにも関わらず、カオルはオウミさんを見て助けを求める。当然ながら、オウミさんには「知らん」と一蹴された。


「いやまさか仲間を平気で道具にする奴だとは思ってなかったからさ……」


 全員で旦那を見下ろす。苦しげに(うめ)く旦那は、奥で気絶したままの手下を見つけると、みっともなく叫びだした。


「ローティーッ、起きろローティッッッ」


 目を見開き、歯茎をむき出しにして何度も叫ぶ。必死の叫びで、相手はやっと目を覚ました。


「あ……あぁ……? っ、旦那⁉ な、なんだよコレ!」


 なにひとつ理解できないまま、彼は誰にともなく呼びかける。しかし、ご丁寧に説明する者なんていない。


「お前たちは負けたんだ。余計な真似はするなよ」


 パーヴァートさんが冷静に、端的に述べる。脅すように向けられた白槍が、ローティから抵抗する気力を奪った。


 それでも旦那は諦めず(わめ)く。


「こっちに来いローティッ、道具はまだある! お前もッ」


 それを聞いた彼、ローティは、信じられないことを耳にしたとばかりに食って掛かった。


「まさかアレを使ったのか⁉ ふざけんなっ、じゃあアイツらは……」


 感情が渦巻いた、絞り出すような声。今にも暴れだしそうな彼を警戒し、周りにいた人たちが臨戦態勢を取る。

 下手な真似をすれば一瞬で殺される状態に置かれたローティ。けれど、彼の目には旦那しか映っていなかった。

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