72.ショタコンへ至る道
「先輩⁉ 寝てたはずじゃ……」
「何故か目が覚めてね、そして外から声が聞こえてくるから様子を見に来たら……カワイイ後輩ちゃんが可愛いユウくんをイジメてたってわけだ」
白衣を脱ぎ、露出の高まった彼女はなんとも野生的で、牙をむくような口ぶりと合わさって荒々しいオーラを放っていた。
「あ、いや、その……」
「つーか人のことペラペラ喋りすぎだ~っ 普通に恥ずかしいからな?」
一転、険しい顔を崩し、にこやかにアレクシアの頭をわし掴みにする彼女。けれど表情とは裏腹に、指先には力が込められていた。
「いだだだだ! で、でもそうでしょ⁉ アタシ嘘ついてないから!」
カオルの手を必死に掴み、アレクシアは抗議する。
「先輩がハッキリしないのも悪いのよ! コイツのことどう思ってるわけ⁉」
「そりゃもう好きだよ」
「グ……だからそれがどっちの意味だって聞いてんのよ」
ようやくカオルは手を離し、腕組みをして考え始めた。
「ふーむ、実際お前の言う事は事実だしなあ。私がわざとショタコンアピールしてたのは本当。でもね、それはあくまで昔の話、あっちの世界での話だよ。いや正確にはユウくんと会うまでの話だ」
「なに、まさか一目惚れ? それともあの崎谷薫が絆されたっての? アタシが知ってる先輩はそんな甘い女じゃないけど」
「うーんどうだろ。単純接触効果なんてのもあるけどそんなんじゃないね。私はもっと真剣に彼を見ているはずだよ」
単純接触効果、興味がない相手であっても繰り返し接することで興味を持つようになってしまうこと……だった気がする。過ごした日数こそ少ないけど、毎日一緒にいた以上はその可能性も低くはない。
だけどカオルはそれをさも当然のように否定した。
聞いてるこっちが耳まで赤くなってしまうようなことを、息でもするかのように吐く彼女。今はそれが、何よりも嬉しかった。
「私がユウくんの前だとどうしようもない女になってしまうのは、演技でもアピールでもないよ。あれは全部本当の私だ」
自信たっぷりに言ってのけ、彼女は後輩を説得する。ここまで言われると、アレクシアも黙るしかなかった。
「つーか私としてはユウくんが何も言ってくれないことの方が気になるんだが? 私が他の男と付き合ってた話とか聞いてもノーダメージかい?」
「……それ! アンタ、反応薄すぎてわかんないのよ! なんでアタシの方が心配しなきゃなんないの!」
「そ、そう言われても……」
言い合っていた2人はいきなり矛先を変えてきた。
火照ってきた顔を見られないように必死に逸していたのに、カオルは回り込んで覗いてくる。月で微かに照らされた彼女は恐ろしいほどに妖艶で、僕は目を奪われそうになってしまった。
それでもどうにか意識を保つため、この問いに思考を巡らせる。幸い、僕自身気になったことでもあるから、集中するのに苦労はしなかった。
どう言葉にするか迷うけど、とにかくゆっくり聞いていこう。
「えっと……じゃあ」
「なぁに?」
「なんで……付き合ってたの」
……思っていたより小さく、震えた声になってしまった。この質問を声に出した瞬間、僕はなぜか泣きそうになっていた。
「ンフフフフフ、そうかそうか気になるか〜。やっぱり嫉妬してた? うんうん、ユウくんも男の子だもんねぇ、他の奴には渡したくないよねえ」
「……馬鹿正直に聞くとはね」
「いやいやこれは本気で聞いてる顔だよ、私にはわかる」
「別に。ただ気になっただけだよ」
子ども扱いするような、軽い言い方。なのに彼女は僕を完全に見透かしている。それが悔しくて、つい悪態をついた。
「でもユウくん、泣いてるよ。本気じゃなきゃ、君はそんなふうにならないだろう」
「えっ、うそ……っ。だって……堪えて……」
僕は思わず手を目元に当てた。泣きそうになっただけだ。涙は必死に抑えたから。泣いてない、泣いてなんかいないはず――――あれ? やっぱり、泣いてない。
「ああ、嘘だよ。だが正直者は見つかったようだ。まさかこの手に引っかかるとは思わなかったが……でも君のそういうとこ、お姉さん大好きだぞ」
こんな、こんなこと……。
「今のは正直引くわ……先輩の悪いとこ出てた……」
「うん、私も今めちゃくちゃ反省してる。ごめんね、こんなキレイにハマってしまうとは思わなかった。あの、ホントに、ごめん」
アレクシア以上に気まずそうな顔でカオルは謝る。
僕は意地になって昂る心を引っ込めた。
「質問に答えてよ」
「っ、あ、ああ。そうだった…………雑に言えば私がものを知らなかったからなんだが。昔の私は今以上に純粋な乙女でね、人からの好意をとても有難いものと受け取っていたんだ。私のことを好きでいてくれることが、単純に嬉しかったんだよ。それに応えたかった。まあ私の幻想はすぐに打ち砕かれ、長続きすることはなかったが。
それでも私は、中には誠実な人もいるだろうと信じて他の人の手を取ったりもした。実際告白の段階ではけっこう真剣な人も多かったし。だからこそタチが悪かったとも言えるか。大体はアレクシアが言っていた通りだな。で、私のことを好きと言ってくれる人は増えても、私のどこが好きかを言える人は少なくなっていった。取ってつけたような台詞を吐くやつもいたが、そんなのは余計に萎えるだけだ」
僕に対しての謝意なのか、それともこれもまた別の意図があるのか。とにかく、カオルは自分の口から過去のことを話し始めてくれた。
「気づけば私は男からの好意なんて反吐が出るほど嫌いになっていた。だけど恋についての憧れは消えなかったんだよ。あれほど嫌な目に遭ってきたってのに、私の中のピュアなお姫様は、いつか理想の王子様に会えると信じてやまなかったのさ。嫌な目に遭ってきたからこそ、そこから連れ出してくれる人を無意識に求めていたんだろうね」
かつての自分に解答するように、カオルは想いを綴っていく。
「それからは自己分析の連続だ。散々な思いをしても懲りずに恋に焦がれる自分に、我ながら納得がいかなかったからな。そして過去を振り返る作業をするうち、あることに気がついた。それは、私がよく振り返ってるのは10歳そこらの記憶だってことだ。つまりその頃が、私の男性遍歴における重要な箇所だったんだな。
重要には2つの意味がある。良い意味と悪い意味、この場合は黄金期か黒歴史かってことだね。私の男性関係は歳を重ねるごとに悪化していったわけだから、黒歴史は当然大人になってからの記憶があてはまる。となると、10歳頃は私の恋愛黄金期ってことになる」
「そりゃ先輩ショタコンだからね」
「アッハッハ! まあ言っちまえばそういうこった。でも当時の私は相当悩んだぞ。なにせよく思い出すからと言っても、記憶としては嫌な記憶なんだからな。可能性を考えては否定して考えては否定して……ごく僅かに存在する温かくて綺麗な思い出を振り返って……何度目かの繰り返しでふと感じたんだ。私は、幼くあどけない、あの純粋な感覚が、そしてそれを生み出すような男の子が好きなだけなんじゃないかってな」
なぜかドヤ顔で己の真理を提示するカオル。心から納得しているその顔は、何者の異議をも受け付けないものだった。
「気づいてからはもう怒涛だった。私が息抜きに愛用していた漫画やアニメ、ゲームたちも、よく見たらほとんど少年が主人公だったし、一番好きなやつに至ってはおねショタものだったからな。笑えるだろ、こんなのとっくに答えが出てたようなもんなのに、その時になるまでマジで気づかなかったんだ。過去から現在までの自分たちがひとつの線で結ばれていく感覚はもはや狂気だったよ。あやうくアルキメデスになりかけた」
ちょっと何言ってるかわからないけど……たぶん、アルキメデスが浮力についての原理を発見した時に、思わず「わかったぞ」と叫んだという話に例えてるんだろう。それと一緒にするのは偉人に失礼な気もするけど……。
「そして私は自他ともに認めるショタコンになった。男避けに使っていたのは否めないし、内なるショタコンがどんどん表に出ていたのか、ショタコンだと口にするから精神が影響されたのかは分からないが、そんなのは鶏が先か卵が先か、だ。考えても仕方ない。どちらにしても私は次第に本気度を増していった」
大人として隠すべきことを明け透けに語る彼女はとても楽しそうで、だけど、言い切った途端その顔に陰がかかった。
「ただね、ひとつだけ悩みがあったんだ。周囲の男子たちがみんな男の子から男になっていたように、私も女の子から女になっていたのさ。ユウくんにこんな話をするのもなんだが…………私にだって性欲はある。持ってしまったんだよ。相手が純粋でも、私はもう純粋じゃない。抑えようにも限界がある。この気持ちをぶつけるというのは、今まで私がされてきたことを今度は自分がやるということなんだよ。まして今の私は大人で、相手は子どもだ」
「カ、カオルはサキュバスなんだし……そういうのは仕方ないかも……」
聞いてはいけないような、聞かなきゃいけないような、そんな話をされて僕は尻込みした。苦し紛れのフォローも、彼女は悲しげに笑って流すだけだった。
「だから私は、ショタコンであることに嘘はつかないにしても、実際に手を出すわけにはいかないと自分を戒めていたんだ。つっても幸か不幸か、現実の男の子ってだいたいクソガキだから私の理想の相手なんてまるでいなかったんだけどね。さっきも言ったように、恋愛黄金期であっても温かい思い出なんてごく僅かだったし」
「そうそう、男なんてそんなもんよ。なんなら大人になってもガキばっかじゃない」
ここぞとばかりに後輩は先輩を庇う。言葉には相変わらず棘があったけど、今のそれは僕には向けられてはいない感じがした。
「むしろ、そこまで真剣に考えられる人って滅多にいないと思う。うん……カオルは、やっぱり良い人だ。それに、きっとカオルは純粋なままだよ。モテるのも……分かる気がする」
考えるより先に、言葉が口をついていた。
彼女がそこまで悩んだのは、他でもない彼女自身が、ずっと自分に問い続けてきたからだ。自分の奥底にあるものと向き合って、その気持ちを隠さずに、ずっと抱え続けてきたからだ。どこまでも真っ直ぐで、なんて純粋――。
「はぁーっ、君はいつも私の欲しい言葉をくれるね。ホントそういうとこだぞ? 君のおかげでこっちは大変なんだから」
「え」
彼女は身を震わせて、熱のこもった視線を向けた。




